「見聞録」
8


 これは、俺がお姉さんのペンチ技に驚いている最中の話。

 「ユウ」
 「ん?」
 10時休みの後。8階に上がったコウイチとユウの2人は、幹線の準備をしていた。
 幹線とは、各階の電源回路を繋げるための主軸となる電線を通す作業の事である。
 現在のマンション建築は必ずと言って良い程、廊下に面した場所にガスのメーターを収納する場所が設けられている。床から1メートル程の高さのところにある扉を開くと、中にはガスメーターと元栓、またインターホン等の電源が収納されている。その収納庫をシャフトと言い、シャフトの一番奥には、各世帯の電源の供給源となる電線が各階を一本で繋いでいるのである。
 作業自体はあらかじめ作っておいた貫通穴と呼ばれる、フロアの上下に開けられた穴に38スケールの電線を緑色のアース線と共に、上層階から下層階へ落としていくだけの単純なものである。しかし、最低でも2人、能率をあげるためには3人以上の人員を必要とする作業である。
 全長100メートルを超える電線を計8本。到底1日で出来る仕事ではない。だが、やり方によっては実は不可能な仕事と言う訳ではない。
 コウイチは、今日中に幹線を終わらせるつもりでいた。
 「何?」
 「岡野君、何時に上がってくるかな?」
 「…さあ?数的には結構あるからなぁ………3時ぐらいじゃねぇのかな」
 「そう?俺は結構早いと思うねー」
 「何で?」
 「アネキが手伝うから」
 「…何で?」
 シャフトの前に置かれた巨大なドラムには、黒々とした真新しい電線が規則正しく巻き付けられている。イメージとしては、直径が1メートル程もある木製のボビンの様なものである。そう思えば電線は巻き付けられた糸にも見える。コウイチは、シャフトに対して垂直にドラムを立てると、中央部分に開いている穴に足場に使う鉄パイプを差し込んだ。その間に谷田は脚立を左右にしっかりと立てる。
 「いくぞ」
 「おう」
 「せーのー…っ」
 コウイチのかけ声に合わせて、二人は肩にそのパイプを掛けて持ち上げた。
 重さは200キロを超える。二人は歯を食いしばり、ドラムが中に浮く高さにまで持ち上げると、そのままゆっくりと脚立の足にパイプの端を差し込んだ。
 万一の事故もないように、確実に深く差し込み固定をする。
 こうすると、電線を廊下に伸ばすこと無く電線の端を引っ張るだけで、クセもなく幾らでも、僅かな力で引き出すことが出来るのである。
 セッティングをするのに手間と力を必要とするが、作業効率は飛躍的に高めることが出来る。コウイチと谷田ならではの技である。
 しかしそれでも数は全部で8つ。残りの3つは、さすがに2人も疲労に腕が震えた。
 「ふぅっ……腕痛ぇっ…」
 手を振り、揉みほぐすコウイチが一仕事終えたような顔で廊下に座り込んだ。
 「ちょっと一服」
 腰道具からたばことライターを取り出し火をつけると、一口旨そうに吸った。
 「ふぅ……」
 谷田はその隣に腰をおろす。
 8階は廊下の全てを封鎖するような形でドラムがセットされている。今日の幹線は組にも話がついているので、8階は完全に電気屋以外立ち入り禁止となっている。誰の目も気にすることはない。谷田はいつもの休憩より、少し、それに気付いたコウイチもいつもより少し側に座った。
 「なぁ」 
 谷田はコウイチの横顔を見ながら聞いた。
 「何で、お姉さんが岡野さんの手伝いするんだよ?」
 「ん?」
 コウイチが返事を言おうとして止める。悪戯っぽく笑って、素早く軽く谷田に口付けた。
 「こーいうことして俺達が仕事サボったりしないように、早く監視役を送り込みたくて」
 …確かにお姉さんなら考えられる、と、谷田は思った。
 恵美は唯一、コウイチと谷田の関係を知っている。
 気が付かれたのはもう何年も前の事になる。
 ほぼ誘導尋問的に白状させられたのだ。
 『嘘付いてまで隠したい仲?』
 怒るでも無く、問い詰めるでも無く。ただ、決して嘘は許されず。
 「……そっか」
 認めてもらっているのかそうでないのか。未だに谷田には分からなかった。
 だが、自分の弟の恋人が男だと知って、内心穏やかだとは、思えなかった。
 いつも飄々と構えているコウイチの姉が自分の一番の障害なんだと思うのがやはり一番自然なことで。
 黙り込んでしまった谷田に気付いたコウイチが暫く経って、真顔でごめんと謝ってきた。
 「…なんだよ突然」
 「ごめん。落ち込ませるつもりで言ったんじゃない。ごめん」
