【青い制服緑の髪】

6

 

 バラティエのドアを開けるとコックがいつものようにカウンターに寄り掛かってタバコを銜えて立っていた。
 俺がいつも座っている一番奥のテーブルには既にランチプレートと湯気を立てているスープボウルが置かれていた。
 「…ん」
 コックは不機嫌そうに顎でテーブルを指す。
 「…今コーヒー煎れる」
 むぅ…と顔をしかめたコックの頬は、俺を見た途端に赤くなった。
 「おう」
 何だか気分が良かった。

 「いだだきます」
 「ん」
 プレートの上には大きなホットドックが二つ。
 トマトのサラダにフライドポテトに、厚切りのベーコンが二切れとスクランブルエック。それからピクルス。
 『メインにしても良いぐらいの出来だろ?』っていつも得意そうに言ってるピクルスを摘んでそのまま丸ごと口の中に放り込む。
 「ん、うめぇ」
 パリパリと音を立ててキュウリの漬け物感覚で味わいながら、ホットドックにマスタードとケチャップを目一杯付けてそのままガブリと一口頬張った。前歯でソーセージを噛み切ると、中から熱い肉汁が飛び出し、口の端から零れて溢れた。
 『ドンッ!!』
 暫く夢中で頬張っていたら、大きなマグカップを乱暴に置かれた。
 「んん?」
 顔を上げるとコックが怒った顔して俺を見下ろしている。
 「…何だよ?」
 口の中のパンを飲み込んでから、俺はコックに声を掛けた。
 「何だよじゃねぇよっ」
 「…?」
 「先刻っ!!」
 「…先刻?…どうした?」
 気にせずガブリとホットドックを齧り、うめぇなぁ…なんてモグモグやってると、今度は『はぁっ!?』っと大袈裟な声を上げて、ランチプレートが乗っている机を思い切りバシッ!!と叩いて大きく息を吸った。
 何だ怒鳴るのか?と思って一応構えると、コックはそのまま暫く何かに耐えるような苦悶の表情をした後、
 「……はぁ……っ…」
 と、吸い込んだ息を全部吐き出して、ヘタッ…っと俺の目の前の椅子に座り込んだ。
 「何だよ?」
 「……いや…メシの最中に説教は良くねェ……美味いモンも不味くさせちまう……」
 「……変なヤツだな…」
 「あのなぁっ!」
 「んん?」
 クワッ!っと怒りの表情を見せるが、俺が顔を合わせると(あ、いけねっ…)みたいな顔をして、根性でいつもの表情を作ろうとする。
 「…いいから早く食えっ」
 …ま、あんまり上手く出来てねぇけどな。
 こめかみの辺りがピクピク言ってるぜ?
 とくかくコックはメシを食ってるヤツにはとやかく言うのは嫌ならしい。
 不機嫌な顔も見せたく無いのか、ソッポを向いてもの凄い勢いでタバコを吹かしている。
 (タバコの煙もメシの最中にはどうかと思うぜ?)
 言ってやろうと喉まで出掛かったが、付け合わせのベーコンと一緒に飲み込んでやった。

 「………」
 「………」
 無言でコックはタバコを吹かし、俺は無言でメシを食う。
 コックがソッポを向いているのを良いことに、俺はずっとコックの横顔を見ながらメシを食った。
 「………」
 「………」
 細身で小柄で、俺と一センチしか違わねーって話だが、もっと身長差があるように見えんのは多分体積の違いだろう。身体が細い。腕も細い。足も細けりゃ指も細せェ。顎のラインもとにかく細い。
 それでも脱げは思った以上に筋肉質のしっかりとした身体に最初は何度も驚かされた。
 細い指、細い髪。細い腰。
 何だお前、タバコまで細せェんだな…。
 どこもかしこも細いモンで出来てんだな。
 メシを食いながらコックを眺める。
 普段ロクに顔も見ちゃいながったが、こうしてじっくり見ると芸能人か?ってぐらい整った顔をしてたんだ…と、驚いた。
 (…俺の知ってる誰よりも綺麗なヤツかもな…)
 ナミや局長のロビン相手だと鼻の下デレデレに伸ばして同一人物かと疑いたくなるような時もあるが、こうして黙ってタバコ吹かしていれば、それなりにサマになってるし絵にもなってる。
 綺麗だ…つっても、女の綺麗さなんかとは全く別で、しなやかな身体とか、立ち振る舞いなんかには、男特有の強靭さがある。細そい腕でも殴られればかなり痛そうだし、足なんかは蹴られリゃ最悪殺されそうなぐらい、はっきりとした『強さ』が見える。
 顔の造りも、意志の強さか気の強さかは分からないが、変な柔らかさは一切無い、凄みのある整い方だ。
 凄み……そうだな。
 こいつは凄みのある美人なんだな…。

