【窓越しの掃除屋】

9

 

 ……正直、どうすりゃ良いのか見当もつかねェ。




 現場は来月の完全引き渡しに向けて、急ピッチで作業が進められている。
 いくら体制のしっかりした現場でも、流石にここまでくると、間に合わねェ業者が幾つか出始めてくる。
 異常に腰の低い組の監督ですら、とうとう激を飛ばし始めた。
 先週からは突貫工事も始まって、何がなんでも納期に間に合わせるんだ!……ってぇ、組の方針が、嫌な感じで見えてきている。
 疲労から来る事故も多くなり、救急車の出入りも激しくなった。
 一昨日には、造園でフル回転していた重機に首をもがれたヤツまで出た。ショベルカーの旋回に巻き込まれたそうだ。
 警察も立ち入り、一時期騒然となった。
 だが、それでも現場は止まらない。
 たかだか人が死んだぐらいで、時間のロスを出してる余裕はない。
 一家の大黒柱の首をもぎ取ったショベルカーは、何事もなかったように血飛沫に汚れた土を掬い上げ、混ぜ返す。
 午後にはシンボルツリーが植樹され、このマンションの憩いの場所が完成された。
 もしも重機が壊れていたら、きっと組も騒いだだろう。
 そんなもんだ。
 人の補充は重機より早い。
 安全第一なんて、口先だけの目標だ。
 俺達職人も分かってる。自分の身体を守るのは自分だ。 疲労や焦りに負けた自分が悪いだけだ。
 事故は労災で揉み潰せ…なんて言うのが組の本音だ。
 組だって正直迷惑に違いねェ。
 建て前はどうであれ、結局は工期と納期って言うのは、安全より優先される。明け渡しの日までに仕上げるのは、現場の鉄則。絶対の約束で、例外は、無い。
 理由は一つ。カネが勿体無いからだ。
 現場の維持費は莫大だ。
 ここ、晴海オーシャンシティの規模の現場にもなれば、一ヶ月で掛かる費用は何千万だ。工期が遅れれば、遅れた分の維持費はダイレクトに組にのしかかってくる。
 いくら空島建設っつったって、気軽に出せる金額じゃ、ない。
 分譲で販売された物件は、引き渡しの日まで決まっていて、その日が来りゃあ、嫌が応でも引っ越し会社のトラックが横付けされるのだ。
 現場最後の一ヶ月間は、殺気溢れる異様な活気に飲み込まれていく。
 …ま、俺はダラダラ仕事しているヤツ等がいなくなる分こっちの方が好きだけどな。

 ……一年以上通った現場も久し振りだった。
 色んなことがあった。
 だが、それももうじき終わる。
 ………終わる。


 ……………俺は……何を望んでるんだ?………



 気が付くと、足場の位置から窓越しに掃除屋の姿を探している自分がいる。

 細い身体を隠すように厚手のパーカーを被り、ルーズジーンズを引き摺る。
 時折捲りあげる袖から剥き出しになって見える腕は、それなりにしっかりとした筋肉に覆われている。だが、それでも細い。器用そうな長い指は、小さな帚を自在に動かして、部屋の埃を払う。
 全然クセの無い金色の髪の毛は、女みたいな髪型で、動く度に『サラサラ』と音を立てそうな感じ。こんな埃だらけの部屋には随分と不釣り合いな感じがする。
 女々しい感じはないが、無骨な野郎共には絶対にあり得ない造作の顔。大抵はキツイ表情を崩さないが、こうして部屋で一人で作業しているときや、飯場のナミの前ではひどく穏やかな顔にもなるし、子供見てェに破顔してみせたりしている。あんな…前髪で半分隠すのも勿体ねェ気がしてならない。
 「……………」
 それに……あの、台所を掃除している時の顔。
 なんだかひどく嬉しそうにぐるりと中をゆっくりと見回し、なにやら考え事をしている。コンロを眺め、シンクを眺める。こっそりシンク下の引き出しを開け閉めしたりして喜ぶ。
 どの部屋よりも丁寧に台所を磨きあげる姿は、いつまで見てても少しも飽きない。
 目をキラキラと輝かせ、ほんの小さな傷も付けないようにと慎重に。
 まるで、ずっと欲しかった何かを与えられた子供みたいな表情で。
 現場のバカ連中が冷やかす声を無視している時の、あの冷てぇ無表情からは想像も出来ないような、良い表情で。
 …多分、俺より一つか二つ…年下なんだろう…その、年相応の顔は…俺にはきっと…絶対に出来ない。

