【peep show】

2

 儂の中の鳳凰が重量を増し、筋肉を発達させ、ばさりと大きな羽を羽ばたかせ、とうとう命を宿し始めた。
 これぞと思った瑞鳥の動きをしっかりと目に焼き付け、一気に本紙に全身を描きおとした。
 描きおとすのは一瞬の作業に違いは無いのだが、ここ一番の集中力が必要だ。
 白い紙に向かうこと二日。
 寝食を忘れ、感覚の全てを紙へと向かわせた。
 蔵にいる、あれのことを忘れた。
 サンジの存在すら忘れた二日間だった。
 その間、サンジは儂に一言も声を掛けては来なかった。
 おそらく大事な時なのだと、肌で感じてくれたのだろう。
 だが、事件は下絵を描き終えた夜に起こった。

 「先生」
 いつになく怒った顔をしたサンジが儂に声を掛けた。
 「ん?なんだ」
 「鍵を下さい」
 「鍵?どこの鍵だ?」
 「蔵の鍵です」
 驚いて、直ぐには言葉を返すことが出来なかった。
 サンジは真剣な顔で儂に言った。
 「二日間です」
 強く責める口調で続ける。
 「ずっと我慢してだけど、もう限界です」
 怒った表情のまま、右手を差し出した。
 「何で先生に付き合わされなきゃいけないんですかっ」
 「何が」
 「もう一人の人がですっ」
 二日ですよ。サンジは儂に詰め寄る。「先生、二日間食事を持っていかなかったじゃないですかっ」
 怒りにサンジは身体中を震わせていた。
 「食事を与えないなんて…最低です」
 「サンジ…お前…儂が蔵に行くのを見たのか?」
 「はい」
 ふつふつと怒りが湧くのを感じた。
 「詮索するなと言っただろうか」
 信じられない程大きな声が出た。
 「儂と約束しただろうがっ」
 「だから、黙って見てたんですっ」
 サンジは一歩も譲らずに、儂を睨み返してきた。
 「夕食だけ三人分って言ったから、俺は最初夜に誰か帰って来るんだと思ってました。でも誰も帰って来なかった。詮索出来なかったから、最初の夜は作った分をどうすれば良いのかも分からなかった。でも、そしたら先生が俺が用意しといた夕食を持って外に出たから」
 「…後を付けたのか」
 「付けてない。詮索するなって言われたから。蔵は先週偶然見付けた。先生が食事を持って歩いて行く先にあるから中に誰かいるんだって直ぐに分かった。でも」
 怒りを押し殺して、必死で理論的に話そうしている。
 だが、どうにも上手く出来ていない。
 「詮索するなって言われたから…っ。でも考えずにはいられない。足りてんのか…?って。大丈夫なのか?って…いつからいんだよって…どんな人なんだって……。先生が本番描き始めたんだって直ぐに分かった。先生が食わないのも心配だったけど、いざとなったら俺がいるから大丈夫だって思ってた。でも…っ、蔵の中の人は…っ…!先生が面倒見てんだろ?!だったらせめて一日に一回しか持ってかない食事は欠かすなよっっ!!出来ないんだったら…っ!!」
 最後は悲鳴に近い声で怒鳴った。
 「俺に頼めば良いじゃねーかっっ!!」
 怒りと…なぜか恐怖の表情が入り交じったサンジの表情。
 「食事って…大事なことなんだよ…っ」
 悲痛な声。
 重く…重い言葉だった。
 
(………ああ…そうか……)

 

 幼い時に遭難したと聞いている。
 三ヶ月間、死と隣り合わせに生き続けたと聞いている。
 救助された時には餓死寸前だったと聞いている……。

 この少年には、深く治らぬ傷があるのだ。

 サンジは長いこと口を噤み儂を見詰め。
 必死で心を鎮めようと、何度も深呼吸を繰り返し。
 静かに言った。
 「余計な詮索はしない。約束する。でも、食事の管理に関してだけは…別だ」
 もしも、きっかけは何だと聞かれれば、そう言い切った後のサンジが見せた表情だろう。
 本当に、美しいと、思った。
 どろりとした液状の感情が身体の奥に蠢めき溜まる。
 それは、久しく忘れ果てていた感情だった。
 老い枯れた儂には強過ぎる感情だった。
 痛く、熱く、溶岩のような荒々しさだ。
 「………」
 咄嗟のことに喋ることも考えることも感じることも出来なくなった。
 胸から始まる全身の痛さに、儂はただ耐えることしか出来なかった。
 
