【青い制服緑の髪】
13
国道245号線を池袋方面にタクシーは走って行く。
和光市白子の大きな坂を下り、左手に駅を見ながら通り過ぎる。駅を過ぎたら一番最初の信号を左に曲がると、俺のアパートはもうすぐだ。
『お前とセックスしてぇ』
無理矢理、洋食屋からサンジを引き摺り出してタクシーに乗せた。
最初は訳も判らずジタバタと暴れていたが、運転手の死角になるようにしてサンジのチンコを掴み、耳元で『セックスしてぇ』と呟くと、途端に一切の抵抗が止まった。
握ったチンコがピクリと頭をもたげ、手の中の感触が次第にはっきりして来る。調子に乗ってタクシーの振動に合わせて手を動かすと、
「…っ…く…」
サンジは喉の奥で声を押し殺す。
それでも俺の手をはねのけようとはしない。
内股を強張らせながらもされるがままだ。
ズボンの中で固さを増して行くチンコを指先で押さえ付けるようにしながらギリギリの刺激を続ける。
「……っ…」
俯いて眠ったフリをしているサンジの横顔を見たくて顔を向けたが、暗がりの車内だ。どんな顔をしてるのか判らなかった。
だがきっといつも通りに、感じさせられる度に切なげに眉を顰めてるだろう。
「……っぁ…」
暗がりの中、目を凝らして見てみると膝が小刻みに震えていた。
(たまらねぇな…)
お前、寝てるんじゃなかったのかよ。
そんなに荒い寝息なんて聞いたことねェぜ?
運転手にバレたらどうすんだよ?
…それともまさか気付かれてェのか?
棹を握った右手を一層激しくしてやる。
サンジの身体がピクンッと震え、「…んっ…んー……」寝言って言うには多少無理があるような声を出しながら、俺の肩口に頭を乗せてきた。
「……やめろ…っ…て…っ…」
小さな、それこそ俺にしか聞こえないような押し殺した声で俺を嗜めようとするが、感じ始めてるのがまるっきり伝わって来るような、震えた掠れ声で言われたところで逆効果にしかならない。
俺は一瞬だけ指の動きを止めてやった後、更に奥へと股の間に手を差し入れて、中指でケツの穴を刺激した。
「ーーーっっ!!」
ズボンの上からでもキュッ!っとケツの穴が締まるのを指先が感じた。
「……」
思わず口元が緩んだ。
「……クゾ…ッ…テメェ……っ……」
熱い吐息を漏らしながら、サンジが低く悪態を吐く。
動作の一つ一つが一々誘う。
家までも持たないのは俺の方になりそうだ。
「……チッ……」
サンジにも気付かれないように舌で舐めて唇を濡らす。
触りてェ…。
こんな…中途半端な触り方じゃなく、もっと思い切り触りたい。
撫で擦って、扱いて揉んで、舐め回したい。
サンジの口からエロい喘ぎが止まらなくなるまで追い詰めたい。普段のセックスの時でも言いそうも無いようなことを言わせたい。
狂ったように乱れるコイツの姿が見たい。
声が聞きたい。
この前の…築地の帰りにサンジの部屋でしたセックスよりも濃厚なヤツがしたい。
忘られなくなるようなセックスがしたい。
いっそ、俺無しじゃいられなくなるような身体にしてやりたい。
淫乱な身体にさせて、俺から離れられなくなるような。
欲しい。
今直ぐ欲しい。
身体の奥が熱い。
お前のせいだ。
信号待ちで車が停まっているのに気が付き、何気なくバックミラーを見たら、運転手の男と目が合った。
そのまま目を合わせていたら、運転手は何事も無かったような顔をして、ゆっくりと俺から視線を外した。きっと、良くあることなんだろう。
「…そこの角を右に曲がったら二軒目のアパートの前で止めてくれ」
「はい、かしこまりました」
タクシーはカチカチとウインカーの音を出しながら、丁寧に右へと曲がり角を曲がった。
「…てめ…っ…!!」
支払いを済ませてタクシーを降りると、顔を赤らめたサンジがいきなり俺にケリを入れて来た。
「痛ぇな。いきなりなんだよ」
「あのなあっ…!」
「何だよ」
サンジは何か言おうと大きく息を吸って…止まった。
一応住宅街だって言うのは分かっているらしい。
むうっ…っと頬を膨らませ、俺のことを睨み付ける。
「…アレは反則だって」
「何が?」
「……先刻のだよっ」
「先刻?」
「タクシーだよっ」
「タクシーがどうしたよ?」
「はぁ?!」
サンジは目を丸くして二の句が繋げない。
あんまりガキっぽかったから、余計にからかいたくなった。
「ああ、タクシーって言えば先刻のタクシーの運転手なぁ、赤信号の間中ずっとお前のこと見てたぞ」
サンジ顔がこれ以上はねェってトコまで真っ赤になった。
「〜〜〜〜っ」