 ……自分でも持て余しているこの奇妙な感情を…どうすれば良いのか……分からない……。

 穏やかな掃除屋の顔を見ると安心出来る自分がいる。
 同時に、あの日の掃除屋の顔がもう一度見たい自分が…いる…。
 屈強な男に組み敷かれ、力ではどうにも出来ず、されるがままに犯されていた掃除屋の姿が忘れられない。
 苦痛から次第に快感に喘ぎ始める戸惑った表情が忘れられない。
 快感に翻弄され、全身を痙攣させて達した時の顔が忘れられない。
 もう一度見たい。
 間近で見たい。
 穏やかに笑う顔も。
 快感に喘ぐ姿も。
 
 いい加減、自分を持て余している。
 頭がおかしくなったんじゃねェかと思う。
 だってアイツは男だ。
 これじゃまるで……アイツが好きみてぇじゃねェか…。
 冗談じゃない。男と恋愛語るなんて…気持ち悪いにも程がある。
 確かに好奇心と切羽詰まった性欲のままに、男に手を出したことも出されたこともかなりあったが、感情的なことは一切無しだ。
 ケツの締まりが気になっても、相手の表情なんていうのは一瞬たりとも気にならない。
 よがる男の顔なんて尚更だ。
 男同士のセックスの方が、オナホールより手軽で締まりが良いってぐらいだ。
 時間と身体に余裕があるんだったら、どっかで女買ってヤッた方が良いに決まってる。
 掃除屋は…確かに綺麗な男だが、オカマくせェところは少しも無い。
 女に重なる部分が少しもねェのに、何でアイツがヤられてる顔が見てェのか、全く分からない。
 ……違う。
 女に見えない、女の代わりにもならないアイツを抱きたいと思うのか全く分からない…だ。
 おかしいんじゃねェか。
 何度も何度も自分の中で考える。
 だが、辿り着く先はいつでも同じだ。
 信じられねェことだが…俺はどうやら、アイツを抱きたい。
 左官屋のヤツ等とは比べ物にならないぐらい感じさせてやりたい。
 直ぐ側でアイツが感じてる顔が見たい。
 喘ぐアイツの声が聞きたい。
 「………はは…っ………」
 ……………まるでホモだよ。
 全く…どうかしてるよ……。
 第一、合意でアイツが俺の誘いに応じるか?
 んな訳ねーって。
 (……だったら…いっそ…強引に…)
 それも良いかもな。
 それで最悪に嫌われて終わり。
 掃除屋のやたらと強いケリでも喰らって、あるいは目も覚めるかもしれない。
 ぐだぐだ考え込んでいる、今の状から比べたら、何をしたってよっぽどマシなはずだ。
 左官屋とやってることは同じだろうと思うと、妙に罪悪感に襲われるのがムカついた。



 「 ------で、その紫ヘルメットのおっさんがさー…って、全然聞いてねーじゃねーかっ。おい、ゾロっ!……ゾロっっ………おーいっっ」
 「………ん?」
 ルフィの声に我に帰る。
 ああ…なんだ……足場バラシの最中だったな…。
 無意識に部屋内に目をやる。
 窓越しには、いつの間に来たのか、掃除屋がリビングルームの床の汚れを黙々と落としていた。
 途端、掃除屋に意識を取られて凝視している俺にルフィが、呆れたように声を掛けた。
 「お前、俺の話全然聞いていねーだろう?」
 「…ああ。全然聞いてない」
 ガツッ!!と、ヘルメットを殴られたが、俺はそのまま無視して掃除屋を見詰める。
 顔を上げずに一心不乱に床の汚れを削ぎ落とす。
 「……なぁ……ゾロ……お前、アイツ好きなのか?」
 「……さぁな……」
 なぜか聞いているのがルフィだと思うと、『違う』とは即答出来なかった。
 「サンジには言ったのか?」
 「……言う訳ねェだろう。アホ」
 「でもよ、もう一緒にこの現場で仕事すんのも、あと少しだぜ?」
 「…ああ…分かってるよ」
 そんなこと、言われるまでもねェ。









