【かわいいこっくさんとほぞんしょくのかみさま】

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 かみさまはかんがえます。
 いったいじぶんはこのかわいいコックさんのためになにをしてあげられるんだろうかって、ぐらにゃーのはかんがえます。
 「………むむう……うー……んー……」
 ぐらにゃーのは、ほぞんしょくのかみさまです。
 長い航海の間、積み込んだ食品を一粒残さず次の島まで保たせるのが専門のかみさまです。
 それいがいのこととなると、お昼寝しているこねことくらべても大して変わらないぐらいののうりょくしかありません。
 たとえば、ゾロを塩漬けにしてビンに詰めて長持ちさせたり、ゾロを天日干しして風味の増した味わいのある干物にするのは、神業でちょちょいのちょい、っと出来るんですけどね……。
 どうせだったらそんなお願いごとをしてくれたらいいのにニャー、と、思いました。そしたら、あっという間にゾロを最高の保存食に出来るのにと、ぐらにゃーのは思うのでした。
 でもニャー…どうせ何にも力にニャれにゃいからニャー
……保存食にしちゃおうっかニャー……。
 ついでにトナカイの干し肉もつくっちゃおうっかニャーなんて、かみさまは物騒なことまで考え始めました。
 (でも、きっとそんなことしてゾロを戸棚に並べたら、絶対サンジは泣くに違いニャいのだ)
 見た目はただのネコですが、さすがかみさま。保存食と恋は、違うものだということは分かっているようですね。
 ギリギリのところでぐらにゃーのはゾロを保存食にしてしまう計画をストップしました。
 (…まったく人間って生き物は、恋に悩む生き物ニャのだ。はた目から見てても歯がゆいったらニャい。好きにゃらニャー、発情期にニャーニャー鳴いて、交尾しちゃえば良いニョニャ)
 保存食のかみさまにとっては、恋愛なんてそんなもんです。
 想いが伝えられなくて、こんなに悩んで苦しむなんて、人間はなんて不器用な生き物なのかと少し不憫に思うのでした。
 「…サンジはニャー、料理以外は不器用ニャりなぁ…」
 かみさまは、ため息まじりにそう言いました。

 する…っと、ぐらにゃーのは戸棚の扉を閉じたまま、すきまから外に身体を出しました。
 サンジはオナニーに疲れて、そのまま眠ってしまったようです。
 小さな丸い窓から差し込む月あかりに、きんいろの髪の毛が静かに輝いていました。
 ぐらにゃーのは音も無くサンジに近づくと、剥き出しのぺにすをズボンの中にそっとしまい、ジジジ…と、細心のちゅういをはらって、ズボンのチャックを上げてあげました。ほら、これで誰か仲間が夜中にお水を飲みにきたりしても大丈夫です。
 そのまま棚に戻ろうとしたかみさまでしたが、
 「…………にゃー…」
 ついほんのうのおもむくままに、投げ出した両足の太腿辺りに乗っかって、ネコのように丸まってしまいました。
 (う〜ん極楽ごくらくvv)
 サンジの腿ざぶとんは、かなりな座り心地のようです。きっと、膝枕にしても最高級なんでしょうね。
 かみさまは、きもちよくなって、すとん…と、目を閉じました。
 サンジの体温がじんわりとぐらにゃーのに流れてきます。思わず喉がゴロゴロと鳴ってしまうような優しい暖かさです。
 この優しく暖かな、かわいいコックさんを幸せにしてあげたいニャー…と、かみさまは心の底から思いました。
 あんな切ないオナニーはさせたくにゃいニャー…と、切に、切に思うのでした。

 かみさまは、そのまましばらくの間、喉をゴロゴロさせながらサンジの足の上に乗って考え事をしていました。
 それから神通力で真新しいテーブルクロスを戸棚の引き出しから引っ張り出すと、眠っているサンジに優しく掛けてあげました。
 それからサンジのほっそりとした綺麗な指先に頭を数回擦り付けると、
 「ニャー……」
 と、囁くように一鳴きして、音も無くにょろにょろとヘビのように長い身体をくねらせるようにして歩きながら、神々しくキッチンから出て行きました。

 「……ん……ゾロ………」
 本当に、ひとりっきりになったキッチンで、
 サンジは夢の中で笑う愛しい人の名前を呼びました。

 

