【青い制服緑の髪】
12
好き
頭の中で何度も呟いた。
何の『好き』だ?
自分の中の何の『好き』と『コレ』は似ている?
自分の中に存在する『好き』を探した。
剣道。
シモツキ。
コウシロウ。
道場。
くいな。
布団。
枕。
剣。
修行。
メシ。
サンジ。
くいな。
サンジ。
剣道。
サンジ。
くいな。
サンジ。
くいな サンジ 。
でもこれは…一番近くて、一番遠い。
『好き』だから悲しい。
『好き』だから辛い。
『好き』だから、思い出すのも嫌な。
『くいな』
俺はくいなに恋愛感情を持っていたのか……?
『好き』のジャンルが似ているからって、あの感情が恋愛だったと決めて良いのか?
(あ……)と、思った。
いや、気が付いた。
そもそも俺は、恋をした事自体本当にあったのか?
考えれば考える程分からなくなった。
俺がサンジをどう思ってるかも、余計に分からなくなった。
「……悪ぃ…全然分からねぇ…」
がっくりと肩を下げてルフィを見た。
「…そうか」
ルフィは普通に言葉を返してきてくれた。
「じゃあ、ゆっくり探せば良い」
「…そうだな」
頭の片隅で、くいなとサンジが笑っていた。
それから一時間程飲んでルフィと別れた。
「じゃあ明日な」
「ああ」
駅の改札口に消えて行くルフィを見送った後、そのまま帰る気にもなれなくて、思い付いてサンジの店に足を運んだ。
「いらっしゃい」
夜の洋食屋バラティエは、昼間の感じと随分変わって落ち着いたダイニングバーっぽい感じだった。
カウンターには知らない男が先に来ていた客にカクテルを作りながら談笑している。
照明も間接照明だけで薄暗く、各テーブルの上のキャンドルの明かりでそこかしこがボウ…っとぼんやりと明るくなっているだけだった。
よく見るとテーブルクロスも昼間の明るい清潔な色のものでは無く、赤や緑の落ち着いて、重厚感のあるクロスに取り替えられている。
(随分印象が変わるもんだな…)
と、感心して眺めていると、
「どうぞ」
と、バーテンに席を勧められた。
「あ、ああ」
いつもの席に座った。
見慣れた店が随分違って見える。落ち着かなくてゴソゴソと何度も座り直しながらサンジを探した。
「まずは何から?」
バーテンがメニューを持ってやってきた。
「じゃ…ウイスキーで」
「ロック?水割り?」
「ロックで」
「ツーフィンガーで良い?」
「ああ」
「かしこまりました」
「あ、なぁ…」
踵を返したバーテンに声を掛ける。
「何ですか?」
「…いや…ここは?夜はアンタが一人で?」
「いえ。店長と二人だけど?」
「店長は?」
「今、買い出し中。卵が切れたからって。もうそろそろ戻ると思うんだけど…。何?サンちゃんと知り合い?」
「あ…まぁな…」
「待ってれば直ぐ戻るよ」
(サンちゃんかよ…馴れ馴れしい奴だな…)
呼び方に何故かムカッときたが、怒るのもおかしいだろうと、ぐっとムカつく気持ちを腹の奥に押し込んだ。
バーテンはカウンターに戻ると棚からグラスを取り出すと、アイスピックを器用に操りながらあっという間に丸く削り出した氷を落とし込んだ。
「えーっと…」
ボトルの棚に置かれた数本のウイスキーから一本を選んでグラスに注ぐ。
『トゥクトゥクトゥク…』
独特の音が微かに聞こえた。
「はい」
コトリ…と、静かにグラスを置かれる。
黙って口に運んで一口飲んだ。
「…旨い…」
「でしょ?マッカラン25年物だよ」
「名前は良く分からないが、良い酒だな」
バーテンは、おっ、と、嬉しそうな声を出すと、「へー凄いね。マニアじゃないけど舌は確かってヤツだ。良いねね、あんた名前は?」
「ゾロ」
「ゾロ?ゾロね。ん。覚えとくよ」
人懐っこい笑顔を見せた。
「んじゃ待ってて。多分もう少しだし」
「ああ」
ゆっくりと酒を飲むのも久し振りだった。
今日は一件目で飲み過ぎだろうって位飲んだから、グビグヒやらなくても物足りなさは感じない。
口で味わって、喉で味わいながら、ぼーっと入り口のドアを眺めてサンジの帰りを待つ。
待ちながらサンジのことがどう『好き』なのか考える。
考えて、俺は改めて今まで他人のことをどれだけ思ったことが無かったか知った。
