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 「…USA…ホットスプリング…饅頭……?」
 ラウンジに行くと、完全に規格外としか思えないような巨大サイズの箱がテーブルの真ん中にドン!!と置かれていた。
 インパクトの強さに思わず近寄ってみると、なぜかホークアイをバックに満面の笑みでテンガロンハットを被った男女が星条旗柄のタンクトップを身に付け、胸を反らして並んで立っているパッケージに目が止まった。パッと見た目には深夜の海外通販番組のMCに良く似ている。二人して両手に饅頭を握り締めて何やら叫んでいる写真の傍らには、『OH!!Yummy!!』だの『YES!!Happy』だのと吹き出しの中にショッキングピンクでデカデカと書かれている。
 「…すげェな……」
 まさかと思うがコレは温泉の観光名所には『お約束』と言う法則で必ずと言って良い程売られている温泉饅頭か?
 だが温泉饅頭と言ったら普通皮は茶色じゃないのか?  無着色とは決して感じさせない鮮やかな色の饅頭が視界に入る。
 饅頭はなぜか赤と青をしていた。
 悪戯に食欲を減退させるような色の濃さだ。
 毒々しい饅頭がギュウギュウに押し込まれている。
 これは…食べたら舌が真っ青になったり真っ赤になったりする類いではないだろうか……。
 見ればパッケージの側面に細かな字でびっしりと注意書きやら成分表やらが記載されている。
 原材料・小麦粉・小豆・ベーキングパウダー・トレハロース・キシリトール・スクラロース・ズルチン・サイクラミン酸・砂糖・塩・スペアミント・ハバネロ・チリソース・エリスロシン・ニューコクシン・インジコカルミン・ブリリアントブルーFCF・ファストグリーン・マルチビタミン・亜鉛・ヒアルロン酸・コエンザイムQ10・プロテイン・保存料…etc…etc……
 成人一日の食用量、二つ。十二歳以下、一つ。
 《注意》次の人は食さないで下さい。
     一、胃腸の弱い人。
     二、下痢しやすい人。
 《次の人は食用前に医師または食品衛生師に相談下さい》
     一、医師の治療を受けている人。
     二、妊婦または妊娠していると思われる人。
     三、アレルギー体質の人。
     四、その他、何気に食品添加物が気になる人。
 《その他》
     一、賞味期限 製造日より二年以内。
     二、小児の手の届かない所に保管下さい。
     三、温め過ぎに注意。
     四、ペットには出来るだけ食べさせないで下さい。なおどうしても食べさせたい時はかかりつけの獣医師にご相       談下さい。
     五、凍らせたまま食用すると歯が折れることがあります。
     六、炎天下、車内等高温の場所で保管すると爆発することがあるかもしれません。
     七、白い物と一緒に洗濯すると色移りする可能性があります。
     八、胸パッドとして使用するにはかなりの無理があります。
     九、あくまでも自己責任で食用下さい。
     十、他、当社で気になる点を別紙にて纏めましたので、同封の説明書をかなり良くお読み下さい。