 「料理は俺が運びます。だから、鍵を下さい」
 くっ、と、顔を上げ、真っ直ぐに儂の目を見詰め。
 柔らかな、だが、決して有無を言わせない口調で。
 「先生、お願いです」
 「……判った…」
 どうして逆らうことが出来ようか。
 「…ただし食事以外は儂の許可無く会ってはならんぞ。良いな」
 「はい」
 完全に主導権を握っている筈のサンジだったが、従順に儂の言葉に頷いた。

 

 

 

 

 『カチリ…』
 敷地の一番奥にある蔵の前に立ち、頑丈な錠前を外す。
 力を込めて扉を引くと、錆びた音を立てながら扉が開く。
 人一人やっと入れる程の隙間が開くと、身体を滑り込ませるようにして隙間から中に入る。直ぐ目の前には今度は木製の扉が出て来る。鍵の束から別の鍵を取り出しまた開ける。
 明かりを灯し奥に進むと、改築した一角に突き当たる。
 ここは通いの弟子にも伝えていない秘密の場所だった。

 儂が扉の鍵を開けると、それまで大人しく後ろから食事を持って付いてきていたサンジが儂の前に立った。
 『コンコン…』
 サンジの細い指が扉をノックすると、暫くしてゾロの警戒したような声が聞こえてきた。
 「…誰だ?」
 なぜかサンジは驚いたような顔をし、それから自分の名前を名乗った。
 「今日から暫くは俺があんたの食事を運ぶから」
 「…おい光斎(こうざい)」
 ゾロが儂の名前を呼んだ。
 「そこにいんだろ」
 「…ああ。ここにおる」
 「良いのか?」
 「…ああ。儂が許した」
 「そうか」
 ゆっくりと扉が開けられた。
 サンジの肩がピクリと震えた。
 ゾロに初めて会う人間は、誰でも同じ反応をする。やはりサンジも例外ではなかった。
 飼い馴らされた猛獣というものは、どうにも人の心を魅了するらしい。
 (だから幽閉してたというのに……)
 背中を見るだけでサンジがどんな表情をしているのか手に取るように分かるのが、辛かった。

 「腹……減っただろう…だ…大丈夫か?」
 「ああ。大丈夫だ」
 そう言えば、ゾロもサンジと同じ年だったな…と、痛む心のどこかで考えた。
 「…良く噛んで食えよ…。腹…壊すから……」
 「ああ。分かった」
 膳を渡す手が震えているのを見逃さなかった。
 サンジを見ていたゾロが儂に視線を移す。
 「コイツは俺を抱きに来たのか」
 いつもの様に聞いてきた。
 「なっ……」
 言葉を失っているサンジの後ろで儂はゆっくりと首を横に振った。
 「儂にも分からん」
 それ以上側にはいられなかった。
 儂はサンジに鍵を押し付けると、踵を返しそのまま一度も立ち止まらずに自分の部屋へと逃げて帰った。
 
 『ピシャッ』
 乱暴に襖を閉める。
 足下の鳳凰の下絵を穴があく程強く睨み付けた。
 (儂が先に……)
 「……サンジに…戀を……したというのに……」
 どす黒い炎のような、醜い感情に飲み込まれた。
 嫉妬だと気が付く前に、儂は感情にまかせて側にあった顔料の入った鉢を力任せに絵に叩き付けた。
 真っ赤な顔料は、一瞬で下絵の全てを消してしまった。
 血の海のようだと、荒ぶる感情のどこかが考えていた。
 まるで…あの日のようだと……考えた。
 不快感に脳の血管が切れそうだった。

  
 ゾロは二年前に迷い込んできた、獰猛な獣だ。
 体中から血を流しながら二本の刀をかき抱いていた。
 今よりももっと少年然とした、今より線の細い少年だった。
 放っておけばきっとそのまま死んでいた。
 ゾロはすっかり観念したように、瞳を閉じて死を待っていた。
 縋るように、二本の刀を抱き締めながら。
 物騒なのは一目で分かった。
 助けたのは、儂がゾロと言う人間を知らなかったから。
 ただ、それだけだった。
 もしもあの時ゾロの本質というものを見抜くことが出来れば………
 ……いや、もう過ぎたことだ。
 彼はこうして、今も生きてあの蔵の中にいるのだ。

