「届く想い届かない想い」
前編
昨日、久し振りにコウイチさんが現場で大暴れした。
理由なんてホント些細なことで。
普段のコウイチさんだったら絶対笑って聞き流してたに違い無い。
谷田君と親方さんから良く頼まれてるって言うのもあったけど、流石にこれは叱らなくっちゃ、ダメだろう。
「コウイチさん…ダメじゃないですかぁ……そんな…可愛いって言われたぐらいで…」
ヤレヤレ…って気分でコウイチさんに『メッ』って顔をしながら、ちょっとだけ叱った。
「………でもさ…だってさ……」
電気屋の休憩所。コウイチさんは自分の定位置に不機嫌そうに…でも、どこかしょんぼりとした感じで言い訳を探しているけど、見付からない。
「……タイル屋さんも、ペンキ屋さんも、大きなケガがなかったから良かったですけど…そんな、大暴れする程のことじゃ無かったの、分かってましたよね?…ホント、ダメですよ」
「………」
「コウイチさんっ」
「………はーい」
ぼそっと、不機嫌そうに。でも、叱られてどこかホッとしたみたいに。
最近のコウイチさんは、何だか少し変だ。
ものすごく寂しそうで。でも、それに気付くのが嫌で、一生懸命に逃げ回っているみたいで。だから、変で。
寂しがっている理由。
それは、俺もコウイチさんも良く分かっている。
だから、敢て口にはしない。
でも。
コウイチさんが寂しがっている理由が分かるから、寂しくて。
『岡野君、宜しくね』
派遣会社からの指示で初めて行かされた工事現場。
ガチガチに緊張していた俺に、コウイチさんはニコッと笑って声を掛けてくれた。
会社をリストラされて、路頭に迷っていた俺を拾ってくれた、小さな、小さな有限会社。
コウイチさんは、高野電気工事の二代目。
前の現場で親父さんの親方さんから、現場施工の全てを任された職人さんだ。
現場の親方さん、なんて言ったら、現場前半から中盤に掛けて活躍する職種の人達は大抵が40〜50代が普通なモンだから、現場の初期段階から出入りしているコウイチさんは、かなりに異例な若さだったりする。まだ二十代だって言うのに凄いよね。
それでも施工技術は、見習いの俺から見ても上手いなぁ…って、分かるぐらい見事なんだよね。
現場の大きな検査の度に検査員を唸らせられる数少ない職人の1人で、組の信頼も高い。
細身のクセに、ものすごい力持ちで、10kg以上あるようなコンクリートの掘削機で、1日作業しても平気な顔をしていられる。(因に俺は1時間も持たない……)
困ったことに血の気が多くて喧嘩大好きだから、ビビられちゃって気付かれないことが多いんだけど、良く見ると美人系。笑った顔なんて、ホント、可愛くて、綺麗で。
俺より2つも年下なのに、しっかりしてるし、優しいし。
でも、時折とっても子供らしくて。
真直ぐで。
俺が…好きな人で。
でも、コウイチさんにはとても大切な人がいたりする。
どんなに想っても想っても、想うだけしか出来ない人。
やっぱり、谷田君がいないと寂しいですか?
ユウの夢は写真家になることなんだ。
噛み締めるように。
まるで自分のことのように誇らしく。
でも、どこか寂しそうに、谷田君の夢を教えてくれた。
夢を叶えて欲しいと思うのも、側に居ないことを寂しいと思うのも、きっとどうしようもないくらい同じ次元の気持ちなんだろうな。
『やっぱり、谷田君がいないと寂しいですか?』
一緒に作業をしていると、思わず聞きそうになってしまう。
寂しいなんて、当たり前だ。
だって、アメリカに渡ってからもう半年が過ぎる。
遠距離恋愛、なんて良く言うけれど、アメリカは遠すぎる。
俺はまだまだ見習いで…谷田君も見習い電気工事士だけど……でも、俺なんかより全然出来る見習いで……だから、いつもペアで作業をしていた谷田君の代わりになるのはとてもじゃないけど難しい。
相方としても谷田君の代わりになれないんだから、恋人の代わりなんて言語道断。
出来っこない。
いくら好きでも『代わり』は、嫌だ。
って、言うより、好きだからこそ、代わりは嫌だ。
あーあ……ホモだってだけでも障害が多いって言うのに……よりにもよって恋人がいる人を好きになっちゃうっていうのはどうしたもんかなぁ……。
せめて仕事の相方として頑張ろう、谷田君までとは言わなくても、谷田君の半分…や、四分の一ぐらいはって努力するものの、
『あ、アレ』
なんて言われても、何のことだか分からないのが大半だ。