 つらつら、つらつら考えながら二つ目のホットドックに手を伸ばす。
 ケチャプとマスタードをつけ、口を大きく開いてガブッと齧る。
 前歯が限界まで張り詰めていたソーセージの皮を食い破る。『ブシュッ!』と、勢い良く肉汁が口の中に溢れる。
 手に持ったホットドックの方から肉汁が指を伝って手の甲に流れる感触に気付き持ち直して、コックのことを眺めたままベロッと自分の手の甲を舐めた。
 「………っ……」
 俺の動きに釣られたようにコックの顔がこっちを向く。
 視線を逸らす理由も見付からなくて、俺はコックと目を合わせたまま、ベロベロと手の甲の肉汁を舐め続けた。
 「……お前…何してんだよ…」
 「勿体ねェから」
 「舐めてんのか?」
 「…ああ」
 「…バカか…」
 細くて器用そうな手がテーブルの上のナプキンを摘んで手首まで伝った汁を丁寧に拭き取る。
 「制服汚れちまったらどうすんだよ」
 「着替えりゃ良い」
 「んな…油汚れはシミになるんだぜ。……ほらこっちも…」
 黙ってされるがままに手を拭かれる。
 ナプキンを俺の手に押し付け油を吸わせ、蒸したおしぼりで包むようにして残った油を拭き取る。熱い布越しから伝わるコックの指の感触が気持ち良い。
 「…ったく……こんなに汚して……ガキかお前は…」
 「良いじゃねーか。どんな食い方したって」
 「良いけどよー…だったらせめて腕まくりぐらいして食えよ。…ほらこっちも…」
 「…んな…舐めりゃ良いのに…勿体ねぇ」
 「油でシャツが汚れんのが嫌なんだよ」
 「俺は別に構わねェぜ?」
 「お前のシャツじゃねーよ」
 「…?」
 俯いて俺の手を拭くコックは耳まで赤くして。
 「……そんな油だらけの指で脱がされたらたまったもんじゃねぇ……」
 目の前にいるって言うのに聞き取るのもやっとな声でぼそりと言った。チラッと俺の顔を見て、更に顔を赤くして俯いて、付け足すように言葉を続ける。
 「…今日のシャツ、まだ下ろしたばっかなんだよ」
 下半身に…直接…キた…。
 掴んでいたホットドックの残りを全部口の中に詰め込んだ。
 口一杯にモグモグやりながら、空いた手をコックの前に突き出す。
 「………」
 コックは黙って俺の手を取ると、そのまま舌で舐め始めた。
 バカ汚ねぇよっ。
 慌てて止めようとキレイにして貰った方の手で止めようとしたら、パシッ…っと軽く払われた。
 コックはしっかりと両手で俺の手を掴み直すと、またゆっくりと舌を使って丁寧に俺の手を舐め始めた。
 頬張りすぎた最後の一口を根性で噛み砕いて飲み下す。
 「ぷはっ…。おいっバカ止めろって…」
 んーんと首を横に振り、
 「んっ」
 と、目でスープとコーヒーを指す。
 「メシはちゃんと全部食え」
 モゴモゴと聞き取りにくい声で言われてしまった。
 少しヌルくなったスープを一気飲みして、コップの水も全部飲み干す。マグカップの中のコーヒーも、ついでに全部ゴクゴク飲んだ。
 「…なぁ…俺の手は汚れてるんだぜ…?」
 俺の指を舐め続けるコックの頭をさらさらと撫で、口から指を抜こうとしたら、咄嗟に両手で捕まえられた。
 「…だから綺麗にしてやってる……」
 柔らかな舌を俺の指の根本に絡ませて、吸い付くように
蠢かせる。
 「……そういう意味じゃねェよ……」
 「…どういう意味だよ……?…」
 「………上手く言えねェ……」
 「犯罪でもやってんのか?」
 「してねーよ」
 「じゃ、良いんじゃねーの?」
 「……気持ち悪くねーか?」
 「…何で?」
 「………」
 不安そうに舌が動きを止めた。
 「…俺に…こうされんの…嫌か…?」
 「いや…っ」
 俺は慌てて言った。
 「嫌じゃない」
 コックは、ゆる…っと目と口元を緩ませた。
 「……そりゃ……良かった……」
 ゆっくりと温かな舌が俺の指の股を味わうように、また動き始めた。
 「………美味いか…?」
 返事は無かった。上目遣いに俺を見上げた。
 「……っ……」
 俺はコックから目が離せなくなった。

