【青い制服緑の髪】

20

 …………。

 

 「大丈夫?」
 ナミが魔人のように端末を打ち込みながら俺に声を掛ける。
 「…あ…悪ィ」
 「頑張って」
 「ああ」
 「ガレーラカンパニーの払い込みが来ちゃった」
 ナミの手には振替の束が握られている。
 造船業の最大手で、最近本社が近くにビルを建てた。
 月初になると、いっつも信じられない量の払い込みの用紙を持ってくる。
 見れば待合室のソファーにスーツをきっちりと着込んだカリファが座って、高く組んだ足の上にスケジュール帳を開き、何やらちまちまと書き込みながら待っている。
 「後五分は掛かる。そっちの端末も使っても良い?」
 「ああ」
 ナミが自分のIDカードを俺が使っている端末にも読み込ませた。
 「次、呼べる?」
 二台のの端末を器用に扱いながらナミが俺に話しかける。
 「ああ、大丈夫だ」
 頭を切り替えて、俺は次の番号を呼ぶ。
 『大変お待たせ致しました。二十番のカードをお持ちのお客様一番の窓口にお越し下さい』
 俺は立ち上がり、カウンターにカルトンを差し出す。
 「大変お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
 客の用件を聞き、手続きに入る。
 とにかくこの目の前の客を捌かねェと話にならない。
 「…よしっ」
 小さく呟き、本気のモードに切り替える。
 まずは、仕事だ。
 少しでも早く終らさねェと、この人数の前で告白になるぞ。
 (…ああ…それも良いかもしれないな)
 考えて、おかしくなって、口元がニヤけそうになった。
 「税金のお支払いですね。では、こちらの用紙にお名前とお電話番香をお書き下さい…」
 誤魔化すように仕事を続けた。

 仕事に没頭し、ようやくいつもの感覚で窓口に座っていられるようになった頃。
 「ーーーーっっ!!」
 俺は目の前の椅子に腰掛けているサンジを見付けた。

 

 

 

 (サ…サンジ……っっ……!!)
 たっぷり三秒間は見た。
 サンジは(ったく…やっと気が付いたな)みたいな顔をして、手を振る代わりに組んだ方の足をプラプラ振ってみせる。

