【青い制服緑の髪】
11
問題。
『年明け、郵便局で一番恐れられているモノは何だ』
正解。
『小銭』
もしくは『三つ折りにされた新券』
だ。
払い込みやら、送金の後にカバンの中から徐に小銭を引き摺り出しながら悪びれもせずに客が切り出す。
『後、コレ。貯金して頂戴vv』
ビニール袋やコーヒーの瓶、貯金箱のまま何て言うのもある。○○円貯まる貯金箱…っつー貯金箱を開封もせずに持ってきやがる客もいる。(だからウチの局じゃ筆記用具入れの中にナチュラルに缶切りが入ってたりする。正月明のこの時期はありえないぐらい重宝している)
中には五十枚ずつ棒状にして紙に包んでくるヤツまでいる。
別に機械が数えるから何枚持ってこようが良いんだが、大量に持ち込まれる硬貨の中にはとんでもない『混じりモノ』が入っている。
クリップ・ボタン・輪ゴム・外国の小銭にゲームセンターのメダル。どうして混ぜるのか想像も出来ないが、たまにアクセサリーだのキン肉マン消しゴムだのありえないものまで混ざっている時がある。
小銭の中の異物ってヤツは、たった一つ入っていても機械を止める『厄介モノ』だ。最悪機械もブッ壊しかねない。
それでも百歩譲って機械が認識出来る異物なら計数間違いを起こすこともねェから良いんだが、外貨の中に日本の硬貨と重さも大きさ全く同じヤツが存在する。
それだけは本気でやめてくれ。
受け入れちまった日には、後の手続きが厄介な上に局の評価まで下げられちまう。
硬貨整理機(アノ、ガラガラと小銭を数える機械だ)っつーのはそう簡単には更改して貰えねェ。こっちは何年も前の使い辛ェ機種、宥めすかして使ってるんだ。いっくら持ってきても良いから、出来れば純粋に『日本円』だけ持ってきてくれ。
後、ついでに言っておくが、郵便局は現在両替省の認可を受けてない金融機関だ。だから曲がったり潰されて、機械で計数出来ねェような変形硬貨は受け付けの対象外になっている。手数掛けるが、返された金は銀行へ持って行ってくれ。
三つ折りされた新券の入金も、実は辛ぇモンがある。
年末に大量に世の中に新券が流通する。
で、新年になるとほとんどの新券が三つ折りにされて戻ってくる。
三つ折りの新券、百枚束にしたところを想像してもらえるか?
……アレ、扇状にも開かねェし、普通に数えようにも金がピッシリと折れ曲がってきて数えにくいことこの上ねェし、機械に数えさせることもままならねェんだ…。
何だろうな…ぽち袋っつーのはあのサイズじゃなきゃダメなのか?
