「見聞録」
5

 「ねぇお父さん、上下の挟み金具って幾つある?」
 「ん?・・・おいコウイチ、幾つ残ってるか分かるか?」
 「ああ、あれね。・・・ユウ」
 「・・・・・一箱かな?」
 「あ、三箱ありますよ。朝、見付けたんで、あそこの棚にまとめておきました」
 お姉さんは(やっぱりね)って顔をすると、
 「じゃあ、一箱持ってくよ。多分後5箱ぐらい注文しとかないと最後足りなくなるから注文しといた方が良いよ」
 「3つじゃ足りないか?」
 「だって玄関スイッチで2組いるもん。ボックスレスがこれだけ多かったら他にも結構コの字使えない所出てくるんでしょ?」
 「・・・あ、そうですね。確かに」
 この、『上下挟み金具』って言うのは配線器具の固定金具のこと。 
 部屋に必ずあるスイッチとかコンセントって、全部ひっくるめて配線器具って呼んでいる。カバーの名前はプレート。そのプレートを外すとむき出しになる本体全部が配線器具。ドライバー一本で簡単に外せるから試しにやってみるとよく分かるんだけど、配線器具は基本的にはボックスっていう壁の中に仕込まれた専用の箱が壁の中に収納された状態になっている。でも、そのボックスって言うのはどの場所でもつけられるのじゃない。状況によっては全くボックスのない状態で器具を取り付けている場所も出る。これがボックスレス。どっちでも安全性は同じだけど、器具をつけるって意味だったらボックスがついている方が作業はしやすい。
 もし、試しに自分の部屋のコンセントとか外してみて、中に真っ黒のプラスチック製の箱が入っていたらそれがボックス。ない場合はボックスレス。
 で、ボックスレスの場合には、コの字形の平べったい金具が壁の後ろにへばりついているはず。それが固定器具。ガーって配線器具の上下のビスを外して、「ガコッ!」って何か壁の下に落ちたら、ボックスレス。この場合、その金具は回収不可能だから気をつけた方が良いよ。もしも落としちゃったらホームセンターで売ってるから買って付けてね。そんなに高いもんじゃないから大丈夫。付け方は、一回外せば絶対分かるから平気だしね。勇気があったらチャレンジしても良いかも。それが出来れば自分でスイッチとかコンセントの付け替えも出来る。あ、もしもやる時には俺に声かけてね。詳しく説明するから。
 固定金具は、壁の中の状態で二種類を使い分ける。壁の中、三方以上空間が確保できている場合はコの字金具。上下方向しか空間がなかったら上下挟み金具。ちなみに全方向に空間がない場合は特殊な方法で固定する。これは一回ビスを外したらそのビスはもう使えない。
 「一部屋に七か所ぐらい上下になる場所もありました」
 「あ、ホント?じゃあ、もっと注文しといた方が良いかもよ」 
 「おう、じゃあ注文しとくかな」
 「忘れないでよ。来週までに必ず取っといてね」
 「おう・・・でも、来週は恵美には違う仕事を頼みたいんだよなぁ」 
 「そう?何でもやるけど、注文は取っといてね」
 「ん」
 親方さんはヘルメットに布のガムテープを貼付けると、そこをメモ代わりにマジックで「ハサミ金具×5」と記入した。
 「五箱で良いな。後は何か必要なものあるか?」
 「後は取りあえず大丈夫」
 「ん。おい、コウイチ。お前ぇは何か足りねぇモンはあるか?」
 「俺はヘーキ」
 休憩時間は大事な打ち合わせ時間でもある。仕事の進行状況や、不足材料の確認は必ず全員で行う。他の業者との絡みやトラブルもここで報告する。俺なんかはまだ見習いみたいなもんだから、あんまり意見らしい意見はしたことがない。勿論全然違うんだけど、前の職場での会議を思い出して少し嫌な感じがする。大事な部分が分からなくて、簡単なことしか答えられなくて。
 ぼんやりお姉さんの作った大根の漬け物をボリボリしながら、スーツ姿の自分の姿を思い出していた。
 「岡野君」
 コウイチさんに声をかけられてハッと我に帰る。
 「あ、なんですか?」
 「疲れてる?」
 俺の顔を下から覗き込むようにして、そう聞かれた。
 「あ、いいえ。すいません。ぼんやりしちゃいました」
 「岡野君、たまにそう言う顔する時あるよね。大丈夫?」
 「はい。大丈夫です」
 親方さんと谷田君は次の行程の打ち合わせに入っていた。
 コウイチさんはじっと俺の目を見る。
 「仕事中はダメだからね」
 メッ、って顔をしてそれから笑う。
 「ダウンライト、後何部屋?」
 「あ、・・・後、二部屋です」 
 「終わったら、幹線やりたいんだけど、良い?」
 「はい」
 「じゃあ終わったら8階のBタイプのシャフト。そこら辺で俺達ハンダ付けしてっから。軍手持ってきた方が良いよ」
 「分かりました」
 「急がなくて良いからねぇ」 
 くりっとした目はお姉さん似かなと、少し思った。
 コウイチさんはなぜか僕がぼんやりしてるとよく声をかけてくる。
 今みたいに下から覗き込むように。年下なのに、年上みたいな感じの声で。
 その度に何かすごく不思議な感じがもやもやっとして、俺は慌てて体裁を取り繕う。
 仕事に熱中している顔を急いで作る。
 でもコウイチさんには見透かされているような気がする。
 ・・・何を?・・・・・・何をだろうな・・・・。
 ダメだダメだ。仕事に集中しなくちゃな。
 現場に来てまで落ち込んでることもないよな。
 「・・・よしっ。じゃあ、やりますかね」
 コウイチさんが膝をパンッと、叩いて立ち上がる。
 十時四十分。少し長めの休憩時間終了。これから後は昼休みまで一気に作業。
 出来れば午前中にコウイチさんと谷田君と合流出来れば良いな。
 頑張るかっ。
 コウイチさんに、
 『早いなぁ』
 なんて言われたかったり、した。

  つづく。
                 戻る  6へ  TOPへ。
 

何やら岡野君、元気ないですが大丈夫ですかね?

御注意!!  岡野君がコンセント等の取り外しについて何やら言っていますが、もしも実際に外す時には

絶対にむき出しの電線には触れないで下さいね。特に左手で電線を扱うのは危険です。感電すると心臓が止まる程度の

電気が流れています。ブレーカー必ず落としてからやりましょうね。

また、本当にスイッチ等の交換がしたい場合は、必ずきちんと指導を受けて下さいね。

事故等に関して保障が出来ないので、本当に気を付けて下さい。お願いします。