絶句する姿があんまり似合うんで、思わず吹き出してしまった。
「ぶっ…あははははっっっ」
「ちょっ…テメェッッ!!」
「ははははっっ……何恥ずかしかってんだよ」
「恥ずかしがるわっっ!!」
「良いじゃねェか。本番見られた訳でもねーし」
「そっ…そう言う問題じゃねーよっっ」
「まぁ、気にすんなって」
「気にするわっっ!!」
「俺は気にしないぜ」
「っっ…」
真っ赤になった顔を覗き込んでニヤッと笑う。
「お前とヤれんなら、俺は何だって構わねェし」
サンジの動きが完全に止まり、それから、俺を睨んでいた視線を泳がせるように逸らした。
「……バカ」
「……ああ」
(…欲しい)
改めて想った。
「……俺はバカだ」
「…ホントだよ…ったく…」
呟くように俺の言葉に返した後、サンジが照れ隠しの仏頂面で俺を見る。
「…いつまで外に突っ立たせてんだよ」
少しだけ躊躇った後、腹を括ったような表情で言った。
「まさかアレで終わりって訳じゃねーだろーな…?」
「……まさか」
俺はサンジの手を取って引っ張った。
「生憎勃ってんのはお前だけじゃないからな」
「…っ…」
反射的に引っ込めようとする手を強く握って俺の股間に押し付ける。
「……スケベ…」
言いながら、俺のチンコを確かめるように、指が動いた。
「ゾロ…お前の部屋は…?」
「……今、案内する…」
部屋に案内するだけなのに、気持ちが昂る。
こんなのは、初めてだ。
「…へぇ…綺麗にしてんだな…」
珍しそうに部屋を眺めながら言われた。
「もっと汚くしてんのかと思ってたぜ」
「そうか?」
「もっと臭いかと思ってたしな」
「なんだよそれ」
「野郎の部屋なんて言ったら普通そーじゃねぇ?」
「そうか?」
「そーだよ」
クローゼットからハンガーを取り出しサンジに放る。
「あ、サンキュ」
俺はコートと上着を脱いで直ぐ側のソファーに放ると、ネクタイを緩めながら声を掛けた。
「おい、何か飲むか?」
「何がある?」
「んん?ビールと日本酒と…後は…焼酎だな」
「酒ばっかじゃねーか」
「水道水」
「いや、いらねーし」
「なんだ飲まねェのか?」
「飲むよ。んー…じゃあビールで」
「何本?」
「一本で良いよ。なぁ、なんかつまみとかあるか?」
「無ェ」
「何にもか?」
「米と…調味料と…後は…小麦粉ぐらいだな」
「…またエラく…つまみにしにくいラインナップだな」
「なんか買ってくるか?」
「…いや、良いよ」
「あ、モチならあるぞ」
「あ、マジで?」サンジが立ち上がり、腕まくりをしながら嬉しそうに近寄って来た。「台所貸して」
「ああ」
「旨いつまみ作ってやるよ」
「出来んのか?」
「まぁ、見てなって」
ヤルんじゃねェのか?と言おうとして…やめた。
時間はたっぷりあるし、こういうのも悪く無い。
サンジは流しで丁寧に手を洗った後、モチと油と醤油と塩コショウを並べ、引っ越してから一度も使ったことの無いまな板と包丁をポットに入れておいた熱湯で消毒した。
「時間掛かるか?」
「十分位で出来る」
「そうか」答えてから気が付いて聞いた。「風呂、入るか?」
「へ?別に……ああ…良いのか?」
「ああ」
「んじゃ…入ろうかな」
「じゃ、沸かしてくる」
「ん、頼む」
サンジを台所に残し、風呂場へ向かう。
風呂の水を抜き、スポンジにいつもより多めに洗剤を付けて洗う。
「〜♪」
何だかやたらと機嫌が良くて、つい鼻歌なんて歌っていたのに気が付く。「…重症だな」
サンジがいるだけで楽しい。いつもの自分の部屋が全然違う場所のように感じる。
蛇口を捻って熱い湯を勢い良く湯船に入れる。
コントローラーパネルの保温ボタンをオンにした。これでいつでも良い湯加減で風呂に入れる。
改めて湯船を見る。
狭いが…二人位なら何とか入れるな。
昔彼女と入ったみたいに膝の上に座らせりゃあ、無理矢理感は誤魔化せないが、一緒に入れる。
「よし」決めた。俺はサンジと一緒に風呂に入る。
大したことじゃ無いんだろうが、何だかやたらと楽しみだ。シャンプーやボティーソープをチェックする。
「ん。大丈夫だな」
無意味にボトルの向きを合わせてみたりしてみた。
「……アホか」
言いながら一人でニヤつく。
何だか楽しくなって来た。
ガキみたいにそわそわする。
ヤバい。冷静に物事判断出来なくなりそうだ。
「…まぁ…良いか」
とにかく楽しませてやって、楽しませてもらう。
浮かれた部屋に戻ると台所でサンジが手際良く、何やら揚げたリしていた。
「直ぐ出来るからな。もう少し待ってろ」
