七草粥
今年の正月は久し振りに家で過ごした。
旅行好きのサトちゃんはブーブーと文句しきりだったが、たまにはこういう正月も悪くない。
大掃除だぁーっ、と、家中のものを引っ張りだして整理したり、普段洗わないようなものまで洗濯機の中に突っ込んでみたり。ベランダなんかで布団を干してみたり。二畳分ぐらいある結構広めのベランダだから、天気の良さにご機嫌になり、ホカ弁を買って来てサトちゃんと二人でベランダに座り込んで昼飯を食ってみたりなんかもした。
換気扇の掃除は油ベトベトでゲロ吐きそうだったけど、サトちゃんがなんとかマジックなんとかっていう洗剤を買って来てくれて使ったら、面白い様に綺麗になった。
「・・・換気扇、緑色してたんだ・・・」
二人同時に同じ感想。
ガスレンジも色々吹きこぼしたり油が跳ねたりして恐ろしい事になっていたのをピカピカにした。
クリップライトを取り付けてガスレンジの周りを明るくしたら、
「おーっっ!!!」
結構良い感じだ。なんだ、俺達の家って、綺麗にすればキレイじゃん。
思わずステンレスのヤカンを買いに行ってしまった。
家中の洗濯物を三日かけて洗濯して、布団を全部フカフカに干して、掃除機かけて、雑巾かけて、いらないものは全部捨てた。
その頃にはサトちゃんもやる気を出して来て、自分の部屋の模様替えの後に、俺の部屋まで模様替えをしてくれた。
一週間の大掃除。引っ越ししたての状態にまで復活。
そして大みそか。
昼に買い出し全部済ませて、車の洗車も終わらせた。
「正月飾りなんて何年ぶりだっけ?」
と、サトちゃんが笑いながら松飾りを門に取り付ける。
「初詣ぐらいは連れてけよ」
「おうよっ」
と、サトちゃんの柔らかな髪をぐしゃぐしゃかき回しながら返事してやると、
「よせよぉっ」
と、くすぐったそうに両手で俺の手を掴んで離そうとする。
こんな正月も悪くない。
サトちゃんとの付き合いは中学の頃からだから、もう人生の半分以上一緒にいるってことになる。
サトちゃんは昔っから分類すると可愛い方で、文化祭では女どもに力ずくで女装させられてしまうタイプ。意外にも腕っぷしは強くて、血の気も多い。怒らせると俺でも力で押されることもあるくらいだ。
文化祭でお姫さまの役をやったときの化粧顔が美人だったからとか、上演三十分前に突然入れられたキスシーンがきっかけだったって訳じゃない。
いっつもバカやったり、先生に怒られたり、普通に授業受けたり、喧嘩したり。そんな毎日の中で気が付いたら好きになってた。悩んで悩んで悩んで、悩んだ。一年以上悩んで、とうとう告白した。
サトちゃんは目を真ん丸にしてびっくりしたまま、それでも最後まで俺の告白を聞いてくれた。
『解った。・・・でもケイちゃん、俺、男だぞ』
『関係ねえよ』
『いや、大ありだよ』
『関係ねぇもん。俺はお前が好きなんだから』
『・・・そっかー。うーん・・・困ったなぁ・・・』
『何で?』
『そう言われると断る理由が見つからない・・・』
本当に困った顔をしていたサトちゃんを見て(終わったな・・)と、思った。でも、気持ちが伝えられたから良しとすることとした。
それから半年後、
俺はサトちゃんから板チョコを十枚貰った。
二月十四日のことである。
『どっちかって言ったら、俺も、好き。だから、やる』
もう、すっごい、すっっごい・・・すっっっごいっっ、嬉しかった。
俺達は、つきあっているのを隠したりはしない。
聞かれれば「そうだよ」と、応える様にしている。
サトちゃんがコソコソしたのは嫌だと言ったからだ。
それでいなくなった友達もいるし、陰口叩かれたこともある。でも、俺達は隠さなかった。
親父に怒られておふくろに泣かれて、進路指導室に呼び出された。
一時的なものだとか言われた。物凄く腹が立った。それを確かめられるのは俺達だけだから、他人に勝手にあーだこーだ言われるのは許せなかった。だから、俺達は絶対に折れなかった。
気が付いたら人生の半分以上、こうして一緒に居る。
隠さなかった分、嘘を随分付かずにすんだと思う。
俺達は、全然格好良い恋愛とか出来てないけど、すごく自然に毎日が楽しい。
俺達の共通の趣味は旅行。
一緒に暮らし始めて、物凄い生活費を切り詰めて、車を買った。
中古のRV車である。
