「合鍵」

 「まこと、ほんとうにだいじょうぶなの?」
 おかあさんは、もう一度だけききました。
 「うんっ。ぼくはだいじょうぶだよっっ!!まんじゅうもいるし、夜はかずやくんも来てくれるからだいじょうぶ」
 「れいぞうこの中におかずが入っているから、あたためて食べてちょうだいね。ちるど室にさらだも作っておいたからのこさず食べるのよ。ごはんは3合たいてあるから。火はつかっても良いけど、かずやくんと二人の時だけにしてちょうだいね。かならず二人で火の元をかくにんするのよ。おふろもね。おでかけするときは必ずかぎをかけてちょうだいね。もしもかぎをどこかに忘れたりなくしたりしたときは---」
 「お庭側の雨戸のおくの合鍵を使うのよ」
 と、まことくんはおかあさんの口まねをしました。
 「あら……」
 「だいじょうぶだよ。もう僕だって四年生なんだから。おるすばんぐらいどうってことないよ」
 まかしてっっ!!って顔をして、まことんくは笑ってみせました。
 「だから、安心して旅行にいってきてだいじょうぶだよ!!」
 「ほー…まことも男の顔をするようになったなぁ。たのもしいぞー」
 おとうさんは、感心したように言いました。
 今日は、おとうさんとおかあさんの12回目のけっこんきねん日です。
 今まではまことくんが小さかったので、イベントらしいイベントが出来なかったふたりでしたが、ことしの6月に子供だけのりょこうを無事せいこうさせたというかがやかしいじっせきが出来たので、とうとう大人ふたりのりょこうに行こうということになったのです。
 まことくんのおとうさんとおかあさんの思い出の地、かるいざわの一泊二日のりょこうです。
 「かずやくんのお布団は出しておいたからね。寒かったら毛布のばしょはわかってるわね」
 「うん。一階のわしつのおしいれの中」
 「どれ使っても良いからね。……えーとそれから……言い忘れたことはないかしら…」
 「かあさん」
 と、おとうさんはおかあさんに声をかけました。
 「もう大丈夫だよ。まことはしっかりした子なんだから。な、まこと」
 「うん。そうだよ、おかあさん。いつまでもこどもあつかいしないでよね」
 「まあまあ……そうね、ごめんなさいね。おかあさんたらつい心配しちゃって。そうよね、まことはおとこだもんね」
 「そうだよ」
 まことくんは胸をはって言いました。
 「だから、おとうさんもおかあさんもあんしんして楽しんできてね」
 一年前のまとこくんからは比べ物にならないくらい、まことくんはたのもしくなりました。
 胸をはって、じしんたっぷりにえがおを見せるまことくんの姿に、しんぱい症のおかあさんも、とうとう安心したようです。
 「…じゃ、おかあさんたち、行ってくるわね」
 「いってらっしゃい!!おみやげね」
 リクエストは『とうげのかまめし』二人分です。
 もちろん、まことくんとかずやくんの分です。
 「あと、まんじゅうにもなにか買ってきてあげてね」
 「はいはい。じゃいってきます」
 「良い子にしてるんだぞまこと」
 「うんっ。おとうさんおかあさん、いってらっしゃーいっっ!!」
 まことくんは元気に手をふりました。おとうさんとおかあさんが一つめの曲り角でまがって姿が見えなくなるまでふり続けました。
 「………よーしっっ。お留守番…がんばるぞーっっ!!」
 はじめてのお留守番。
 お家の中で、おとうさんとおかあさんのいない夜を初めて過ごす、はいれべるのお留守番。
 ほんとうは、ちょっぴりさみしい気分です。
 だけど、とーっても心待ちにしていたお留守番です。
 「さーてと…まずは……おやつでも作ろうかなーっ♪」
 だって、今日はまことくんのお留守番のおつきあいで、かずやくんが来てくれるのですもの!!
 まことくんは、ふあんだな、とか、さみしいな、とか、ちょっとこわいな…なんてこと、全然感じるよゆうもありません。
 それよりかずやくんと今夜いっしょにすごせることの方が、ずーっとずーっと重大なにゅーすなのです。
 まことくんはかずやくんの大好きなぜりーを作ろうと思っています。
 (かずやんがくるまえに作って、おやつのじかんに出してあげよーっと)
 ほんとうはゼラチンを溶かして、なまジュースで作ってあげた方がおいしいのですが、きょうはポットのお湯でもできる、いちごあじのぜりーにすることにしました。
 やっぱり、おかあさんとのおやくそくは守らなければなりませんものね。
 まことくんは、うきうきとした気分で家のなかにはいりました。
 「にゃーっ」
 こねこのまんじゅうが玄関でおでむかえです。
 「まことくん、きょうはごきげんだニャー?」
 ぴしっ!と、全身に力を入れた、げんきな四つん這いの姿で、限界まで上をみあげて、まんじゅうは言いました。
 「まんじゅう、今日は、ぼくとかずやくんとまんじゅうの三人でお留守番んなんだよっ。かんばろーねっっ!!
 とってもうれしそうなまことくんの姿を見て、まんじゅうもすっごくうれしくなったみたいです。
 まんまるの目を、もっとまんまるにして、
 「うんっ、がんばるニャーっっ!!」
 と、お口を大きく開けておへんじをしました。
 ほんとうは、なにをどう頑張れば良いのかわからないまんじゅうですが、そこは、あいきょうでカバーです、
 うきうきしながら台所へと向かう、まことくんの足に、
 「ねーっ!ねーっ!」
 と、がんばってじゃれついています。
 とりあえず、身近なところからまんじゅうは頑張るみたいですね。
 まるでコアラのように、足にしがみついているまんじゅうを開いている方の足で良い子良い子してあげながら、まことくんは流しで手をあらって、おきにいりのオレンジ色のマイえぷろんをつけて、大好きなかずやくんのためにおいしいゼリーをつくりはじめました。
 もちろん、去年のクリスマスにかずやくんからもらった、にわとりの形をした可愛いキッチンタイマーもつくえのうえにスタンバイしています。



