「ワンペア」


 初めて告白されたのはまだ俺が中学生の時。
 すっこい真顔で『好きだ』と言われて当時の俺は本当に困ってしまった。
 『解った。・・・でもケイちゃん、俺、男だぞ』
 『関係ねぇよ』
 『いや、大ありだよ』
 『関係ねぇもん。俺はお前が好きなんだから』
 告白するまでに一年かかったせいか、その時のケイちゃんはとにかく自信たっぷりだった。あんまりにも自信たっぷりだったから、男同士の恋愛ってマズいだろうってどうしても言えなくなってしまった。
 言えなくなったら断る理由がなくなった。
 ケイちゃんは俺も大好きだったから。
 あの時のケイちゃんの好きとは全く違うジャンルでだったけど。
 『・・・そっかー。うーん・・・困ったなぁ・・・』
 『何で?』
 『そう言われると断る理由が見つからない・・・』
 『………そっか。分かった。ゴメンな』スタスタと廊下を歩いていく後ろ姿をずっと見ていた。
 迷惑とか、気持ち悪いとかそんなんじゃなくって、純粋に俺は困り果てていた。
 あの時は恋愛って男女でするもんだと思って疑いもしなかったから。
 男が男を好きになるなんて、ありえないよって思っていたから。
 確かに一番の親友で、一番好きな男だが、あの時の『好き』は明らかにケイちゃんの『好き』とは違っていたから。
 『うん、俺も好き』
 とは言えないだろう。好きのジャンルが違うんだから。
 8月11日。午後6時。夏休みの部活動の後、学校で。
 告白はその1回だけだった。
 告白してからのケイちゃんは、その前までのケイちゃんと全く変わらなくて、何度もあれは夢だったのかと思いそうになってしまった。
 意識したのはその日が切っ掛け。
 同じジャンルの好きではなくても、俺もケイちゃんが好きだった。
 考えて、考えて。行き着く最後はいつでも同じものだった。
 男の中で一番大好きなのはケイちゃんなのだ。
 そう思ったら、自分の中の『好き』のジャンルが変な変化を勝手に始めた。
 キスしたい好きじゃない。でも、一緒にいたい好きだと思う。
 甘えたい好きとも違う。でも、離れたくない好きだと思う。
 告白されて、ケイちゃんのことを前より真剣に考えるようになった。
 そしたら、やっぱり自分も好きで。
 結局答えは出なかった。
 だから半年後のバレンタインデーの朝、コンビニで板チョコ10枚買ってしまった。
 リボンをかけてくれとは流石に言えず、普通にビニール袋に入れられた。
 鞄に入れて学校に行って、ケイちゃんに「ようっ」っと、挨拶されたら、途端に胸がバクバクいった。
 一日ずーっとバクバクいってた。
 午後6時。部活が終わって。
 俺からあの日告白された廊下にケイちゃんを呼び出した。
 『どっちかって言ったら、俺も、好き。だから、やる』 
 顔が熱くなった。
 赤くなる前に急いで渡した。
 
 その時のケイちゃんは……見てるこっちが恥ずかしくなってしまうぐらにいに嬉しそうに笑ってくれた。
 
 バクバクいってた心臓が痛いくらいにギュ−っといって、それからなぜかドキドキした。

 それから色々…本当に色々あった。
 カミングアウトしてしまったから、大変な思いも一杯した。
 呼び出しまで食らって騒ぎも大きくなった。
 でも、ケイちゃんは一歩も怯まなかったし譲らなかった。
 ケイちゃんと同じ『好き』になったのは多分その時のケイちゃんを格好良いと思ったからだと思うんだ。
 だから、俺も自分の気持ちをハッキリ伝えた。
 『相手が男だからだとか、恋愛をするには早いとか、そんなの関係ありません。俺は恵太君が、好きです』
 

 俺達は隠したり嘘を付かなきゃいけない恋愛はしてない。
 だから嘘を付いたり隠したりしなかった。
 風当たりは厳しかったかもしれない。
 でも、ずっと自然に一緒にいられた。
 俺はあの日…ケイちゃんに告白された日から、ずっと好きになりつづけてる。
 格好良い奴って訳じゃない。
 でも、俺にとってはすごく格好良い奴だ。
 すっごい、好き。
 でも、勿体無いから言ってはやらない。
 隠してるって訳じゃない。
 これはあくまでも『出し惜しみ』
 その方が、たまに言った時メチャクチャ喜ぶから。
 喜ぶ顔見んのも、俺大好き。


