【青い制服緑の髪】

4

 

 

 「サンちゃん」
 「ん?」
 十一時になって最後の客を送り出した後、バーテンのエースがカウンターから声を掛けて来た。
 「なんか今日ご機嫌?」
 「なんで?」
 「や、なんとなく?」
 エースは洗ったシェーカーやスクイザーなんかを棚に戻しながら続ける。
 「何か思い出し笑いとかしてるしさー」
 「え?ウソ」
 「ホントホント」
 エースは言いながら綺麗に磨いたコリンズ・グラスをキンッ…と、指で弾いて不思議そうに俺を見る。
 「たまにあるよね?」
 「えー?いつだよ」
 「んーとね…この前は……先週の月曜日」
 「そうかー?」
 「んで…その前は……先々週の……木曜日」
 んなことねーよ、って言おうと思って心当たりに気付いた。
 「大体週に一度はご機嫌な日あるよね。最初は曜日かと思ったけどそうじゃねーし、法則性も見付からねーし。何があったの?」
 「…別に」
 何か言ったらボロが出そうで何も言えない。
 誤魔化すように背中を向けて、ランチ用のテーブルクロスをセッティングする。
 今日。先週の月曜日。先々週なら木曜日。
 …どれもゾロとセックスした日だよ。
 ヤバい。俺、そんなにご機嫌そうか?
 自分じゃ全然分からねーぞ。
 バレたら何言われるか分かったモンじゃない。
 ムシだムシ。エースの戯れ言に付き合う必要なんて無い。
 きっぱりムシを決め込んで、カモフラにバタバタと忙しそうに走り回ってテーブルセッティングしてたら、エースがぽそっととんでもないことを言いやがった。
 「まさか恋人が来たとか?」
 「ぐっ」
 うっ…喉の奥で変な声出た。
 背中にエースがニヤッと笑う気配を感じる。
 「……へぇ……そーなんだぁ…」
 「ばっ、んな訳……」
 「んで、カワイイの?」
 「…は?」
 思わず振り返ってエースの顔を見ると、案の定ニヤニヤ笑って俺を見ていた。
 「いーねー。サンちゃん顔赤いよ」
 ばっ!と手で頬に手をやる。
 「んな、いーじゃん、いーじゃん。教えろよ」
 笑いながらエースは何やらカクテルを作り始めた。
 「サンちゃんはさー、女の子好き好きィなんて言ってるくせにオクテさんだからさー、俺としては結構心配してたんだよねー。そっかー彼女かー良かったねー」
 「何言ってんだよっ」
 「違うの?」
 「そ…それは……」
 まさか男の常連客とセックスしてた…なんて言える訳もなくて…口籠る。言葉を繋げられない俺を楽しそうに眺めながら、エースはミキサーを回してブレンドしたカクテルをグラスに次いで俺に差し出して来た。
 「店の酒勝手に使ってんなよっ」
 「まーまー。はい」
 「……何だよコレ」
 「まーまーイイから飲んでみて。はい」
 エースが作ったピンク掛かった乳白色のカクテルは、一口飲むと甘ったるい濃厚な味が口の中に広がった。
 「美味しい?」
 「…けど…甘ったるい」
 エースはニカッと笑うとメモ用紙にレシピを書いて、飲みかけのグラスの上にポソッと置いた。
 「シェイカー使わなくてもミキサーでイイから作るの楽だよ。今度彼女に飲ませてやりなよ。んで、こっそり名前教えてあげなよ。ポイント上がるよ〜」
 「…なんて名前だよ」
 「オーガズム」
 「…っ…」
 昼間のセックスを思い出して、ケツの穴がヒクついた。
 咄嗟にキツく睨み付けると、
 「何だよぉ、そんな恐い顔すんなって。や、ホントだって。そーいう名前なの、ソレ。女の子には人気なんだって。エッチしたい時なんか、誘い文句の代わりに出すとマジで反応良いんだぜ」
 「出すかっ!」
 「でも」
 俺の目を覗き込むようにエースが顔を近付ける。
 「サンちゃんのことだから、口では言い出し難いんでしょ?」
 「………」
 「だったらイイじゃん。使ってみなよ」
 「…違う」
 「何が?」
 「………」
 まさか彼女じゃなくて相手は男だとは言い出せなくて、否定したくても何にも言えない。ただ睨み付けるだけが精一杯の俺を見て、エースは完全に誤解してしまった。
 「…かーわいいねぇ。何?もしかして初恋とか?だったら俺、全面的に手伝うぜvv」
 楽しそうに俺の頭をポンポンと叩き、
 「んじゃーねー」
 と、店を出て行った。
 「…………彼女とか…そんなんじゃねーのに…」
 呟きながら、残りのカクテルを飲み干した。
 ジュースみたいな酒なのに、なんだか悪酔いしそうな気分がした。

 
 ゾロと俺。
 関係はって聞かれたら、俺は何て答える?

