【青い制服緑の髪】

7

 


 「………」
 さてどーするか……。

 アパートに戻って背広の上着をハンガーに掛けてクローゼットに突っ込み、ネクタイを緩める。
 『シュル…ッ…』
 そのまま首から外しネクタイハンガーにぶら下げた後、ボリボリ頭を掻きながら冷蔵庫に向かい、
 『ガチャッ』
 中から缶ビールを取り出す。
 『プシュ!』
 途端溢れ出したビールの泡を急いで口に吸い込みながら半分ぐらいまで一気に飲んだ。
 「…んー………」
 取りあえず眉間に皺を寄せてみて、ま、こんな顔してもあんまり意味もねェな…なんて考えながらビールの残りを飲み干した。

 俺は今日。
 コックにデートに誘われた。

 

 俺は東京二十三区って言うのも申し訳ねェような、のどかな場所の駅前にある郵便局で働いている。
 ゴーイングメリービル内郵便局ってところだ。
 駅前通りをバスで埼玉方面に走っていけば、二キロもしないうちにキャベツ畑が広がっていたりする。
 延々と続く桜並木は区の桜百選にも選ばれるような名所の一つで、桜が満開の頃には事故と渋滞が多発する。
 同僚のウソップの話をそのまま信じれば、別名『ローレライ通り』とか言われてるそうだ。
 最寄りの駅の名前は『大泉学園』。取りあえず各駅停車と準急は止まる。
 最近駅前の再開発が進んで、向こう口の駅前なんかは、ちょっと気を抜くと道に迷いそうな複雑な迷路になっちまった。でっかいビルと高層マンションがボンッ!!と立ち並び、少しずつだがそれなりに栄えかけては、いる。
 俺は良く分からなねェが、ナミの話だと二階のシュークリーム屋のパイシューってヤツと、四階のイタリア料理店はそれなりに美味いらしい。
 ま、来たら行ってみな。百聞は一見にしかずってところだ。
 ただし迷子になっても知らねーけどな。
 俺が働いている郵便局がある駅のこっち側っつーのは、昔ながらの商店街が今も残っている場所で、昭和の匂いが若干残る感は否めない。
 車一台が通るのがやっと…つー感じの道路の両側に新旧取り混ざったデザインの建物が細々と並んでいる。老舗って感じの下駄屋や豆腐屋や和菓子屋なんかと混ざって、花屋や雑貨屋や洋食屋やら洋服屋なんてェのが一緒に軒を連ねている。
 で、俺が勤めている郵便局は、そんな商店街の入り口から結構直ぐの場所に在る。交番の隣の隣。雑居ビルの一階で午前九時から午後五時まで(営業時間は)牛馬の如くこき使われている。
 朝一番と四時間際にあまりの忙しさに殺気立って窓口やってるのが俺だ。出来ればウチの局には来ないで他所で用事を済まして欲しい。

 「……取りあえず…風呂に入るか…」
 立て続けに缶ビール三本飲み干して、握り潰してゴミ箱に放った後、何となく声に出しながら風呂場の蛇口を目一杯捻ってみた。
 ばだばだばだばだばだばだばだっっっ………と、凄い勢いで湯が蛇口から出て来るのを眺めながら、待ってんのもかったりぃから着てるモン全部脱いでまだくるぶしぐらいしか湯の溜まっていないバスタブに身体を突っ込んでみた。
 「………ふー……っ……」
 …寒ィ。
 一先ず根性でそのまま頑張ることにする。

 