 ぐらにゃーのは、初めてごーいんぐめりーごうの甲板に、立ちました。
 真っ暗な海は穏やかで、鏡のように凪いでいます。
 見上げると、真っ黒な空に、無数の星がまたたいていました。
 「……きれいだニャー……」
 かみさまは、しばらく空を見上げていました。
 (ニャニャッッ!!!)
 まんまるのお月様には、大きな目を目一杯に開いて、キラキラと瞳を輝かせながら利き手で何度も引っ掻こうとしていました。
 んにゃーっっvvと、興奮しながら初めての甲板をまんきつします。
 途中みかん畑でみかんに戯れて、さん個もみかんを落としてしまいました。
 慌ててかみさまは、みかんをジャムに変えました。
 神通力でとりだした、煮沸消毒したビンにたっぷりとみかんジャムを詰めて、しっかりとフタをしめてことなきをえました。
 (いかんいかん。すっかりハッスルしてしまったのだ)
 かみさまは、ちょっとだけ反省して、それから気を取り直し、ゾロのことをさがし始めました。
 なれない甲板を散々探しまわって、ようやくかみさまは見張り台のところで居眠りしているゾロを発見できました。
 ふー…やれやれ。と、かみさまは安堵のためいきをつくと、にょろにょろと見張り台に向かって歩き始めました。

 見張り中のゾロは、メインマストの上の見張り台の中で、見張り中なのになぜかすやすやとあたりまえのように居眠りをしていました。
 ぐらにゃーのは、ヘビのような長ーい胴をきようにメインマストに巻き付けながら、するすると見張り台まで昇っていきました。
 平和そうにねむっているゾロのねがおを見て、ぐらにゃーのは大きなためいきをつきました。
 (…まったく…へいわニャヤツにゃのニャ…)
 規則正しい寝息は、ゾロの腹巻きを平和そうに上下させています。
 おもわずつられて、ぐらにゃーのが腹巻きの上でトグロをまいていねむりしてしまうくらい、堂々とした寝姿でした。
 (うーんvvごくらくごくらく……ぐー……)
 サンジより少し高い体温は、かみさまにとっては居眠りするのには最高のこんでぃしょんのようです。
 なにかかんがえることがあって、ゾロのところに来たはずなのに、かみさまは、すっかりゾロのペースにはまっています。
 ゾロもぐらにゃーののたいおんが暖かくて気持ちが良いのか、さらに安らかな寝息をたてて、ふかくふかく、眠り込みました。
 ぐらにゃーのも、そのゾロのふかいふかいねむりに引きずり込まれて、さらにふかいふかーい…ねむりに落ちていきました。
 ぐらにゃーのが、のんれむすいみんから、れむすいみんになって、にぼしとか鰹節のゆめなんかを見ている頃、ようやくゾロは眠りから覚めました。
 「………なんだ…?」
 お腹の上の異様な重さに気付いて目をやると、そこには、ネコのような胴の長ーいかみさまが、ごきげんそうにとぐろをまいてねむっていました。
 ゾロはその異様ないきもの(おやおや…かみさまにたいしてとても失礼ですね)を暫く無言でみつめていました。
 ふつうだったらビックリして『うわぁぁっっっ!!』とか言って飛び上がっちゃうのに、さすが未来のだいけんごーは、どんなときでも冷静です。現状が飲み込めないながらも、間近でのんきにねむっている物体(だからかみさまにたいして失礼ですってっ…)が何かを見極めようとしているようです。
