【窓越しの掃除屋】

12

 

 

 

 完成間近の現場の一日はとにかく速い。
 朝作業が始まったかと思えば直ぐに昼だし、メシを食って午後の作業に取りかかったと思えば三時の休憩。そこまで来たら作業終了の放送が流れるのもあっと言う間だ。
 既に突貫工事が始まっていて、遅れが出ている業者は、帰りたくても帰れない。
 電気屋のエネルも長過ぎる耳をヘルメットの顎ヒモのように結んで、栄養補給(と、本人は言い切っているが、俺には、ただ単に好きだからとしか思えない)のバナナをもくもぐ食べながら残業体制に入る準備をしている。
 そうなんだ。電気屋って言うのは、現場着工から引き渡し最終日まで現場に残る数少ない職種の一つだ。他の業者の絡みも段違いに多く、トラブルも絶えない。
 まぁ、エネルの場合は他人は関係ねェって無意味にデカい態度と、腕っぷしの強さで、完全にマイペースで行程を来ていたのが遅れの最大の原因なんだが。
 他にも設備屋のウソップと、職人が大幅に入れ代わった左官屋、後は内装・仮枠大工屋とボード屋・クロス屋・弱電屋辺りは強制的に残業だ。
 俺達鳶も午後から突発で入った、組の事務所の撤去工事がスケジュールを圧迫していたが、今日だけは強引に帰ることとする。
 「そんな…すみませんが帰しませんよ」
 と、低姿勢ながら強制してくる監督に、
 「今日は、帰る」
 と、言い切った。
 「そ、そんな…」
 「明日、午前中に必ず終わらせる。だから、今日は、帰らせろ」
 最後は胸倉を掴んで意志を伝えた。

 「ゾロ」
 ルフィが声を掛けてくる。
 「ん?」
 「頑張れよ」
 「…ああ?」
 意味深な笑いを満面に浮かべて、俺の背中を思い切り叩く。
 「痛テッ!!何すんだっっ!!」
 「じゃあなーっっ!!」
 ルフィは大きく手を振ると、飯場の方へと全速力で走って行った。
 頑張る方はお前じゃないのか?
 頭に巻いたタオルを外しながら、俺は心の中でツッコミを入れていた。


 「よぉ」
 「おう」
 掃除屋は俺より先にゲートの所に立ってタバコを吹かして待っていた。
 「待ったか?」
 「いや、俺も今来たばっかし」
 二メートルと離れていない場所で、ガラスの遮りも何も無く、掃除屋が笑って見せる。
 酔った時に見せる笑いとは全然違う、口の端をちょっと引き上げるだけの形だけの笑い。
 それでも、それだけで舞い上がりそうになる自分が情けない。
 「…?…お前、シャワー浴びたのか?」
 見れば髪が少し濡れていて、いつもの大きめの作業着代わりのパーカーとルーズジーンズじゃなくて、身体のサイズに合わせた細めのジーンズと黒いシャツと、ジャケットを着込んでいた。
 「ああ、料理すんのに汚いのも何かと思ってさ。お前ン家、シャワーもねーし。しょーがねーから、現場のシャワー使ってきたぜ」
 石鹸の香りが鼻をくすぐった。
 「自分ン家帰ってシャワー浴びるのも面倒臭かったからさ」
 いつもと違う掃除屋の格好に気を取られて、話の半分も聞いて無かった。
 「んな…料理するのにシャワーまで浴びるか?」
 「だって埃だらけじゃねーか」
 「埃食っても死なねーから」
 「俺的に気持ち悪ぃの」
 「…へー…」
 変な期待をしそうで困る。掃除屋は、俺の気持ちも気付かずに、普通に俺に声を掛ける。
 「んじゃ、行く?」
 「…そうだな。メシは?どっかで食ってくか?」
 「いや、今日は俺がテキトーに」
 「………何っ!?」
 「今、言ったろ」
 「…いや、聞いて無かった」
 「ちゃんと聞けよっ」
 「あ、悪ィ…でも、俺ン家何もねーぞ」
 「ん、だから、テキトーに」
 「メシ屋の方が良く無いか?」
 「お前、俺に台所使わせたく無いのか?」
 「…別に」
 「ガスちゃんと繋がってるか?」
 「ああ、使ってねーけど」
 「ちゃんと通ってるんなら良い」
 「包丁も何にもねーぞ」
 いつもと違うもう一つのカバンをポンポンと叩く。
 「用意してきた」
 「…今日、何かあンのか?」
 「……別に…ほら、行くか行かねーのか?」
 「お…おう……」
 掃除屋の考えていることがさっぱり分からなかった。
 どうやら今日は酒だけじゃ無くてメシを作ってくれるらしい。しかも、料理の出来る環境からはエラく遠い俺の家でメシを作る気だ。
 「…俺がお前ン家…行った方が良くないか?」
 掃除屋の身体が小さく、一度だけ揺れた。
 「ん?俺ン家、狭いし」
 堅さを誤魔化すような小さな早口。
 ……俺は家には上げられねェってことか?
 警戒されている気がして瞬間少しムカついた。
 ま、家に来るならそれでも良いか、と、自分を力尽くで納得させて「そうか」と、返事だけ言った。
 「行こうぜ」
 掃除屋に促されて歩き始める。
 掃除屋の歩調は俺と同じで合わせないで済むのが楽だった。
 やっぱり女じゃねェんだな…と、妙な所で実感した。

