「鎖を持つ家」
4
トランクの中の無理な姿勢のせいかどうかは知らないけど。眠りの中で昔のことを思い出した。
『きれいだね』
って、言葉がこわい。
一度目は叔父さん。
格好良くて、頭が良くて、優しかった。田舎に行く度、いつでも一緒に遊んでくれた。
『大丈夫。間違っていないよ』
叔父さんの口癖。
子供の知恵なんてたかが知れてる。それでも子供だってそれなりに悩みもするし考えもする。なのに相談したところで大抵頭を撫でられたりしながら『ん〜そうだね〜』とか、『ん〜大丈夫だよぉ〜』なんて、バカにしたようなことを言いながらごまかされる。周りにいた大抵の大人はそうだった。
でも、叔父さんだけは違ってた。拙くて、何が言いたいんだか分からないような話もずっと最後までしっかりと目を逸らさずに聞いてくれた。
『…それは大変だったね。でも、良く頑張ったね。偉いよ。それで?篤はこれからどうしたいと思う?』
心に直接届くような、柔らかくて低い声がすごく好きだった。
いつだって真剣に耳を傾けてくれるのがすごく嬉しかった。
だから、聞かれたら一生懸命に言葉を探した。
この人にだけはいい加減なことを言っちゃいけない。
感情なんかで話しちゃいけない。
ちゃんと、頭で、探して、見付けて、組み立てて話さなくちゃいけないと思った。
自分の年齢なんて関係なかった。
対等でありたいと思ったから。
子供だけど、そんなの全然、関係なかった。
『そうだね。そうすると良いね。大丈夫。間違っていないよ』
って言われたくて、とにかく一生懸命だった。
夏休みに田舎に帰る時、じいちゃんよりばあちゃんより、叔父さんに会うのが嬉しかった。
なのに。
「篤、今日は面白かったね」
「うんっ」
「随分汗かいてるね。かあさん、風呂沸いてるかー?」
「沸いてますよー」
「じゃ、一緒に入ろうか?」
「うんっ!!」
田舎の家は大きくて、脱衣所も広い。カゴの中に脱ぎ捨てた服を入れながら、一緒に風呂に入れるのが嬉しくてニコニコしていた。
「先入るねーっ!!」
身体を洗うのも、頭を洗うのも大嫌いだから、本当だったら風呂自体が好きじゃない。でも、今日は特別だった。
シャンプーが目に入らないようにって、いつも被っているシャンプーハットを使ったら、子供だなぁって思われるかもしれない。そんなのはずかしくて嫌だ。我慢して大人みたいに顔を上げて、シャンプーハットも使わないで頭を洗う。
「ほら、耳の後ろ、洗えてないぞ」
湯舟の中から叔父さんの大きな手が伸びて来た。
「ん」
「いいよ。叔父さんが洗ってあげる。ほら、じっとしてて」
「いいよ。ボク、一人で洗えるよ」
「いいから、いいから。頭下げて」
頭を下げてじっとする。
叔父さんの手は本当に大きくて、片手だけでも頭全部が掴めそうな感じだった。
指の腹が動いて、丁寧に頭を洗う。
全然違うけど、まるで頭を撫でられてるみたいだった。いつもだったらやだなって、思うのに、叔父さんの手だと思ったら、すごく嬉しくなった。
耳の後ろに指が伸びる。
くすぐったいくらいに、優しく指が何度も動く。
「篤はすごいなぁ。直ぐに泳げるようになったね」
「うん。顔上げて息が吸えたら怖くなくなった」
「水が?」
「うん」
「今まで怖かったんだ」
「うん。でも、もう怖くないよ」
「それは良かった」
「ね、明日も泳ぎに行こうよ」
「良いよ」
「ヤッター」
「お湯かけるよ。目、閉じてる?」
「うん」
温かいお湯が掛けられる。何度も両手で、顔に掛かったお湯を拭う。泡が落ちてくにつれて、叔父さんの指の感触が明確になっていった。全神経を頭の皮膚に集中させて、叔父さんの指を感じていた。大好きな叔父さんに頭を洗ってもらうのは、すごく気持ちが良くて、すごく嬉しい感じがした。
「さ、もう良いよ。じゃ、叔父さんも洗おうかな」
「あ、ねぇ、ボクが洗ってあげようか?」
おや?って、顔を見たら、もうどうしても洗ってやるんだって気持ちになった。
「洗ってあげるよ。上手に洗ってあげるからさ」
叔父さんが笑う。
「じゃ、お願いしようかな」
湯舟から叔父さんが出てくる。
裸の叔父さんの身体がすぐ側に立つ。
立ち上がって、見上げて声を掛けた。
「じゃ、座って」
「はい」
目を細めて叔父さんが微笑いながら、上目遣いにオレを見上げた。
「お願いします」
「うん。じゃ、目をつぶって下さいっ」
「はい」
小さな手に一杯にシャンプーを取り、叔父さんの頭につける。ごしごし力を入れて洗うと次第に泡だらけになっていく。
「すごいねえ」
あんまり泡がたくさんになり過ぎて、シャンプーの出し過ぎだねぇ、と、叔父さんが可笑しそうに笑った。
「でも、たまには良いね。泡だらけで洗ってみるのも」
叔父さんの前に立ったり後ろに立ったりしながら、一生懸命に頭を洗ってあげた。
昼間海で遊んだ時よりも、楽しい気分になっていた。
自分でも、頭を洗ってあげてるだけだって言うのに、異常にハイテンションになりかけている自分が不思議でならなかった。
自分の目の前で、大好きな叔父さんが目を閉じて、大人しく自分に頭を洗われているって状態に、妙に興奮している自分がいた。
シャンプーが終わっても落ち着かない気持ちのままで、叔父さんに身体を洗ってもらった。
普段自分が洗わないような場所まで全部洗ってもらった。
「…篤は、きれいだね」
背中を洗われながら、肩ごしに呟かれた。
