【かわいいこっくさんとあんまりこわくないおばけ】
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ごーいんぐめりー号のかわいいコックさんは、辛気くさいのが大きらいです。
しめっぽいおはなしも、ふ景気なおはなしも大きらいです。
いつもげんきにニコニコしているのが一番だと思っています。
笑えないほどげんきがなかったり泣きたいほど悲しい時は、面白いお話やおいしい料理やお菓子なんかで励ましてあげたいといつも考えています。
苦しい時にも笑ってくれます。
悲しい時にも笑ってくれます。
悲しい時には泣かせてくれます。
そして苦しい時には苦しみを半分貰ってくれるのです。
心に無理をさせないでくれるし、心に栄養を与えてもくれます。
まもってくれるし、まもらせてもくれるのです。
むずかしいことはあんまり考えられなくて、格好いいことを言ったつもりが、すごく格好わるくて恥ずかしい時もたくさんたくさんありますが、そんなことは大きな問題ではありません。
コックさんは、かわいいだけでなく、みんなをげんきにしてくれる人でもあるのです。
どうしてなのでしょう?
…きっと、コックさんは小さな子供の時に死んでしまいそうなほどこわいおもいをいっぱいしたから、誰よりも生きて行くのには『元気』でいることがとても大切なのだということを知っているのかもしれませんね。
そんなかわいいコックさんの心の九十二パーセントは、とっても優しい成分で出来ています。ちなみにのこりの八パーセントは天然成分で出来ているそうですよ。単純ですね。
そんな心がとっても優しくて、とってもおいしい料理が作れて、みんなから信頼されて愛されているかわいいコックさんの名前、みなさんは知っていますか?
そうです。その通り!!
サンジって言います。
一度聞いたら忘れられないような良い名前ですよね。
すらっとした細身のからだは黒いスーツとエプロンがよく似合ってますよね。
戦闘能力がとても高くて有名ですが、食料棚と冷蔵庫の整頓能力もとても高くて有名なんですよね。
わるいヤツ等をさっさと料理してしまいますが、さまざまな食材もササッと料理してくれます。良いですよね。
足技が華麗なのはたくさんの人が知っていますが、寝技の可憐さは、たった一人しか知らないんですよねーっ。
きゃーっ!きゃーっっVvですね。
…あ、これはいけません。ちょっと話がだっせんしてしまいましたね。
とにかく。
サンジは、ごーいんぐめりー号が誇る、心の優しい素敵で格好良くって、とってもかわいいコックさんなのです。
……なのですが……。
コックさんは最近少し元気が足りません。
あんなに元気なコックさんが、なんだか最近ふさぎがちなのです。
もの悲しそうにためいきをついたり、
「……はぁ……」
じっとだまって物思いにふけったり、
「…………」
大好きな料理を作っているさいちゅうにぼんやりしてしまい、真っ黒焦げにしてしまったり。
「なぁ…サンジ、これ炭ケーキ…」
「うるせぇっ。炭はからだに良いんだよ!さっさと食いやがれっっ!!」
強い敵船のクルーと戦っている時に、
「あぶねぇっ!!」
『ぐあっ!!』
「何やってんだクソコック!!」
「…悪ィ」
ぼんやりして、危ない目にあったり……。
「…おいコック、一体どうしたんだよ」
「………何でもねェ……」
せんじつ、そうしそうあいになって、良いおつきあいをしている恋人のゾロもしんぱいでなりません。
「何でもねェヤツが、敵の銃口の前でぼんやりするかよ」
「…………悪ィ……」
「…なぁ、何があった?」
「……………」
「…俺……下手か…?…」
ゾロは最後には自分のテクニックさえうたがってしまいました。コックさんは慌ててひていします。
「ばっ!…バカ言うなよっ。お前がへたなわけねーだろっっ!!いつもすっげーきもちいいよっっ!!…あっ……」
言うだけ言って、自分がとてもはずかしいことを言ってしまったことに気付き、コックさんは耳まで真っ赤になってしまいました。
ゆでだこみたいに真っ赤になって、キッチンにはゾロと自分以外だれもいないのに、モゴモゴと目の前のゾロにしか聞こえないような小さな声で言いました。
「……と…とにかくっ……そんなんじゃねーよっ…」
てれまくるコックさんをかわいいなぁ…とか思いながらゾロはだんなさんのようなくちょうで言います。