 「何食いてェ?」
 「…何でも」
 「なんだよ張り合いねェな。肉か?魚か?」
 「……どっちかっつーと…魚だな」
 「和食か?洋食か?」
 「和食が良い」
 「好き嫌いはあるのか?」
 「ねェ」
 「そりゃ、良かった。魚は何が好きだ?」
 「何でも」
 「焼くのと煮たのとどっちが良い?」
 「……居酒屋で魚の頭煮たの食ったが…アレは旨かったな」
 「そうか」
 楽しそうに聞いてくるのが心地良い。
 掃除屋の質問に答えながら、前に飯場でナミと話したことを思い出した。

 『バラティエってレストランあるじゃない?…あたし、サンジ君ってそこの副料理長だと思うんだよね…』

 「なぁ……」
 「ん?」
 「…………いや、何でもない」
 お前、バラティエのコックか?…そう聞こうとして止めた。聞いてどうする?別にどっちだって俺には関係無いことだ。
 それに。
 ナミの話を思い出す。
 昔のバラティエでの事件。
 もしも本当に、掃除屋がバラティエの副料理長だとしたら、あの事件の唯一の生存者だ。
 思い返したくもねェだろう。
 掃除屋。
 それで良いじゃねぇか。
 途中で聞くのを止めた俺に変な顔をしながらも、掃除屋は献立を決めるのに夢中で、無理に聞き出そうとはしてこなかった。
 「……ん、大体分かった。旨いモン作ってやるからな。ビックリすんなよ」
 「分かった分かった」
 それきり掃除屋は黙り込む。
 なんだよいきなり静かになって…と思って、半歩遅れて横目で様子を伺ったら、何やらやたらと楽しそうに考え込んでいた。
 「……あ、米も要るな……」
 どうやらメニューを考え始めたらしい。
 仕事場で、台所を掃除している時の表情と同じだった。
 間近であの表情が見れるとは思わなかったから、内心かなり動揺してしまった。
 良い表情の掃除屋が俺の隣を並んで歩く。
 たったそれだけのことに、どうしようもなく喜ぶ。
 気が付いてさり気なく口元に手をやると、また無意識に笑っていた。
 (…おいおい…)
 かなり苦労をしていつもの顔を保つ。
 掃除屋はすっかり自分の世界だ。
 全くの無言。
 話し掛けようにも、気の利いた言葉も見付からない。
 無言で歩く。
 いつもの歩調で。
 いつもの駅を目指す。
 だが隣には楽しそうに料理のことを考えているらしい掃除屋。
 しかも、その料理は、今夜俺の家で作る……。
 ナミやたしぎも、こんな風に俺との夕飯のことを考えてたのかもな…。
 俺がメシを食っているのをやたらと嬉しそうに眺めていた二人のことを思い出す。
 それから後のことも、ついでに思い出してしまった。
 …………ま、コイツとはあり得ねェだろうな……
 少し…いや、ひどく残念に思いながら、一緒に歩く。
 
 掃除屋も話し掛けてくる様子は無い。
 駅に着いても、切符を買っても、ホームに立っても、電車に乗っても。
 俺も、黙って切符を買って、ホームに立って、電車に乗り込み、窓に凭れて外を眺める。
 地下鉄は、真っ暗なトンネルの中を轟音を響かせながら板橋本町駅へと向かう。
 途中、窓ガラスに俺と並んで立っている掃除屋の姿が見えることに気が付いた。
 いつもとは違う見え方も悪く無い。
 車内の中にはたくさん人が乗ってはいたが、電車の中の誰よりも綺麗な男に違い無かった。