いっそもっと小さくして、六つ折りにしないと入らない方が、折り目のバランス的にありがたいんだが……。
それから煩せェとは思うが、祝いの時の三つ折りっつーのはな、顔が表に来るように折るもんだからな。折り方間違えてるとマナー違反だけじゃなくて、帯封掛ける時、札の裏表合わせて札束作ってる郵便局員も苦しんでるんだぜ。
つっても、一年間大事に貯めてきた硬貨やお年玉を使わずに貯金しようなんてぇのは、事業的にはありがたいことだ。
ありがたい。
…ありがたい…が……
………いや、ありがたい。
三時までに持って来てくれるなら文句無しで有り難い。
因に今年は年明けの営業から二日間で、通常業務の二週間分の小銭が集まった。
「珍しいわね」
「…んん?」
夕方、怒濤の勢いで日程決算の処理を終らせ、局員総出で小銭の整理をしている最中にナミが声を掛けてきた。
「何だよ」
「機嫌悪くならないのね」
「何で?」
「あら?」面白そうにナミが笑う
「だって今日は新年第一周目よ。小銭に新券に通帳新規。そうじゃなくても忙しいのに無駄に仕事が増えてムカつく、なんて毎年文句言ってんじゃない」
それなのに、と、手は休めずに言葉を続ける。
「今年はヤケに穏やかなんじゃなーい?」
「いつもと変わらねェよ」
「ウソウソ」
手際良く袋詰めされた小銭に封緘をし、ウソップに渡す。
「ごめーん、これも一緒に金庫に持ってって」
「ああ、良いぜ。よっこらしょ…と」
新しい袋を手に取りナミが俺を見上げる。
「通帳新規の子供にバイバーイなんて手振ってたの誰でしたっけ?」
「…テメェ何余裕かまして人のこと見てんだよ」
「何自意識過剰なこと言ってんのよ。仕事の合間に『見えた』だけですよーだ」
「同じだろっ」
「違いますーっ」
「………」
ベーッと舌を出したナミは俺の背中をバシッと叩いて笑った。
「ルフィから聞いたわよ」
「痛てっ!何をだよっ」
「『気になる人』が出来たんだって?」
「っっ!!」
「図星?」
やけに楽しそうに覗き込んでくるナミから視線を逃がしルフィを睨み付ける。
「ルフィ!お前…!」
「何だ?」
「何教えてんだよっっ!!」
「んん?口止めされてたっけか?」
シシシッ♪と笑ってる上司に向かって消しゴムを投げる。
「痛でぇっっ!!」
「ゴムだから痛くねェッ!!」
「でも痛かったぞっっ」
「関係ねェッッ!!テメェ何喋ってんだよっっ!!」
「こらこら主任さん、上司に向かってそんな言葉使ってはダメよ」
「そーだそーだ」
「ルフィ!局長の後ろに隠れてんじゃねーっっ」
「ギャーギャー言ってないのっ。ったく二人して子供なんだから」
「なっ…ガキじゃねーよっっ」
言い返そうとすると、ビシッ!っと鼻に人差し指を突きつけられる。
「ぐっ…」
「良いじゃない。アンタらしく無くて」
「……どー言う意味だよ」
ナミは妙に含みのある笑いを漏らしてにっこり笑う。
こういう笑いをする時は、コイツは大抵ロクな言葉を続けてこない。
「…んで?どんな娘なの?」
「………あのなぁ…」
……ほらな。
「生憎と、お前が聞きたくなるような話じゃねェよ」
気になるって言ったって、相手は男だしな。
「えーっ。そんなの聞いてみなきゃ分からないじゃない。ねー、アタシの知ってる娘?カワイイの?もしかしてウチのお客さん?」
「…いい加減にしろよ」
ほとんど当たってるのでもう無視することにする。
何を言っても返事もしないで仕事を続ける。
「………もーっ。いーもんっ。絶対シッポ掴んでやるからねっっ」
結局、ナミが諦めたのは残務整理も終って局舎から出る頃になってからだった。
「悪かったな」
隣に並んで歩くルフィが悪びれもせずに言ってきた。
歩く早さは緩めずに無言でギロリと睨んで前を向く。
「んーだよ。怖ぇなぁー」
「誰が悪いんだよ」
「んな、黙ってなくたって良いじゃねーか」
「……」
ちぇっガキだなぁ…とか、隣で言われてカチンっときたが、これも無視する。
暫く黙って歩いてたら、今度はかなり真面目な声で尋ねられた。
「そんなに好きか?」
「……」
「なぁ」
「………まだ解らねェ」
第一好きとかそう言うんじゃねーし。
相手知らねェからすぐ恋愛対象に持って行こうとしやがって。
俺が『気になる相手』っつーのは、男なんだよ。れっきとした男。残念だったな。ヒマつぶしの話題にもならないぜ。
第一、気になることは気になるが、どう想ってるかなんて考えたこともない。
ただの料理屋の店長?
まぁ…それよりかはもっと近い存在かもしれない。
仲の良い友人?