 儂は、知り合いの医者を呼びつけた。
 儂が海賊時代からの知り合いで、金は掛かるが信用出来る男だった。
 人目に付かないようにと敷地の奥に建てた蔵に運び込み、止血を施し、消毒を施し、治療を行った。
 華奢な少年の身体は血を拭き取ってみれば物騒な程に傷付いていた。幾つかは、致命傷にもなりかねないような深手もあった。
 気を失ったゾロは、一週間も眠り続けた。
 そして、目が覚めた時、彼の持つ独特な美しさに息を呑んだ。
 強く危うい視線だった。
 躊躇いの無い、後悔の無い。
 目を離せば、直ぐに消えてなくなりそうな…今目の前に生きていること自体がまるで奇跡の様な…間違いなく強いのに…その強さのあまりに破滅していくかのような…刹那な瞳を持っていた。
 真っ直ぐな鼻筋。
 薄い唇。
 華奢な身体には不釣り合いな程の、大きな耳の飾り。
 熟し切らない子供の身体。
 まだ子供だというのに、全身に血の匂いを纏った修羅の身体。
 欲しい、と、思った。
 造形だけでは説明出来ない美しさは、これからこれからどう成長していくのか知りたくなってしまったのだ。
 物騒な子供?
 一体それが何だというのだ?
 猛獣ならば檻に閉じ込めれば良いだけだ。
 儂は少年が動くことが出来ないうちに、蔵を大工に改造させた。
 そして、儂は鳶色の瞳美しい少年を手に入れた。

 最初の犠牲者は、ゾロを助けた医者だった。
 傷の治療をしているうちに、熟し切らない子供の身体に欲情したのだ。
 蔵に漂う血の匂いに、また何が起きたのかと、ゾロの側へと急いだ。
 血の海の中で一糸纏わぬゾロが刀を握り締めていた。
 『ゾロ…っ』
 感情の無い表情のまま、ゾロはゆっくりと儂に視線をあわせた。
 …今でも鮮明に覚えている。
 ぬらりと血に濡れたゾロ。
 冷たい視線は、快感に僅かに潤み。
 血の海の中で。
 男根を勃起させ。
 『……斬ったら…勃っちまった…』
 報告するように、身体の変化を儂に告げた。

 

 儂の肉筆画の中には、幾つかの枕絵が世にひっそりと出回っている。
 一部の人間のみしか知らない、衆道枕絵だ。
 男の身体の下で、快感を隠しもせずに足を広げる少年の菊座には、黒々とした男根が根本まで突き刺さっている。汗で身体を濡らし、内股は精液にまみれ、まだ幼さの残る男根は、揺さぶられるがままに卑猥な曲線を描いている。
 複数の男に嬲られる絵もあれば、首を切られた男の血を浴びながら自ら腰を揺する絵もある。
 緑の髪をした少年は、二年を掛けてゆっくりと儂の画の中で成長をしている。
 やがては大人の男となって、一層男らしくなっていくだろう。
 しかし、彼はいつまでも男の下で喘ぎ続けるのだ。
 女として与えられる快感を徹邸的に教え続けた少年は、抱かれることしか知らないからだ。
 たとえ、相手がどんな人間であっても、抱かれるのだとゾロと約束を交わしてあるのだ。
 時折に交わる相手の中に、首に賞金を掛けられた海賊が混ざることがある。
 秘密裏に相手を捜さなければならない上に、一晩中濃厚な交わりを続けられる屈強な男ともなると、相手の素性に気にしている訳にはいかない時も多いのだ。
 ゾロは激しい性行を好む。
 獰猛な獣は、凶暴な男根を望むのだ。
 しかし不思議なことに、賞金首が掛かった男は、朝が来るまでには刀に斬られて死んでいく。
 賞金首だけ、殺されるのだ。
 前科を持った男達には枕絵で有名になった少年と交わるのは命がけの所行になった。
 いつしか少年は『海賊狩り』の異名を付けられるようになっていた。

 ゾロは儂に忠誠を約束した。
 落とす命を救われた、恩を返すと約束したのだ。
 獰猛な獣はこうして儂に飼われることとなった。
 本当ならば鍵を掛ける必要など無いのだ。
 ゾロは決して儂の許し無く、儂の側から消えない。
 強固な蔵は、むしろゾロの喘ぎを漏らさない為の壁であり、頑丈な鍵は、ゾロから命を守る為にあるのだ。
 犯される快感を知り、犯され続ける無限の地獄を甘受する。
 胃袋が食事を欲しがるように。
 尻が男を欲しがる男にいつしかなった。
 儂以外の男は皆、ゾロに取っては交わる相手に他ならない。
 たとえ、相手がどんな男であったとしても。
 ゾロもまた、美しく成長を続けている。
 凶暴に魅惑的に。そして卑猥に。
 