気持ちばっかり空回りしている俺に、コウイチさんが追い討ちをかけるように、
『ユウ』
なんて、全然似ていない俺を谷田君と間違えるもんだから、余計に辛くなったりしたりする。
寂しいだろうな。寂しいよな。
もう、聞くまでもなくて。
………谷田君、ダメだよ。こんな寂しがり屋の恋人をおいて連絡の一つも寄越さないなんてさ……。
何となく気まずい1日がようやく終って。
「お疲れ様でした−っ」
片付けが終って、俺がコウイチさんに頭を下げると、
「岡野君、今日、ヒマ?」
って、聞かれた。
「あ、はい」
………思わず正直に返事をしてしまったのが災いだった。
「じゃあさ、今日岡野君家に遊びに行っても良い?」
「え?」
「…マズい?」
「いやっ、そんなっ…でも、俺ン家、凄い散らかってますよ」
「そんなの全然良いし。な?良い?」
断る理由なんて見付からなくて。
何か、色々詮索するより先に、仕事の後にコウイチさんと付き合えるって言うか、一緒にいられるってチャンスに舞い上がっちゃって、
「はい…っ」
なんて、嬉しげに返事をしてしまった。
「ホント?ヤッター」
…途端、ニコッと笑われ、心臓が『バグッッ!!』と、跳ねた。
久し振りな分、直撃で。
谷田君の代わりになんてなれないけれど、それでも、この人に少しでもたくさん笑っていさせてあげたいって、強く思った。
「良かったら夕飯食べていきますか?」
「あっ、うんうんっ。岡野君、料理とか得意なんだ?」
コウイチさんの笑顔に吊られて、自分まで笑顔になるのが分かる。
「そんな、得意ってモンじゃないですけれど、カレーぐらいなら作れますよ」
「カレー?うわっ。俺カレー大好きッ」
「良かった。じゃあ、帰りにスーパーに寄ってもらっても良いですか…あ、でも、着替えとかどうします?」
「ん?あ、良いよ。どっかで買ってくよ」
「そんな、勿体無いですよ。別に、散らかってるんですし、そのままでも全然…」
「や、俺が良くないから。ね、付き合ってよ。そしたら買い物も付き合うからさ」
「分かりました。じゃ家の近くにジーンズショップありますから案内します」
「あ、うん。頼むね。……んじゃ、帰ろう」
「…………はいっ」
本当に大したことない会話なんだけど、気持ちが弾んだ。
好きな人と一緒に帰る。
本当は遊びに来るだけなんだけど、それでも、帰ろうって言葉が入る。
凄く、嬉しい。
まるで付き合ってるみたいだ。
いやいや、そんなことはなくて…なんて頭の中で突っ込みを入れる。
でも、嬉しい。
やっぱり、コウイチさんはこうやって、嬉しそうに笑っている方が似合ってる。
ああ、出来るだけ長く笑顔でいさせてあげるんだ。
楽しませてあげるんだ。
谷田君の代わりとしてじゃなくって、
俺として。
「さ、乗って」
「はいっ」
コウイチさんが仕事に使っている車の助手席に乗り込む。
「道案内頼むね」
「はいっ」
「えーっと、とにかく杉並の方に向かえば良いんだよね」
「はいっ!」
「岡野君」
「はい?!」
「そんな、固くならなくて良いから。普通に、ね」
「…す、すみません」
クスクス笑われる。いつもだったら顔から火が出るくらい恥ずかしい筈なんだけど、なぜか今日は、笑ってくれるってだけで、もの凄く嬉しかった。
「んじゃ、行くよー」
「はいっ」
ゆっくりと車が走り出し、現場のゲートを抜け、俺の家の方へとハンドルを切る。
ジーンズショップで一揃え服を購入して、そのままスーパーへ。
「あれ?コウイチさん、服は?」
「あれは、身体洗ってから」
「え?」
「シャワー、借りても良い?」
「良……良いですよ」
カートが珍しいのか、楽しそうにガラガラ押しながらスーパーの中を歩く。
「あ、コレ旨そう」
とか言いながら、関係のないものまでカゴの中に放りむ。
何パーティー?!って、ぐらい買い込んで、冷蔵庫に入る気が全然しなかったけれど、それでも良いや、って思った。
だって、コウイチさんが楽しそうだから。
コウイチさんの、楽しそうにしている一挙一動がドキドキするから。
(谷田君、ゴメンね)
心の中でこっそり謝ってしまうくらい、思わず勘違いしてしまうくらい、コウイチさんは楽しそうで、それを見ていた俺は嬉しかった。
その時の、コウイチさんが何を考えていたのかも考えないで。
つづく
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