「…しんぱいさせんなよ」
いとしいひとを心から想う、あたたかいことばでした。
「………ああ…」
コックさんもすなおに…まるでおくさんのようなくちょうでかえします。
「しんぱいかけて…わるかった…」
コックさんは、おずおずとゾロの方に手を伸ばしました。
ゾロは、気付いてコックさんをやさしく引きよせました。
「…サンジ…」
二人っきりの…しかも特別な時だけしかよばない呼び方でコックさんを呼びます。
「……ゾロ……」
ゾロのたくましい胸のなかで、コックさんはそっと目を閉じます。
あたたかなたいおんが、じんわりと伝わって来るのが分かります。
じっとしていると、力強いゾロの鼓動が聞こえてきます。
どくん…どくん…どくん…どくん……
生きているのをしっかりと感じとれる、確かなリズムをコックさんは長い時間ゾロの腕のなかでじっと聞き続けていました。
ここ最近の不安感をとりのぞいてくれるような音でした。
ひみつにしていた元気の無くなってしまっている理由を言いたくなってしまうような、音でした。
ゾロ…俺さ……心配なんだ……。
この航路…進めば進むほど敵が強くなっていってる。
もちろん俺達も強くなってる。…でも、確実に前に進みにくくなってる…。
俺………怖いんだ。
もしも……もしも仲間の誰かになにかあったらどうしようって…。
もしも………守りきれなかったら……って…思ったら……もう…どうしようもなくなって……。
……うまく説明出来ない……
前からずっと思ってたことだった。
でも、こんなにひどく焦ったりとか不安に感じたりなんてしなかった。
なんとか助けられる。…たとえば自分の何かと引き換えになったとしても、命と夢だけは守ってやれる…って思ってた。
でも……。
コックさんは、長い間だまりこみ、ことばをさがしながらちいさなこえでいいました。
「もしも…俺の手の届かない所に仲間がいっちまったら……俺はどうやって守ってやれば良い?」
心細そうな声に、ゾロは何て声をかけていいのか分からず、ただだまって、コックさんの柔らかくてさらさらな髪の毛を静かになんども撫でてあげることしか出来ませんでした。
夜中、ゾロは見張り台でよるの見張りをしながら昼間のコックさんのことばをかんがえていました。
真っ黒なうみは、ざぶざぶと波の音をたてています。
どこかとおくで、クジラがしおを吹き上げる音がきこえます。
空にはたくさんの星と、爪切りで切った爪みたいに細い三日月が見えました。
静かでへいわな、よるのうみです。
かいおーるい達もばくすいしそうな静かな夜でした。
「…………いけね…」
みはり役のゾロもいねむりしてしまうような静かなよるです。
まぁ、彼の場合は大抵いねむりしてますけどね。
目の覚めたゾロは、とりあえずみはりらしいことをしながら、昼間のコックさんのことをかんがえていました。
コックさんは、とても器用な人です。
ゾロと比べればいちもくりょうぜんですが、大抵のことは器用に上手にこなすことが出来る人です。
戦うことはもちろん、船のそうじゅうも、簡単な海図をかくことも読むことも、掃除もおせんたくも、おさいほうも上手にできます。
クルーのみんなとのつきあいかたもじょうずです。
コックさんがみんなのことを好きなのと同じように、みんなコックさんのことが好きです。
当たり前ですが、お料理はとってもとっても上手です。
「……だからかな……」
ゾロはぽつりとつぶやきました。
「…アイツは器用すぎるからいけねーんだろーな…」
口にしたら、まったくそのとおりだと感じました。
コックさんはあくまでもコックさんです。
ナミが航海士さんであるように、ロビンちゃんが考古学者であるように、チョッパーがお医者さんであるように。
サンジはコックさんなのです。
みんな戦うことが出来ますが、決して戦うことが専門ではないのです。
剣士である自分とは違います。
未来のかいぞくおーであるルフィとは違います。
狙撃手であるウソップとは違うのです。
きっと…ほんらい…コックさんは戦うにんげんではないのです。
ただ強いから。
この冒険にはきけんがいつでもつきまとうから、戦える人間はすべて戦わなければならないのです。
もしもコックさんが、料理をつくるためだけに生きられれば……あんな不安におそわれることはなかったのかもしれません。
