【窓越しの掃除屋】

1


 午後二時が過ぎる頃、決まって海からの風が吹き付けてくる。
 湿った重く強い風は、デカい空気の塊になって叩き付けるようにビルにぶつかってくる。足場の上は、ちょっとした風も命取りになりかねない。
 突然の突風に足を掬われれば、地上目掛けてまっ逆さまだ。いくら鳶でも楽勝で死ねる(一人の例外を除いて)。
 晴海オーシャン・シティ。
 四十階建、二棟式、百三十五メートルの高さを誇る、超高層マンション。
 空島建設、最大級の一大事業だ。




 「おーいっっゾローっっ!!」
 「んあー!?」
 「風が止むまで作業ストーップッッ!!」
 んじゃ、メシ食ってくるっっ!!、と、飛び下りていったアイツには聞こえてるとは思えないが、
 「了解」
 一応、返事だけはしておく。
 『…う…うわぁぁぁぁぁっっっっっ!!!』
 『誰か落ちたぞーっっ!!!』
 『わぁぁぁぁっっっ!!!』 
 ……ああ、ルフィのことを知らねェ業者がまた入ったんだな……。
 どこかの業者が下で大騒ぎしてやがる。
 まァ、アイツを知らないなら、当然の反応だよな。
 アイツだけは心配しなくても良いんだけどな。
 なんせアイツは、ゴムだし。
 
 ビヨョョョーーーンンンッッッ!!
 …………な。
 『!!!!!!』
 『はっ、跳ねたぞーっっっ!!!!』
 ……これも初めて見た職人達の標準的な反応だ。
 落ちた跳ねたとギャーギャ大騒ぎしているどこぞの階の奴等の声を無視して、足場に腰を下ろす。
 「………ふぅ…」
 首をゴキゴキと鳴らしながら視線を遠くに向けた。 
 眼下には、台場の景色とデッカイ橋と、それからどこまでも続く大平洋。
 客船やら、タンカーやらがプカプカと青い海の上に浮かんでいる。
 潮の匂いを嗅ぎながら、ぼんやり景色を眺めていると、 段々自分の今いる場所が分からなくなってくる。現場の中の音もそのうち聞こえなくなって、自分の世界に、ずる…と、落ちる。現場のことも、仕事のことも、ルフィのことも……のことも……忘れそうになる。
 視線はどんどん遠くに向かい、意識はどんどん中に落ち込む。
 ちっちぇなぁ………。
 ふと、そんなことが頭を過った。
 小せェな……。
 豪華大形客船、なんつっても豆粒ぐらいの大きさだし、石油タンカーって言ったって、こっから見たらガキのオモチャ程度の大きさだ。遠くに見える台場のデッカイテレビ局も小せぇし、この空と海とで比べれば……この建物だって小せぇモンだ。
 「………」
 俺が今見渡せる視界の中には、それこそ何万人、何十万人って人間がうじゃうじゃといるってェのに……見えるモンって言ったら景色だけで。
 人間の気配より、風や海の気配は勝る。
 この足場から見える台場は、まるで無人の都市だな。
 目に見える全部のモンに埋もれるぐらい人間は小せぇんだって改めて気が付かされる。
 「…………ハハッ…」
 人間のすることなんて、何でもかんでも小せぇモンなのかもな。ギャーギャー夢語って、ムキになって…達成したところで、端から見たらつまんねェモンかもしれねェな。
 鳶の仕事でカネ貯めて、船舶の免許取って、何でも良いから船買って、で、海賊になろう、ってルフィの夢のスケールは、途中から考えが唐突にとんでもない方向にブッ飛んじまっちゃいるが……まぁ…デカい。
 『お前も仲間にしてやるからなッッ』
 なんて、真顔で冗談さえ言われなければ、羨ましくなるぐらいのスケールの大きさだ。
 それでも、結局はこの海に翻弄される小さな船の王ってだけだ。特異体質を活かしたところで、無謀な夢にのたれて死ぬのが関の山だ。
 死ぬのはアホがすることだ。
 だからって、何の目的もなく生きているのは、死んでいるのと同じだ。
 十九年も生きてこれば、もう少し何か見えてくるんじゃねぇかと思ってたんだけどな……。
 なんだかな…
 まだ、見えねぇ……。






