【かわいいこっくさんとこまったおやじ】
2
三日ぶりのでーとに、こころ浮かれるサンジです。
ところが、そんなしあわせな気分のサンジをオヤジ虫がそっとしておく訳がありません。
『…ブッ…』
机の上から小さな音が聞こえてきました。
そして……
「……クセッ!!」
サンジはキッチンにあるまじき匂いに気付いてふりかえります。
そして、机の上のオヤジ虫に気付くのでした。
「…………そーだよ……コレの面倒一人で見なきゃ………って………今夜の約束はどーなんだよ……」
まちがいなく、じゃまをされるにちがいないでしょう。
こんな時間にぐーぐーとねむっているんだったら、きっと夜中のでーとのじかんには、げんきいっぱいにじゃまをするにきまってます。
「……最悪だぁ………」
サンジは、崩れ落ちるようにそのばにしゃがみこんでしまいました。
つくえの上ではどこかをボリボリとかいている音が聞こえています。なんだかむにゃむにゃと寝言をいったあと、またおならをしていました。意識が無くてもこの下品さです。なんだかんだいってもおぼっちゃま的ようそのつよいサンジには、堪え難い下品さ加減です。
自分の踵落しのいりょくをうまれてはじめてのろってしまうサンジなのでした。
その夜のでーとが、オヤジ虫のじゃまが入り、台無しになってしまったのはいうまでもありません。
あんのじょう、オヤジ虫はやりたいほうだいのまいにちをすごしていました。
ナミの入浴シーンをのぞいたり、ゾロのお酒をちょろまかして良い気分になっていたり、ロビンの着替えシーンをのぞいたり、ナミのおっぱいの谷間にとびこんでみたり、チョッパーにオヤジ面してみせたり、ロビンのおしりをおいかけてみたり、ウソップにおこづかいをあげてみたり、ナミのおしりでうたたねしたり、ウソップと釣りをしてみたり、キャッチボールをしてみたり、ナミのスカートをめくったり、たまにデスクワークをしてみたり、ナミのお尻でうたた寝したり、ナミのおっぱいを揉もうとしてみたり、ナミをさかなにお酒を飲んだり……なぜか終電にのりおくれてみたり………とにかくいろいろ、やりたいほうだいのオヤジ虫です。
『もーっっっ!!!サンジ君っっ!!もっとしっかり見張っててよっっ!!!』
ナミはサンジに雷を落とします。
大好きなナミさんを起こらせる訳にはいかないと、必死で目を光らせるサンジですが、夕食のしたくなど、ちょっと目をはなしてしまったすきにオヤジ虫はどこかで悪さをはたらきます。
本気で怒りたいサンジですが、ぜったいとくべつほごしていせいぶつだからとじっと耐える毎日です。
それに、ナミにちょっかいだそうとスケベ心を全開に甲板をさかさかと走って行くオヤジ虫を追いかけていけば、たいていはセクシーな状況のナミさんかロビンちゃんに出逢えると、ひそかにうれしいコックさんなのです。
ときおりオヤジ虫は姿をけしてしまいます。
コックさんは自分もごはんのしたくでいそがしいのですが、ぐっとがまんしてオヤジ虫をさがします。
お風呂ばとか、おんなべやとか倉庫なんかでよく見付たります。
たまにゾロと一緒にお酒を飲んでいたりなんかしています。
「ゾロッッ!!何飲ませてんだよっっ!!つーか、なに勝手に酒開けてんだよっっ!!」
べろべろに酔っぱらってなぜか頭にゾロの手ぬぐいの切れ端をはちまきみたいにまきつけて、ごきげんになっているオヤジ虫をつまみあげると、ぷーんとお酒の匂いが鼻につきます。
「こらっ!!お前も飲みすぎなんだよっっ!!こんな底なしと飲んだら身体壊すだろーがッッ!!」
「おろおろおろおろ……」
「コラ吐くなぁぁ!!ああっっ!!俺のスーツがっっ!……あああ……っっ」
「うい〜」
「ういーじゃねーよっっ!!」
「らにおこってんらよ〜」
「呂律回ってねーじゃねーかっっ!!」
「お〜しゃんじ〜けつさわらせろよ〜」
「バカかっっ!!」
どなりつけながらもそっとなまたまごをあつかうように上着のポケットにオヤジ虫をしまいます。