『ゾロは良いよね。男の子で』
くいなの言葉を思い出す。
くいなは道場で誰よりも強かった。
上段の構えから振り下ろされる面は避けるのを忘れる程綺麗だった。
勝って打つ。美しく打つ。
剣道をして行く上で重要だって一番始めに教えられた言葉だ。
技を磨かないと、剣道は上達しないんだと先生は言ってた。
意味なんて良く分からなかった。
剣の道に美しさとか求める場所なんてないじゃん、とか、幼心に思ってた。
でも、くいなの技は本当に綺麗だった。
素振りの時、竹刀の先が作る軌道は綺麗な放物線を描いていた。最小限の筋肉が竹刀の動きをピタリと止めていたのが綺麗だった。
面を装備する時、キリッとした顔は見ていて背筋がピントなるような思いがした。
『パァンッパァンッ』
面を縛った紐を固く結びつける時に出す音が、道場に響く音が耳に今でも残っている。
蹲踞(そんきょ・剣道で試合前にしゃがんで剣先を触れ合わせる姿勢のこと)の姿勢から立ち上がり、竹刀を握り締めた瞬間の張り貯めた空気を怖いと思った。
『始めっ!!』
『小手ィ!!』
先生の合図と同時に繰り出された出端小手の技の早さは最初、全然追いつかなかった。
皆、綺麗だった。
技は美しいものなんだって、くいなは俺に教えてくれた。
くいな。
ずっと…ずっと憧れていた。
超えたかった。
勝てないのが悔しくて泣いたことも、何度も、ある。
強い人間が側にいるのは俺に取って幸せなことだった。
目指すものがあって、目指す者がいた。
くいなに勝ちたいとずっと思ってた。
これだけは間違いない。俺はずっと、くいなを超えたいと思っていた。
くいなと戦って、いつか必ずくいなを超えて…俺がくいなを見てきたように、くいなに俺を見て欲しかった。
あの頃…毎日が剣道ばかりで、特別な感情なんて感じる暇もなかったけれど。
俺は誰よりもくいなのことが好きだった。
ずっと一緒にいたい好きで、ずっと目指し続けたい好きで、一生変わらない『好き』だった。
今でもずっと変わらない。
俺に取って一番の女はくいなだ。
これからもきっと変わることは無いだろう。
死んだくいなは、俺の中で完全な存在になったから。
今でもくいなはあの頃のままで、少しも何も変わったものは無い。
そうだ。何一つ、何も、少しも変わらない。
だから、この俺の中に存在している感情も、あの日のままで変わることは出来ない。
これから先もおそらくずっとだ。
あの時…俺はくいなに恋愛感情を持っていたか…?
ウイスキーを口にしながら俺はずっと考え続けた。
いつの間にか机の上にナッツの盛り合わせが置かれていたのに気が付いて、幾つか口の中に放り込む。
「……」
グラスの中の氷を眺める。
「………」
くいなのことを考える。
どれだけ俺はくいなが好きだ?
その好きは、恋なのか?
「……」
考えて分かるもんじゃ…
「……ねェんだろうな……」
分かるんだったら、きっとこんなに悩んだりしないだろう。
じゃあ…サンジはどうだ?
「……」
グラスを揺らしながらサンジのことを考えた。
惹かれるものなんてあるか?
料理の味や、穏やかな表情。
キスする時の表表情。
セックスする時の声。身体。感度。感情。
一緒にいるのは一時間で十分だと思っていた。
最初はそんなことすら考えなかった。
今は…一時間を足りないと考えている自分がいる。
なら、どれだけ一緒にいたいと思うんだ?
「…………」
築地の帰り、サンジの家に初めて呼ばれた。
行くって考えたら、どうしてもサンジの身体が欲しいと思った。
車の中で、我慢が出来なくなった。
初めてだった。
…初めてセックスした相手って訳でもないのに。
好きだと言われたことはある。
付き合ってくれと言われたこともある。
言われるままに付き合ったこともある。
セックスもした。
キスもした。
好きなんだと自分に言い聞かせて付き合った。
だが、どれも本当の好きじゃなかったような気がする。
ケンカをしても別れても、一日経てば忘れられた。
サンジはどうだ?
忘れられるか?
離れられるか?
「………」
恋愛って……何だ?