 幼心に必死だった。
 少し年上で気の強いアイツは、物凄く強かった。
 何をやらせても一番で、何を競っても勝てなかった。
 二千、全敗。
 なのに。
 あの夜、強いくせしてアイツは泣いた。
 『そのうち自分は弱くなる』
 何言ってるのか分からなかった。
 『男の子は良いよね』
 どこがだよ。
 だってお前、男の俺より強かったじゃねェか。
 何になりたかったのかも聞けなかった。
 
 くいながしんだ。

 バカじゃねぇか。
 何死んでんだよ。
 ビックリすんじゃねぇか。



 お前、どこもかしこも…冷てぇじゃねェか。


 血の気の引いたアイツの顔は、吐きそうなぐらい気持ち悪かった。真っ白で、冷たくて、息してなくて…。
 息してなくて。
 ……目を開けなくて。
 生きて、いなくて。
 そっと触ったくいなの頬の、ぐにゃりとした冷たい感触がいまでも右手に残っている。
 あれから、どんなに頑張っても、なぜかアイツの顔が思い出せない。
 記憶の外で、笑ってみせたりしてるくせに、意識を向けると途端にどんな顔だったか忘れてしまう。
 結構長い付き合いで、アイツは俺の仲間だったから、忘れるなんてあり得ねぇのに。
 
 唯一忘れられないのは、
 白い布を捲った時に見えた、死に顔。
 
 『オレ………に、なるからっっ!!』

 あの時、何を言ったのか、さっぱり思い出せないのに。
 あの日から、俺は何かを背負った気がする。
 正体の分からねェ、何か。



 


 現場仕事は嫌いじゃない。
 鳶の仕事は空に近付ける気がする。


 
 ぼんやりと足場に座って空を眺める。
 吹付ける風の塊を全身に感じながら、頭の芯を痺れさせる。
 「………良い……天気だな……」
 百メートルの眼下に広がる湾岸の景色。
 三年付合つていた女と別れた日の午後。
 昔の…付合うことも出来なかった女ことまで思い出す。
 「……本当に…良い天気だ……」
 ぼんやりと、いつまでもいつまでも眺め続ける。