つーか…友人どうしでセックスはあんまりしねェかもな。
でもだからって恋人だって訳じゃない。
確かにこの前デートだとか勝手に銘打たれて築地に二人で行ってきた。
つったって、デートって言うには待ち合せがあり得ねェ位早かったし、最終的にはばっちり荷物持ちにされた。
『やっぱ力持ちが一人いると買い出しは違うなぁ〜』
…なんて言ってやがったし。
あ、やっぱデートじゃねーし。
買い出しとか思い切り言われてんじゃねーか。
でもただの買い出しだったか?って言われたら…その後ソイツの部屋に呼ばれて…きっちりセックスしたか…。
「………」
帰りの車の中でサンジに『セックスしてぇ』って言われて…俺………
「……ゾロ?…おいゾロっ」
「……ん?」
考えてたらルフィの声がして我に帰った。
ああ、今帰り道の最中か。
数歩先で立ち止まって振り返り、俺を見ているルフィと目が合う。
「ん?」
「…悪かった」
ぺこりと頭を下げて謝られた。「言われるの嫌だったんだな。ゴメン」
「…もう良い」
「良いのか?」
「ああ。もう良い」
俺の顔を見て、笑った。
「良かった」
心底ホッとしてるのが分かるような顔で。
「…ルフィ」
「んん?」
「今日、飲みに行かねぇか?」
「ああ。良いぜ」
逆に、全部、言いたくなった。
全部、
全部。
近くの居酒屋に二人で入った。
ドトールの二階でやってる小さな店で、豆腐と焼酎が旨い店だ。
うわばみの上に大食いのルフィとだったら白木屋辺りが予算的にも丁度良いが今日は特別だ。
「へーっ…旨そうな店だなぁ」
案内された個室で、メニュー見ながら目をキラキラさせているルフィに注文を頼ませる。
「じゃあ、ココからココまでは全部三人分ずつで、これとこれは、全部二人分ずつ」
頼み方も豪快なら、食い方も豪快だ。
「お待ちどうさまでした」
「うおっvvいただきまーす」
いきなりメシから食い始めるが、コレはいつもの飲みのパターン。いい加減見慣れてきた。
「旨いなぁっvv」
口一杯に何か頬張って嬉しそうに食ってるルフィをグラスに注がれた焼酎を飲みながら眺める。
握り飯とか一口で食い切るし、熱いみそ汁も普通に一気飲みだ。立て続けに三人前食った後に、運ばれてきた揚げ物もヒョイッと指で摘むと、これも一口。
「あっ、ウメーッッvvなぁゾロ、これもう二人前注文しねぇか?」
「ああ良いぜ」
魚も一口。揚げ出し豆腐も一口。
寄せ豆腐は後半飲み物状態だ。
「ほら、ゾロも食え。旨いぞ」
「ああ」
遠慮してるつもりは微塵も無いが、こっちが食う前にありえないスピードでメシが消えて行く。
料理を運ぶ店員が、
「すごいですねー」
と、言いながら感心しながら次々と皿を運んで、空いた皿を片していく。
テレビでたまに大食いを得意にしてるヤツ等が量を競って食べてる番組があるが、正直ルフィの方が凄い。
まず目が違う。
完全に理性がなくなってそうだ。
腹が一杯にならないことには話も始まらねぇから、取りあえず放っておく。
そのうち満足したら話も出来るようになるだろう。
…しっかし…凄いな…。
久し振りに見ると尚更凄い。
豪快な食いっぷりは一種のショーだよな…。
「ルフィ」
「ん?」
「…ゆっくり食え」
「んっ」
「ふーっ旨かった」
散々食って飲んだ後、ようやく落ち着いたのか、ルフィが俺に話しかけてきた。
「…んで?ゾロはサンジのことどう思ってるんだ?」
「!!!」
思わず口の中の酒、全部吹き出した。
「何だよ冷てぇなぁ。あーあビシャビシャ」
「す、すまねぇっっ」
「ん?まー良いよ。それなり何だよ。大袈裟だな」