「…守れなかったら…か………」
そんな不安だったら、ゾロにだってあります。
ゾロには戦うことしかないから、全員を守り切らなければならなという使命を背負って生きているのです。
ただ、ゾロの場合、あまりにも当たり前なことだったから、自分以外の命を預かったり守ったりするのは簡単なことではありませんが、決して辛いことでもありませんので、苦痛に感じたことはありませんでした。
戦いというものは、ゆうせいやれっせいはいくらでも感じ取れるし分かりますが、しょうりやはいぼくは『その』瞬間がおとずれるまで分からないものです。
ゾロは、守り切れたと信じて守ってきたものが、さいごのさいごで奪われることもあるのだということを嫌というほど味わって生きて来ています。
それでも、もう何も守りたくない…なんて思ったことは一度だってありません。
もっと強くなれば良い。
もっともっと。
もっともっと…もっと強く。
将来、どんな敵と戦っても、一人で全員を守りきれる力があれば良いのだと、ゾロはちゃんと分かっています。
そして『その』力を手に入れるには、果てしなく辛く厳しい試練があることも十分理解しています。
ゾロはちゃんと理解して戦いをくりかえし、そして強くなっていっているのです。
剣士としての道をえらんだおとこの生きざまなのです。
ゾロとコックさんは、おんなじ船に乗る二人ですが、同じ男の人ですが、同じ十九才ですが、生き方は全くぜんぜん、違うのです。
はっきりしたことばでは上手にせつめいは出来ませんが、ゾロにはコックさんの悩みの原因がちゃんと分かっていました。
解決出来ない悩みだということも分かっていました。
コックさんにとって、戦いは人生そのものではありません。
おいしい料理を作り、食べておいしいと喜んでもらうことこそが、コックさんの人生なのです。
グランドラインは血塗られた戦いの航路です。
生きるために戦い、すすむために戦わなければなりません。
ごーいんぐめりー号のクルー全員で抜けるのならば、心をオニのようにして、戦わなければならないのです。
コックさんにとっては、あまりにも過酷な道なのです。
なのに、コックさんはとても器用な人だから、戦うことも出来るのです。
守ることも出来るのです。
極めることが出来ないのにも関わらず。
コックさんの戦う覚悟と、ゾロの戦う覚悟は、全く違う世界のものです。
もしも、ゾロの戦う覚悟とおなじものをコックさんのなかからさがしだすならば…。
それは、『船の上で食事を出し続ける』覚悟とおなじものなのです。
コックさんは、誰にもまねが出来ないほうほうで、みんなの命をしっかり守り切っていることに、ちっとも気付いていないのです。
それどころか、ゾロと同じほうほうで、みんなを守りたいなんて、おばかさんなことを考えてしまっているのです。
そんなの……きっと不安にちがいないのです。
でもきっと、口で言っても分かってもらえないことなのでしょう。
自分でちゃんと気付くまで、いっぱいなやんでくるしんで、泣くのでしょう。
ゾロはおもわず大きなためいきをつきました。
「…つまりは…テメェの悩みぐらいテメェで乗り越えろ…つーことだよなぁ……」
ゾロはコックさんのことをかわいそうにな、と、思いました。
思いましたが、どうすることも出来ないなぁ…とも思いました。
せめて、早く気付けば良いなぁ…と、思いました。
(アイツ…まだオヤジ虫のことを気にしてんのかもしれねぇな……)
実際ほんとうにそのとおりだったのですが、コックさんにちゃんと確認していないゾロは、そうぞうのいきからこえることはありませんでした。
ゾロは大切で大すきなコックさんのことをずっーと考えていました。
だからすいへいせんの向こうから、ふわふわと白いへんな物体がごーいんぐめりー号をめざして飛んで来るのにすぐに気が付くことが出来ませんでした。
その白い物体のまわりに、火の玉がほわほわとついてきているのにも気が付きませんでした。
なんともさっぱりしたかんじですが、『ひゅーどろどろどろ…』みたいな、おばけの音を出していることにも気が付きませんでした。
カンテラの代わりに破けたちょうちんを手にしていたのも見ていませんでした。
しかもちょうちんにはちょっと怖い感じの顔があって、破けたばしょから長い舌ベロを出していたのですが、ゾロは愛しいコックさんのことを考えるので精一杯で、殺気のかけらもないような、変な物体のことなんて、全く気にもとめませんでした。