後ろから覗き込んで料理するところを見ていたかったが、待ってろって言われたから仕方が無い。邪魔にならないところで大人しく待つか。
「んん」
大人しく返事をしてソファに腰掛けて、サンジの姿を眺める。
へぇ…大したモンだな…。
流石プロだけのことはあって、こんな台所でも料理をしてると様になって見えるんだな。
背筋を真っ直ぐに伸ばして自然体でレンジの前に立ち、ひららひと流れるような動きで料理をしている。店でやってるギャルソンエプロンこそ付けてはいないが、それなりにコックらしく見えるから不思議だな。
動きの一つ一つが無駄が無い。まるで剣道の『型』を見てるような感じだ。機能的な動きは見ていて気持ちが良い程洗練されている。
手際良く細かく切ったモチを油でさっと揚げ、熱いうちに醤油や塩コショウで味付けをする。
見てるだけでも旨そうだ。
サンジは一つ摘んで口放り込み「ん、旨い」と、嬉しそうな独り言を言いながら、キッチンペーパーをナプキン代わりにしながら上手に皿に盛り付けた。
「はい完成」
皿を持って俺の方に身体を向ける。
「ホントに有り合わせだけどな。『あられモチ』。意外に旨いんだぜ」
料理人の顔で笑った。
「旨そうだな」
「『旨そう』じゃ無くて、旨いの」
しっかりと訂正しながら「ほれ」あられを摘んで俺の口元に差し出した。「ま、食ってみな」
「……」
「ほれ、あーん」
冗談混じりにサンジが言う。
「……」
俺は妙に意識しながら口を開ける。
そのまま無造作に一粒あられを押し込まれた。
「ま、食ってみなって」
口に押し込まれた時に、細い器用そうな指先が唇に軽く触れた。セックスの衝動を堪えて、俺は口の中のまだ熱いあられを噛んだ。
「…旨いな」
「だろ?」
嬉しそうにサンジは笑う。
「この前ドライブに行った時にさ、サービスエリアで売ってたんだよね。古い油で揚げてたから、もっとべしゃべしゃだったんだけどさ、旨かったんだよね。単純な素材で出来てるからかな。いくらでも誤魔化せるし、逆に旨く出来んじゃないか?ってね。実際作ってみたら、これがまた良いんだよね。つまみになるだろ?」
「ああ、良いな」
「だろ?」
屈託の無い笑顔に戸惑いながら、自分の中の欲望に待ったを掛ける。
「んじゃ、飲む?」
「そうだな」
焦ることはないんだ。
時間ならたくさんある。
こうやって、ゆっくり過ごすのも悪く無い。
「ソファに座るか?」
「ん?ああ良いよ。俺は床で十分」
サンジはそのままラグマットの上に座り込んだ。
プルトップを持ち上げた缶ビールを渡されるままに受け取る。
「んじゃ…乾杯」
「乾杯」
そのまま一気に飲み干した。
「ゆっくり飲めよ」サンジが驚いたように俺を見上げる。
「おいおい一気じゃねーか。この後風呂に入るんだから、セーブして飲めよ」
「…ああ、そうだな」
こんな量じゃ酒のウチに入らないんだが、俺は大人しく言うことを聞くことにした。
くだらない話をしたり、ぼんやり黙って酒を飲んだり、笑ったり。
旨い酒だった。
モチで作ったあられも、皆食った。旨かった。
サンジは良く喋りよく笑う。
見ているだけで穏やかな気分になれる。
まだ抱き合ってもいないのに、満たされたような気分になれた。
人に酔うなとか言ってたくせに、自分は早々に回り始めたらしい。サンジはあんまり酒に強く無いのか、缶ビール三本も空けた頃には、トロン…とした表情で二ー三秒ぼんやりとしては俺の顔を見てクスクスと機嫌も良さそうに笑い始めた。どうやら笑い上戸みたいだな。
「何だもう回って来たのか?」
「まさか」
言っているが、呂律が微妙に回っていない。
「酔ってねーよ。ただ…なんか…すげー…楽しいだけ」
俺、酒強いもん、とか、赤い顔してとんでもないウソを吐いたりしている。
(…可愛いヤツだな)
良く変わる表情を眺めながら考える。
こういうヤツもいるんだなと思った。
見てるだけで触りたくなる。抱き寄せたくなる。うっかり甘い言葉を吐きそうになる。
ホントかどうかも良く解らねェのに、『好きだ』とか言いそうになっている。
(……おかしいんじゃねーのか?)
ただ側にいるだけだって言うのに。
すげェ特別な時間を過ごしている気になっている。
サンジが側に居てくれるのがアホみたいに嬉しい。
なんだ…何だ……『この』感情は……。
胸が熱くて苦しくて心地良い。
こんなの初めてだ。
続く
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