 この現場は、何だか知らないが奇妙な奴がうじゃうじゃしている。
 やたらと腰の低い、現場監督からしてまずおかしいが、そんなのはほんの序の口。
 ゴム体質の鳶、ルフィ。
 実は直接指先から火ィ噴いてンじゃねえかって勢いの、溶接屋のエース。
 鼻が長ぇ、設備屋。手先は器用だが、やたらと煩い。
 砂はあっても常に水が足りない左官屋のクロコダイル。
バロック・D(土工)・ワークス社、社長直々の参戦だ。
 その助手のロビンは、補修工事には欠かせない。何でも彼女は、組が壁や床にチョークで書き込んだ、重要な補修内容が記されているものの、下手クソで判別不可能な文字を現場内で唯一解読出来る女でもあるのだ。
 何屋か知らねェが、七段変型する(らしい)面白トナカイは薬マニア。
 なぜかいつでも半裸の電気屋、エネル。
 大の雷好きで、この現場には、無意味に避雷針が五十本も立てられている。
 ついでにアイツは重いピアスが大好きだ。冷静に考えても福耳過ぎる。
 それから、近くに店が無いのを良いことに、かけソバ一杯八百三十円で売りつける、飯場のナミ。
 あの女、価格が税込み表示になった瞬間に『新サービスねvv』なんて言いながら、小さじ一杯程度のワカメを乗せて九百三十円にしやがった。あの女のどんぶり勘定は、既に人類の限界を超えている。
 ……本業は測量士だって言うから信じられない。
 他にも、バネ男だの、サイコ野郎だの、栗頭だの、ゴリラだの、メーメー鳴いてる煩いヤツ等だの何だのかんだのと、挙げていったらきりがない。
 さすが、デカい現場だけあるってことだ。
 見た目は……ともかく、どいつもこいつもアクの強い職人ばかりだ。自分の持ち場には絶対の自信を持っている。
 そのせいか、プライドの高さも半端じゃない。
 職人同士の衝突なんて言うのは日常茶飯事。
 そもそも自分の身体が資本な奴等だ。そこら辺の道端でやっているような、口ばっかりの喧嘩なんてぇのは一つもない。
 それこそ、職人生命掛けて、建物までブッ壊しそうな勢いで殴り合う。
 この現場も、いくつもデカい喧嘩があった。
 中でもクロコダイルとエネルを相手にした、ルフィの喧嘩には、あまりの激しさに、組も介入出来ずに遠巻きにして見守るだけしか出来なかったぐらいだ。
 ルフィ。
 ……アイツは、普段のどうしようもねぇアホさ加減からじゃ想像も出来ない強さを持っている。
 精神的にも、肉体的にも、もしかしたら現場で一番なのはルフィかも知れない。
 角材叩き付けられても、壁に頭打ち付けられても、ビクともしない。相手を殴り飛ばすことだけに執着しているルフィには、自分の限界も分からないらしい。どんなにボロボロになっても、また立ち上がる。たとえ血みどろになっても、自分から諦めるようなことは絶対にしない。
 善悪も関係無しに、アイツは暴れる。
 喧嘩の理由を聞けば、本当に些細なモンで、しかも誰かのために厄介事に首を突っ込んでいるのがほとんどだ。
 一度仲間と認めた奴のために、ルフィは全力で戦う。
 強い奴と衝突すればする程、アイツは戦いに没頭していく。


 嬉しそうに。
 楽しそうに。
 ルフィは心底戦いを楽しんでいる。
 アイツにだけは、適わなねぇな…と、素直に思える。


 ……不思議だよな。
 俺は負けるのは、我慢ならねェはずなんだけどな…。


 ……でもよ…。
 だからかもな。
 こんなに付き合いが長いのも。





 ま、随分と手の掛かるガキでもあるけどな。








 気が付くと、海からの強い風は治まっていた。
 「……んーーーっっ……ルフィの野郎…遅ぇなぁ……」
 背伸びをしながら辺りを見回す。帰って来る気配もしない。
 「…まーたナミの野郎に捕まってんな…」
 守銭奴のナミの飯場は、味も量も申し分ないが、唯一、値段が銀座のクラブ並に高いのが最悪だ。
 ルフィは大半がアホだから、ナミにとっちゃ、絶好のカモだ。
 見なくても情景が目に浮かぶ。


 『はいっvv椀子ソバv』(↑普通のかけソバ)
 『おうっ!!』
 『次は椀子カレーねvv』(↑普通のカレー)
 『うおっっ!!何だっそれっっ?』
 『あら知らないの?空島建設の名物よ』
 『へーーーっっっ』
 『はいっ』
 ガツガツガツッッ!!
 『はいっっ!!もう一丁vv』
 ガツガツガツッッ!!
 『うほーっっ♪うめぇなっっナミっっ』
 『でしょーっっ。……んじゃぁ……かけソバ四十杯とカレー十五杯で…四万五千二百円だから……後、四杯カレー食べて頂戴』
 『んん?俺、もう腹一杯だぞ』
 『でも、ほら、そしたら丁度五万円だから』
 『もう入らねェよ』
 『んー……じゃあ、しょうがないから料金だけ加算しておくわ。無理して食べなくても良いわよ。残しちゃったら勿体無いからね』
 『??……んん?……おうっ』
 『ね、お金、今持ってる?』
 『持ってねーよ。俺そんなに現金持ち歩かねーもん。そう言えば、盗まれると危ないから持って歩くなって言ったのナミじゃねーか』
 『あら?そうだったっけ?じゃ、またツケにする?』
 『ん』
 『じゃ、月末締で支払いお願いね』
 『おうっ!!』