 『洋食屋バラティエ』は、新旧混ざって軒を連ねる商店街の中の一軒だ。
 ドア三枚分程度の幅しか無いような幅の店だから、かなり注意深く見てかねェと、普通に見落とせる『幻の店』だ。小洒落た感じの店構えと、店先に出してあるイーゼル風の黒板が目印って言えば目印の店だ。
 それなりに人気のある店らしく、昼時にでもなると手に財布を握ったOLや背広姿のサラリーマンなんかでいつでもごった返している。
 値段が安くて味も良いから、局の皆も常連客だ。
 俺もその一人で、空いてる時間を狙って昼休みの交代に入り、大抵平日は毎日バラティエでメシ食ってる状態だ。 コック曰く
 『ったく…ランチは二時までだって何度言わせりゃ分かるんだよっっ』
 だ、そうだ。
 まぁ、怒鳴られても仕方が無い時間にメシ食いに行ってるのは確かだな。
 とは言え、『一番空いている』時間って言うのは間違いない。
 客はいつでも絶対に俺一人だ。
 『んーだよ。いちいちウルセェなぁ』
 『てめ…っ!!それがメシ食わしてもらうヤツの態度か?』
 ちょっと文句を言うだけで目クジラ立てて噛み付いてくる。
 『何だよ人聞き悪ィな。ちゃんとメシ代払って食ってんじゃねーか』
 『だーかーらー』
 コックはいつ見ても面白い眉毛をしかめて、氷の入ったグラスを乱暴に俺に渡す。
 『ランチは二時までだって言ってんだよっっ』
 黒いパンツに白いカッターシャツ。腰に巻付けているギャルソンエプロンは、腰の細さとケツの小ささを強調していて、なんだか嫌に目が釘付けになりそうになる。
 『いいじゃねェか』
 『良くねーよっ』
 客がごった返している時は吸っていないらしい愛用のタバコの煙を燻らせながら、睨み付けてくる青い目は、いつでも口調程には怒っていない。
 『お前だって他の客がいるところで手ェ出されても困るだろ?』
 『…っ……』
 言葉に詰まって顔を真っ赤にさせる姿は同い年に見えないぐらい、時折幼い。
 『違うか…?』
 『……汚ねェぞ……』
 『…ああ…俺は汚ねェよ…』
 『確信犯かよ』
 『まぁな』
 ランチの時間をわざと外して『洋食屋バラティエ』にメシを食いに行く。
 他に誰もいない、誰も来ない時間帯。
 当たり前だ。
 二時から夕方までは店は一旦閉まるのだ。
 知っているから、俺は時間をずらしてメシを食いにバラティエへ行く。
 俺と同い年の、気の強いコック。
 メシだけでなく、自分も喰わせる不思議な男だ。
 関係は?なんて聞かれても、良く解らねェ関係だ。
 コックと客。
 郵便局員と、利用客。
 それ以上とかそれ以下とか…考えたことも無い。
 …考えたことも、無い。
 顔とかも良く見たことが無くて、細かいところしか思い出せない。
 金色の髪とか、薄い顎ヒゲだとか。
 やたらと白い肌とか、器用そうな指先だとか。
 仰け反らした時に見える喉仏だとか。
 何を考えてるのかも考えたことも無かった。
 何が感じるのかを考えたことも無かった。
 自分に取ってコックはどんな存在なのか、考えたことなんて一度も無かった。
 ただの定食屋のコックなのか。
 ただの顔見知りなのか。
 仲の良い友人なのか。
 それとも。
 …それとも。
 それとも…一体…何なのか。
 週に数回、ランチの後のコックとのセックス。
 誘われて。途中からは自分から誘った。
 俺はコックの作る飯の味ぐらい、コックとのセックスも気に入っている。
 理由…考えたことも無かった。

 「ふー………っ……」
 ようやく湯船一杯に湯が溜まった。
 浮力が身体に心地良い。
 蛇口を捻って湯を止める。
 『チャプン…』
 俺が動きを止めると、途端バスルームは静まり返った。
 天井を眺めながら昨日のセックスを思い出す。

 

 (……可愛い…)

 何がどう可愛いか分からなかったが、本能的にコックのことが可愛いと思った。言葉で可愛いとか考えんじゃなくて…なんか…こう…塊みたいな……力みたいな感覚で…頭だけで思ったんじゃなくて…心臓とか…胃袋とか…手とか…足とか…チンコとか…全身が一斉に感じたような勢いで…ゾワッ!!っと…ザワッッ!!っと…想った。

 (可愛い…可愛い…っ……すげー可愛い…っ!!)