 どれぐらいの時間が経っただろうか……。
 サンジは未だ蔵から戻らない。
 「一体何をしてるんだ…っ」
 口にするまでもない。
 抱き合ってるに違いないのだ。
 共に蔵で過ごした男で、抱かずに終った男はいない。

 二日前の屈託なく笑うサンジの顔を思い出す。
 ああ畜生。
 儂は手にすら握っていない。
 枯れた老人の身で、何を嫉妬に狂っているのかと正直儂は悲しくなった。
 だが、それが何だというのだ。
 儂はサンジが好きなのだ。
 もしも願いが叶うなら、儂の男根をサンジの身体に突き立てたいのだ。
 どうして儂は……老いているのだ。
 老人は、戀することも許されないのか。
 少年のしなやかな身体を悦ばせたいのだ。
 勃起など叶わなくなった今日の、今でも。
 遥か昔…海賊だった頃のように、突き壊すまで悦ばせたいのだ。
 海賊だったの頃のように。
 ゼフと共に海を渡っていた頃のように。
 思考が止まった。
 「……海賊の……頃のように……?」
 サンジはゼフの頼みで預かった少年だ。
 …サンジはただの料理人か?
 ………それとも……
 「……こうしちゃおられん…」
 気が付くと、儂は蔵に向かって走り出していた。

 

 

 

 

 「サンジ…っ……」
 弱った肺をぜぇぜぇと鳴らしながら、蔵の入り口でサンジの名前を呼んだ。
 だが、全く大きな声にならない。
 痛む膝を叱りつけ、ヨロヨロとふらつきながらも蔵の奥へと進んでいった。
 突き当たりにはゾロの部屋。
 目を凝らして見詰めるが、サンジの姿は見当たらない。
 「…サン…ジ……っ」
 息も絶え絶えに愛しい少年の名を呼んだ。
 薄く開かれた扉の前に辿り着く。
 「………あっ………」
 色めいたゾロの喘ぎが耳に届いた。
 途端、心臓が冷たく、つきりと痛みが走る。
 「は…うっ……ああ…あ…んっ……」
 甘い喘ぎが直接心臓に突き刺さる。
 「…くっ……」
 ギリギリと歯を噛み締めて嫉妬の情念を飲み下した。
 (そうだ…サンジは…)
 薄く開いた扉に手を掛け力を入れる。
 そのまま力一杯開こうとしたが、出来なかった。
 「あっ…んん……良い…っ……もっ…と…くれよ…あう……」
 ゾロが快感を強請って相手に声を掛ける声が聞こえる。
 いつもの屈強な男達に組み敷かれる時の声とは違う、穏やかな喘ぎの声に、手が動かなかった。
 「お前の…っ…舐めさせて…くっ……れよ…」
 聞いたこともないようなゾロの甘えた声に、好奇心がむくりと頭をもたげ始める。
 一体どんな交わりを繰り広げているのだろうか……。
 何やらかさかさと動いた気配を感じた後に、
 「んっ…」
 ゾロのではない、快感を押し殺した喘ぎが漏れた。
 (サンジ…)
 儂の使くことも無くなった男根の奥で何かかトロリと滴るのを感じる。
 (見たい…見たい)
 欲望を抑えられない。
 薄く開かれたドアをそのままに、儂は扉の脇の壁に回った。
 組木のような細工を施した壁の一部の仕掛けを動かす。
 『カタリ…』
 と、壁は小さな音を立て、この部屋本来の機能を果たす為の小さな窓が姿を出した。
 へばりつくように壁に身体を密着させ、小窓の口から中を覗いた。
 覗き窓の仕掛けの音に気付いたのだろう、聞き慣れているゾロの視線にぶつかった。
 何か言いたげに口を動かしかけたゾロだが、薄く目を細めただけで何も言わず、サンジの股の間に顔を落とした。
 「あう…っ」
 舌技に翻弄されたかのような喘ぎを漏らし、布団の上に足を広げて座っていたサンジは、左手で揺れる腰を浮かせられるように布団に手を付き、右手で股間に顔を埋めているゾロの頭を何度も何度も撫でていた。
 ゾロはと言えば無心に舌を動かせながら、俯せに膝を立て、尻を高く突き出し左手で自分の一物を擦り上げては快感の波に身体をくねらせている。
 見慣れた体位であり、見慣れた手順だ。
 だが、凄まじいまでに艶かしく淫らな光景だ。
 ゾロの尻が男根を欲しがり切なげに揺れる。
 忍び込ませた左手は、次第に動きを速めて行った。
 「うっ…んっ……ああ…っ…ゾ…ゾロ……っ…」
 揺する腰の動きが大きくなって止められそうにもなくなったサンジがゾロの口内を犯すかのように突き上げている。
 時に刀を握り締めるゾロの手は大きく指が節くれ立っているものの、まだシミ一つない滑らかな肌で綺麗に覆われている。
 尻をがくがくと振りながらも、自分を刺激していた左手で、サンジの内股を優しく押さえた。
 内股に、ゾロの指先に付いていた先走りの粘液にも似た体液が付いて濡らされたのにも気付かずにいる。
 「あっ…良い……イク…っ…も…イク…ううっ!」
 珍しく、素直に口で達しさせるゾロの表情は、初めて見るような恍惚とした表情だった。
 「……っ」
 温度の感じる、柔らかな表情だった。
 荒い呼吸を繰り返し、倒れ込むように布団に身体を投げ出したサンジの身体に這い上がるようにゾロが上ってくる。精液を吐き出した男根は疲れたようにぐったりとしていたが、ゾロは間近に顔を寄せながら、激しく自分の一物を勃起させたままの状態で、丁寧に刺激をし始めた。
 「…ん…」
 若い身体は直ぐに次の反応を始める。
 片時も手での刺激を止めずにゾロはサンジの上に跨がるような姿勢を取り、自分の尻を上からゆっくりと落としながら、サンジの一物を銜え込んだ。
 「くぅ…っ……あっ……あああ…うっ……」
 自ら身体を上下させ、自分が最も感じる場所に、完全に固さを取り戻したサンジの男根をぶつけさせる。
 「ゾロ…」
 「あーっ…あー…あーっ…」
 次第に動きを大きく乱れさせ始め、時には腰を回転させる。口を開き、目を瞑り、引っ切りなしに喘ぎの声を漏らすゾロにサンジ目のは釘付けになっている。
 狂ったように快感を貪るゾロの腰をキツく掴み、サンジが激しく腰を揺らした。
 一瞬見開いた鳶色の瞳は、初めて快感を与えられたかのように涙で濡れて輝いていた。