(…俺はこんなところまで来て…何してんだろうな)
ガキでも悩まねェようなことにこんなにいつまでもぐだぐだ考え続けてさ。
結局答えも見付けられねェし。
「ゾロ」
名前を呼ばれて弾けるように顔を上げる。
「うわっ」
側でびっくりした顔をしたバーテンが固まってる。
「あ…悪い」
「いやいや。こっちこそ。おかわりは?」
「…ああ…じゃ貰おうか」
「はいよ」
ゆっくり時間を掛けてサンジのことを考える。
考えはいつまで経っても堂々巡りで、いつまで経っても答えになりそうなものは見付からない。
そのうち脳が疲れたのか、勝手に暴走を始め出した。
築地の帰りを思い出す。
ゆっくりと時間を掛けて味わったサンジの身体を思い出す。
サンジは我慢出来なくなる位感じさせると、身体をくねらせながら首に縋り付いてくる。それがどうしてもされたくて、感じる場所を重点的に狙う。
時間を掛けて愛撫すると、チンコに触れなくても喘ぎ始めるのをあいつのベッドの上で知った。
『うあ…っ…良い……っ…もっと…っ…!…』
うわごとみたいに繰り返す喘ぎの中の懇願は、普段の涼しい顔してタバコを吹かしているサンジとのギャプがデカ過ぎてたまらない。
もっと聞きたくて、もっと啼かせてみたくなる。
女みたいに身体の柔らかさは無いし、胸の膨らみも無い。ケツの触り心地も女みたいに気持ち良く無いし、愛液自体存在しないから、セックスの時には苦労する。
入れる穴も無い。
無理なことが多過ぎる。
それでも俺はサンジとセックスがしたい。
したくてしたくてたまらない。
体験したことも無いような快感を味合わせたい。
俺以外のヤツとは男でも、女でもセックス出来ないような身体に。
したい。
したい。
「…………してェ…」
サンジとのセックスを想像しながらウイスキーを喉に流し込む。冷たい液体が、焼けるように喉を通り過ぎて行く。
俺はドアをじっと睨み付けた。
(サンジ…早く帰って来いよ…)
俺はお前とセックスがしてェんだよ。
もう何考えたてんだか分かんねェけど、とにかくお前に俺のチンコブチ込みてェんだよ。
ブッ壊す位越し振って、犬並みに盛りてェんだよ。
お前にヒィヒィ言わせてェんだ。
俺無しじゃいられないような身体に早くしちまいたいんだ。
サンジ、早く帰ってこい。
もう頭の中で何度お前を犯したか数えきれなくなってきた。
想像なんかじゃ全然足りない。
サンジ…
サンジ……
俺はお前が……
『カランコロン…』
「っっ!!」
ドアの開く音に身体が一瞬で反応した。
目を見開いてドアを睨んだ。
「ただいまー。悪い悪いっ。直ぐ側のコンビニってばさー、卵全部売り切れてんのっ。ありえねーって。しょうがないから向こう側のローソンまで行ってきたよ」
「おかえりー」
笑っているような声でバーテンがサンジに声を掛けた。
「サンちゃんにお客さんだよ」
「え?俺に?誰?」
「一番奥の席。男前のおにーさんな人」
サンジが俺の方に顔を向けた。
「……ゾロ?」
見開いた目で俺を凝視した。
「……っ」
俺は無意識に生唾を飲み込む。
腹の奥が熱い。
目の前のサンジをじっと見詰める。
少しも動くことが出来ない。
改めて綺麗な男だと思った。
「何だよーっ。こんな時間に来てくれたのかよーっっ」
我に帰ったサンジが満面の笑顔で俺の前までやって来た。
「サンちゃん、紹介してよ」
「ん?ああ。ゾロって言うんだ。昼間の時の常連。毎日来てくれるんだぜ。向いの郵便局の職員なんだ」
「えーっっ?!」
バーテンが驚いた声を上げる。「マジかよ?郵便局員さん?うひゃーっっ、イメージ合わねーっっ」
「だろ?俺もそう思ってたんだよね。でも、見かけに寄らず仕事はかなり速いんだぜー。なっ」
黄色くて丸い頭が俺とバーテンを見るた度にくるくると動く。柔らかで真っ直ぐな髪は、さらさらと音を立てながらサンジの動きに合わせて動く。
俺は、サンジから目を逸らすことが出来なかった。
欲しい。
思って、判った。
ああそうだ。
俺はサンジが欲しい。
今直ぐ欲しい。
俺だけのものにしたい。
俺はサンジを独り占めしたい。
『ドクンッ!!』
心臓が飛び出しそうな勢いで脈を打った。
「良く来たな。明日は仕事なんだろ?」
サンジが言い終わらないうち背広のポケットから携帯電話を取り出した。
電話帳の中から局長の携帯電話を呼び出し、通話ボタンを押した。
「……あ、ロビン局長ですか?俺です。あ、はい…いや、そう言う訳じゃありません。実は明日急に休みが必要になりまして。……いいえ。違います。……用事が出来たからです……いいえ、変えられません。……はい……はい………ありがとうございます。…はい。先月の計画休の振替分で。はい……はい……はい分かりました。…では…」
『ピッ』携帯を切り、側に突っ立てるサンジを見上げて口の端を少しだけ持ち上げて笑ってみせた。
「明日は休みだ」
「おま…っ……」
最後まで言わせずその場に立ち上がる。
「なっ……」
驚いた顔のままのサンジの腕を掴む。
「ゾッゾロッ!」
「行くぞ」
「い…行くってどこに?」
「俺ん家だ」
「え?ええ?!」
有無を言わさず玄関の方に向かって引き摺って行く。
「おいバーテン」
「ん?何?」
「悪いが店長借りてくぞ」
俺の顔を見て、バーテンが小さな声で「…ああ」と、呟く。それからひらひらと手を振りながら、
「ん、いーよー。任せて」
と、楽しそうに言った。「可愛がってあげてねー」
言い方にまた少しカチンと来たが、構ってる余裕も無かった。
抵抗しようとするサンジを半ば連行する気分で店から強引に引き摺り出し、バス通りまで有無を言わさず歩かせ、タイミング良く走って来たタクシーを捕まえ、車に放り込んだ。「そのまま真っ直ぐ走ってくれ」
「な、何すんだよっっ!」
もがくサンジのチンコを運転手の死角から掴んだ。
「…んっ…」
「………お前とセックスしてぇ…」
途端、一切の抵抗が消えた。
続く
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