 熱に浮かされたような、余裕の無い…物欲しそうな顔。
 今まで何度もこいつとセックスしてきたが…一回だってこんな表情、見たこと無い。

 「………サンジ……」

 表情に気を取られてて……何を口走ったのか……自分でも良く分からなかった。

 

 

 

 

 「挿れるぞ…良いか…?」
 「……んなこと聞かなくても分かってんだろ……」
 快感の喘ぎが大きくなるのを必死で堪えながら、荒い息の下でコックが悪態じみた返事を返す。
 「…もう…時間…っ…無ぇから……」
 自分から足を大きく開いた。
 オリーブオイルを塗り込んで、指で解したコックのケツの穴は、今じゃすっかり俺のチンコの飲み込み方を覚え、少し強引なぐらいの強さで腰を進めれば、最小限の前戯だけで根本まで銜えられるようになった。
 三十分のセックス。
 感覚的にはあっという間だ。
 楽しんでいる余裕なんか無い。
 きっちりイカせて自分もイクには無駄なことなんかやってられない。
 新しく感じる場所を探すとか、新しい体勢見付けるとかそんなことやってる時間なんか少しも無い。
 相手が感じてるのを確認してる余裕も無い。
 イッたのだけが確実に分かるだけだ。
 何考えてるとか、どう感じてるとか。そんなのはどうでも良いこと……だと思ってた。

 「ああ…っ…うんっ!…あ…うっっ…!!」
 「……おい…っ…感じるか…っ…」
 「…ああっ……あっ…っ!…ああっ!…」

 突き上げて、掻き回し、狭い隙間に擦り付け、泣かせ、喘がせる。
 コックは俺の質問に答えることが出来ずに、俺が揺さぶるがままに細い身体を激しく揺らす。
 「は…あっ!ああっっ!!ああっっ!!」
 喘ぎと叫びが店の外に漏れないように、固く目を閉じ、必死で堪え、悶える。
 俺は喰い千切りそうな勢いのコックのケツでイク為に、細い腰をガッシリと両手で掴んで最速のピッチで腰を振る。
 今日、初めて意識してセックスしている最中のコックの顔をしっかりと見た。
 苦しそうに悶える表情は感じているのかどうか正直良く分からなかった。
 「…なぁ…感じるか…?」
 不安になって何度も尋ねた。
 コックは俺の返事に答える代わりに、両手を伸ばして俺の首に絡め回してしがみついてきた。
 「…っ」
 反射的に俺もコックを抱き締めた。
 「ああっ!あっあっああっ!!」
 耳元で堪えきれなかった喘ぎが漏らすのを聞く。
 身体を密着させた姿勢で腰を振るのはいつも以上に力が必要で、いつも以上に、気持ちが良かった。
 「ゾロッ…ゾロッ…あうっ…んっ!!」  
 「………サンジ…っ…!!」
 「あああっっっ!!」
 サンジが全身を仰け反らせ、一際大きく反応した。
 耐えられないように激しく頭を振って、齧り付くように力一杯しがみついてきた。

 (……可愛い…)

 何がどう可愛いか分からなかったが、本能的にコックのことが可愛いと思った。言葉で可愛いとか考えんじゃなくて…なんか…こう…塊みたいな……力みたいな感覚で…頭だけで思ったんじゃなくて…心臓とか…胃袋とか…手とか…足とか…チンコとか…全身が一斉に感じたような勢いで…ゾワッ!!っと…ザワッッ!!っと…思った。

 (可愛い…可愛い…っ……すげー可愛い…っ!!)