 ……と、まぁ、こんな感じで、給料の大半を持っていかれてるに違いない。…つーか、いままで溜めて来た分も削られてるような気がしてならない。
 つくづく可哀想な奴だ。メシ代がヤツの夢を邪魔している。
 「……ったく…しょうがねェなぁ……」
 腕時計を見る。ルフィが飛び下りてから、もう一時間が経っている。
 こりゃ、待ってても時間が過ぎるだけだ。今日中に最上階の足場をバラさなきゃならねぇってぇのに。
 仕方がねェ。
 俺は愛用の足袋『晴姿』を締め直し、足場の上に立ち上がると、腰に付けた安全帯を確かめる。
 「……よし…つ」
 腰道具からビニボツの軍手を取り出し左手から嵌める。指の根元までしっかりと付けられるように、両手の指を組み合わせながら、更に手にフィットさせる。
 ラジェットを構え、ガリガリと頭の部分を動かしながら回りの方向と状態をチェックする。
 「…ん」
 俺達が高所の作業になればなる程、準備に神経質になるのは一種の職人の職業病みたいなもんだ。
 高所作業での最大のタブーは、落下事故だ。
 小さなビス一つも落下させることは許されない。
 軽いモンでも落下の距離で、とんでもない凶器になるからだ。
 例えばサンシャイン60の屋上からパチンコ玉を落とすと、コンクリート面にぶつかったとしても、10cmは地面にめり込むって話だ。
 地上では何とも感じないような作業も、高い場所だってだけで信じられないくらい緊張を強いられることになる。
 あのエネルでさえも、東京タワーの上層部分の電球交換で、電球玉を持ち替える瞬間は手が震えるって言うから、どれだけ緊張するものなのか伺えるってモンだ。
 誰かの頭の上に落ちれば、いくらヘルメットを被っていても怪我は免れない。
 まして、鳶が高所で扱うモノって言えば、足場のパイプだの板だの、接続器具のクランプなんてェような、重量級のモノばかりだ。一番小さなクランプだって、上から落としてヘルメットに直撃すれば、きっぱり頭蓋骨まで粉砕出来る破壊力だ。パイプでも落とそうモンなら、身体をブッスリ貫通して、パイプの中に綺麗に肉が詰まるだろう。
 絶対にあってはならねぇ事故だと、この仕事を始めた初日に親方から釘を差された。
 だから俺達職人は、手元足元に必要以上の神経を注ぐ。
 「……待ってても帰って来ねェし…さっさと始めるか」
 俺も、そしてあのルフィでも、例外ではない。
 足場に足の裏を吸い付かせるように力を入れ、ビシッと神経を集中させてから、ぼそりと呟き、俺はルフィの帰りを待たずに作業を再会した。






 足場のバラシは簡単だ。
 組み上げた逆に外して行けば良い。
 建築物を取り囲むようにして組み上げられた足場は、まず養生シートを外す所から始まる。
 天井部分の足場板を外し、階段やら、踊り場なんて言った付属の設備を外す。側面のパイプを取り外して、足場の上下を繋ぐジョイントを外せば一フロアー終了。落ちねぇように気を付けながら、紐や番線で長モノを束ねたり、細かいモンは袋に詰めて、最後にクレーンで下ろすだけだ。
 何の遮るものも無くなった足場は、まるで屋上の手摺の上に立っているようなモンで、鳶でもなければ高所恐怖症じゃなくても足が竦む。大の男でも、安全帯無しじゃ立つことも出来ない。
 物好きな職人ですら近付かない場所の一つだ。
 実はどこよりも眺めの良い場所なんだけどな。
 穏やかになった風を感じながら作業を続ける。
 相方がいないんで手間は掛かるが、それでも作業は軽快に続く。
 青い空。青い海。
 遠くに聞こえる船の汽笛。
 ああ…本当に今日は良い天気だ。
 ラジェットのギヂギヂッっと回転する音を手のひらに感じながら、軽快に作業は続く。ゆっくりと足場が姿を消していくのが気分良い。
 そのうち俺は、ルフィの存在まで忘れて作業に没頭していた。