 『ドクンッ!』

 「っ…」
 心臓が大きく脈打つ。
 俺はサンジから目が離せなくなった。
 サンジが俺の目をじっと見る。
 それから少し顔を赤くして、
 『ほれ、仕事は?』
 って感じで顎をしゃくってみせる。
 「あ、サンジ君」
 隣りからナミがサンジに声を掛けた」
 「おはようナミさんっ」
 サンジがニコニコっとナミに笑い掛ける。「今日から新しい制服?」「うん」「良いね。すっごく似合ってる」
 「ありがとう」ナミが立ち上がり身を乗り出して声を掛ける。
 「サンジ君ゴメン、今日はすっごく待たせるから」
 カルトンを持ってサンジの方に突き出す。「預かるわよ」小声で続けた。「待たない方が良いよ」
 サンジが笑顔で返す。
 「ん?大丈夫。今日は他の用件もあるからさ」
 チラッと俺の方を見て、またナミさんの方を向く。
 「大丈夫だよ」
 「…ホントに?」
 うんっ…と、頷き、ニニッと笑う。
 「あ、あのねナミさん、今日のランチ特別製なんだvv初めてランチボックス作ってみたよ」
 「ホント?わぁっ…楽しみっ」
 「うんっ。楽しみにしててvv…ほら、ナミさんお仕事お仕事」
 ほらほらって感じに促しながら仕事に戻させ俺を見る。 「…っ」
 サンジの目が少し丸くなり、顔が少し赤くなった。
 『…バカ…』
 声を出さずに唇だけでそう言うと、俺から逃げるように視線を外し、上着のポケットから文庫本を取り出して読み始めた。
 「………」
 なんだなんだ……?すげェ緊張して来たぞ。
 何だか顔も熱い気がする。
 手の甲で頬を冷やしながら仕事に戻る。
 (とにかく急げ…)
 サンジに気を取られてる場合じゃない。
 何度もポケットの中に入れたモノを確かめるように握り締める。
 「…ナミ…」
 「ん?なに?」
 「今日は俺がサンジを受ける」
 「え?良いけど…何?サンジ君に用事あるの?」
 「ああ」
 ふぅん…と、何だか分からないと言った風にナミが不思議そうな顔をした。
 「捲るぞ」
 気にせず俺は仕事に戻る。
 全神経を集中させて一人一人捌き始めた。
 一刻も早くコレを渡したい。
 合間合間に顔を上げてサンジを探す。
 サンジは俺の直ぐ目の前に座って順番を待っている。
 『ドクン…ドクン…』
 走り回ってる訳でもないのに心臓がバクバク言い始める。
 「…ゾロどうしたの?」
 「んん?」
 ナミに声を掛けられて顔を向けるとナミが驚き半分心配半分の表情で俺を見ている。
 「大丈夫?」
 「…何が?」
 「熱でもあるの?」
 「いや別に?」
 何でだ?と聞くと、不思議そうな表情でナミが返した。
 「だってゾロ、顔が真っ赤よ」
 「……っ」
 返す言葉が見付からなかった。
 一人受け二人受け、三人受ける。
 少しずつサンジの番号が近付いてくる。
 次がサンジか?
 …それとも…次か?
 心臓をバクバク言わせながら番号札を押し続ける。
 訳解らない用件につまずいても必死でこなして行く。
 調べてもどうにも分からない用件は潔く頭を下げる。
 「申し訳ございませんっ。私どもの事情ではございますが、本日から業務内容が大幅に変更となりました。お恥ずかしいお話でございますが、お客様のご用件の手続きが今直ぐには分かりません。本当に申し訳ございません。私の方で本日中に責任持ってお調べさせて頂きますっ。分かり次第私からご案内させて頂きます。お預かりさせては頂けませんでしょうか?」
 心の底から頼み込む。
 「…い…良いわよ」
 迫力に飲まれたように客が頷く。
 「今日中にやってくれるなら、預けるわ」
 「…ありがとうございます…っ」
 心の底から礼を言う。
 手早く預り証を発行し、通帳を預かり、また頭を下げる。
 「では、必ず今日中にご連絡させて頂きますっ」
 指先の色が変わるぐらいしっかりと通帳を握り締め、客に伝える。
 「本当に助かります。ありがとうございます」
 「…そんな…良いのよ。忙しいものね…頑張ってね」
 迫力に押された客が、なぜか笑顔で帰って行く。
 次の客を呼ぶ。
 「払い込みですね。かしこまりましたっ」
 出来る内容は最速で受ける。
 端末の方に身体を向ける時間も最速で。
 入力も最速で。
 釣り銭の用意も最速で。
 「お待たせ致しましたっ」
 つられて客まで小走りにカウンターに駆け寄ってくる。
 「お返しが五千八百十一円です。どうぞお確かめ下さい」
 「はい。確かに」
 「(簡単な用事だけで助かったぜ)ありがとうこざいましたっ」
 客を見送り次の番号を素早く押す。
 挑むような気分で次の客を迎え入れる。
 「いらっしゃいませっ。大変お待たせ致しました」
 途中何度もサンジを見た。
 何度か視線が合って驚き
 『!!』
 慌てて視線を外して仕事に戻った。
 心臓がバクバクと早い。
 隣りのナミに聞かれるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしながらポーカーフェイスでいようと顔の力を抜いてみる。
 どうにも上手く行かなくて、気を抜くと直ぐにどこかしらに妙に力が入ってしまった。
 (ダメだダメだっ…)
 バシバシバシッ…っと顔を叩く。
 「…どうしたの?」
 ナミが驚いて声を掛ける。
 「なんかヘンよ」
 「…なっ何でもねェよ」
 取り繕って、次の番号を押す。
 「おっ、お待たせ致しましたっ」
 やって来た客の肩越しにサンジを眺める。
 (ドクンドクン…ドクン…ドクン…)
 ヤバい。
 マジで心臓がどうにかなりそうだ……っ…。
 盗み見るようにサンジを眺める。
 大人しく、座って本を読みながら順番を待ってくれている。
 すらりとした身体に黒いスーツが良く似合っている。
 同じ男だとは思えない程綺麗なヤツだ。
 欲しい。
 ゴクリ…と、生唾を飲み込む。
 欲しい。お前が欲しい。
 身体も心も全部欲しい。
 もう…押さえきれない…っ。
 どうして告白しないで今日までいられたか…もう全然分からねェ……っ…。
 すげぇ、すげぇ…すげェ……
 (…好きだ………)
 目の前に存在しているのが信じられないぐらい愛しい。
 「〜〜〜っ」
 ヤバい、叫び出しそうだ。
 大声で叫んで、この目の前のカウンターを飛び越えて、かっ攫うように抱き締めて。
 キスがしたい。
 好きだ。
 好きだ。好きだっ…。好きだっっ!!
  ……うわぁぁぁっっっ!!!
 歯を食いしばりハラの中で絶叫する。
 サンジ、お前が好きだ……っっ!!!
 「…ぐっ……」
 マズい。本気で頭がおかしくなりそうだ。
 「ゾロ…ちょっと…ゾロッ」
 「!!」
 机の下からナミに蹴られた。
 「痛ってぇな……」
 「何真っ赤になってバタバタしてんのよっ!早く回してっ!!」
 「…悪ィ」
 言い返す言葉も無い。
 気を取り直してボイスコールのボタンを押した。
 『五十三番のお客様一番の窓口にお越し下さい』  
 「…よいしょっ…と」
 文庫本を閉じたサンジが小さく声を出して立ち上がった。
 真っ直ぐ、
 俺のことを見据え、
 真っ直ぐ、
 こっちに歩いて来た。
 「ほい」
 サンジがバラティエの通帳と店の売上金をカルトンの中に置く。
 「………」
 「ついでに入金してくんない?」
 見上げるようにサンジが俺の顔を見る。
 「…っ……かしこまりました」
 緊張のあまりに声が震えた。
 間近でサンジを見てたら、サンジも緊張しているのが分かった。
 「…しょ…少々お待ち下さいませ」
 また、声が震えてしまった。