 「……ふー…っ……」
 久し振りにどこにも寄らずに自宅に帰る。
 板橋本町駅から歩いて十分の所にある、今にも崩れそうなアパートの一室。
 やたらと重たいブーツを、靴三足も置けねェような狭い玄関に脱ぎ落とす。
 一畳半、あるか無しかの細長い台所の冷蔵庫からビールを取り出しそのまま歯で栓を抜く。
 一気にラッパ飲みした後、そのまま部屋で寝そべった。
 風呂もテレビもラジオも寝床も無い部屋。
 ある意味生活感は全く無い。
 家なんて寝に帰るぐらいだからな。別に何も無くても屋根と壁がありゃ十分だろう。一人だっていうのに嫌でも気付かされるから、もともと家に愛着はない。
 大きく伸びをしてながら、脱ぎ散らかした服を部屋の隅に放る。
 ま、忙しいし、早く寝るのもたまには良いかもな…。
 目を瞑り、俺はそのまま眠りについた。







 『……ゾロ…』
 キツイ目で俺を睨み付けると、なぜか黒いスーツ姿の掃除屋がタバコに火をつけながら甲板の定位置に寝そべる俺の隣に座った。
 『もうじき次の島に付く。お前、何か用事あるか?』
 『…ああ……柄巻のところが解れてきたから巻き直すぐらいだ…何?買い出しか?』
 『ああチョッパーもウソップも用事があるからって断られた』
 『ルフィは?』
 『アイツはロビンちゃんと出掛けてった。たまには二人っきりにしてやろうと思ってさ。声、掛けなかった。何だよ、俺と買い出しはそんなに嫌か?』
 フーっと紫煙を吐き出しながら掃除屋が拗ねたように文句を言った。
 『…まさか』
 仕方が無いから本音を言ってやる。
 『たまには二人っきりって言うのも悪く無いな』
 ピクリと身体の動きを止めて、それから、掃除屋が笑った。
 『外で泊まるか?奢ってやるぜ?』
 『隣のヤツに声、聞かれんなよ』
 『はぁ?』
 俺は身体を起こして掃除屋の顔を直ぐ側から覗き込む。
 『テメェの声はデカイからな』
 途端に耳まで赤くする、掃除屋……コックの表情に、思わず顔がニヤけた。
 『丁度良かった。船の中だと思い切りヤれなくて、最近消化不良気味だったからな』
 だから覚悟しろよ、と、続けると、コックが飛び上がるように立ち上がる。
 『テメ…っ……恥ずかしーこと言うんじゃねーよっっ』
 と、小声で怒鳴り、逃げ出すように男部屋へと歩き出した。
 『接岸までに用意しとけよっっ!!と、とにかく先ずは買い出しからだからなっっ!!』
 甲板の堅い木の上を力強く歩くコックの革靴の足音が心地よく辺りに響く。
 メリー号は進む。傷だらけのの身体で。
 俺達を守る守護神のように。
 誰もが残された時間の短さを噛み締めながら、小さな船に命を託す。
 ルフィ、ウソップ、ナミ、チョッパー、ロビン。
 そして、金髪のコック。
 仲間が増えていくのが嬉しかった。
 自分の道以外に、命を預けられるものがあることに気が付いた。
 今でも死ぬのは怖くはない。
 だが…この旅で、本当の意味で『生き延びる』という覚悟が出来た。
 守るものが出来た。
 守られるものが出来た。
 いつしか俺は、孤独を忘れた。
 俺は、コックに背中を預け、夢を追い、仲間を守る。