 共用廊下面が終わり、そのままぐるっと回り込むようにベランダ側の足場に移る。
 「……あ、そーか…」
 そこはまだ、養生シートが一面に張り巡らされていた。
 「これは一人じゃ出来ねぇなぁ……」
 一枚が畳十帖分もありそうなシートは、流石に一人では外せない。
 「…チッ……結局ルフィ待ちか」
 仕方がねぇ…と、振り返った時。






 俺は初めてあの掃除屋と出逢った。










 電気を消した部屋に差し込む月明かりは、喘ぐ女の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
 舌の動きは休めずに、上目遣いに見上げれば、括れた腹の向こうに、貧弱だが形の良い胸が乳首を勃てて、そこにも刺激を欲しがっているのが分かる。
 股間に顔を埋め、クリトリスを口で覆う。上唇で皮を捲り、下唇を少し強めに女の性器に押し付ける。心持ち吸い上げるようにしながら、舌の先で芯を出来る限りにゆっくりと嘗め上げる。いつまでもいつまでも、単純な同じ動線を描きながらも舌の動きは決して速めたりはしない。
 「…あああ………ああ…っ…」
 警戒心を解いたような甘い喘ぎを聞きながら、意志とは全く関係無しに、クリトリスがピクッ…ピクッ…と、震える感覚を楽しむ。
 開いている左手で、皮膚だけに触れるような強さで下腹部から胸の膨らみの付け根へと指を滑らし、下から胸を掴むようにしながら中指だけで乳首に触れる。
 「んんっ!!」
 口の中の性器がビクッと震えた。
 導くように、シーツを掴んでいた手を自分の胸に触れさせる。
 二-三度強めに舌を使うと、自ら乳首を摘んで擦る。
 いつも思うんだが、乳首とクリトリスが連動しているように快感を増幅させているのが不思議でならない。
 「……んっ…ぁぁっ……んーっっ……んっ…んんっ…」
 反射的に閉じようとしている太股に両手を掛けて、無造作に開く。じっとりと汗が滲み出している内太股の肌は、腹と手のひらにぴったりと吸い付いてきて気持ちが良い。
 「…もっと広げろよ…」
 「い…いや……」
 「……止めても良いのか?」
 舌の動きを止めて股の間から顔を上げると
 「やっ……」
 焦ったような掠れた喘ぎが追い掛けてくる。
 「たしぎ」
 名前を呼ぶと、白い身体がぴくりと跳ねた。乳首を弄っていた手がためらいがちに股間に伸びる。
 クリトリスの上に被さった薄い皮を両手の中指と人さし指で捲り上げて芯を剥き出しにする。色濃くなった桃色のクリトリスは、後もう少しで勃起を始める。
 んん?何だ知らねェのか?女も勃起するんだぜ。
 「ん……ね…ゾロ……はや…く……」
 太股を震わせながら左右に足を大きく広げ、股を俺の目の前に曝し、両手でクリトリスを剥き出しにしている姿はそれなりにエロい。
 「自分で触ってみろよ」
 「…いやっ…」
 離そうとする手を押さえつけ、左の親指で股の割れ目に指の第一関節ぐらいまで埋め込みながら、穴の中の粘つく汁をたっぷりと絡めつける。そのまま濡らした指の腹で、ヌル…っと、クリトリスの左の側面を下から上に擦り上げた。
 「ああっ!!」
 頭を仰け反らせ、足の指先を反り返らせて、たしぎは喘ぐ。こいつはここが酷く弱い。
 ヌルヌルと、指が乾くまで弄り回して感覚を昇らせてから、手を取り割れ目を直に触らせた。
 「…やっ……ヌルヌル……」
 興奮した声で、濡れた呟きを思わず漏らす。
 敏感なたしぎには、入り口の直ぐ側にもスポットの一つがある。その場所に刺激を欲しがって必要以上に自分の中指を割れ目の中に潜らせるのを眺めながら、俺はもう一度囁いた。
 「ほら…自分でしてみせろよ」
 「…………」
 大股を広げ、左手でクリトリスを剥き出しにしたまま、そろそろと濡らした右手が上に移動してくる。
 「は…あっ……あんっ…………ああ…」
 ギュッと目を瞑り、先刻俺が刺激した場所を指の腹で擦り上げる。ゆらゆらと腰が動き出す。
 「気持ち良いのか?」
 「う……ん……きもち……い……い……」
 ハァハァ…と、息を弾ませながら、指の動きは速度を増していく。ほっそりとした指先が、器用にクリトリスの輪郭をなぞる。なぞる。
 こうなると、男のオナニーと大差はなくなる。もう自分では止められない。
 体を起こし、必死になって快感を掻き集めている姿を上から眺める。快感に歪んだたしぎの表情は、お世辞にも可愛いとは言えないが、それでもなぜか久し振りに愛しいと感じた。
 もう、誰かのモンになっちまうっていうのに、まだ愛しいと感じる自分がバカだと思った。