「かぜひくんじゃねーぞっっ!!おいっ!きーてんのかっっ!!」
「うい〜……おろおろおろおろ……」
「吐くなぁぁぁっっっ!!」
「…ぐー……」
「間髪入れずに寝んなっっ!!!ゲロで溺れんだろーがっっ!!あーっっもーっっ!!クッソーっっゲロまみれじゃねーかっっ!!」
きれい好きのサンジはなきそうな顔でよごれたオヤジ虫をていねいにつまみあげて反対のポケットにしまいます。
「ったく……せわの焼ける……」
まるでお母さんの表情です。
サンジは誰にでも優しいコックさんです。
ゾロも良く分かっていることなのですが、ちょっとヤキモチを焼いてしまいそうな程オヤジ虫に手を焼いています。
さいきんは、オヤジ虫のペースにも慣れて下品なことを言われても、『ネコが寝込んだ』『布団が吹っ飛んだ』などくだらないことを言われながらも聞き流せるようになって来ていますし、お尻をなでられたぐらいだったら上手くかわす技まで体得しています。
実は、困りきってなきごとをいってくるんじゃないかな…と、期待していたゾロは、いやだいやだと言いながらも、それなりに上手くやっている二人(…一人と一匹?)にちょっと嫉妬しています。
『かわいいコックさんよ〜たのむからケツさわらせろよ〜』
『ふっざけんなっっ』
『んなつめたいこというなよ〜』
『なんでテメーにケツ触らせなきゃならねーんだよっ』
『…………あい?…』
『アホか』
…なんてやり取りがちょっとうらやましいのです。
「ほら、お前もそれ飲んだら寝ろよ」
そっけない言い方に、いつになくカチンと来てしまうゾロなのでした。
「………おい待てよ…」
ゾロは倉庫から出ていこうとするサンジの背中に声をかけます。
「何だよ」
オヤジ虫の面倒とご飯の支度に忙しいサンジは、ついきつい口調で返事をしてしまいました。
「忙しいんだよ」
「………っ…」
ゾロは言おうと思っていた言葉を言うことができなくなってしまいました。
「………チッ……そーかよ。悪かったな」
ゾロは自分のきもちがいえないかわりに、拗ねた子供みたいなことばが口からこぼれてしまいました。
「んーだよ逆ギレか?」
つかれたようにためいきをつきながら、サンジは怒ったようにいいました。
「ウルセェ。……いけよ。忙しいんだろ」
「…何だよ。変なヤツ」
家事に追われるサンジは、ゾロのきもちに気付けないまま、ゾロを一人残したまま倉庫を後にしてしまいました。
「…………チッ…」
ゾロはとても怒っていました。
サンジにではなくじぶんにです。
あんな虫にサンジを取られてしまったようなきぶんになってしまっている自分が悔しくてなりません。本当は今夜のでーとにさそいたかったのに、それすら出来なかった自分がふがいなくてなりません。
(……修行が足りねーな……)
自分でも、くだらない嫉妬だってよく分かっているのです。
でも、拗ねずにはいられないのです。
『ガシャーンッッ』
飲み干したお酒のビンを力任せに壁に投げつけました。
ビンは粉々に砕けて散らばりました。
サンジが夕ごはんの準備をはじめる夕暮れ時。
倉庫の中は次第にくらくなって来ています。
ゾロはカンテラに火も入れず、ずっと黙りこんだまま、くだけたビンの欠片を睨み付けていました。
嫉妬なんてかんじょうは、ぞくぶつてきなものだと思っていました。いまでも変わらずそう思っています。
なのに、サンジをまるでひとりじめしてしまっている、オヤジ虫がムカつくのです。
じぶんを相手にしてくれないサンジがとても厭なのです。
虫に嫉妬してどーすんだよ…と、ゾロは頭ではちゃんと分かっていました。
分かっていました。
ですが、やっぱりどんなものにもサンジの気持ちがうばわれるのは厭だとおもいました。
「…………ったく……しょーがねーな……」
サンジが大好きなんだと、あらためて思い知ったゾロなのでした。
ゾロはその日の夕飯を食べに行けませんでした。