 「ケイちゃん、ハラ減らない?」
 「うん。減った」
 「じゃ、何か食おーよ」
 「んじゃ、コンビニでも寄る?」
 「おうっ」
 国道4号。今は宇都宮の手前。
 昔は駅前を通過する旧道しかなかったから、混んで混んでしょうがなかったけど、今はバイパスが随分伸びて快適なコースになっている。
 一緒に暮らし始めて、生活費を切り詰めに切り詰めてようやく買った中古のRV車。
 今日は久し振りに猪苗代湖でも見に行く?なんて誘われて、ぶらりと旅行に出発した。
 計画も目的もない旅行。
 俺、そーいうの大好き。
 財布の中身がそんなになくても全然気にしない。
 いざとなったら車中泊。本当はちゃんとホテルに泊まりたいけど、朝に思い立って出発するのが毎度のことだからね。
 どっかに行くっていうよりも普段走らない道を走るっていうのが好き。
 こうやって、助手席でぼーっと外を見たり、音楽を聞いたり、くだらないこと話したり。車の振動を感じながら寝るのも好き。目が覚めて、それに気付いていないケイちゃんのたまにしか見せない真面目に運転する横顔をこっそり見るのも好き。
 良いよね。ドライブ。
 トラックが何台でも入るような大きな駐車場に車を止めた。
 「あー、ハラ減った。おにぎりじゃなくて弁当にしようかな?」
 食う気満々の顔でケイちゃんが俺を見た。
 「良いんじゃね−の?俺もそーしようかな」
 なんて話をしながら店の中に入っていった。

 「……………」
 入り口すぐのコーナーにホワイトデーのコーナーがあった。
 旅行で気分が盛り上がっていたせいだと思う。
 無性にケイちゃんにあげたくなった。
 別に今年のバレンタインデーにはチョコ貰ってないし、あげてもないんだけどさ。
 ケイちゃんを探す。
 弁当コーナーで微動だにしていない。あれは真剣に悩んでいるに違いない。
 よしっっ。
 俺は、ケイちゃんが弁当を選び終わるのを待ち、掴んでドリンクコーナーに歩いていくのを確認した瞬間、マグカップが一緒にセットになっている箱を1つ掴んでレジに直行した。一番近くの弁当を掴み、ドリンクも選ばず1本。即効会計。
 「2.086円になりまーす…」
 背中でマグカップ入りの箱をケイちゃんの死角に入れるようガードしながら金を払った。 「俺荷物置いてから便所寄るから−」
 「おーう」
 棚のどっかで返事が帰ってきた。
 走るように車に戻って自分の鞄に包みの箱を突っ込んだ。
 「……へへっ」
 もの1つ買うのにこんなにドキドキしたのって久し振りかもしんない。
 って、思ったら、思わず一人で笑ってしまった。
 ………なんか…楽しーっっ。
 何ごともなかったようにコンビニに戻ったつもりていたんだけど、
 「……サトちゃんご機嫌?」
 と、聞かれてしまった。
 考えてることが顔に出るのはケイちゃんの専売特許のはずなのに。マズイマズイ。
 「別にッ。じや、便所、寄ってくるから」
 「ん。先車戻ってるよ」
 「うん」
 行きたくなもない便所で無理矢理用を足してみた。
 
 車ン中で弁当を食べて、また出発。
 
 話をしながら鞄の中のモノのことを考えた。
 考えたらドキドキした。
 ドキドキしたら嬉しくなった。
 ……ははっ。これって、あの時の板チョコ10枚持ってた時と同じ感覚。
 あれから『好き』ってジャンルは随分変わったけどね。
 ケイちゃん、夜にはアレ、やるよ。
 驚けよ。
 それからすごく喜んで、あの時みたいな顔してくれよ。
 俺、あの時の顔すっごく嬉しかったんだから。



 郡山に入る。
 珍しくホテルゲット。
 しかも、なんとラブホテル。
 フロント通らない車庫から直接入るタイプ。ラッキー。

 渡すタイミングを探している内に捕まって、キスされて、裸にされた。
 文句を言いながらも腕を回してしまった。

 「サトちゃん、良いモノ、あげる」
 裸のままベッドから降りて、鞄の中をゴソゴソ探し、ラッピングされた箱を取り出した。 それを見た俺は-----大爆笑。
 「なんだよー」
 ムッとするケイちゃんの側まで這っていって、
 「ゴメン、ゴメン」
 と謝った。
 「ケイちゃん、それ、宇都宮の手前のコンビニで買っただろう?」
 「…見た?」
 いや、買ったところは見てないよ。でもさ。
 俺も同じ包みを自分の鞄から取り出してケイちゃんの手にのせた。
 「ほら。ホワイトデー」
 「……………」
 防音完備のラブホテル。301号室。夜中の1時。
 野郎二人で大爆笑。
 好きだよ。ケイちゃんっ。


 さて、我が家にはそんな経緯でペアのマグカップが食器棚に置かれている。
 夕食の後のコーヒーもお茶も全部最近はそのマグカップで飲んでいる。
 どこにでもあるコップだけど、目下の所一番大切な食器である。 
 

 

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サトちゃんサイド。

……似たもの夫婦だ。