 恋人じゃないのだけは確かだ。
 好きだって言われたことも無いし、言ったことも無い。
 郵便局員と利用客。
 バラティエのコックと常連客。
 ただそれだけの関係。
 用事がなければ会うことも無い。

 三十分以上のセックスをしたことも無い。
 愛しいなんて思ったことも無い。
 寂しいなんて思ったことも無い。
 ただ、それだけの関係。

 ただ、それだけ…なんだ…。

 

 それ以上になりたいのか。
 なりたくないのか…。

 

 空腹を満たしてやりたいんだよ…。
 ゾロはいつでも満足出来てないからさ。
 あいつは多分、すごく腹を減らせてるんだよ。
 胃袋じゃない、ゾロのどこかが。
 何を食わせてやれば良いのか分からないんだ。
 分からないから…すごく気持ちがザワザワするんだ。
 ただ…
 どうしてなのか分からないけど、あいつとセックスすると、少しだけ気分が落ち着くんだ。
 だってさ、あいつ俺とセックスした後さ、ほんのちょっとだけなんだけど満足そうな顔してるんだ。
 すげェ良い顔するんだよ。
 セックスの後でなくちゃ見られないんだ。
 すっげぇ、すっげぇ見てーのに。
 だからいつでも俺は、ゾロがメシ食い終わって、机の上の皿を下げようとあいつの前に手を伸ばす時、掴まれるのを期待している。
 「………」
 あいつはさ、胃じゃねー場所が腹を空かせているんだよ。
 俺は、その空腹を満たしてやりたいだけなんだ。
 恋とか愛とか…そんなんじゃない。
 「………」