 「…うわぁぁぁっっ!!」
 思った瞬間、今度はもっと訳解らねェ自分の中の何かに襲われ俺は思わず悲鳴を上げた。
 どこだか分からねぇ…どっか暗い何かの底から、もの凄い勢いで甘いような苦しいような痺れるような…変な感情が俺を襲った。
 「っっ!!」
 理解しきれなくて、あんまりにも大き過ぎて。あんまりにも突然で。俺は咄嗟に襲いかかってきた感情を振り払った。
 「ゾロ…っ…どうし…た…?」
 俺は返事をしないで、更に大きく深くコックのケツを突き上げた。

 

 「…ゾロ…どうした…?」
 ぐったりと身体を俺に預けたままの姿勢でコックが声を掛けてきた。「…なんか…今日は…凄かった……」
 いつものように俺の身支度を整える手伝いをする体力も無くした感じだ。
 「……なんか…お前……変だぞ…。どうした?」
 「………良く解らねェ」
 感じたことがたくさんありすぎて、残りの時間じゃとてもじゃないが説明出来ない。それどころか、自分でもまだ整理がつかない。呟いた声は、自分でもどうかと思うぐらい情けなかった。
 何となくこのままコックと離れたくないような気分だったが、昼休みはもうじき終わる。
 やっとの思いで身体を離して手早く後始末をし、制服を身に着けた。
 「…大丈夫か?」
 「…ああ…着替え…手伝えなくて悪かったな」
 「大丈夫だ。……じゃ行くぞ」
 「ああ」
 ぐったりとしていたコックがゆっくりと身体を起こし立ち上がる。
 「…うわ…膝がガクガクする…」
 はは…っと、笑うとバランスを崩した。
 「危ねぇっ」
 咄嗟に両手で身体を抱き締めるように支える。
 「バカ…制服が汚れる」
 腕の中でコックが力無くもがいた。「俺のチンコまだ拭いてねーし…」
 「汚くねーよ」
 お前のだったら別に気にならねェ。
 …だが、言うのはやめた。
 何か、変なことまで言いそうな気分だ。
 「ほら、時間」
 もう五分も無い。
 コックがヨロヨロしながらパンツとズボンを履き、シャツに腕を通した。
 局に戻りたくなかった。
 なぜかもっと一緒いたいと思った。
 セックスが三十分なのは短すぎると思った。
 言いたいことも言えないようなセックスはダメだ。
 (…ダメって何がだよ…)
 ……ああ…何が何だか良く分からねェ。
 こいつの台詞じゃないが、今日の俺は何だか変だ。
 「ほら、何ぼんやりしてんだよ」
 コックはふらつきながらも俺に急げと言いながら腕を掴んで引っ張ってくる。「呼びに来られたらどうすんだよ」
 確か似そうだ。俺はともかく、こんなコックは人には見せられない。
 俺は気持ちを切り替えて、レジのところへ歩いて行った。
 「今日は良いよ」
 レジのところで財布を出すと後ろからコックの声が追ってきた。
 「何で」
 「今日のメシは手抜きだったからな」
 振り返ると俺がいつも座っている席に腰掛けて、塩の入ったビンを電灯にかざして覗き込んでいるコックが見えた。
 「有り合わせで適当に作っちまったもんだからさ。ま、言わば『まかないメシ』的ランチだったんだよね、実は」
 「でも美味かったぜ」
 「それは当たり前」ビンをブラブラさせてコックは笑う。
 「どんなメシでも俺は美味く作れるの」
 それから俺に目を合わせ、
 「でも、先刻のメニューじゃ金は貰えない」
 「何で?」
 『トンッ!』
 小気味の良い音を立てテーブルにビンを置く。
 「何でも。ほら、時間」
 結構頑固なここの店主は、こんな言い方した時は、絶対折れたりしない。もしここでカウンターに無理矢理金でも置いていったら、多分明日から口も聞いて貰えなくなる。
 「いいのか?」
 「勿論」
 「悪いな」
 「全然。ほら、行けって」
 シッシって感じに手で払われる。
 「ホント、時間ねぇから」
 「…んじゃ、ごっそうさん」
 「ああ」
 店のドアは今日に限って妙に重く感じた。

