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「あ、今日はおまけ付き?」
二十種類以上のサンドイッチがぎっしりと並べられたセミハイショーケースのガラスの上にちょこんと乗せてある
通称『おまけカゴ』を見付けたグランドライン大学生の女の子が嬉しそうな声を上げた。
「うん。でもカステラなんだけどね」
「あれ〜。また何かあったんだぁ」
「まぁね。食べてもらっても良い?」
「もちろんっ」
「優しいなぁv」
店のロゴマークを印刷した紙袋に、注文されたディープ・シー・フィッシュサンドとフルーツサンドを入れた後、カゴの中から一口サイズのサイコロ状に切り分けたカステラが三つずつ入っている小さな紙袋を一つ摘まみ上げる。「一つで良い?」「…二つ貰っても良い?」
エヘへ…と見上げる女の子にニニッと笑って頭を下げる。
「かしこまりました」
ちょっとだけオーバアクションでおまけのカステラを追加する。
はい、っと紙袋を差し出すと、わぁい♪って感じにショーケースの上に両手を伸ばしながら右手に握っていた五百円玉を俺の右の掌に乗せ、左手でサンドイッチとカステラが入った紙袋を受け取った。
「はいありがとうございます。えっと…はい。おつりの二百円」
「ありがとー」
「こちらこそありがとうございます。ネイル変えたんだね?可愛いよ」
女の子が俺を見上げて嬉しそうな笑顔を見せた。
「…分かる?」
「勿論」
「……えへへ…やだぁっ…」
頬をピンクに染めながら肩から掛けた大きなバッグに紙袋を女の子らしい仕草で仕舞うと
「今日は良いこと、あると良いね」
でもね、あたしオ・ファーメのカステラ大好き♪なんてカワイイ言葉を付け足してくれた。
「ありがとうっvV」
早速『良いコト』あったよ〜。満面の笑顔でこっちも返した。女の子ってホント可愛くて優しくて大好きっ。
正門の方へと歩いてく後ろ姿に幸せな気分で手を振る。
「…なぁ…いい加減コッチの注文も受けてくれよぉ」
「うるせぇガキ共。もうちょっと浸らせろ」
俺の視界からギリギリ外れた所で順番を待ってた野郎三人(多分コイツ等もグランドライン大学の学生)がブーブーと文句の声を上げているが、ここは大人の男の対応だ。しっかりさらっと野郎は無視する。
俺は女の子のカワイイ後ろ姿がきっちりと大学の正門の向こうへと消えて見えなくなるまで心を込めてお見送りをしないとならないからな。
ショーケースの上に頬杖を付いたままヒラヒラと指先を振って幸せの余韻を存分に長引かせつつ、女の子の歩調に合わせてヒラヒラと動いている膝上十センチのスカートの動きに演出されている健康的な膝裏から太腿にかけての眩し過ぎるナマ足に熱い視線を送り続けた。
「なんだよなんだよっ毎朝毎朝女子にばっかイイ顔しやがってっ」
「俺達だって客だぞーっ」
「無視すんなよぉっ」
「ハムカツサンドーっ!」
「メンチカツーっっ」
「エロ店長っ!!」
「女ーっ!!もっと早く歩けーっ!!」
「あ、おまけカゴあるぜ」
「ホントだ」
「貰うぞ店長」
「いーよいーよどうせ聞いてねーって」
『ガサガサッ』
「おっ、今日はカステラだ。…ウマっ」 「俺も俺もっ」
「…はぁ〜…女の子って良いなぁ……いくら見てても飽きないぜ……よし待たせたな。んで?お前等は何にするんだ…ってコラァッ!!」
頬袋を膨らませているリスよろしく両頬を限界まで膨らませてモグモグと口を動かしている野郎共が一斉にキョロっと目だけ動かして俺の顔を見た。
直ぐ側にはくしゃくしゃに丸められた紙袋と空っぽのおまけカゴ。
「テメェ等良い度胸だ。今直ぐオロしてやるから覚悟しやがれっ」
「ムグムグ…んっ…ずるいぞ店長っ!!女子ばっか贔屓しやがってっ!」
「たりめーだっ!レディは全てに優先されんだよっ!」
「差別だ差別っ!!」
「客は全員平等に扱えーっ!!」
「うるせぇっ!!」
必死の野郎共も…まぁ…可愛いモンだ。
しっかりと頭を叩いてやったが全員に今月の新商品の焼き肉サンドをおまけしてやった。
『Ho fame』
読み方は『オ・ファーメ』。
イタリア語で『お腹が空いた』って意味。
店のロゴはしょっちゅう洋梨に間違えられてるんだけど実は『腹』
良ーく見ると…ほら、ちゃんとココにヘソがかいてあるだろう?