 

 「…………」
 昨日…俺に抱かれて感じるコックの姿を見て、今まで感じたことも無かったような感覚に襲われた。
 力一杯抱き締めて、そのまま背骨バキバキに折って勢いのままにブッ殺しェぐらい体中がゾクゾクした。
 あんまりにも唐突の感覚で、感情だったから、ビビって振い払って捨ててしまった。
 手放してから、アレは一体何なんだったのか思い出そうとしたが出来なくなった。
 気になって気になって仕方が無い。
 いつも通りの三十分のセックスを物足りないと初めて感じた。
 離れたく無かったし、放したく無かった。
 「…ったく…アホか俺は……」
 風呂場の中でぼそりと呟く。
 「…………」

 ……全く…俺はどうかしている。

 

 そして。
 俺は今日。
 コックにデートに誘われた。

 デート…なんて言うのは、あいつの冗談だって言われなくても分かっている。
 からかわれてるだけだ。
 そうに決まってる。
 『お前のこと良く知らねェ』なんて言ったから、面白がってからかっているだけなんだ。
 分かってる。
 分かってるのに。
 バカみたいに浮かれそうになっている自分がいる。
 何を着ようだの、いくら持っていこうだのと必死で考え込んでいる自分がいる。
 考えてみれば築地なんてデートする場所とはとてもじゃねェが考えられない。
 朝の三時っつー待ち合せ自体、朝市に買い出しする気満々なんだって、こうやって落ち着いて推理してみればすんなり思い浮かんでくる。色気も何もあったモンじゃ無い。
 コックは俺に都合良く荷物持ちでもさせようってぐらいの感覚なんだ。
 分かってる。
 分かってる。
 「……分かってる」
 それでも浮かれてる阿呆がここにいる。
 「……さて…と…っ」
 振り切るように頭を振り、バスタブから外に出る。
 身体から湯気が立ち上がり、あっという間に鏡が曇って、風呂場の中が湯気で真っ白になった。
 『ザーッッ!!』
 シャワーの蛇口を思い切り捻り、勢い良く出る熱い湯を身体に叩き付けさせた。
 力一杯頭を洗って、勢いでシャンプーで顔も洗う。
 泡が落ち切らないうちにナイロンタオルを掴んで身体を洗い始める。
 何か、変だった。
 コックのことを考えれば考える程、変な気分になった。
 変な気分になってる自分が変で、いつもより力入れて身体を洗った。
 ナイロンタオルで胸を擦り、腕を擦り、足を擦って、太腿を擦る。
 ケツを擦って、チンコを擦ったら、半勃ちしてたのに気が付いた。
 「…………」
 やっぱりアホだ。
 ガキ同等だ。
 だからデートじゃねーって言ってんだろうが。
 早朝に築地に行って、セックスする訳ねーだろうがっ。
 俺は何を期待してんだよ…っ…。
 「……チッ…」
 舌打ちしながらチンコを握る。
 泡だらけになっているチンコは泡だらけの手で擦ると、ガマン汁とは全然違うヌルヌルした手触りで、何だか妙に気持ちが良かった。
 暫く立ったまま棹を扱いてたら、石鹸の泡で皮の捲れた部分がピリピリしてきたんで、シャワーを当てた。
 「うっ…っ!」
 シャワーの微妙な強さの当たり具合に、電流が流れるような快感が背筋を走った。
 バスタブに軽く腰掛けシャワーを当ててオナニーをしていると、そのうち我慢出来ないような快感の衝動が突き上げてくる。
 「…クソ…コッ…ク…ッ!!」
 握り締めていたシャワーヘッドを投げ捨て、右手でチンコをキツく握り締め、親指を強く亀頭に押し付けた。そのまま乱暴に摩擦すると、すぐに自分の先走りの汁でヌタヌタになった。
 頭の中でコックの裸を思い出す。
 「くっ…」
 脳天を力一杯殴られたような衝撃に身体が跳ねる。
 バカだしアホだ。
 何してんだとか途中で何度も思った。
 だが、手は止められねェし、頭の中で快感に身体をくねらせるコックの姿を想像するのもやめられなかった。
 女の股とか、胸とか精液まみれになった身体とか考えてる方がよっぽど健康的なんじゃねェかと、遠くに感じた。
 「うっ…うっ…ぁ…」