 「…すげェな…」
 箱の横に置かれた分厚い説明書をパラパラと捲るとアメリカらしい細かな注意がびっしりと書き込まれている。
 「全部読む頃には食う気も失せるな」
 四十八個入りの饅頭は殆ど手が付けられていなかった。
 買って来てくれたヤツ(おそらくアイツだ)には悪いが手を付けずにしておいた方が賢明だ。
 「久し振りだね」
 声を掛けられた方に顔を向けると法医学研究者のペローナが立っていた。
 「ああそうだな」
 「籠って研究も良いけど、たまにはちゃんと息抜きしろよ」
 この女、見た目によらず口は悪いが意外に気の回る世話好きだ。
 俺を見上げてシニカルに笑っている口元が青い。
 「……この饅頭…マルコの土産か?」
 「良く分かったな」
 「アメリカの学会に参加するって聞いたんでな」
 「へぇ…」
 丸い目が余計丸くなる。
 「誰から聞いた?」
 「エースから」
 「……へぇ…いつ?」
 「先週の…水曜日だ」
 「…ふーん……なるほどねェ」
 「何だよ」
 「……別に…その饅頭食えば?」
 「…いや…止めておく」
 「折角の土産だぜ?」
 ペロッと出した唇も青い。
 「お前は青の饅頭食ったか?」
 「良く分かったな」
 「まぁな」
 色、カワイくって良いよなっ、と本気で言ってる。
 「何味だった?」
 「分かんない。んー…まぁでも舌がスースーしたから多分ミント餡辺りじゃないかな」
 (!!!)
 「皆食べないならちょっと貰って行こうかな」
 「良いんじゃねェか…喜ばれるぞ」
 「何で?」
 「いや…何となくな」
 ゾロのクセにいい加減なこと言ってんなよ、と言いながらも「え?じゃあクマシーの分とで二個ずつ貰っちゃおうかな」嬉しそうだ。
 「箱ごと全部持っていけよ」
 「えっ良いのか?」
 「誰も手ェ付けないんだろう?」
 「ああ。食ったヤツって言ったら俺とフランキーと…あー…それくらいだな」
 「だろうな」
 「どう言う意味だよ」
 「意味は無い。言った通りだ」
 「ゾロ…お前なぁ…」
 フウ…と溜め息を吐いて腕組みをしたペローナが俺を睨む。
 「もう少し喋り方考えた方が良いぞ」
 そんなんだから友達が少ないんだぞ。
 ホントは良いヤツだって知ってるんだからなっ。
 勿体無いぞっ。
 「お前もな」
 「っ!…」
 「見た目も性格も良いんだ。お前こそもう少し喋り方考えとけ」
 「〜〜〜〜っっ」
 「ほら」
 怒ってるのか照れているのか耳まで真っ赤になってい絶句しているペローナに箱ごと全部渡してやった。
 「注意書きよく読んでから食えよ」
 返事は聞かずに踵を返し、コーヒーサーバーのある机の方へと歩いて行った。
 「…マ…マルコがっ」
 背中の方からペローナが俺に声を掛ける。
 「エース担いで自分の研究に連れて行ったぞ。『今度の浮気はお仕置きが必要だぞい』って。怒ってないけど怒ってたぞっ」
 足を止めて耳だけ傾ける。「あんな顔したマルコを見たのは初めてだ」
 「そうか?」
 「…誤魔化してんじゃねーぞ」
 ペローナの声が低く小さくなった。
 「エースが浮気したの水曜の夜だって話だぞ」

 知ってるんだぞ。

 一層押し殺した声が耳に届いた。
 …そう言えば三人で暮らしていた時、何度も目撃されてたな。
 ペローナは俺の性癖を知る数少ない『友人』の一人だ。

 「助けてやれよ。お前のせいなんだろ?」
 「…先に手ェ出したのは向こうの方だ」
 もうそれ以上は聞くのを止めた。
 「…ゾロっ!!」
 返事をする気は、微塵も無かった。

 

 

 

 《取込み中 立入り禁止》

 マルコの部屋の扉にプレートが掛けられている。
 この札が出されている時には余程緊急の用事でもない限り声も掛けない。
 これはこの研究所内の暗黙のルールだ。
 「………」
 ドアの前に立ち、耳を澄ますとドアの向こうの気配が微かに聞こえてくる。
 『……っ…ああっ!…』
 (相手がマルコだと随分切羽詰まった声を出すんだな)
 「………」
 『コンコン』
 どうせ返事は返せない状況だろうが、一応礼儀として扉を軽くノックする。
 五秒待ってドアノブを回す。
 普段なら『取込み中』の時には必ずしっかりと施錠されている筈の鍵が掛けられてはいなかった。
 (珍しいな)
 マルコの部屋でセックスをする時は閲覧禁止だったんじゃねェのか?
 思いながらも扉を開け、マルコの部屋の中に足を踏み込んだ。