 電車を降りて真直ぐスーパーに行った。
 長いこと暮らしている街だが、スーパーに入るのは初めてだった。
 掃除屋は、カートの中に慎重に選んだ野菜だの魚だのを手際よく買い込んで行く。
 野菜をひっくり返して眺めたり、魚を真剣に眺めている姿を見るのは面白かった。
 「ゾロ」
 急に声を掛けられる。
 「おおっ…んん?」
 掃除屋は酒コーナーの一角を指差す。
 「俺も一本メシに合わせて買っとくけど、足りねーとか絶対言うに違い無いから、テキトーに飲みたいの買っとけば?」
 「ああ、そうだな」
 二手に別れて俺は一人酒コーナーに入って行く。
 「…スゲェ量だな」
 コンビニとは比べモンにならないぐらいたくさんの酒がひしめいていた。
 元々銘柄にこだわるタイプじゃないんで目に付いたものから適当に手にとってカゴに突っ込む。
 「…ま…こんなモンかな…」
 カゴに入り切らなくなつたところで、掃除屋と合流しようと元に戻る…が、どこから来たのか良く分からなくなった。
 「…………?………」
 そんなに広くは無い店内を歩いて探すが、掃除屋はいない。同じような棚が同じ間隔で並んでいるから余計探し難い。
 「この店は、酒ばっかり売ってんだな…」
 何度も酒コーナーに遭遇する。
 そのうちレジを見付けたからついでに会計を済ませてまた探す。
 「…ったく…迷子かよ…いい年してよ……」
 じっとしてねーから捜せないんだよ。
 仕方がねーからまたグルグルと掃除屋を探していたら、
「ゾロッ!!」後ろから名前を呼ばれた。
 「おう、どこ行って----」
 「なに迷子になってんだよっ。ウロチョロしたら捜せないじゃねーかっっ」
 怒られた。
 カチーンと来て、言い返してやろうと思ったが止めた。
 俺は大人だからな。
 「動くなよっ」
 レジに引っ張って行かれて『無料』とか書いてある変な機械の前で待たされた。
 仕方がねェからじっと待つ。
 「…すみません」
 声を掛けられ身体を退かすと、デカい空のペットボトルを持った女が頭を下げて、機械の扉を開いた。
 機械に逆さにペットポトルをセットしてボタンを押す。
 物凄い勢いで水が吹き出し、ペットボトルの中を洗浄した。
 (うおっ!…面白いな……)
 そのまま隣の扉の中にペットポトルをセットしてまたボタンを押す。今度は水が溜まっていく。
 女は別に小さな扉の中に入れておいたキャップを閉めてその場を去って行った。
 スーパーって言うところは色んなモンがあるんだな…。 妙に感心してしまった。
 買い物を済ませた掃除屋と合流し、俺のアパートへと向かう。
 途中で思い付いてディスカウントショップでちゃぶ台と座布団を買った。
 ついでに…と、布団を買おうとして、
 「んな一気に持てねーだろーが」
 と、掃除屋に止められたがムキになって買ってみた。
 荷物を一人で持ったら、どうにも手の数が足りないのに気が付いて、
 「手が三本欲しいな」
 と言ったら、笑われた。

 蛍光灯も取り替えていないのに部屋の中が明るい。
 不思議だった。
 掃除屋が台所を軽く掃除した後、シャツを捲り上げて水で手を洗う。スーパーの袋からポンプ式の石鹸を取り出して丁寧に泡立てて肘まで洗う。
 そういやナミが手の洗い方が料理人だってやってたっけな。確かに念入りな洗い方だった。
 「ゾロ」
 「んん?」
 「部屋、掃除しとけよ」
 「…綺麗だぞ?」
 「汚ねーよ」
 「そうか?」
 「片せ」
 渋々掃除に取りかかる。
 ゴミを拾ってゴミ袋に放り込み、終わりにしたらまた怒られて、仕方がなしにタオルで掃除屋がしていたみたいに畳を拭いてみた。
 直ぐに拭き終わったからついでに窓も拭いてみて、思いついて蛍光灯も拭いてみたら、物凄い音がして蛍光灯が割れた。
 「なにやってんだよっっ!!濡れたモンで蛍光灯なんか拭いたら割れんに決まってンだろうっっ!!」
 「なんでだよ」
 「知らねーよっっ。ほら、蛍光灯と帚とちり取り勝手こいっ」
 予定外にコンビニにダッシュすることになった。
 蛍光灯と帚とちり取りを買う。
 ついでにいつもは見ないコンドームを見た。
 案の定自分に合うサイズは売って無かった。
 なんで見てんだよと自分で自分を突っ込んだ。
 気分が良かった。
 走って戻る。
 「おう、おかえり」
 「………おう」
 何でもない一言に顔がニヤけた。
 今度こそ、本当に部屋の中がいつもより明るくなった。