「きれい?」
「うん…きれいだ」
日に焼けて、肌がヒリヒリするだろうからって、後半はボディタオルの代わりに叔父さんの手が直にオレの身体を洗ってくれた。何度も何度も指が体中を触れて回った。
無言の叔父さんの行為を無言で受ける。
嫌じゃなかった。
だから、
「……今度は…ボクが洗ってあげようか…?」
そう言って、自分の手で石鹸を泡立てた。
手のひらで、叔父さんの筋肉が時折不自然にピクピク動くのを感じた。
叔父さんのペニスは物凄く大きくて、両手で握っても掴み切れなかった。
同じように洗ってあげられなかったから、両手で上下に扱くようにして洗ってあげた。
そしたら、もっと大きくなって、固くなった。
叔父さんの息遣いが、次第に荒くなっていく理由が分からなかった。
幼心に秘密の行為だと気がついた。
口止めされるまでもなく、誰にも、両親にも話すつもりはなかった。
その夜は一晩中、叔父さんのペニスの感触が、手のひらに残ったままだった。
次の日も、その次の日も。
お風呂に2人で入り続けた。
同じように、手のひらで丁寧にお互いを洗いあう。
叔父さんの荒い息。
叔父さんのペニスから、白くて粘ついたものが飛び出した。
行為がそれ以上になったのは3日目の晩。
誘われて、離れで2人きりで寝ることになった。
誰も心配する人なんていない。
当たり前だ。
だって、叔父と甥だ。しかも、相手はまだ小学1年のガキだったんだから。
………セックスはなかった。
…って、いうより、出来なかった。
あまりにもオレが子供過ぎて、入れようにも入れられなかったから。
そのかわり、叔父さんの中指と……慣れて来た頃……小学3年の夏頃には薬指も添えられて2本の指がオレの中を出入りした。時間はすごく掛かったけれど、後ろの穴で感じることが出来るのを身を持って理解した。
精通したのを報告した夏、見せて御覧と叔父さんに言われた。
「…ど…どうやって?」
「さぁ。……どうすれば良いか、自分で考えて御覧」
「……………」
足を大きく広げられることは何度もあったけど、自分から足を広げてみせるのは初めてだった。太股に変な力が入ってぶるぶる震えた。
叔父さんの視線の先には、オレのペニス。
もうそれだけで恥ずかしくて、興奮して、触る前から勃起が始まる。
「……電気……消してよ……」
「駄目だよ。そんなことしたら良く見えない」
「……でも…」
「さ、始めて」
ある意味、叔父さんの言葉は絶対だった。
せめて視界は暗い中で。
そう思って、目を閉じた。
外で夏虫が鳴いていた。
そろそろと自分の中心に手を伸ばす。
しっかりと掴んで、ゆっくりと上下に扱き始めた。
「……ん…っ…」
子供のオナニー。
きっと色気も何もなかっただろう。
やり方自体まだ良く分からなかったし。
ただ只、竿を握って上下させるだけの単純なオナニー。
でも、それだけで十分気持ちよくなれてしまうのが、子供の身体。
「……んっ…んっ……あっ…は…あっ………」
次第に息が上がりはじめる。
「篤、顔を上げて」
叔父さんの言われた通りに顔を上げる。
ぱかーっと開いたままの口に叔父さんの唇が重なる。
チロチロと舌先を嘗めれると、直接股間に響いた。
「んっ!!」
口を塞がれた喘ぎは、鼻から抜けるのを初めて知った瞬間だった。
暫く貪られると、息が本当に苦しくなって、頭がくらくらしてしまった。
「はあっ…はあっ…はあっ……」
……息を吸ってるだけなのに、すごく変な声だった。
いつもはもっと時間がかかるのに、何だかもう、これだけでイッてしまいそうだった。
寄り掛かっていた壁から身体をずらして床に寝そべる。膝を立てて、左右に大きく開いて叔父さんに良く見えるようにしながら手の動きをもっと早くした。
頭が床に支えられて安定すると、神経が集中出来て、一層強く感じ始めた。
これ以上はないくらいに手の動きを速める。
痺れたような感覚と、トイレに行きたいような感覚が一気に襲ってくる。
「くっ!!……」
歯を食いしばって、絶頂まで無理矢理自分を引っ張り上げる。
『叔父さん、ちゃんと見てる?』
って、聞きたかったんだけど、そんな余裕なんてもう、全然なかった。
「うっ…あっ……あああっっ!!!」
叔父さんと比べれば、本当に少ない量の精液が飛び出した。
全速力で走った後みたいな呼吸を繰り返していると、叔父さんが耳元で、
「……きれいだね…」
って、言ってくれた。
オナニーのバリエーションは同学年の誰よりも多くなったと思う。
叔父さんは、とても丁寧に教えてくれた。
両親にバレて、叔母さんにバレた。
あれからもう、田舎に連れて行って貰えない。
今更もう、行く気もなくなったけど。
……あの日のことはほとんど忘れてしまったのに、あの言葉だけが忘れられない。
『篤が僕をそそのかしたんだ』
信じていた人の言葉だったから、必要以上に傷付いただけ。
………うん。ただ、それだけ。
何のショックか、それ以来、きれいだねって言葉が大嫌いになった。
たまに、学校帰りに路地裏でズボンのチャックを下ろして露出している変なヤツに言われたりするともう虫酸が走った。
まるで叔父さんに見えたから。
二度目は高校受験の時。
家庭教師の先生に言われた。
『…篤君って、きれいだね…』
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