すっかり日が暮れて、高い空には満月がのぼりました。
みはりやくのゾロは、いねむりもせずに見張り台の中でかべにもたれて空をみあげていました。
サンジとでーとしたかったなぁ…と、ぼんやり考えていました。
お酒を飲みながら、いっしょにこんやの空を見上げたかったなぁ…とおもいました。
『ぐー』
お腹もすいて、すこしさみしいきぶんがします。
夕ごはん、食っとけばよかったな…と、おもいました。
「…………」
口をむう…っ…と、へのじにして、ゾロはいろんないやなきぶんをおさえこもうと必死です。
恋愛って、きっとかんたんなことなのに、むずかしいことになってしまうのはどうしてなのでしょうね。
ゾロは、広い海の上で、ひとりぼっちになってしまったようなさみしいきもちになってしまいました。
「………」
ちっちやなこえで、いとしいひとのなまえをこっそりとよびました。
「うい〜」
せつないきもちをぶちこわすような暢気なこえが下からします。
見れば、甲板の上にオヤジ虫が一匹でふらふらしていました。
どうやら夕ごはんのあとの晩酌で、ほろ酔いきぶんのようですね。
サンジに作ってもらったミニミニ寿司おりをぷらさげながら千鳥足もかろやかです。
「おろおろおろおろおろおろ………」
酔いすぎたのかメインマストの下でなにやらちょっとはいているようです。ついでに立ちションもしていました。
『かちっ』
ゾロは思わずコイクチをきってしまいました。
ひろい海の上、ちいさな船にまよいこんだオヤジ虫いっぴき斬ったところで誰にもバレやしねぇ。
本気で殺意がめばえます。
すらりとぬいたわどーいちもんじをかまえ、ゾロは見張りだいからちょくせつ甲板にとびおりました。
「ぐー」
オヤジ虫はすっかりそこで寝いっていました。ゾロはむごんで刀をおおきくふりかざします。
(刀のさびにしてやる)
ところが…どうしたことでしょう………
ゾロがりょう手をかたくにぎりしめた瞬間、なんでかわかりませんが昔どうじょうでゴキブリを見つけたときのことをおもいだしてしまいました。
『わーっゴキブリだーっ!』
『ゾロ、だめっ。そんなにかんたんにころしちゃいけないよっ』
『だっておまえごきぶりだぞーっ』
『うん、でもやっぱりだめだよ』
『なんで』
『剣のみちをすすむ人間はそんなかんたんに剣をふりおろすもんじゃないよ』
『………』
『わたしたちよりちっちゃいものは剣でまもってあげなきゃいけないよ』
すっかり忘れてたむかしのくいなのことばです。
「…ちっ」
ぬいた刀が悪かったとぬきかけた刀を鞘におさめます。
ゾロはけっきょくオヤジ虫を刀のさびにすることはできませんでした。
なんだかどっと疲れてゾロはオヤジ虫のとなりにすわります。
めいていじょうたいのオヤジ虫のかたわらにはこゆびの先ぐらいのような四角いはこがころがっています。手にとってみてみるとオヤジ虫専用のサンジとくせい寿司おりです。よくみると、はこをおおっている紙にはちいさなもじで『サンジ寿司』って言葉と、へたくそなイカとおねえちゃんの絵がかいてあります。
サンジらしいこまかな芸にゾロもにがわらいです。
「ったくしょうがねぇなぁ」
そういいながらゾロはオヤジ虫の寿司おりをポイとくちにほうりこみました。
いなりの味とかのり巻きのおいしい味のすけろく寿司でした。
ちいさなちいさな寿司おりだったのでおなかのたしにもなりませんでしたが、サンジの愛情のこもったおいしい寿司おりにささくれだったきもちも少しだけおさまりました。
きっとせがんで作ってもらったのでしょう。オヤジ虫専用寿司おりを食べたゾロは(おきたらコイツくやしがるだろうな)とせいせいした気分になりました。
「おうサンジ〜ケツさわらせろよ〜むにゃむにゃ」
むかつくねごとを言っています。
ゾロがおもいっきりデコピンしてやろうとかまえると、
「むにゃむにゃそんなにゾロが好きなのかよ〜」
とかなしそうにねごととのつづきをいいました。