 『サンジくーんっっ!!ロープ用意してーっっ!!接岸するわよーっっ!!』
 『はーいっっ。。ナミすわーん。。』
 人形に変身したチョッパーが錨を降ろす準備を始める。
 ウソップがマストを畳む準備を始め、ロビンが舳先で船体を見張る。
 『島ーっっ!!』
 操舵室からルフィの興奮した声が聞こえた。
 『ゾロッ!!あんたも早く手伝ってっ!!』
 見上げると、ミカン畑の向こうに、どこまでも続く青空が見える。
 ロープを担いだコックが俺を見て、ニニッと笑う。
 ああ……空が綺麗だ。
 晴海の現場の最上階からあの日見た、青空と同じ色をした空だった。





 「……………夢か……」
 真っ暗な部屋の中で目を開く。
 生活感の無い狭い部屋の中にたった一人で寝転がっている自分がいる。
 カバンから携帯電話を引きずり出して時間を見ると、夜中の一時半だった。
 「……………」
 もう一度夢の続きを見ようと目を瞑る。
 「……………チッ……」
 寝ようとすればする程目が冴えてしまった。
 しかし…変な夢だったな……。
 ルフィじゃあるまいし。海賊の夢だなんてな。
 羊の船首っていうのも、センス無し無しだろう。
 チームワークの欠片もねェメンバーだったし。
 「……あれじゃソッコー沈没するって」
 ……ま…でも、面白いかもしれねぇな。
 電気を灯けようと思ったが、なんだか畳から頭を上げたら夢を忘れてしまいそうな気がして、身体を動かせなかった。
 天井を眺めながら夢を思い出す。
 良い夢だったな…と、ぼんやり思った。
 そしたらそのうち、ハラがグーグー言い始めた。
 そういや夕飯食い忘れてたな。
 「……あー…メシぐらい食ってこりゃ良かったな…」
 小さな声でぼそりと呟く。
 明日の朝まで持つか?…いや、持たねェな……。つっても吉野屋駅前だしな……コンビニの弁当か…まーしょうがねぇな……。
 つらつら考えるものの、頭を上げる気にならない。
 夢の余韻にもう暫く浸っていたかった。
 (……そういや…掃除屋も出てたな……)
 まるで付合ってるみてェだったな。
 あのまま寝てたら、島のどっかのホテルで掃除屋と、ヤるところまで見れたかもな。
 何だよ。自分の夢でもお預けか?
 (船の上でスーツってェのも随分乱暴な話だが…アイツに似合ってたな)
 華奢な線が力強く見えていた。
 真っ赤になった顔を何度も何度も思い出そうとする。
 それでも夢だったせいか、いい加減な輪郭しか浮かんでこない。
 仕方が無いからレイプされていた時の、喘いでいた顔を思い返す。
 途端に思考が脱線を始めた。
 ベッドの上に黒いスーツを着たままの状態で掃除屋を押し倒す。気の強さが、反射的に掃除屋の表情を反抗的なものにさせる。だがそれもほんの一瞬で、サカる俺の顔を見て、泳がすように視線を逸らす。
 上着を脱がせると、掃除屋が目元をうっすら赤くして、それでも照れ隠しのキツイ視線で俺を見上げながら自分からネクタイを緩めるに違い無い。
 俺は寝そべったままズボンのチャックを下まで下ろす。
 頭の中の俺も、掃除屋の前で服を脱ぎ捨てる。
 目を開けていると天井が見える。
 俺は目を閉じ、想像の中に意識を集中させた。
 トランクスの中に手を突っ込み、自分のチンコの根元を握る。何度か握りしめるように揉みほぐした後、ゆっくりと上下に扱き始めた。オナニー始めはそんなに快感も感じない。それでも気にせず手を動かし続ける。
 掃除屋…男相手にヤったこと、左官屋以外にもあるんだろうな。じゃなきゃ、ケツの穴にあんなデカいの入れられて喜べるはずねェしな…。
 断片的に裸で抱き合う掃除屋を想像する。
 徐々に掃除屋は反応を始め、押し殺していた喘ぎもデカクなっていくんだが、なぜか声は聞こえなかった。
 徐々に勃起してくるチンコの太さを指で測る。
 俺のチンコ…入れてェ……。