 まことくんは、小学四年生のおとこのこです。
 ちょこれーとと、こねこのまんじゅうと、おとうさんとおかあさんと、お料理と…それからこいびとのかずやくんがだいすきな、すなおで可愛らしいおとこのこです。
 かずやくんとは、ようちえんの年少さんの時にうんめいてきな出逢いをしました。
 ともだちから、親友に。親友からだい親友に。きがついたら恋がめばえて、愛にせいちょうしていきました。
 うんどう神経が抜群のかずやくんは、柳本小学校のサッカーちーむのえーすすとらいかーです。べんきょうも、いつでもクラスでいちばんかにばんの成績です。
 すごいなー、格好よいなー…と、おとこごころにかずやくんに憧れていたまことくんでした。
 小学二年生の冬、おんなのこ達からバレンタインデーにはちょこれーとを貰って下さいって言われてしまうようなかずやくんに
 『すきです』
 って、こくはくされた時は、もう…しんぞうがのうみそをばっくりと割って、どがーんっっ!!と、びだしちゃうんじゃないかと思ってしまいました。
 平均よりもちょっと背が小さくて、たいじゅうもちょっと少なくて、さらさらのくろかみは可愛らしいショートボブで、えーっと…おんなのこ…?って、思ってしまうくらい可愛らしくて、手先がとっても器用で、チョコレートに関してはちょっとうるさい、いまどきのおとこのこです。
 ふたりの熱あいは、かずやくんのおとうさんとおかあさんと、まことくんのおとうさんとおかあさん公認です。
 将来に一抹のふあんはかくせないものの、そんなに愛しあっているのなら、それはそれでも良いのかな?あたらしい愛の形だよね、と、おおらかな気持ちで見守っています。
 …あのね…内緒なんですが…実は、もう、ふたりは結婚のやくそくもしているようですよ。
 おたがいの将来てんぼうもばっちりで、ゆっくりとではありますが、夢に向かって進んでいます。
 でも、そうやって愛をたいせつに育んでいるふたりですが、まだまだこどもなので、具体的にどんな愛を交わせば良いのか分かりません。
 ようやく、六月のかずやくんのおじいさんとおばあさんのお家に旅行に行ったときに、『あいしてる』と、言う言葉を交わせるようになったところです。
 すきんしっぷもキスどまり。
 えっちをするのはあともう少し先のことです。
 こころもからだも、あげられるものは全てかずやくんにあげたいまことくんですが、はずかしがり屋の性格が、今一つだいたんなこうどうをちゅうちょさせてるみたいです。
 今日は、せんざいいちぐうのチャンスです。
 もしもキスより先までいけたらなぁ……と、その先はなにをすれば良いのか分からないまことくんですが、それでも期待せずにはいられない、土曜日の午後なのでした。