「ちょっとぐらい愛をわけてくれよ〜」
「………いや、わけてやらねェ」
ゾロはそう言ってから、ようやくうれしそうにわらいました。
「………ほら、おきろ。行き倒れてんじゃねェぞ」
初めてゾロからオヤジ虫に声をかけます。ですがその世紀のいっしゅんはオヤジ虫じしんはおろか、誰ひとりとしてきいている人はいませんでした。
「おーいゾロー、こうたいに来たぞー」
ウソップがせねむい目をこすりながらかんぱんの向こうから歩いてきました。
「なんだ、気がはやいな。もうおりてきてたのか」
「ああ」
「めずらしいな、おきてたのか」
「ああ、まあな」
「じゃあかわるぞ。いじょうは無かったか?」
「ああ、なんにもねェ。平和なもんさ」
んじゃ、っていったあとするするとマストをよじのぼっていくウソップをみおくったゾロは、
「さてと……」
ゾロはオヤジ虫をつかんでキッチンのほうへと歩いていきました。
「ほら」
キッチンで朝のしこみをしていたサンジに声をかけるとゾロは手のなかのオヤジ虫をポテッとつくえのうえにおとしました。
「そとで行き倒れてたぞ」
ふりかえったサンジに声をかけます。
「しっかりめんどうみるんだろ」
「ああ、わりぃ」
サンジはそういうとコットンのコースターの上に、ベロベロになったオヤジ虫をそっとねかせるともう一枚のコットンのコースターをそっとふとんがわりにかぶせてあげました。「ホントこいつめをはなすと酒のんでどっかフラフラいっちまう」
食器だなからちいさく切ったガーゼをとりだして流しですすぎかるくしぼると、ゲロにまみれたお口のまわりをやさしくふいてあげました。
ゾロはだまってサンジの手のうごきをながめます。
ほっそりとしたきようなゆびがやさしくオヤジ虫の口のまわりでうごきます。まるでおかあさんのようなかんじです。
(…おれも一回ぐらいは寝ゲロでもはいてそこらへんでいきだおれてみるか)
と、こっそり思うゾロでした。
オヤジ虫がまるであかちゃんのように寝かしつけられたあと、サンジはゾロのためにおにぎりをふたつと、かいおうるいのみそしるをつくってあげました。
ゆうはんを食べにこなかったからきっとおなかがすいているだろうと、いつもよりちょっと大きめにつくってあげました。
ゾロはなんて言っていいのかわからなくて、しばらく言葉をさがしたあとけっきょくみつけられず、ちっちゃい声で『いただきます』と言うと、いつもより少しおおきめなおにぎりを口いっぱいにほおばりました。
サンジのつくったおにぎりは塩味とごはんの味と梅ぼしの味と、あと……言葉では言いあらわせないようななにかとくべつなおいしい味がしました。
「うまいか?」
「ああ」
サンジはうれしそうに笑うと「よくかんで食えよ」と言っておちゃとおしんこも出してくれました。
「めしはみんなといっしょに食えよ」
だまってすなおにうなずくゾロでした。
おなかがいっぱいになったゾロはサンジにごめんなさいを言いました。
りゆうがわからずふしぎそうな顔をしているサンジにゾロは言葉をつづけます。
ホントはじぶんでもアホらしいとかわかってるけど、でも、おまえがほかのやつに笑ったりとかしてるのはしょうじきちょっとつれェもんがある。ひとでもむしでも腹はたつ。なんにでも笑ってなにかをしてやれるのは、おまえのいちばんイイとこなのに、それすらゆるせない自分がなさけねェ。おまえの相手をつとめるんだったらもっと腹すえてわかってやらなきゃならねェのにな。
本当にすまねェ。
オヤジ虫の高いびきの向こうでサンジはたばこも吸わずにゾロのはなしをきいています。さいごまでぜんぶ聞いたあと、
「……や、おれこそおまえのことを考えててもあとまわしにしてて邪険にしてた。わかってくれるって思ってて自分からなにかしようとも思わなかったし思えなかった」
てれかくしにあさっての方向なげとばされたコットンのコースターをつまんでオヤジ虫にかけなおしながら、サンジはもごもご言いました。