 「…別に、落ち込んでねぇけど?」
 こういう時のコウイチは、本当にするどい。
 「…からかうつもりで言ったんだ。まさかユウ、アネキのこと気にしてると思わなかった。ごめん」
 「別に、気にしてねぇよ」
 「でも、ごめん」
 黙って、引き寄せて抱き締めた。コウイチは、ふっ、と、身体の力を抜くと、そのまま谷田にもたれ掛かった。
 「………あったけー」
 「コウイチ…ごめん。俺が気にしてるからいけねぇんだよな。そうだよな。ダメなら攫うまでだよな」
 言いながら谷田は気付いた。そうなのだ。コウイチを好きなのは事実なのだ。祝福されなかったら諦められるような恋愛ではない。男同士の恋愛だと言うだけでバカみたいに障害は多くなる。しかし、だからといって、自分はコウイチを諦めることは出来ないのだ。たとえ周りがなんと言おうと、自分はコウイチを自分のものにしたいのだ。攫わなければいけないのなら、自分は間違いなくコウイチを攫っていってしまうのだ。
 気付いたら何だか嬉しくなってしまった。
 「攫うぞ。良いな」
 自分とコウイチに念を押した。
 「…………おうっ」
 電流が走ったように、身体を小さく震わせると、嬉しそうに、コウイチは笑った。それから更に自分の身体を谷田に密着させると、
 「…ユウ」
 「…ん?」
 「………なんか……俺……今したいかも」 
 コウイチが自分のズボンのジッパーの辺りを右手の3本の指で軽く引っ掻いた。
 「…んっ……へへっ。……あっ……ホント…マジでやろうよ…」
 そのまま緩く足を開いた。しっかりとズボンの上から自分を掴むと、一気にその気になったのか、コウイチは腰を揺らしながら揉みしだき始めた。
 現場は、例えばマンションのように世帯数が多くなればなる程、建物自体が巨大な迷路の様相を呈してくる。職人はそれぞれがバラバラに現場に散らばるので、建物が大きくなればなる程勿論職人の数は増えるものの、部屋内で会うことが減っていく。
 91世帯のこのマンションは中規模である程度は散らばっているものの業者との絡みは全くのゼロではない。
 不思議なもので、水も不便な現場内でのセックスは珍しい話ではない。
 絶対数は少ないものの、そういった話を耳にすることは良くあるのだ。
 水面下で。うわさのように。しかし、それは真実で。
 コウイチ達のような恋人同士は都合の良い場所なのかもしれない。
 とはいうものの、部屋内で全裸で抱き合うのはやはり難しいものはある。
 ウォークインクローゼットで手早く済ませる程度のセックスなら可能だが、前戯を楽しんだり、余韻を味わっていたら、いつ他の職人が入ってくるか分からない。
 玄関のドアはなかなか取り付けられないものなのだ。
 声を出そうものなら筒抜けなのである。
 ちなみに、コウイチの声はかなり大きい。
 だから、2人はよほど切羽詰まらない限り部屋内ではセックスはしない。電器屋ならでは場所があるからだ。お互いにその気になってしまった時は、大抵そこで汗を流す。
 「…下に降りるか?」
 谷田がコウイチの耳元を嘗め上げながら誘うと、たまらなくなったのかジッパーを下ろしトランクスの上から扱き始めた。
 「んんっ……はぁっ……やだっ……ここで……んっ…する」
 「んな、部屋内でか?」
 コウイチは、気持ちよさそうにオナニーを続けながら頷いた。
 「うん…ユウ、今日は8階は俺達だけだぜ……?」
 「岡野さんが来たらどーするよ。お姉さん、手伝ってるかもしれねーんだろ?」
 「間に合わ…ねーって。…んっ……いくらアネキが手伝っても……午前中は合流出来ないね……」
 コウイチは既にその気になってしまったいた。
 リズムが一定になり、リズミカルになっている。
 「早く…やろーよ……このままだったら一人でイッちゃうし……」
 アッ…と、目を逸らさずに喘いでみせるコウイチに、谷田も股間がズキンッと、刺激される。
 「………それにここ、さみーよ」
 それには思わず笑ってしまった。確かにここは寒風吹き荒ぶ8階共用廊下であった。
 「誘ったの……お前だからな…岡野さんが来てもやめねーぞ……」
 谷田が脅迫気分で軽く脅すと、コウイチは気持ちよさそうに腰を振りながらとんでもないことを言ってきた。
 「その時は、3人でしよーぜっ」
 (やってたまるかッッ)
 谷田は半ば担ぎ上げるようにBタイプの部屋内に、コウイチを引きずり込んだ。
 
 つづく        戻る 9へ topへ
 

さて、来週はコノ、続きですっっvv

お、おたのしみにっっ。