 …………私はくいなって人じゃないんですよ………

 付合い始めて半年後、セックスの後に腕の中のたしぎに言われた。
 『ごめんなさいゾロ…私……結婚します……』
 職場の上司とか言っていた。名前は知らない。
 でも、誰よりも自分を理解してくれる奴だそうだ。
 今思えば…止めたかったのかも知れない。
 だが、俺は
 『…そうか。分かった』
 としか言えなかった。
 失うから愛しいと思うのか、それとも今になって自分の気持ちに気が付いたのか。
 それとも、思い違いをしているのか。
 結局何だか良く分からない。
 分からないまま、俺は今夜こいつを失う。

 「…あっ……ああっ……いっ…くっ……ぅ……」
 性器を見せつけるように大きく広げていた両足は、いつの間にか真直ぐに伸ばされ、限界までに力が込められていた。息を詰めて感覚を頂点に引き摺り上げようとしているのが分かる。
 激しく動く手の動きがクリトリスを押さえ付ける格好に代わり、絶頂を迎える体制になったのを見たら、ふっ…と寂しくなってその手を掴んだ。
 「あああっ………」
 ギリギリのところで止められた不快感を露にしている、たしぎの細い足首を掴んで、ひっくり返ったカエルの格好にさせる。そしてそのまま一気にヴァギナに突っ込んだ。
 「ああっっ!!あうっ……あっ……ゾッ…ゾロッ…!」
 細くて白くてエロい体を硬直させながら、たしぎの両手が俺を求める。
 力を入れれば折れそうな細い腰骨を両手で掴み、俺は最初から速く大きなストロークで繋がった部分を激しく掻き回した。
 「ああっ!!あっ!!ああっっ!!あーっ!!」
 突き上げられる勢いそのままに、頭と乳房を揺らしながら響くような高い喘ぎを絶えまなく叫び続ける。自ら、感じる場所を深く抉られるように、腰をくねらせては快感の衝撃に痙攣を起こす。
 「ああああ……っっ…熱い……溶け……っっ!!……はああっっっっ!!んんっっ!!………んふっ……あっ……もっと……んんっっ!!そっ…そこっっ!!………あっ!あっ!ああっ!!熱い…熱いっ……ゾロぉ……っっ……はあっ…あっ……あっ……んっ……壊れ…るっ………そこ………こわれ…る……あうっっ!!」
 暖かい筒の中は、どこまでも柔らかな肉の固まりで、際限なく膨張して俺のペニスを締め付け上げる。僅かにざらつく天井は、入れても抜いても刺激してくる。
 じゅぶっ…じゅぶっ…
 濡れた音は、やがてベッドの軋みの音を上回る。
 結合部分から愛液が小さな飛沫を上げて溢れ出す。
 「………っ…」
 きつくヌラついたソコは、やっぱり他のどの女よりも相性が良い………っ…。
 腹の下辺りに感じるざわざわとした孤独感を無理矢理切り離し、俺は擦られる圧迫感だけに意識を集中していく。
 「……っ!……っ!…っ!!」
 見下ろせば直ぐ側に、快感に翻弄されて息も絶え絶えに股間を曝け出した女が見える。
 びしゃっ!びしゃっ!びしゃっ……
 ヌラヌラに濡らされた俺のペニスが出入りするさまを興奮で訳が分からなくなり始めながらも眺め続ける。
 