以来、暇さえあればドライブに出かける。車中泊覚悟で行けば、かなり低予算でどこへでも行ける。体力一般道全国走破の旅だ。名所巡りなんて気にしない。例えば東北と関東だと山の形が違うとか、そんなのだけでも楽しめる。城巡りも楽しい。林道を彷徨うのもスリル満点で楽しい。地吹雪の中、時速二十キロでハザードを出しながらギャーギャー言いながら運転するのも中々出来ない体験だ。
たまにホテルに泊まると、サトちゃんが物凄く嬉しがるのもまた楽しい。
正月は、お互いに長期休みが取れる格好の旅行計画ポイントなので、大抵年末年始は長距離の旅行に出掛けている。二三日の休みじゃ絶対に行けない場所に行ける、数少ないチャンスの時期なのだ。
それをなぜ敢えて今年は自宅なのかと言うと、実はこれには訳がある。
「普通の正月?」
コタツに潜り込んで紅白を見ているサトちゃんが『今更なんで?』と、直訳出来そうな口調で言った。
「そ。フツーのお正月」
俺は、台所に立って年越しソバにかき揚げを乗せながら言った。
「今更なんで?」
「ん?ほら、いっつも年越しが車の中じゃ正月らしくねぇよなっ、てさ。ほれ」
アツアツの年越しソバをサトちゃんの目の前にゴトリと置く。
「ん。アリガト」
「熱いぞ」
「うん。いただきまーす」
「はーい」
「熱っ・・・うまっ。・・・車の中でも別に良いけど?」
「ま、俺もそうなんだけどさ。ほら、サトちゃんが家来てから一回もここで正月迎えたことなかったじゃん。一回ぐらいはさ。そーいうのも良いんじゃないかってね」
「え゛ー」
「んーな、嫌そうな顔すんなよ」
「ケイちゃんジジくせーよ」
「そうかぁ」
「そーだよ。普通の正月なんてさぁ、年取ったらいつでも出来るって。何も今することないじゃん」
「年取ってからだとさ、出来ねーじゃん」
「何が?」
「色々と」
俺はニヤッと笑って、素早くサトちゃんの頬にキスをした。
「なっ、なんだよいきなり」
「たまにはさ、家で年越ししたいじゃん?」
身を乗りだしてキスをした。
「お、年越しソバ味」
「ばっ・・」
「外だとさ、あんまりこういうこと出来ないじゃん?俺はさ、サトちゃんとベタベタしながらお正月迎えたいの。初詣行って、ずーっと一緒にいれますよーにとかってお祈りしたい訳。で、前に高山で買ったコンロでモチ焼いて食べたいの。公園で凧上げて『なつかしーっvv』とか言いたいの。道路でコマ回しとかやって近所の子供に羨ましがられたいの。お正月らしいお正月やったねーってサトちゃんに言われたいの。お屠蘇飲んで酔っぱらって、サトちゃんとエッチしたいの。たまにはね」
そう。俺は色んな正月をサトちゃんと迎えたい。旅行先で初日の出を見るのも良いけど、正月の思い出がいつも俺達のすむこの家から離れているのはちょっと寂しい。俺達がようやく一緒にすごせる場所が出来たんだから、一年の最後と最初の大切な時間を家で過ごしたって思い出も欲しい。
年取って・・年取った後のことなんて想像も出来ないけど、きっと普通の何でもない楽しかった思い出はは、思い出したとき幸せだと思う。多分。
ふざけた口調で、でも、半分以上本気で言ったら、サトちゃんはたっぷり一分、俺の顔をまじまじと眺めて、それからプーッ!!と、吹き出した。
「なんだよ」
「・・・・ケイちゃんらしいよ。そーいうところ、ガキの頃から変わんないなぁ」
「・・・・そう?」
「そーだよ。まるっきり子供だ。子供っ」
「悪いかよ」
サトちゃんはムクれそうになった俺に絶妙のタイミングでキスを返した。
「そーいうところが面白くて、好き」
甘エビの唐揚げ味が、少しした。
テレビでは赤組のオオトリが歌い始めていた。
朝方に近くの神社で初詣。
「・・・痛ぇ」
「・・・どこが?」
「・・・・バカ」
大掃除後のピカピカの我が家でのお正月。
俺は、きっちりサトちゃんに
「・・・しっかし、まー本当に正月らしい正月だったよ」
と、言わせてやった。
そして、本日一月七日。
七草粥の日である。
スーパーで買った七草粥のセットの他に冷蔵庫にあった残り野菜とモチまでぶち込んで、かなり豪華な「七草以上粥」が出来上がってしまった。
塩味のさっぱりした味は色々盛り沢山だったお正月の胃袋も心も身体も癒してくれそうである。
終わり。topへ。
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