 俺の部屋にも置いてある三人掛けのソファーの上でマルコとエースがセックスをしていた。
 「ああっ!ああっ!ああ…っ!」
 背もたれにしがみつくような姿勢で座面の上に膝をつき、高くケツを背中から両手でしっかりと腰を掴んだマルコの方に突き出したエースが引っ切りなしに喘ぎの声を漏らしている。
 俺の時とは全く違う余裕の無さだ。
 ガクガクと震える腰を完全にホールドしているマルコは敢えてエースに辛い姿勢を取らせているのか不安定な姿勢のまま起立した姿勢で自分のペニスをエースのケツの中に挿入して出し入れを繰り返している。
 腰のグラインドは大きく引いた時にはマルコの赤黒く勃起した太いペニスの筋張った軸の部分の大半がエースのケツから露出し、突き込んだ時には『パンッ!パンッ!』と汗で湿った肌同士がぶつかりあう音が部屋の中に大きく響いた。
 その度に「アアッ!」エースが頭を仰け反らせ全身の筋肉を強張らせながら大きく喘ぎの悲鳴を上げた。
 隆起した筋肉と引き締まった肌が上気している様を見るだけでもどれだけエースが翻弄されているかが分かる。
 苦しそうに、ほぼ切れ間の無い喘ぎ声の合間に必死の様子で息を吸っている。
 俺とのセックスの時には最後の最後まで見せなかった状態だ。
 「…取込み中の札…目に入らなかったのかよい…っ」
 「鍵が掛かってねェから俺には入って貰いたいんだと解釈してな」
 「まさか最中に来るとはねぇ」
 「悪かったか?」
 「まぁ…良くはないね」
 「そいつは悪かったな」
 「相変わらず…っ…生意気な奴だよい」
 話している最中も腰の動きは激しいままだ。
 「良く言われる」
 「はは…っ」
 マルコが笑った。「だったら直せ」
 ヒクッ…っとエースが全身の動きを硬直させた。
 「ぅぁぁぁぁぁぁ……っっ!!!」
 絶頂に達しているにも関わらずマルコはペースを変えない。
 「……っっっ…!!!!」
 するとエースが身体を小刻みに震わせたまま声すら出せなくなってしまった。
 一瞬で終わる筈のオーガズムが終わっていない…?
 「エース…」
 マルコが俺の知らない口調でエースの名前を呼ぶ。
 「ぅぁ…ぁ」
 呼ばれただけでエースが身を捩らせて悦んだ。
 「…お前は…誰のモンだい?」
 「……ぁぁぁ…ぁ…ぁ…」
 「…感じて…モノも言えないかい?」
 「ぁ…ぅぅ…」
 「……甘えてるんじゃねぇぞ…ぃ」
 「ふぁ…っ……あ…ぅ…ぅマ…っ…マ…っ…」
 必死で名前を呼ぼうとしているエースの姿に目が釘付けになった。

 「…あっ…あっ……あっ…」
 初めて見る男の長いオーガズムからようやく解放されたエースは、そのままマルコに許されることも無くインサートされたまま緩やかに身体を揺さぶられている。
 セックスを続けたまま呼吸を整えてしまったマルコがようやく俺に顔を向けた。
 「こいつは惚れっぽくて困る」
 「…みたいだな」
 「他の男とセックスするのは俺のせいだと良く責めるんだよい」
 「そうなのか」
 「まだまだ子供で困る」
 マルコが目を細めて微笑う。
 「…それでも…放って置かなきゃならねぇ時間を短くするのは難しい」
 「だろうな」
 「…俺…」
 今までなされるがままだったエースが口を開いた。
 「んん?何だい?」
 「…ぁ…っ…寂しいの…ダメなんだ…」
 「ああ…知ってるよい。だから…」マルコは続けた「あんまり良過ぎる男は近付けたくはないんだよい」
 お前みてぇな男相手だと、下手すればコイツが本気になっちまうから困るんだ。
 本気の困った口調で俺に言う。
 「だからしっかり『お仕置き』なんだよい」
 分かるか?
 聞かれて『分かった』と頷いた。
 ただ、マルコが思っている以上にエースは一途だと思う。
 俺とのセックスの時にも最終的には俺とマルコを間違えていたしな。
 ま、教えてやる気は全く無いが。

 「…悪かったな」
 今度は自然に頭が下がった。
 「…悪かった」
 

 続く

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