 淫毛
 性器
 臍
 肌
 腰
 胸
 首
 顎
 表情。
 きつく閉じられた目
 掴む物も見付けられない細い両手
 喘ぎの声すらもう出ない、開けられただけの口
 その顔。
 その髪。
 その仕種。


 「………!!!!!」
 絶頂に見開いた、焦点の合わない目。

 何を見ても
 叶わない夢を想像している自分がいる。

 「………ふ…っ…」
 急激に膨らんだ肉壁で、こっちまでイキそうだ。
 腹に力を入れて堪えながら、突き上げるリズムを小刻みに変え、最深部にあるコリコリした子宮の口に亀頭を擦り付けながら、たしぎがどこよりも感じる場所を一気に責め上げる。
 絶頂のまま、声も出せず息も出来ないのに、それでも更に快感を求めようとしている姿にくいなの姿を重ねた。
 「…うっ……!…」
 硬直させた全身の中、結合された肉だけが柔らかく膨張して……っ…凶暴なまで……に……っ……責め……っ…あげて………っっ……
 「……………くっ……!!!」
 「----------------!!!!!!」
 真の絶頂を味わう姿を眺める余裕もなく、俺は必死でペニスを抜き取り、シーツの上に白濁した濃い精液を打ち出した。
 「…大丈夫か?」
 息を整えながら気絶したかのようにぐったりと体を横たえているたしぎに静かに声を掛けた。
 ヒクッ…と、辛そうに小さく息を吸い上げ、唾を飲み込み、ようやく荒い呼吸を始める。





 「……………くいな……」



 愛しい女の名前を呼んだ。
 聞こえないように。
 気付かれないように。

 独りなのだと改めて気が付く。



 一度深くオーガズムを迎えると、膣の中のスポットは指で直ぐに分かる。
 中指と薬指を揃えて突っ込むと、感じる場所は堅く腫れ上がっているからだ。クリトリスと直結しているスポットもある。指の腹を押し付けるように刺激するだけで、簡単に昇天してしまう。ペニスで感じるよりも、中の状態が分かるし、本番ではあり得ない体制でもイかせることが出来る。何よりも自分がイかされることがないから、十分に喜ばせることも、やろうと思えば出来るのだ。
 やろうとしたが、結局止めた。
 不思議と、誰かのものになるんだと、気持ちはひどく冷静だった。
 愛していなかったのかもしれないな……。
 そっと腕に触れてきたたしぎの手を取りそのまま体ごと胸に抱き寄せた。
 「…………しあわせにな……」
 「…………ごめんなさい……」
 「……バカ……謝ることなんてねェよ………」
 「……今夜…最後だから……泊まっていきますよね…」


 最後の夜だから、泊まりたくなかった。
 

 シャワーでざっと汗を流し、そのまま服を着て、いつものように別れを告げた。
 「じゃあな」
 「………おやすみなさい……さよなら…」
 「…おう」
 いつもの別れ際の挨拶と変わりなんてない。
 違うのは言葉の意味だけだ。
 そのまま、一度も振り返らずに、俺は部屋を後にした。

 続く

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