 

 

 

 

 午後の仕事をやりながら、コックのことを考えた。
 考えるっつっても、綺麗な男だとか、セックスの相性が良いとか、可愛い顔をする時もあったんだとか、それぐらいしか無かった。
 それでも窓口が閉まるまでグルグルと同じこと何回も考えてた。
 「何か、妙に機嫌良くない?」
 終いには、ナミに気味悪がられた。
 勿論無視して俺はずっとコックのことばかり考えてた。
 窓が閉まって日締計算が始まってもずっとコックのことばっかり考えてた。
 考えて、考えて…俺はコックのことをほとんど何も知らなかったことに気が付いた。
 どこに住んでるかも知らなかったことに気が付いた。
 「………」
 そういや、俺はあいつの店に行って、メシ食うかセックスするしかしてねェんだ……。
 特に話をすることも無い。
 いつも側にいるだけで、俺はコックの何も知らない。
 「……ま、そうだよな……」
 ロッカーで着替えながら呟いてみる。
 「んん?ゾロどうした?」
 一緒に着替えていたルフィがこっちに顔を向けて聞いてきた。
 「いや、別に…何でもない」
 「そっか?」
 じっと俺の顔を覗き込み、珍しく上司っぽい顔して言った。
 「考え込むのはゾロらしくねーぞ」
 「…そうだな」
 確かにそうだ。
 「なぁ、ルフィ」
 「んん?」
 気さくな上司は俺のタメ口なんて気にしない。上着に腕を通しながら、真っ直ぐ俺の顔を見る。
 「何だ?」
 「…気になるヤツのことをもっと知りたいと思ったらどうする?」
 ルフィは至極明快に即答した。
 「知りたいだけ、知る」
 それから、特徴のある笑い声を出しながら言った。
 「シシシッ。何だよ知りたいヤツが出来たのか?」
 「……ああ」
 「気になるのか?」
 「……多分」
 「そっか。良かったな」
 何が良かったのか良く分からないが、取りあえず頷いた。
 「頑張れよ」
 「…ああ」
 ………何をだ?

 「…んで?」
 次の日の昼の休憩時間。
 昨日も十分手が込んでると思ってたが、今日はやたらと作るのに時間が掛かってそうな、煮物みたいな料理がメインの昼飯を食いながらコックに話を切り出した。
 『お前のことを良く知らねぇから』
 と、開口一番切り出したら、笑いながらもしっかり俺の話を聞いていたコックが聞いてきた。
 「俺とどうしたい?」
 「……それを昨夜一晩考えてたんだが…」
 「…一晩?」
 「ああ」
 「何?ずっと?」
 「ああ……何が可笑しいよ」
 ブッ!と吹き出し笑い転げるコックを睨み付けて文句を言うと、誤りながら取り出したタバコに火を点ける。
 「悪りぃ悪りぃ…でもさ、普通そんなのに一晩も考えるモンか?良いじゃねーか、何でもさ。仕事終わりに飲みに行くとかさ」
 「ああそれも良いな……行くか?」
 「野郎と二人でか?」
 「…ダメか?」
 「や、別に良いぜ。いつ?」
 「明日」
 「明日?!…またエラく急だよな」
 「明日、計画休暇取ってるから時間はたっぷりある」
 「休み?」
 「ああ。何時から飲む?」
 コックの目が悪戯してるガキみたいにクルッと丸くなった。
 「んじゃさ、デートする?」
 「……っ」
 予想外の言葉に固まってると、ニカッとコックは笑顔を見せた。
 「嫌か?」
 「……いや…別に……」
 「んじゃ決まりな。明日、付き合ってくれんなら、美味い酒あるところに案内するぜ」
 「……待ち合せは?」
 「どこでも良いぜ。あ、じゃ、駅の改札のとこは?」
 「ん。時間は?」
 「んー……三時ぐらいかな」
 「三時だな…ん。分かった」
 「起きれるか?」
 「ああ、大丈夫だ」「言っとくが、午後じゃなくて午前だぞ」「ああ?!」思わず声を上げてしまった。
 「お前、どこ行く気だよ?」
 「んん?」
 コックが心底嬉しそうに笑って言った。
 「築地」
 この男、知るには時間が掛かりそうだ。

 続く

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