 お勝手では、まことくんがくるくると忙しそうにデザート作りにはげんでいます。
 ボール、泡立て器、計量カップ、お水にポットのお湯に、それからおいしいいちごゼリーのもと。
 「えーと…いちごと相性の良いのはミルクだから……」
 牛乳かんてんの準備も一緒にすすめます。
 ポットのお湯の分量をきっちり量って、ボウルの中に注ぎ入れます。
 それからそうっ…と、ゼリーのもとを入れていきます。
 だまだまにならないように、泡が立たないように、ていねいにやさしく泡立て器でかきまぜます。
 「まことくん、うまいニャ」
 ぱたぱた走り回っていたまんじゅうは、にぼしを三びきもらってごきげんです。
 ダイニングてーぶるの下で、おとなしくカリポリと食べています。
 ゼリーのもとがじゅうぶんに混ざったら、次は分量どおりのお水を少しずつ注いで、ゼリー液を伸ばしていって出来上がりです。
 冷蔵庫には、昨日のうちに作っておいた牛乳かんてんが、とうめいなグラスの底3センチぐらいまで注がれて固まっていました。
 「さて…と…」
 まことくんは、そのグラスに、ていねいに静かにいちごゼリー液を注ぎ入れました。
 入れ終わったら、残ったゼリー液はお弁当箱に注ぎ込んでおきました。
 いっしょにバットの上に乗せて、また冷蔵庫にしまいます。
 「あのね、バットの上にゼリーを入れるとふつうより早くゼリーは固まるんだよ。知ってた?まんじゅう」
 いえ、まんじゅうはおりょうりのことは全然しらないみたいです。
 うふーっ♪って顔をして、口をもぐもぐさせながらまことくんを見上げているだけです。
 「……って、分かるわけないよね。さ、まんじゅう、ゼリーが固まるまで、ちょっとだけあそぼう」
 「ニャニャニャッッ?!」
 あそぼう、の、ことばにまんじゅうはピカーッッと、反応しました。
 「もちろんだニャーッッ!!」
 太陽のいっぱい差し込む、りびんぐるーむで、ねずみのおもちゃで十分ぐらいあそびました。
 「はーっ、おもしろかったね」
 「ニャァーッッ!!」
 こうふんしてしっぽをボボッッっとさせながら、まんじゅうはお返事です。
 「あとでまた遊んでニャー」
 時計を見るともうすぐ三時です。
 「いけないっ。急がなくちゃ」
 かずやくんのクラブ活動がおわるのは4時。4時半にはもうまことくんちに、かずやくんはやってきます。
 まことくんは、慌てて続きをつくります。
 次は牛乳かんてんです。
 要領はいちごゼリーといっしょ。
 ていねいに、ていねいに、急いでいるけどあいじょうはたっぷりと注いでつくります。
 冷蔵庫の中には、牛乳かんてんと、その上にまた3センチぐらい注ぎ入れたいちごゼリーが固まっています。
 まことくんは、そのグラスに、またもう三センチ、こんどは牛乳かんてんを注ぎ入れます。これで、三だんのしましまゼリーの出来上がりです。
 また冷蔵庫で固めること三十分。
 出来上がったゼリーに、お弁当箱でつくったのこりのゼリーをこなごなに小さく切ってスプーンでていねいに乗せました。
 「………ふぅ…っ……できたっ!!」
 まことくんのとくせいゼリーの完成です!!
 お勝手の電灯にかざすと、まるでほうせきのようにきらきら輝くゼリーです。
 まんじゅうも、大きな耳をピンッ!!と、立てて、できあがったゼリーを見詰めます。
 「うまそうだにゃあ」
 まことくんは、満足そうにニッコリ笑うと、また大切そうに冷蔵庫にとくせいゼリーをしまいました。