 エースの作ったカクテルは、喉にまとわりつくようにしながら腹の方に落ちて行った。冷たいバニラアイスに胃が冷やされた後、じんわりとリキュールのアルコールが染み渡る。ジンベースのカクテルみたいに後から来る強さも無い。ジュースみたいな感覚の軽い口当たりなのに、なぜか妙に身体にこたえた。
 「…オーガズム…」
 口にしたら、身体を仰け反らせてイク自分の姿が頭に浮かんだ。
 「…っ……」
 ケツの穴が物欲しそうにヒクつく。
 昼間のゾロとのセックスを思い出す。
 身体の奥がジリジリと疼いた。
 「………チッ…」
 まるで俺があいつの『彼女』みたいじゃねーか。
 昼間の余韻が身体のあちこちにまだ残ってる。
 意識しだしたら、もう止まらなくなった。
 性急なセックス。
 照れも戸惑いも時間のムダにしかならなくて、手際良くお互いの服を脱がせ合う。
 「…………」
 青い制服の下に隠れた身体にチンコを勃ててる自分がいる。でも、恥ずかしがってる時間も惜しくて、俺は大きく足を広げる。
 「……ふ…っ…」
 ゾロの身体を思い出しながらズボンの上から自分のチンコを握り締める。
 ビリッとした刺激の後、痺れるような快感が支配した。
 数回ズボンの上から扱いた後、フロアーの電気を消してベルトを緩め、ジッパーを下げる。
 オーガズムの後味を口の中に探しながら、ゾロがいつもメシを食ってるテーブルまで歩いて行き、いつも座っている席の向かいに腰掛ける。
 (………ゾロ…)
 昼間のセックスを思い出しながら、下着の下に右手を差し込んだ。
 直に触った俺のチンコに電流みたいな快感が走る。
 「うっ…ん…」
 ズボンから引き摺り出してテーブルの上のバージンオイルをチンコに垂らした。
 足を広げて人差し指で亀頭を円を描くように刺激する。
 「う…あ…っ……」
 漏れた声が自分の声じゃ無いんじゃないかってくらい弱々しい。
 右手の指先でヌルヌルと刺激を続けながら、左手で棹を掴む。
 「うっ…」
 ゆっくりと上下に扱くと無意識に腰が揺れた。
 頭の中でゾロの姿を思い出す。
 無表情な顔をして、目の前の椅子に腰掛けているゾロ。俺はもっと良く見えるようにとズボンと下着を脱ぎ、足を限界まで開いてみせた。段々興奮してきて太腿がピクピクと痙攣してくる。
 しっかり左手で棹を押さえ、右手の掌でグリグリと亀頭を刺激すると、脳味噌まで鳥肌が立ちそうな感じの快感が襲ってくる。
 ゾロの完勃ちのチンコを思い出す。
 いつもすぐにケツに突っ込ませてるからあんまりちゃんと覚えていない。
 クソもっとちゃんと見とけば良かった。
 「んんっ…うっ…うんっ…あっ……」
 尿道口を親指でこじ開けたり、カリ下を擦ってみたり、棹を強めに扱いたりする。
 可笑しいぐらい身体が刺激に反応する。
 時折店の前を通過するバイクのライトに身体を強張らせながら、刺激の強さに溺れて行った。
 ゾロの身体を思い出し、ゾロのチンコを思い出し、チンコの味を想像し、掘られたケツの感覚を昼間の記憶から引き摺り出す。
 自分でもあり得ないくらい興奮してる。
 激しい呼吸を繰り返してると、時折思い出したようにエースの作ったカクテルの味が鼻から抜けた。
 「うっ…!」
 アルコールの匂いにガキみてぇに煽られて、体中が興奮にガクガク震える。
 感覚が暴走を始めて、快感が全身に広がって行く。
 「ああ…っ…はあっ……はあっ……あっ…」
 根本を掴んで歯を食いしばり、イキそうになるのをギリギリで堪える。
 もっと快感が欲しい。
 このままずっとオナニーしてたい。
 「……ううっ…」
 先走りの汁がローション代わりのオリーブオイルと混ざって白く濁った。
 チンコの刺激を続けながら、乾いた唇を舐めて濡らす。
 息が苦しい。
 気持ち良い。
 ケツの穴がゾロを欲しがってグチュグチュと音を立てながら勝手に動く。
 たまらなくなって指を突っ込むと、腹筋が引き攣るような快感が走った。
 椅子から落ちそうになりながら、夢中でケツの中を掻き回す。傍目から見たら、きっと爆笑モンだろう。
 だけどこっちは切羽詰まって泣き出しそうな状態だ。
 俺の指二三本程度じゃケツの穴は喜ばない。
 「うっ…ああ…っ…ク…ソォッ……」
 いつもだったらとっくにイッてるのに…っ…。
 切れ切れの思考の中でゾロのことを思い浮かべる。
 腰をうねらせチンコを扱く。
 ケツの穴に突き立てた、自分の指をせめてゾロだと想像する。
 「うんっ…っ!!」
 ビリビリとした腰が抜けそうな快感が、身体の深いところが広がって行く。
 息を詰めて身体を硬直させる。
 絶頂にもう少しで手が届く。
 「………うあ…あっ…ゾ…ロッ……!!」
 力尽くで感覚を持ち上げる。
 狂ったようにケツの穴を掻き回し、ヌルヌルの棹を絞るように擦り上げる。
 「う……ああ…っっ!!」
 …食事の終わったゾロの食器を片そうと自分の姿が頭を過った。
 腕を掴んで貰いたくて、期待に震える指先に気付かれないかって心配しながら飯粒一つ残っていない、理想の皿に手を伸ばす…。
 傍目から見たらただの無表情にしか見えないゾロは。
 間近で見ている俺だけが、ヤツの表情の変わる様に気が付くことが出来るんだ…。
 「ゾロ…ゾロ…ォ…」
 苦しい息の中でゾロの名前を呼ぶ。
 昼間のセックスの記憶が身体の中で再現される。
 ケツの奥が、ゾロのチンコの固さと強さとデカさとリズムを思い出す。
 「……グッ…ぅぁぁぁっっ!!」
 身体の奥からオーガズムは吹き出してきた。
 ブワッ!!っと根本からチンコが一気に太くなり、
 「あうぅぅっ!!」
 ブシュッ!!っと音を立てそうな勢いで、ザーメンがチンコの先から吹き出してくる。
 息も出来ない。力も抜けない。
 全身が硬直したように強張って、顔は後ろの壁が見えるぐらいまで仰け反り帰る。
 もう声にならないような喘ぎ声を上げながら、身体が何度も痙攣した。
 身体が大きく震える度に、ダラッ…とした濃いザーメンがチンコの先から溢れて零れた。
 オナニーでこんなに深くイッたのは、もしかしたらコレが始めてかもしれない…。
 「……はぁ…はぁ…はぁ……はあ………」
 荒い息を整えながら、俺はぐったりと目を閉じた。