 鯛一匹と味噌と醤油と砂糖と塩。それから米と野菜。酒一本。それぐらいしか買ってなかったはずなのに、ちゃぶ台の上は料理が何皿も並んでいた。
 前にたしぎが夕飯を作ってくれた時は、作るのに五時間も掛かった上に、生ゴミが大量に出ていた。
 まだ二時間も経っていない。
 台所を見たら、流しのなかには一握り程度の生ゴミしかなかった。
 トレーはスーパーで捨ててきていたから、ほとんどゴミらしいゴミも無い。
 「スゲェな…」
 素直な感想が口から漏れた。
 「俺、メシ作るなんて言ったから、ありつけんのは夜中過ぎだと思ってたぜ」
 「何で?」
 「いや、メシっていうのはそういうモンだろ?」
 「どういうもんだよ」
 家から持って来たらしい皿だの茶碗だのに盛り付けをする。
 煮物やら、焼き物やら、刺身やら。
 居酒屋のお通しみたいなヤツもあった。
 「旨そうだな」
 「旨いんだよ。ほら、食ってみな」
 「………ウメェ」
 驚いたように呟くと、掃除屋が満面の笑顔で笑う。
 「………っ……」
 正直…クラッ…と来た。

 多すぎず少な過ぎず、丁度の量で、最後まで旨かった。
 「ごちそうさん」
 自然に頭が下がった。
 「おっ、礼儀正しいじゃねーか」
 掃除屋は満足そうだ。
 「何で急にメシ作る気になったんだ?」
 聞いたら、掃除屋はタバコに火を付けながら「別に」と答えた。
 「…メシ作るって…普通じゃねーよな…」
 フッ…と、口からすべった。
 「…何が?」
 首を傾げて俺を見る。
 ふんわりとした穏やかな表情は、何よりも掃除屋に良く似合っていた。
 俺はこの顔に弱いのかもしれない。
 いつでも理性が切れそうになってしまう。
 止めてくれ。勘違いしちまうから。
 「メシ、作るのって普通じゃねーのか?」
 悲しそうに眉を下げるのを見て、慌てて言った。
 「そんなんじゃねぇっ…バカ、そんなんじゃねぇよ…」
 「じゃあどういう意味だよ」
 「……どういうって……色々だよ……」
 「色々って、何だよ」
 掃除屋は、メシの最中に飲んだ酒のせいで、既に酔いが回り始めている。掃除屋は絡み癖がたまに出る。今夜の酒がそうらしい。
 ヤバい…と、頭のどこかで思った。
 酔った時の独特の視線で掃除屋が俺を見る。
 俺にとっては…どんな女よりもエロい視線で。
 「………別に…」
 「なんだよ。言い始めたのはゾロだろう?」
 「……」
 返事に詰まって酒を飲み干す。
 掃除屋が酒を継ぎ足し自分のコップにも入れて一口咽に流し込む。強いアルコールに一瞬身体の動きを止めてアルコールを受け止める。そんな動きすらエロい。
 「今日は作りたいから作った。悪いか?」
 「…悪く無い。でも、何で『今日』なんだ?」
 「今日はしたいことをする日だからだ…」
 じっと碧い目が俺を見る。
 止めてくれ。本当に……我慢出来なくなっても知らねェぞ……。
 だが、掃除屋は止めない。
 一口二口、染み渡らせるように酒を飲む。
 そして完全に潰れた。
 「……俺は…俺の料理をお前に食わせたいと思った……シャンクスに言われるまでもねェ……俺はちゃんと考えてるよ……だから……したいことをする……」
 「シャンクスって誰だよ」
 「誰だって良いだろう……」
 白い肌がアルコールに赤く染まった。
 首まで赤い。
 ボタンを二つ外した胸元を覗けば、滑らかな胸の筋肉が続いてる。
 女じゃねぇんだ。抱いて収まる思いじゃねェだろ。
 ヌルくても良かったんじゃねぇのかよ?
 想像すれば勃ちそうなほど、追い詰められていた。
 掃除屋はそんな俺の気持ちにも気付かず、さらりととんでもないことを言ってのけた。
 「だって…好きなヤツにメシって作って食わせてーじゃないか……」
 ……後で考えれば…友人としての『好き』だって理解も出来る。
 だが、その時は……そんなことを考えている余裕は、少しも、無かった。
 頭のどこかで、理性が音を立てて切れるのを聞いた。