「だって…よ…お前、今何て言ったよ」
「何だよ大袈裟だな」
「や、じゃなくてその前」
「まー良いよ。それより」
「ルフィ」
ルフィは首を傾げて考えてから言った。
「ああ。サンジのことか」
「ばっ…声がデケェよ……」
「ん?ああ、悪ぃ悪ぃ」
俺は落ち着かせるために酒を注いで一気に飲み干す。
「……俺…あいつだってお前に教えたか?」
「いーや」
大きなゲップを出した後、膨れた腹を摩りながらルフィは笑う。
「言わなくても分かるって」
「何で」
「サンジを見る目」
心当たりにグッと詰まると、ニヤリとルフィが視線を寄越す。
「ゾロ、お前サンジが来ると仕事のペース変わるしな」
「……」
「サンジがナミと話してると、お前凄い顔してナミ睨んでるしな」
「……っ」
「ゾロはどんなに午前中機嫌悪くても、サンジのトコ言行って、メシ食ってくると機嫌治ってるしな」
「……ぐっ……」
「それに」ルフィは名探偵のような顔をしてみせながら、エラそうに人差し指を立てた。
「サンジのメシは旨い」
「………」
思わず大阪の芸人みたいにコケそうになった。
「……あのなぁ……」
「サンジじゃないのか?」
当たっているのに的を得ていない俺の上司だが、俺の言葉を遮って言った口調は妙にドスが効いていた。
「お前が気になる相手は、サンジなんだろ」
普段迫力の欠片も無いような男だが、いざと言う時は、俺ですら言い返せないような顔と口調で話しかけてくる。
年下で、何考えてるかも分からないような奴で、『俺は仕事は全然出来ねぇ自信があるっ』なんて言い切るとんでもない男だが、こういう時は決めてくる。
「………」
「違うのか?」
座った目で見詰められる。
俺はゴクリと唾を飲み込んで、ルフィの目を見詰め返した。
「…違わない」
そうか、と、笑ってルフィは少し声を潜めた。
「好きなのか?」
「…いや…分からない」
「何で?」
「……だって…あいつは男だぞ」
「それがどうした?」
「んな…可笑しいだろ?男が男気にしてるなんてよ」
「おかしくない」
キッパリと言い切られた。
「おかしくない。要は自分がどう思ってるかだろう?」
「………ああ……確かに…そうだな」
「んで?ゾロはどうなんだ?」
「どうって」
「どうなりたい?」
「………」
「好きなのか?」
「………」
答えられなかった。
俺はサンジを恋愛対象として考えたことなんて一度もなかった。
だってそうだろう?俺もあいつも男だし。
男同士で恋愛なんて有り得ねぇし。
考えようともしなかった。
必要なかったから。
なのに今好きかと聞かれて即答出来ない。
男同士の恋愛は無しだって思うなら、この気持ちは『好き』とは違う。簡単なことだ。
なのに、『違う』とは言いたく無い。
……なんでだ?
俺は、サンジが…好きなのか?
…………考えたこともなかった。
「どうなんだ?」
「……正直…分からねェ…」
「じゃぁ今考えたらどうだ?」
「今か?」
「ああ。今だ」
ルフィは、じっと俺を見詰める。「お前の気持ちなんだ。お前が一番分かってる筈だ」
「………」
自分の中に答えを探す。
サンジの顔。
サンジの声。
サンジの身体。
サンジの料理。
サンジとのセックス。
サンジの笑った顔。
サンジの怒った顔。
サンジの。
サンジの…。
どれも…好きだ。
だが、この好きは、どの『好き』なんだ?
…恋愛なのか?
それとも全く違う『好き』なのか?
………
「………」
じっと待つルフィを見詰めて、自分の中を見詰める。
続く
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