 

 

 用件は。
 通常預入だ。
 まず通帳を預かり、余白を確認する。
 次に入金伝票の名前と通帳の名前を確認する。
 それから書き込まれた金額と預かった金の額が合っているのを確認する。
 『パンッ!パンッ!』
 指で紙幣を弾きながら最後の一枚までしっかりと数え上げる。
 回転椅子を回し、身体を端末機に向ける。
 通常キー、預入キーの押下。
 通帳の印字面を開き、挿入キー押下。
 画面に表示される通帳の最終残高の確認。
 実行キー押下。
 預け入れの金額の入力。実行キー押下。
 挿入キー押下。
 通帳面に印字が始まる。
 「………」
 上着のポケットの中のモノを最後にもう一度確かめる。
 オートキャッシャーの開口部分が開き、現金を投入する。 
 間もなく端末機『CTMー?』の印字部から、入金が完了した通帳が出てくる。
 『ピーッガガガガッ…ガー』
 印字部分の確認。
 「……よし…っ」
 カルトンにティッシュを添えて、通帳を丁寧に置く。
 座ったままじっと通帳を見詰め、呼吸を整え、クッ…と、息を詰め、顔を上げる。
 「洋食屋バラティエ様」
 立ち上がり、起立の姿勢でサンジを真っ直ぐ見詰める。
 「………」
 サンジも無言で立ち上がる。
 「大変お待たせ致しました」
 俺がいつもと違うのに気が付いたのか、サンジの表情も緊張している。
 (…バカ…お前が緊張してどうするんだよ?)
 ったく……
 本当に………