ふたりは、とても何かがしたいとおもいました。
ゾロががまんできなくなって、サンジを抱き寄せキスをしました。
サンジはゾロの情熱的なキスにあたまをくらくらさせながらも、そっとゾロの背中に手を伸ばし、ぎゅ…と、力を込めて抱きしめました。
なんどもふたりはキスをくりかえします。
さいごには、息も上がってしまいました。
サンジはぼうっ…と熱くなって行くからだのほてりにとまどいます。
もっと抱きしめてもらって、もっとキスしてもらって、それからそれいじょうのことをしてもらいたいと強く思いました。
ゾロの力強い腕のなかからみあげれば、自分を求めてくれているかのように、じぶんをみつめるゾロの視線にぶつかります。
「……ゾロ…俺………」
もてあますじぶんのからだをどうにも出来ず、サンジが困ったようにゾロを求めます。
「……俺……」
もっと欲しい…
たったひとことが、こんなに恥ずかしいなんて…と、サンジは真っ赤になりながら思います。
突然、たえきれなくなつたかのように、ゾロはサンジを抱き上げ、そのまま床の上に横たえました。
サンジの上にまたがり、手を前に交差してオヤジシャツのすそにてをかけると、いっきに服を脱ぎ去りました。
鍛え上げられた男の身体に、サンジは一瞬でメロメロです。
これいじょう正視出来ないと、サンジはしせんを泳がせます。
ゾロは真剣なひょうじょうで、サンジに舌が絡み合うようなキスをくりかえすと、
「もう…ガマンできねェ……」
と、腰がくだけてしまいそうなくらいエロい声でいいました。
「………お………俺も………」
うわずったような声が恥ずかしくて、サンジはゾロの太い首にりょうてをまわしてしがみつきました。
そのあと、ようやくふたりは、キス以上の仲になったのでした。
「つぎのしまがみえたわよーっみんないそいでじゅんびしてーっ!!」
オヤジ虫とのしょうげきてきなであいから一週間後、ようやくつぎのしまが近づいてきました。
オヤジ虫にじんだいなひがいをうけたクルーのみんなは歓声をあげながら寄港のじゅんびをはじめました。
「ああようやくキャミソールが着れるわ。あのすけべオヤジったらさんざんひとのことをおいかけまわして……、とくべつなんとかかんとかせーぶつってヤツじゃなかったら、とっとと殺戮スプレーでもかけてひねり潰して捨てたわよ」
「そんなこと言わないでよ、ナミちゃ〜ん」
「ちょっとアンタいつのまにっ」
「もうさいごだからさ〜おっぱい生でもませてよ〜あいしてるから〜」
「絶対にイヤっ!!」
「おせんべつはぬぎたてのパンチーにしてよ〜」
「ちょっ…もう、サンジくんっ!このオヤジなんとかしてっ!」
「オヤジオヤジっていうとおじさん涙がでちゃうよ〜」
「きゃーっ!!どさくさにまぎれてふともも上ってこないでよーっ!!」
「いたたっ!!たたかないでよ〜。かよわいおじさんいじめないで〜。あっロビンちゃ〜ん。チュチュきておどって〜。むかしテレビで見たんだよ〜ん」
「えっ」
「おじさんガンツせんせいやるからさ〜。もうハートたくさんあげちゃうよ〜」
「けっこうよ」
「じゃもうしょうがないから結婚してよ〜」
「…セイス・フルール」
「わ〜っロビンちゃ〜んっ。たかい手のかべにはばまれてそっちにいけないよ〜っ」
さいごの一日もしたいほうだいのオヤジ虫です。
じょせいじんからはさんざんきらわれたオヤジ虫ですが、だんせいじんからはいがいにもちょっとは支持をあつめたようです。
「虫のおっさ〜ん。また来いよな〜。おもしろかったぞ〜」
「もちろんだよ、ルフィくん。未来のかいぞくおうになったらこのわたしがちょくぞくの上司だぞ。これからもギャグのセンスをみがいて笑いにちからを入れていくんだよ」
「なんか別れがさびしいな。このウソップさまの伝説をもっとおしえたかったぜ」
「ああ、おもしろかったよ〜。あとはわらいさ〜。笑いはつかみと内容さ」
「ああーわがれだぐないよーっっ」