 恋じゃねーのに…。
 好きとか…そーいう感情じゃねーのに……。

 電気の消えた店内で、とんでもない格好で椅子に座ってとんでもないことした後で。
 それでも俺、ゾロとセックスしてェとか、そんなことばっかり考えている。

 「………」
 そのままの格好で、ジャケットの上着からタバコを取り出し火を点ける。
 「……フー…ッ……」
 肺の中の空気を全部吐き出すように煙を吐くと、ようやく興奮が収まってくる。
 「……………エースのヤツ……」
 ボヤきながらぐったりと椅子に凭れて、目の前の席を眺める。
 「………青い制服……緑の髪…か…」
 それから暫く俺は何にも考えないで、息するみたいにタバコを吸っていた。
 暗い店内で、口元のタバコの火だけがまるで蛍みたいに赤い光を放っていた。

 

 

 

 「いらっしゃいませ、こんにちはー」
 郵便局の自動ドアが開いて中に足を踏み入れると、俺に向かって挨拶の声が聞こえてくる。
 広くて明るい局内は、二ヶ月前に改修工事が終わったばっかりだ。前よりも広くなったように感じるのは、壁紙が明るくなったからだと思う。
 中には十五ー六人の客が椅子に座って順番を待っている。
 番号札を引くと、
 「あらサンジ君、いらっしゃい」
 と、窓口で扇状に万札を開いて数えていたナミさんが俺の顔を見て声を掛ける。
 「今日はそんなに混んでないから十分ぐらいで呼べるわよ」
 「ホント?じゃ、待ってようかな」
 いつもだと番号札と通帳と入金伝票と店の売上金を渡して一旦自分の店に帰っちゃうんだけど、椅子に座って待つことにした。
 奥の方でルフィが俺の顔を見てニカッ!!と笑い、局長さんが「いらっしゃいませ」と笑顔で声を掛けてくる。
 ウソップは郵便の窓口の方で忙しそうにしていて最初は気付かなかったけど、椅子に座ってぼんやりしてたら声を掛けて来た。
 ゾロは、俺に視線をしっかりと合わせた後、何も言わずに次の番号札を呼んでいた。
 ぼんやりとゾロの姿を目で追った。
 処理の早さはナミさんと大体同じ。次々に番号札を呼ぶアナウンスが入ってくる。
 客に何出されても、何聞かれても、何注文されたって動じない。返事は即答。動きは速攻。
 キーボードを叩き壊す気か…?って勢いの端末機の操作と、威嚇してるとしか思えないような金の数え方(どうやってるのか分かんないけど、お札を指で弾いて『パンパンッ!』と鳴らすアレ)は、ちょっとどうかと思うが、とにかく処理は無茶苦茶早い。
 どんどんフロアー内の客が減って行く。
 ナミさんに呼ばれたら嬉しいな、とか考える。
 綺麗な指がカルトンに入れた金を数えて端末を叩く。
 『今日のランチは?』
 なんて、作業の合間に声を掛けてくれる日もある。
 『今日はペンネグラタンとチキンサラダだよ』
 『アタシチキンサラダ大好きvv今日はサンジ君のところで食べよっかな』
 『是非vナミさんが来てくれるなら、特別にみかんタルトも付けてあげるね』
 『え?ほんと?行く行くvv絶対だよ』
 キビキビ動きながら、ちっちゃな声でそんな話をしてくれる。華やかで暖かくて可愛いから大好きなんだ。
 ナミさんのことを考えながらゾロの姿を眺め続ける。
 『百八十番のお客さま、一番の窓口におこしください』
 あ、俺だ。
 立ち上がると、ゾロが真っ直ぐ俺の顔を見ながら立ち上がり、
 『コト…』
 と、静かにカルトンをカウンターの上に置いた。
 窮屈そうに制服をきっちりと着込んで、背筋を真っ直ぐに伸ばしたゾロが俺に声を掛ける。
 「百八十番のお客さま、こちらの窓口へどうぞ」
 ギュッ…と、心臓を掴まれたみたいに胸が痛んだ。
 時間にしたら五秒も無かったかもしれない。
 自分が普通に歩けているか自信が無かった。
 カウンターを挟んでゾロと向き合う。
 先に視線を外したのは俺だった。
 「……これ…」
 「入金ですね。かしこまりました」
 ゾロの声が腹の底をくすぐる。思わず下唇を噛み締める。
 カルトンに手を伸ばしたゾロの手が、俺の指とぶつかった。
 「…っ…」
 慌てて手を引こうとしたら、する…っ…と、ゾロの中指が動いて俺の右手の甲をなぞった。
 「…!」
 冷たかったのか熱かったのかも覚えていない。
 衝撃みたいな感覚に、反射的に勃ちそうになるのを必死で堪える。
 身体を強張らせながら顔を上げると、間近に、仕事をしているゾロの表情があった。
 相変わらずの無表情だったけど、俺だけはゾロが欲情しているのに気が付いた。

 続く

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