 取りあえず、胴が異様に長いのを無視すれば、全体的にはだいたいネコにそっくりです。すかすか安らかに眠っているところもネコっぽいです。
 短めの体毛は、小麦粉のように真っ白です。
 ふてぶてしさを漂わせる寝姿は、ある意味大物を予感させるような大胆さです。
 (……コイツ……ただモンじゃねーな……)
 ゾロはマリモ的直感で、かみさまの凄さに気付いたようです。さすが未来のだいけんごーですね。
 ゾロは頭の後ろにまわして組んでいた手をそーっとぐらにゃーのに伸ばしました。
 「…ごろごろにゃー……」
 ほわほわの手触りです。
 もともと動物好きのゾロです。
 なんとも警戒心の無いぐらにゃーのの手触りが気に入ったのか、しばらくずーっと、かみさまの頭をいい子いい子していました。ぐらにゃーのも、調子に乗ってゴロゴロと喉を鳴らしています。
 敵船の影も形も無い平和な夜です。
 ゾロはそのまま一時間ぐらいいい子いい子を続けていました。
 「……ん……にゃーっっ……っっ……」
 眠るだけねむったぐらにゃーのが、ようやく目をさましました。
 「おっ、目ェ醒めたか?」
 いっぱい居眠りして、いっぱい手触りの良いぐらにゃーののからだを撫でて、すっかり穏やかな気分になったゾロがかみさまに声を掛けました。
 柔らかく優しい、強い男の声です。
 おもわずぐっすり眠ってしまったぐらにゃーのは、目をシパシパさせながらゾロを見上げました。
 「一杯眠れたか?」
 「………」
 こっくりとかみさまは頷きました。
 「寒くないか?」
 こっくりとかみさまは頷きました。
 「そうか」
 ゾロは優しい笑顔を見せました。
 とても素敵な笑顔です。なるほどこれならサンジでなくても、きっと惚れてしまうに違いありません。
 うーんさすが一流コックは惚れる相手も一級なのだニャーと、妙に納得するかみさまなのでした。
 「ゾロ」
 かみさまは、ゾロの名前を呼びました。
 ゾロは少しビックリしようにお腹のうえのかみさまを見下ろしました。
 「おう、なんだ、お前喋れるのか?」
 「おう。しゃべれるニャー」
 「おしゃべりネコか。グランドラインは何でもありだな」
 あらあら。海獣かなにかと勘違いしているようですね。
 ぐらにゃーのはかみさまなので、そんな小さなことには動じないし、気にもしません。ゾロの失礼な勘違いは全く気にもとめないで、目をまん丸にしてサンジの気持ちを伝えてあげました。
 「サンジはゾロがすきニャのにゃー」
 ゾロはビックリしたような顔をしてぐらにゃーのを見た後、フッ…と、表情を柔らかくして「そうか」って呟きました。かみさまは、少しためらってから一番聞きたいことを聞きました。
 「ゾロはサンジがすきかニャー?」
 ゾロは、すこしもためらったりしないで、ぐらにゃーのの質問にこたえました。
 しずかなしずかなぐらんどらいんのまよなかのうみ。
 ごーいんぐめりーごうのほぞんしょくのかみさまは、うれしそうにごろごろとのどをならすのでした。