 完勃のチンコ、全部入れたら掃除屋のケツ…裂けんだろうな……。
 根元まで銜え込んだ掃除屋が苦痛に身体を仰け反らせるが、俺が腰を使い始めて暫くすると、ゆるゆると、自分から細い腰を揺らし始める……。
 想像の中の掃除屋が感じ始めると、俺のチンコは痛いくらいに堅くなった。
 素早くズボンとトランクスを脱ぎ捨て、足を開いて両手で握る。掌で亀頭を汁で濡らしながら撫で回すように少し強めに擦ると、ビリビリとした快感が、太股を伝って頭に響いた。
 「うっ……ううっ……ん……」
 堪らず上下の扱きも早くなる。
 掃除屋は俺に突き上げられる快感に翻弄され、訳の分からないことを口走り始める。
 俺にしがみつき、感じる場所をうわ言のように繰り返しながら、もっととせがむ。
 エロビデオとレイプされてた掃除屋と、俺が抱いている女達と…あらゆるセックスに掃除屋を重ねる。
 「うっ…はっ……ううっっ……っ」
 鼻息が荒くなり、先走りの汁が大量に染み出し、手元がヌルヌルになってくる。
 自分でもいつものオナニーの何倍も興奮しているのが分かった。
 掃除屋のことを考えるだけでこんなに興奮する。
 本当に…どうかしている。
 だが…止まらない。
 「………ン…ジ…ッ……」
 そのうち何も考えられなくなる。
 襲い掛かって来るように快感の波が押し寄せる。
 激しく喘ぎながら、堅く目を瞑り、少しでも快感を長引かせる。
 それでも、掃除屋の姿を思い浮かべる度に、我慢出来ねェような、大きな快感の波に飲み込まれた。
 「ううっ!!うっっ……ぅぁぁぁぁっっっ!!!」
 身体が一際大きく跳ねると、吹き出すようにザーメンが飛び出した。
 扱く度、とてつもない量のザーメンがチンコの先から打ち出された。
 「……っ…はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 荒い呼吸を整えながら、静かにそっと目を開ける。
 「…………………」
 真っ暗な天井が見える……。
 「………っ…」
 久し振りに孤独感に飲み込まれた。
 反射的に身体を起こし、蹲るように身体を丸めた。
 しまった、と、思って夢を思い返そうとしたが、やっぱり、思い出せなかった。
 頭の中で、同時に嫌な感覚が浮かんでは、中途半端に姿を消した。
 くいなの死に顔。
 くいなの冷たい肌の感触。
 掃除屋の…くいなに良く似た冷たい肌の感触。
 自分が独りだという事実。
 掃除屋の上気した顔。
 カネで買った女の絶頂の声。
 顔。
 くいなの死体を目の前に、涙を流して叫んだ孤独感。
 少年院でのリンチ。
 『お前なんていらない』
 殴った相手の骨が砕ける感触。
 注射の痛み。
 孤独。
 さみしさ。
 暗い夜。

 ものすごい勢いで立ち上がり、部屋の電気を灯ける。
 台所の電気も灯ける。
 トイレの電気も、玄関の電気も灯けた。
 冷蔵庫を開け、ビール瓶を乱暴に取り出す。
 歯で栓を勢い良く噛み外すと、一気に飲み干した。
 口に入り切らなかったビールが口の端から溢れて耳まで伝う。それでも、ビールを同じ勢いで流し込む。
 「はあっはぁっはあっ…」
 もう一本。
 もう一本。
 もう一本。
 クラブで盗んできたブランデーの瓶にも手を掛ける。
 これも一気に飲み干した。
 かなりアルコールの強い酒だったが、酔いは少しも回っては来なかった。
 「……………」
 部屋に戻って脱ぎ捨てたトランクスとズボンを手に取り
穿く。
 そのまま財布を掴み、俺は駅前のコンビニへと歩き始めた。
 今日眠れるだけの酒が欲しかった。


 コンビニへと続く夜道を歩きながら、自分が泣くんじゃねェかと何度も思った。


 だが、思っただけで、涙は出なかった。



 続く。

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