「なぐな。おじさんもあときゅうじゅうきゅう個の笑いをつたえられないのが残念だよ。医療は人を救うけど笑いはちきゅうをすくうんだよ。そこんとこもっと教えたかった」
別れをおしむさんにんですが、ひがいはそれぞれがそれなりにじんだいだったようです。
そんななか、ひとりだけわかれの言葉も言わず、へやにとじこもるサンジがいます。流しのほうを向いたまま誰がこえをかけてもふりかえりもせず、ひとりもくもくと食器を洗いつづけています。
「どうした、ほらもうじき着くぞ。話ししてこなくてもいいのか?」
ゾロの声にもふりかえりません。
ふと、ゴミばこをみるとオヤジ虫がふとんがわりにつかっていたコットンのコースターが二枚、おしこむように捨てられています。
「いいのか?」
「ああ」
ぶっきらぼうにかえしてきたサンジのこえは少しふるえた泣いているようなこえでした。
ゾロはどうしていいのか解らず、いつもより少しらんぼうにカチャャカチャ洗う食器のおとに耳をかたむけたままでした。
「接岸するわよーっ!!メインマストをたたんでーっイカリのじゅんびーっ。ロープをなげてーっ」
ナミのこえがデッキじゅうにひびきわたります。
ごーいんぐめりー号はしずかにみなとに接岸しました。
ようやくオヤジ虫とのわかれのときがやってきました。耳にタコができるほどオヤジギャグを聞かされつづけたクルーのみんなはルフィたち三人はもちろんのこと、あのロビンまで昼食のパンをちらちらとめくりながら、まがおで『…ぱんちら』と言わなくては、ご飯をたべた気にならなくなってしまうほどギャグの毒素におかされてしまっていました。
いいかげんげんかいです。いっこくも早くオヤジ虫とのわかれをむかえなくてはいけません。
そうじゃなくても一緒に居ることになれてしまって、別れるのがすこしばかりさみしくなってきているのですから。
りくに上がれる喜びをかみしめるまもなくキッチンでさいしゅうかいぎがおこなわれました。
「いっくら迷惑だったって言っても、研究所に渡してしまうのは可哀相かもしれないわね。さいわいこのしまは大きなはんかがいがいくつもあるわ。そのなかのどこでもいいから放してきましょう。じゃあサンジくんあとはおねがいね」
「……はい、わかりました。ナミさん」
サンジは元気のないこえでへんじをしました。
サンジとゾロははんかがいをわたり歩きます。
伝説のしまニューブリッジ島によく似たはんかがいをさがします。
ガード下があるところ。
いっぱい飲みやがたくさんあるところ。
おさけをいっぱいわけてくれそうなところ。
おつまみがおいしそうなお店。
きゃばくらのおねーちゃんに美人がいっぱいいそうなところ。しかもみんなやさしい人達ばかりなところ。
そしてなにより。
オヤジ虫をみんながじゃまに思わないところ
ふたりは足をぼうにしながらオヤジ虫とわかれるまちをさがしつづけました。
オヤジ虫は、ふたりのきもちをとても嬉しく感じました。
虫として生まれて、はじめて味わったやさしさでした。
だから、もうこれいじょうは望まないようにしようとおもうことにしたのです。
楽しかったごーいんぐめりー号での一週間って思い出かあれば、もうこれから先にはなにもなくても生きて行けると思いました。
だから、もう良いよって思ったのです。
「サンジ〜、もういいぞ〜。おじさんはどこでもいいぞ〜」
サンジのうわぎのポケットの中からオヤジ虫がサンジに声をかけます。
「おじさんはいがいにどこでも生きていけるぞ。すててけ、すててけ」
サンジはギュッとくちを真一文字にかたくむすんだまくまオヤジのことばに耳もかしません。
「なあ、サンジよ〜。ちいさな虫にとってはにんげんのまちなんてどこにいってもひろく感じるもんなんだぞ。どこにいってもりっぱだし、どこにすんでも都だぞ〜」
サンジはやっぱり返事をしません。ゾロが横目でサンジをみると、正面をじっとにらんだまま一回もまばたきをしていませんでした。