 かずやくんはクラブ帰りにちょくせつまことくんの家にいきました。
 きっとまことくんは首を長くして待っているだろうし、自分もすこしでもはやくまことくんに会いたかったのが理由です。
 でも、今日はことのほか泥んこになってサッカーをしたので、
 「ちょっと家に帰ってシャワーあびてくるよ」
 って、ほうこくして一かい、帰ることになりました。
 「……んー……じゃあ、ぼくも一緒にいく」
 良い?って首をかしげて聞いてくるまことくんは、とてもとても可愛くて、かずやくんはくらっ…となりながら、
 「ん、じゃ、いこう」
 と、ぽーかーふぇいすを装って返事をしました。
 「俺、どろんこくさいよ?」
 「大丈夫だよ。だって、いっしょうけんめいサッカーしたんでしょ?どろんこは男のくんしょうだよ」
 うまいことばが見つからなくて、わけのわからないことを言ってしまうまことくんでした。
 秋の夕方は肌寒いので、まことくんは大切な夜のために、カーディガンを羽織って出かけました。
 「…あ、そうだ…ちょっとまってて」
 まことくんは、思い付いて、おにわのほうの雨戸に手をつつこんでかぎをとりだします。
 「はい、これ」
 「なに?」
 かずやくんの手のひらに乗せられたのはまことくんの家の合鍵です。
 「はぐれちゃったら、家に入れなくなっちゃうから…。これ、明日まで持ってて」
 「…うん。分かった。でも、まことと俺は絶対にはぐれないからな」
 かずやくんは、合鍵を大事そうにカバンの中に入れながらまことくんに言いました。
 「…うん…」
 その、かっこう良い言い方で、どきどきしてしまうまことくんです。
 「ね、かずやくん…」
 「ん?」
 今夜はキスいじょうのこと、したいね……。
 本当はそう言いたいまことくんでしたが、
 「…………あのね、今日はかずやくんのために、おいしいデザートを作ったんだよ…」
 って言うのがせいいっぱいでした。
 そんなまことくんの気持ちを知ってか知らないか、
 「本当?ありがとう。楽しみだよ」
 と、いつもどおりの顔で、でも、耳だけちょっと真っ赤にさせてかずやくんは言ったのでした。

 合鍵って、良いね。
 なんか、一緒に暮らしているみたいだね。
 ……俺も今、そう思っていたところだよ…。

 かずやくんちで、かずやくんのおかあさんからお惣菜を一品もらって、ふたりはまことくんちに帰ってきました。
 途中、わざと別々の道を通って別々に家に到着しました。
 足の早いかずやくんが、やっぱり少し早くちうちゃくしていて、門柱のところでお出迎えをしていたまんじゅうとおはなしをしていました。
 「まんじゅう、今日は俺、まことと一緒に寝るんだ」
 「ぼくはいつもいっしょに寝てるニャー」
 「……じゃまするなよ」
 「んー…分かったニャー。じゃ、ごほうびに腹撫でてニャー」
 ほわほわの毛が生えているまんじゅうの腹をかずやくんが撫でていると、ようやくまことくんの到着です。
 はあはあと肩で息をしているところを見ると、ずいぶんと早足だったようですね。
 「……おかえり」
 かずやくんがまことくんに言いました。
 「……ただいま」
 まことくんが、はずかしそうに、うれしそうに言いました。
 「……かずやくん、合鍵で先に入ってくれてれば良かったのに…」
 寒かったでしょ?って続けるまことくんに、
 「合鍵、使おうと思って急いで帰ってきたんだけど…俺、まことと一緒に入りたかったからさ」
 って、ちょっとテレ気味に言うかずやくん。
 そんな姿を見ると、もう、どうしようもないくらいときめいてしまう、まことくんなのでした。
 玄関のカギは、かずやくんが合鍵で開けました。
 三人で家に入って、まことくんがしっかりと戸締まりをしました。
 「……おかえりなさい。かずやくん…」
 ほんのりと頬を染めてまことくんが言います。
 「……ただいま」
 かずやくんは、まことくんをしっかりと抱き寄せて、やさしく…ちゅっ…と、キスをしました。
 「……今夜は、キス以上のこと…したいな……」
 まことくんは、きゅーっっ…って心臓が緊張しました。
 でも、かずやくんをみあげると、
 「……うん……ぼくも…してもらいたいな…って思っていたんだよ……」
 って、やっと思っていたことを口に出来ました。
 「…でもその前に僕の作ったデザート食べない?」
 ……まこともおいしそうだよ……とは、さすがにはずかしくて言えなくて、
 「…うん。食べよう」
 と、きんちょうをひたかくしながら、かずやくんは言いました。
 まんじゅうだけが、いつもどおりに元気ににゃーにゃーと、ふたりのまわりを走り回っていてました。





 てさぐりで。
 キスより先をちょっとだけ。





 まことくんとかずやくん。
 ほんとうの合鍵をもつのは、あともうすこしと、ちょっとと、ちょこっと先のこと。


                            おしまい。
 

 


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さて、ふたりも段々大人に向かっていきますよvv
童話JUNEは水月自身は有りなのですが、中学生になってもこのスタンスは有りでしょうか?