 儂は夢中になっていた。
 腸を煮え繰り返した嫉妬心すら忘れるような光景だった。
 何もかもを忘れて記憶に焼き付けようと必死に覗いた。
 「あっあっああ!!ああああああっっ」
 ゾロの喘ぎが悲鳴に変わる。
 凶暴な獣の咆哮だ。
 絶頂が近付いてきたようだ。
 儂は、呼吸すら潜めて二人の絶頂を見守った。

 他人の肉欲をまるで自分のことかのように、酷く興奮しながら達する姿を見守った。

 

 

 

 

 一ト月後。
 六曲一双の屏風を依頼主の家に届けた。
 二つから成る屏風の面には、左隻に雄々しくも美しい鳳凰が重力の力を断ち切るようにその美しい身体を宙に浮かせ羽ばたいている。羽をうねらせ上昇する姿は、高みの極みへと向かおうとする姿そのものだ。
 そして右隻には妖艶な鳳凰が、閉じた瞳をゆっくりと開こうとする瞬間が描き留められている。
 つがいの鳳凰は全く別の特性を持ちながらも、根底に同じ血を巡らせている。
 五色の羽を無数に携えた華やかな極彩色の瑞鳥。
 つがいの鳥は、一羽が青い瞳を携え、一羽は鳶色の瞳を持つ。
 感情が頂点に達した瑞鳥達は、穏やかな無我の境地に今は在る。

 半月も経たないうちに、
 『空恐ろしい』
 と、つがいの瞳に耐えきれず、儂の家へと返して寄越した。
 ならばと儂は、当たり障りの無い瞳を持った鳳凰の屏風を描き、報酬も受け取らずに武将の家に届けてやった。
 これは良いぞと、今でも武将の奥座敷に、でん、と、置かれて客人を待っている。

 本当の芸術というものは、そういうものた。

 

 時折サンジは儂のところに絵を学びに来る。
 決まって蔵へと夜は籠ってしまうが、最近は自分の中の嫉妬心と戦うのにも慣れてきた。

 老人は、全てのものがやがて許せる時が来るのだ。
 今はまだ、恋敵だとゾロを敵視もしてしまうのだが。

 儂が描いた瑞鳥達は、いつか歴史に名を残す。

 

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