ヘンな物体は、とうとうごーいんぐめりー号の真上までやってきました。
よく見ると、手にはなにやら青いふうとうが握られています。
ふわふわと、ゾロがいるメインマストの前をまわりながら、ようすをうかがいます。
ゾロはまだ気が付きません。
「おばけだぞー」
へんな物体は、のんきな口調でゾロに声をかけました。
「んん?」
ようやくヘンな物体の存在に気が付いたゾロは、きょとん、とした顔でヘンな物体を見上げます。
「…誰だ?」
「おばけだぞー」
へんな物体は、のほほんと言いました。
「こわいおばけだぞー」
どうやら、へんな物体は、主張を信じてあげるのなら、おばけのようですね。
しかもこわいおばけのようです。
ゾロは、しばらくおばけをみつめていました。
「…おばけだよー」
間が持たなくなったおばけはもういちど言いました。
「こわいんだよー」
「…そうか」
ひとまず、意見は尊重してやろうと、ゾロはあえてひていせずにいいました。
「こわいおばけだな。ん。わかった」
おばけは目をまんまるにして、わぁい、とかいいながらくるくると三度もくうちゅうかいてんをしました。
「そーだよー。こわいおばけだよー」
「そーかそーか」
みとめられたのがよほど嬉しかったのか、おばけは五回もばんざいをしてしまいました。火の玉はぶるぶると炎をおおきくして、ちょうちんはベロを二倍も長く出しました。
「…んで?おばけが俺に何の用事だ?」
「ん?あ、これ」
はい、と、差し出された青いふうとうは、おばけに握りつぶされて、ちょっとしわがよっていました。
しわがよっている青いふうとうをみると、血塗りの文字で『ごしょうたいじょう』と、おどろおどろしく書いてあります。
「ご招待状?」
「なかをみればわかるよー。あしたこのさきの島でかいてんきねんぱーてぃーをするんだー」
「…俺がもらっても良いのか?」
「いいよー。だって、君はボクのことおばけってみとめてくれたもんねー」
確かに明日はこのさきのオーバッケ島に寄港のよていになっています。
たぶん一晩ぐらいは島にとまることになるでしょう。
ゾロもひさしぶりに酒場で残りのりょうとか気にしないでおもうぞんぶんお酒をのみたいと思っていました。
招待状といえば、ただておさけが飲み放題です。これはおさいふにもやさしいことになること間違いなしです。
(浮いた金でコックに切れ味の良い包丁でも買ってやるかな…)
これはなかなかないくらい良いチャンスではありませんか。
ゾロは、腹巻きに青いふうとうをしまうと、おばけにこえを掛けました。
「本当に招待してくれるのか?」
「いーよー」
「俺は、飲むぞ」
「いーよー」
「半端じゃねーぞ」
「いーよー」
「酒屋潰れるほど飲むぞ。良いのか?」
おばけは、ちょっと小首を傾げて考えました。
「なーなー、おれ、こわいかー?」
「…ああ。こわいぞ」
おばけは太陽のような顔をして笑いっていいました。
「うんいーよー」
すきなだけのんで良いよーと、おばけはニコニコしながら言いました。
「じゃ、時間におくれんなよー」
「わかった」
「じゃ、わたしたからなー」
おばけは、ばいばい、と、右手をふりました。
お酒が飲めるぞ、と、ごきげんなゾロは、おばけに右手をあげてバイバイをしてあげました。
「あ、あのさー、あのヒツジ、いい子いい子してっても良いー?」
「ヒツジ?…ああ、あの船首のことか?いいぞ」
「わぁい」
おばけは火の玉といっしょに、メリーの船首の方へととんでいきました。
ものめずらしそうに何週も船首の周りを回って、それからおそるおそる船首の頭に触れました。
「…わぁ…っ」
おばけは触り心地が気に入ったりか、なんどもなんどもメリーの頭をいい子いい子してました。
ほほましい光景です。
まんぞくいくまでいい子いい子をしたおばけは、
「ありがとねー、じゃあばいばーい」
と、大きく手を振ると、
「あ、そうだ」
と、気が付き、
「おばけだぞー」
と、ほんわかとした口調で言うと、すっかりゾロを怖がらせた気分なって、意気揚々と元来たほうこうにむかって、ほわほわと飛んでいきました。
つづく。
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