 だが俺は、ガチガチにチンコを勃起させているコックとか、大股開いてケツの穴向けているコックの姿とか、おかしな形をした眉毛が切なそうに歪むのを想像しながらありえないぐらい興奮していた。
 明日が待ち遠しくて仕方が無かった。
 チンコ勃たせるぐらい、待ち遠しくて仕方が無い。
 手を握り変えて裏筋の皮が撓んだところを激しく擦り上げる。
 チンコの芯がどんどん固くなって行くのを指の腹で感じながら、コックのケツの閉まり具合を想像する。
 足を広げて胸を逸らし、口を開いて肩で息を継ぐ。
 昨日セックスしたばっかりだっつーのに、またコックとセックスしたくなった。
 頭の中が訳解らなくなりながらも俺は自分のチンコをしっかりと握り締め、いつもより強く扱きながら、頭の中でコックを犯した。
 俺の頭の中でコックがいつもと違う喘ぎを上げる。
 まるで女みたいだと思ったら、頭の中のコックが目を潤ませながらもギリリッと睨み付けてきた。
 『俺は…っ…女じゃ…ね…えっ…』
 言いながら狂ったように俺の身体の下でのたうち回るコックの姿を想像する。
 興奮した。
 「…ううっ…!」
 ものすごく興奮した。
 折角洗った身体が汗ばんでくる。
 石鹸の匂いに混ざって俺の汗の匂いと体臭が混ざり合って立ち上る。
 コックの匂いを想像した。
 きっと無茶苦茶興奮するようなイヤラシい匂いがするに違いない。
 内股に俺のガマン汁が伝って流れた。
 もう我慢できねェ…っ…!!
 射精の妨げにならないギリギリの強さでチンコを握り締める。コックのケツの穴のキツさを思い出すような強さで握り締める。
 左手でバスタブを掴み、太腿と腹筋に力を入れて腰を揺する。
 ズコズコとコックのケツを掘ってる気分で腰を揺すった。
 セックスしてェ。
 今直ぐしてェ…ッ…。
 コックをこの場で引き摺り倒して服引き裂いて裸に剥きてェ…っ。戸惑って、恥ずかしかって逃げるコックを力で捩じ伏せ、あの小さなケツの穴に俺のチンコをブチ込みてェ…っ!痛みに涙を流して顔を歪めるコックが見てェ。狂ったようにサカッたセックスで感じ始めるコックの顔が見てェ。辛れェのよりも感じる方が勝っちまって、とまどうコックの顔がみてェ。
 俺のチンコが根本まで刺さった場所を見せてやろう。
 お前はどんな顔をする?
 きっとお前も淫乱だから、うっとりとした顔で涎を垂らしながら腰を揺するに違いない。
 お前のイク顔が見てェ。
 どうしても見てェ。
 オナニーしてても思い出せるぐらい、しっかりこの目に焼き付けてェんだ……。
 「うぁぁっ!!」
 指の刺激が臨界点を超えた。
 もう止まらない。
 腹の奥の方で熱いモノが爆発するように全身に散って、チンコの中の管を走り上がる。
 「ぐぁっっ!!」
 血管がキレんじゃねーかってぐらいデカイ快感がチンコの根本から先端に向かって走り抜けるのと同時に、音がしそうなぐらいの勢いでザーメンが発射された。
 『ビシュッ!!』
 叩きつけられるように風呂場の壁にザーメンが飛び散る。
 『ビシュッ!』
 『ビシャッ!!』
 「ああっ!!」
 体中を痙攣させるように飛び上がらせながら絶頂を味わう。
 すげェ気持ちが良い。
 ゴリゴリ絞ると、チンコの先から残った精液が後から後から溢れ出てきた。
 「……スゲェ……」
 …気持ち良い……
 ぐったりしながら手に付いたザーメンを見るとはなしに眺めた。
 昨日コックの中にあれだけぶちまけたのに、まるで何日もお預け喰らわされてた野郎みてェな、とんでもなく濃いザーメンだった。
 頭の中で指先に付いたザーメンをコックの唇に塗りたくつてやった。
 テラテラと唇が塗れた姿は酷くコックに似合っていた。

 脱力感の後には穴でも掘ってそのまま即身成仏にでもなっちまった方がコックの為なんじゃねーのかと、自己嫌悪に暫く悩まされた。

 頭と身体は、結局もう一回洗い直すハメになった。

 続く

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