 ガシャーンッッ!!
 「うわっ!!なっ!なんだよっ!!」
 片手で力一杯掃除屋を引き寄せたら、ちゃぶ台もろともひっくり返った。皿に残った魚の汁が飛び散ったが、そんなことはどうでも良かった。
 体制を崩して自分の方に引き倒した掃除屋を物凄い速さで抱き締めた。
 咄嗟のことに身を竦ませた掃除屋が、必死で逃げ出そうと暴れはじめる。
 だが、強いアルコールを徒に全身に回す手助けにしかならず、襲って来た酔いに、苦しそうに頭を仰け反らせた。
 ガツッと顎を掴んで口付けた。
 薄く、少し固い感触の唇を貪る。
 ただキスをしているだけなのに、自分の身体が異常に興奮してくるのを衝撃のように感じていた。
 どこかで止めろと制止が掛かる。
 どうやって止められる?
 掃除屋は今、俺の腕の中にいるのに。
 「ぷはっ!!はぁっ…はぁっ…テメェ…ッッ!!!」
 唇を離した瞬間、何かを叫ばれそうになったから、咄嗟にもう一度唇で塞いだ。酒の味に混ざって、微かに違う味を感じた。きっとこれが掃除屋の味だ。
 しっかりと抱き込まれた上半身が腕の中で暴れる感触は最高だ。こっちも気を抜けば逃げられる。
 始めから叶わない恋だ。それぐらいでなきゃ面白くねェだろう。

 もう戻れない。
 だったら俺は最後まで奪う。
 もう最後になる。そう思うだけで突き刺さるように胸が痛んだが、もう…止める理由にはならなかった。
 なんとか掃除屋は俺を蹴り飛ばそうとしている。
 だが、体制が悪くそれすら出来ない。
 腕を伸ばして突き放そうにも、完全に抱き込まれている細い腕ではどうにもならない。
 唇の自由を奪いながら、俺は足で出来るだけ遠くにちゃぶ台を蹴りやった。
 そのまま体重を掛けて掃除屋の上に覆い被さった。
 途端、掃除屋の身体が強ばったように固まった。
 抵抗が弱まったことを良いことに、散々唇と相手の口の中まで貪った。
 だ液が糸を引くように離した唇同士を繋ぐ。
 見れば、掃除屋の怯えた目。
 「……離せ……っ……」
 震える声で言った言葉に返事を返す。
 「………嫌だ…」
 ヒクッ…と、怯えたように表情が固まる。
 俺は、罪悪感に押しつぶされそうになりながら、それでもそれより遥かに大きな衝動に身体をまかせた。
 シャツを両手で掴み、左右に開く。
 ほんの僅かな手応えと同時に、黒いシャツのボタンが弾けて飛んだ。
 「……ッ!!」
  畳から頭を上げて身体を起こそうとするのを肩まで剥き出しにしたシャツの残骸で、逆に畳に押し付ける。
 「……なんでだ…よっ…」
 引き攣った声が俺を攻めるが、もう耳は貸さない。
 噛み付くように、上気した首に吸い付いた。
 「…っ!うっ……」
 直ぐ耳元で、掃除屋の息遣いが聞こえる。
 身体がガァッッ!!と熱くなり、ズボンの中で自分のモノが固く立ち上がるのを感じる。
 わざと掃除屋のモノにズボン越しに擦り付けてやると、一層掃除屋の身体が緊張するのが分かった。
 怯えているのが手に取るように分かった。
 掃除屋が…これから始まるセックスを、レイプなのだと思っているのが手に取るように分かった。
 何度も何度も自分のチンコを擦り付けながら、俺はこの掃除屋はおそらく本当に…バラティエの副料理長なんだと確信した。
 だが…それがなんだっていうんだ?
 掃除屋がなんであろうが、どんなに怯えようが、俺はこの場でお前が欲しい。
 後悔するのも何もかも…承知の上でお前を抱く。
 だったら……怖いものは何もねェじゃねェか…。

 尚も暴れようとする掃除屋のチンコをズボンの上から乱暴に掴んだ。
 「あうっっ!!」
 痛いのか感じたのか良く分からない悲鳴を側で聞いて、頭がおかしくなりそうだった。

 逃げようと必死でもがく掃除屋の手を強く、握った。


                       続く。

 続く。

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