 

 

 

 「うおーっっうまそーっっ!!」
 朝からハイテンションの未来のかいぞくおうは、サンジの作った朝ご飯に異常なまでの盛り上がりをみせていました。
 「おはようサンジ君」
 「おはようございますvvナミさん」
 「おはよう」
 「あ、今日もステキですねvvロビンちゃんっvv」
 キッチンの机の上にはおいしそうな朝食が並べられています。
 「いただきまーすっっ!!」
 「いただきまーすっっっ!」
 「おう。残さず食えよ…って、言う必要もねぇか。ナミさん、ロビンちゃん、みかんのジャムはいかが?今朝、偶然甲板で拾ったんだけど、これがまたすごくおいしいんですよ〜」
 「あ、もらおうかしら」
 「はい、どうぞーvv」
 「コラッッ!!テメェ等!おかわりはその口ん中のモン飲み込んでからだっつーの!!」
 「痛でっっ!!」
 「あでっっ!!」
 「ほら、チョッパー負けんな、食え」
 「おーっっ」
 「コックさんも食べたら?」
 「うん、こいつら落ち着かせたらね。コラッ!!それはオメー等の分じゃねーだろーがっっ!!」
 とてもおだやかないつもの風景です。
 昨夜一人でじっと見詰めていた一角を決して見ずにサンジはみんなに朝ごはんをたべさせます。
 その一角には…ねむそうに、サンジのつくったパンをかじっているゾロがいます。
 サンジはいつもしているように、ドキドキしている気持ちを隠して、なんでもないフリを続けています。
 いつもケンカしかしていないゾロにはもちろん。クルーの誰にも気付かれないでなんとか今を過ごしていました。皆には、恋に苦悩する自分の姿は見せたくないサンジです。
 「あーっっうまかったっっ!!」
 嵐のように朝ごはんを平らげたルフィが大きな声でごちそうさまを言いました。
 「サンジっっ!!ごちそーさまっっ!!おいウソップ、釣りにいこーぜっ!!」
 「おうっっ!!このウソップ様が、ギネス級のを釣り上げてみせるぜっ!!」
 「あ、俺も行くーっっサンジ、ごちそーさまーっっ。美味かったっ!!」
 次々にみんなのごはんが終わります。
 「ごちそーさま、サンジ君」
 「美味しかったわ。ごちそうさま」
 みんな、サンジのごはんに感謝のごちそうさまを言いました。
 満足そうにサンジが笑顔で返します。
 「…………」
 ゾロだけが。黙ってサンジを見詰めていました。
 サンジが食事の終わったお皿を鼻歌まじりに流しで洗い始めました。サンジ作曲の『ごちそうさまでした』って曲だそうです。カチャカチャと、優しく洗う音がキッチンに響きます。
 「…………」
 忙しそうに、楽しそうに後片付けをするサンジの後ろ姿をゾロはじっと見詰めます。
 なにか言いかけては、口をつぐみ、もどかしそうにしています。
 どうやらゾロはサンジに何か言いたいようです。
 戸棚の中のくらにゃーのだけが、ゾロの言いたい言葉を知っていました。
 あはーっ…と、嬉しそうに笑いながら、そっと隙間から二人を眺めます。
 (言ってしまえニャー)
 なかなか口を開かないゾロ。
 (ニャーッッ(怒))
 かみさまは、起こって戸棚をちょっとだけがたがたゆらしてしまいました。
 「ん?」
 戸棚の理不尽なうごきに気付いたサンジが振り向きました。
 「…っ……」
 そこでようやく、サンジはゾロと二人っきりになっていたのに気が付きました。
 (!!!!!)
 サンジは。思わず洗おうとしていたお皿を全部落としそうになってしまいました。
 ゾロは黙ってサンジを見詰めています。目が合って、ちょっと、グッ…っとなっていましたが、少しも目を逸らさずに、真っすぐサンジを見詰めていました。
 あっという間にサンジの心臓はバクバクです。うれしいのですが、ふたりっきりなんてそうていのはんいを遥かにこえてしまっているからでした。
 サンジはこっそりパニックを起こしています。
 なのに、口から出るのはぶっきらぼうな言葉ばかり。
 「ど、どうしたよ?食い足りねェか?」
 「いや」
 「そ、そうか…」
 「う、旨かったか?」
 「ああ」
 「そっ…そうか…っ…」
 「どうした?顔赤いぞ」
 トマトとかなり良い勝負です。
 「ばっ…赤くなんか…なってねぇよ…っ」
 「……そうか?」
 ゾロがおかしそうに笑いました。
 「笑うなっ」
 「んん?」
 「笑うなって言ってんだよっ」
 「ああ…悪かったな」
 「…っ……クソ…ッ」
 二の句が繋げず耳まで真っ赤になるサンジでした。
 そんなサンジをゾロは思わず可愛いな…、と、思いました。
 サンジはゾロの視線から逃げるように目を逸らすと、怒ったように、でも、細心の注意を払ってガチャガチャお皿を洗います。
 楽しそうに笑いながらゾロはサンジを眺めます。
 一瞬、昨日の見張りの時に見たぐらにゃーののことを思い出しました。

 

 言われるまでもねェ。

 

 ゾロは心の中で呟きます。

 

 そうさ…聞かれるまでもねェ……

 

 ゾロは椅子から立ち上がり、サンジの側へとゆっくり歩いて行きました。

 「………」
 ゾロがかわいいコックさんの名前を呼びました。
 初めて名前で呼びました。
 「!!」
 コックさんの動きが止まり、ゆっくりと後ろを振り返りました。
 信じられない…って顔をしています。
 「ぞ…ろ…」
 間近で真顔で自分を見詰めるゾロがいます。
 「お前…」
 最後まで言わせずに、ゾロはサンジにキスをしました。

 「っっっ!!!!!」

 頭の中が真っ白に……イタリア、グラニャーノ地方の小麦粉よりも真っ白に……なったサンジの顔は、それはそれは、とても可愛いものでした。

 ぐらにゃーのは、とだなの二段目の奥の方で、しめしめうひひ…やっぱりおれさまは凄いニャりのだ…と、笑いながら二人の様子をこっそりと、いつまでもいつまでも眺めていました。

 

 

 ごーいんぐめりーごうは素晴らしい海賊船です。
 今日も素晴らしい仲間と素晴らしいコックと、ほぞんしょくのかみさまを乗せてぐらんどらいんを渡っていきます。
 たいせつな、ほぞんしょくとふたりのこいのゆくえを見守りながら。

 おしまい。

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