きっと一回でも目をとじたら泣いてしまうのかもしれません。
「こいつはさ、おまえに一番いいところをさがしてやりてぇみたいだぞ。もうしばらくここで大人しくしてろよ」
ゾロがサンジのかわりに言いました。
これいじょういっしょにいたら、ずっといっしょにいたくなる。
オヤジ虫は、じぶんがかいぞくになれないことは良く理解していました。
絶対に別れなければならないことを良く理解していました。
でも、はなれたくないと、おもってしまいました。
(…いっぱいわかれのことばを考えたけど……)
何も言わずに消えてしまうのが一番だと、オヤジ虫は答えを出したのでした。
お昼がすぎてふたりは近くのりょうりやに入りました。
あまりおいしくはなかったですが、スタミナのありそうなおひるごはんでした。
サンジはひとこともしゃべらずにもくもくとごはんをたべています。ゾロもかける言葉がみつからなくてやっぱりだまって食べていました。
今しかない。
オヤジ虫は、そっとサンジのポケットから飛び降り、まちのざっとうのなかへと消えて行きました。
最初に異変に気づいたのはサンジでした。
サンジがポケットに手をつっこんだまま、まっさおな顔をしてゾロに言いました。
「アイツがいねェっ!!」
「となりのポケットとかに入ってんじゃねェか?よくさがしてみろっ!」
「あ…ああっ…」
サンジはバタバタとポケットというボケットをさがします。ですが、オヤジ虫はいくらさがしてもみつかりません。
「ダメだみつからねぇ……」
むぎわらかいそくだんからもらった、お餞別と、サンジに作ってもらった一回分のお弁当ごと、オヤジ虫はどこかに消えてしまっていたのです。
「アイツ…だまって行きやがった…」
サンジはふるえる声でそう言うのがせいいっぱいでした。
「まだそう遠くには行ってねェはずだ。さがすぞ」
ゾロは、サンジを力づけてあげるように、強く肩をつかんで言いました。
ふたりは、いっしょうけんめいにオヤジ虫を探しました。
いそうなところはしらみつぶしにさがしました。
ですが、オヤジ虫をみつけることが出来ません。
はんかがいはあまり大きいところではありませんでしたが、たったいっぴきのオヤジ虫をさがすにはあまりにも大きすぎるまちでした。
ごーいんぐめりー号の上ではあんなにめだっていたステテコカラーもオヤジくさいすがたも発見することはできません。
ゾロもサンジももうみつけられないことが十分わかっていました。でも、さがさずにはいられませんでした。
ふたりはやくそくの時間のぎりぎりまでオヤジ虫をさがしつづけました。ですがどんなにさがしてももうオヤジ虫をみつけることはできませんでした。
『おじさんはもういいぞ〜』
いつもふざけたことしか言わなかったオヤジ虫らしからぬ寂しげなこえが耳からはなれません。
サンジはさんざんオヤジ虫にからまれてふりまわされたひがいしゃですが、あんな言葉でお別れになるのはとてもとてもイヤでした。せめて笑って、二度とうちのふねにのりこんでくるなーくそオヤジー…って、笑顔のお別れがしたかったのです。
かなしいオヤジは本当にかなしいのでやっぱりダメだとおもいました。
どうしてきちんとさよなら出来なかったのか、サンジにはどうしても分かりませんでした。
西の海に日が暮れて行きます。
もうじき出航のじかんです。
はんかがいが見渡せるこだかいおかに座っていたふたりは、オヤジ虫のそうさくをあきらめました。
「…クソオヤジ…………」
膝をかかえて、サンジは少しだけなきました。
わらいをとりもどすのに、ずいぶん長い時間をひつようとしてしまいました。
ときおり、おもいだしたようにサンジがちいさなちいさなごはんを一人前つくることがあります。
さいぶにまで手がこんだ、こころのこもった料理です。
おしまい。
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