 可愛いヤツだぜ……。

 フッ…と…緊張がほぐれた。
 『コトリ…』
 丁寧にカルトンをカウンターに置き、サンジの目を見詰める。
 目の前のサンジがゴクリと生唾を飲んだ。
 おかしくなって口元がニヤけた。
 「では、ご入金させて頂きました。ご確認下さい」
 「あ…はい…」
 サンジのほっそりとした指が通帳を掴み、ティッシュを掴む。
 「…それから…」
 サンジの動きが止まった。
 ゆっくりとカウンターの上に置かれたカルトンから視線を上げて俺を見る。
 「………それから…?」
 俺は起立の姿勢を崩さずにジャケットの右ポケットに手を突っ込み、小さな箱を取り出した。
 そのまま空になったカルトンの中にそっと置いた。
 「こちらを」
 「…………」
 サンジがカルトンの中の箱を見て、俺を見て、また箱を見て、俺を見た。
 「…これは?」
 目を離さずに俺は伝える。
 「ご確認の上、どうぞお受け取り下さいませ」
 窓口で使ういつもの言葉を全く別の意味で口にする。
 サンジが訳が解らないと言った風に小さな箱のフタを開いて………固まった。
 「…ゾロ……」
 自然に微笑えた。
 サンジが耳まで真っ赤になる。
 ほっそりとした指先まで真っ赤になった。
 (この場で触れて…キスしてぇ……)
 「よろしかったら、どうぞ、お受け取り下さいませ」
 俺はサンジの動きを待った。
 長いこと真っ赤な顔して固まったまま、箱の中に入ったリングを見詰めていたが、
 「……確かに……」
 目の前の俺がやっと聞き取れるぐらいの小さな声でつぶやくと、震える指で…サンジは小さな箱を掴んでくれた。

 

 

 いつもより時間を押しての昼休み。
 いつも通りに郵便の局の向かいの洋食屋『バラティエ』の扉を開ける。
 『カランコロン…』
 聞き慣れた間の抜けたようなドアベルの音。
 突き当たりのカウンターの側にあるテーブルが俺の指定席。
 いつも座る椅子に、サンジがタバコを銜えて腰掛けていた。
 腕組みをして足を組んで、顔は……真っ赤だ。
 「……バカ…」
 銜えタバコのまま、サンジが呟く。
 「…ああ……」
 ドアの側に立ったまま、俺は頷いた。
 「……サンジ…」
 「ん?」
 俺は自分の気持ちを伝える。
 「好きだ」
 サンジが黙ったまま何度も頷く。
 そして。
 俺から視線を逃がすように横を向いてタバコの煙を吐き出しながら、小さな声で返事をした。
 「…………俺も…」

 サンジがタバコを消して立ち上がり、入り口で立ったままの俺の方に近付いてくる。
 間近に立ったサンジの顔はやっぱり耳まで赤かった。
 「…お前…」
 サンジが呟く。
 「…なに顔真っ赤にしてんだよ……」
 「………お前ほどじゃねーよ…」
 引き寄せて抱き締めた。
 『カチャ…』
 サンジがドアに手を伸ばし鍵を掛け、それからしっかりと抱き着いてきた。
 力一杯サンジを抱き締め唇を重ね耳元に呟く。
 「もう我慢出来ねぇ…っ…今直ぐ…お前が欲しい…っ」
 「……なんだなんだ…ったく…仕方がねぇなぁ……」
 クツクツと笑いながらサンジが俺の耳元に口を寄せそういうと、俺の耳に軽く歯を立て噛み付いて来た。
 「…実は……俺もだ……」
 擦り付けて来たズボンの下の堅い感触に……キた。

 

 俺の恋人はコックだ。
 俺の職場の向かいの洋食屋で旨い料理を出してくれる。
 そのコックの左手の中指には銀の指輪が光っている。
 どうも薬指にはデカかったらしい。
 買い直すからと何回も言って入るが、頑にコレが良いからと承知しない。
 アレで案外頑固な男だ。
 ま、そこも結構気に入っているけどな。


 おしまい。

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