ぷっくりと膨れた腹が俺の店のロゴマーク。
腹が空いてるんだったら、ウチの店でこのロゴマークの腹みたいになるまで腹一杯食って行ってくれ…って想いもこっそり込めてる。
マリンブルーとホワイトのツートンカラーのオーニングと特注で作ってもらった洋菓子券サンドイッチ用のセミハイショーケースが目印の店。
グランドライン大学の正門から徒歩一分圏内。
最高に旨い大学芋を売っている『芋大学』の、隣りの隣りの、隣りにある店。
立地的にはかなり良い。
売っているのはサンドイッチのみ。
そのうちサンドイッチに合うようなドルチェとか作りたいところだけど、なにせ従業員は俺一人。欲望のままに手を広げる訳にはまだまだどうにもいかないんで、ここはググッ…と堪え、バイトの一人でも雇えるようになるまでだと自分に言い聞かせている毎日だ。(たまに耐えきれなくなって半ば発作的に三時以降突然に洋菓子屋になったり総菜屋になったりすることもあるが)
大繁盛…とは言えない。でも、細々ながらも一先ずは順調…かな。売れ残りが出ないのは毎日ホント助かってる。
未将来性を考えつつも売り子として動き回れるのは三人が限界の売り場。畳換算しても三畳あるかないかって感じ。
コレだけは譲れないと希望のサイズでショーケースを発注した結果、扉のサイズも特注。(有り得ない程細い) 売り場部分の大半はこのショーケースに占拠されてしまった。おかげで収納関係はギリギリまで業者と一緒に苦しんだ。
最終的には壁の間仕切りそのものを収納スペースとしてデザインしてもらうことで落ち着いた。
背後の壁面には建て付けで天井近くまで棚を作ってもらった。棚と同じ奥行きで、小さなシンク台もある。おかげで壁面はフルフラット。圧迫感が視覚的のみ相当軽減されている。
ごちゃっとならないように棚には全部に扉付き。出っ張りとかあると邪魔なんで、扉は全部押すだけで開閉出来るマグネットタイプ。
色は壁と同じ白。
んで…真ん中にあるこの一際大きな観音開きの扉。
この部分は棚に見せかけて棚じゃないんだよねぇっ。
…ババーン!なんと奥の厨房との対面カウンターっ!
奥の厨房で作ったサンドイッチを効率良く狭い店舗側に持って来れるための最大にして最高の秘策っ。
このカウンター台にはこだわりがあってね…ほら、コレ見て。ね?ステンレス製の作業台になってるんだ。
保健所の検査に合格するために相当苦労させられたけど何とか厨房の作業台と連結させることに成功したんだ。
も…ホントここには頭と神経を使ったよ。
でもおかげですごく良い動線を描ける店になった。 へへっ…コレ良いでしょ?
観音開きの扉には左右に埋め込み式になるようにしてコルクボードが付けてある。
ここはメニュー表を表示する場所。
実はこのボードも脱着式で、ブラックボードにしたりホワイトボードにしたりイメージチェンジが簡単に出来る仕様。
狭いながらも広く見せる工夫があちこちにちりばめられてる自慢の店舗部分なんだ。
一方厨房部分は限界までに広くスペースを取ってもらうように設計をお願いして作ってもらった。
店舗に入って直ぐ正面の壁面左端の、ほぼ唯一と言っても良い既成サイズの扉の向こうにあるのが店の中核部の厨房。
西ドイツ製の俺の身長より高い巨大オーブン。
中古でものすごく古い代物なんだけど、初めて逢った瞬間、一発でホレた。
手に入れるまでの話は……ものすごく長くなりそうなんでここでは割愛。前の持ち主の老夫婦から送料のみで譲ってもらえた。
これが…もう…凄い…っ。
も…っ……超…っっっ……旨いパンが焼き上がるんだ。
よっぽど大事にされていたせいか、未だ俺を新しい主人なんだと認めてくれなくて、毎日のようにダダを捏ねたりワガママ言ったりブーブーと文句ばっかり言ってくる厄介モノだが、いざという時には無茶苦茶頼りになるヤツだ。
捏ね上がった食パン三十本分の生地を一気に焼き上げられる所も気に入っている。
八帖程度の広さしかない極小の厨房にはどうよ?ってぐらいデカいオーブンだが他でなんとかカバーしつつ(冷蔵庫だけ最終的には相当デカくなってしまった)若干コックピットのような風合いにはなったものの、自分的にはかなり満足した出来だ。
トイレと洗面所と事務所兼休憩室兼自室は二階。
この場所は一階部分のリフォーム代でかなりの予算オーバーになってしまった結果、道路側からは見えないのを良いことに借りた当時のまま。
何気に恐怖すら感じる老朽化の進んだ二階部分だが、住めば都な上に、仕事場まで徒歩二十歩圏内だぞと自分に言い聞かせつつの俺の自宅。
人間、根性さえあればどこでも住める。
……モンだと思う。
今は毎月の売り上げから考えれば無理しなくてもアパートとか借りちゃえば良いんだけど…色々立てている将来設計と根っからの貧乏性が邪魔をしてオ・ファーメの二階から出る切っ掛けが掴めない。
そのうち…例えばバイトの子を雇うようになったりとか…彼女が出来たりとかしたら絶対…多分……いやもしかして……引っ越し……出来るかもしれない。
いや…だってさ、俺の将来の夢ってさ、出来るだけ早く叶えたいんだもん。やっぱ今は貯めときたいって。
密かに毎週サッカークジとか買って六億円当たるのを夢見ちゃったりしてるけど、夢を夢で叶えるっていうのはあんまり現実的じゃないからね。
とにかく地道に頑張っている。
ジジイの所で働いてた時の給料全部つぎ込んでも足りなくて、結局マイナスからのスタートとなった俺の店『オ・ファーメ』。
でも、良いんだ。
奥の厨房と合わせても六坪あるかどうかってぐらいの狭小店舗だったりするが、夢実現の最初の一歩だと思って考えれば充分立派。
敢えて援助は断って、自力で作れた最大級。
電卓叩いて溜め息吐きたくなる日もあるけど、充実してるし毎日楽しい。
かつての仲間からは『何でサンドイッチ屋なんだ?』と不思議そうに何度も何度も聞かれたが、ジジイだけには面白そうだな…と結構本気で羨ましがられた。
『覚えたレシピ錆び付かせんなよ』
『たりめーだ』
『今までと同じ接客やってると続かねぇからな』
『分かってるよ』
『サンジ』
『…なんだよ』
『風邪ひくなよ』
『……っ…』
「…………」
俺さ…ジジイに立派になった俺を見せてやりたいんだ。
だから…。
あれからまだ一回もジジイの所には帰っていない。
ホームシック?
…………なるよ…ばか。
続く
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