『制服』
いっしょうけんめいに、かずやくんのプレゼントをさがしていたまことくんが、思わず足を止めてしまうくらいすてきなショーウィンドウでした。
「わぁっ………」
明日はクリスマスイブです。
まことくんは、かずやくんと、あまえんぼうの子猫のまんじゅうと、ちょこれーとがだいすきな、小学校5年生の男の子です。
しょうらいのゆめは、かずやくんとけっこんして、べるぎーでちょこれーと職人としての技術をみがき、山梨県にあるかずやくんのおじいさんのもも園を継いで、すごいももがつくれるちょこれーとやさんをかいぎょうすることです。
だいすきなかずやくんのために、頑張っておとこをみがく毎日です。
ちいさくて、かわいくて、やさしくて、ゆうきも持っている男の子です。
そんなまことくんは、かずやくんとクリスマスイブの夜にでーとをすることになりました。
まだ小学生だから、ろっぽんぎのすごいビルや、しんじゅくのやけいが楽しめるバーや、オールナイトのゆうえんちには行けません。
ちょっとえっちなほてるなんて論外です。
夕方、ファミリーレストランでごはんを食べてから、ふたりの家からいちばん近い駅にある、ケヤキの木のイルミネーションを見に行くのです。
おとなから見たら、こどものかわいらしいデートです。
でも、たとえクリスマスイブでも、夕方なればバイバイしてお家に帰らなくてはならないこどものふたりにとっては、
ああ、なんて今年はおとななデートが出来るんだろうっ!!!
って、期待にむねを膨らまさずにはいられないのです。
まことくんは、なにかすてきなクリスマスプレゼントがあげたいなぁと、一年間ためたおこづかいをポケットに入れて、でぱーとにおかいものにやってきたのです。
でぱーとは、たくさんの人であふれかえっていました。
みんなしあわせそうな表情で、きれいにディスプレイされた商品をながめていました。
ようふくを買って喜んでいる人。ざっかを買って喜んでいる人。ほんやしーでぃーを買って喜んでいる人。
「これ、らっぴんぐしてください」
と、レジの人にお願いしている人達も、みんなとても嬉しそうな表情をしています。
「クリスマス用ですか?」
「はい。そうです」
「かしこまりました。では、この番号札を持って、少々おまちください」
色んな形のプレゼントが、きれいな包装紙につつまれ、緑と赤のきれいなリボンで次々と飾り付けられています。
(かずやくんは、どんなプレゼントが良いかなぁ……)
まことくんは、嬉しい気持ちでいっぱいのでぱーとの中で、うきうきしながらプレゼントをさがして歩き回りました。
『ね、かずやくんは欲しいものとかある?』
『……うーん…特に無いよ。オレはまことがいるだけで嬉しいから。他にはなんにもいらないな』
『……えへへっ……でも、何かないの?』
『……うーん………今度のワールドカップのチケットかな?』
『それって、どこで売ってるの?』
『ん?まだ発売してないよ。それに、あれはそう簡単には手に入らないよ』
『僕、頑張って取ってあげるよっ』
『ホント?ありがとう。でも、無理しなくてもいいからな。いつか、オレがピッチに立って、その時のチケットをまことにやるよ』
『……うん………えへへ……』
サッカーチームのえーすすとらいかーのかずやくんは、サッカーが大好きです。
でも、ワールドカップのチケットは、まだ発売していないようなので、今年のクリスマスプレゼントには間に合いそうにありません。
サッカーボールも持っているし、スパイクも持っているし、チームの格好良いユニフォームだって持っています。
(僕だったら、なにが欲しいかなぁ………)
ピカピカのステンレス製のボウル。
しっかりとつのが立てられる、大きくて機能性の高い泡立て機。
ホーローの鍋。
大きなバット。
正確にはかれる秤や温度計。
上質のチョコレート。
かわいい型もいっぱいあったら嬉しいな。
欲しいものが次から次へと浮かんできます。
(……かずやくんは一体どんなものが欲しいのかなぁ………)
大好きなかずやくんのことなのに、いざプレゼントを買ってあげようと思ったら、良いものが思い付きません。
(大好きなのになぁ……かずやくんのこと……)
大好きだから、一番すてきなものをあげたくて。でも、だから『とっておき』が見付けられないのに。おとなになっても、大切な人の一番嬉しいプレゼントを見つけるのはとても難しいことなのに。
まことくんは、色んなお店を見たのに、すてきなプレゼントがまだ見付けられない自分が少しふがいなく思ってしまいました。
(どうしてぼくは見付けられないのかなぁ……)
さっきまでうきうきしていた心が、少し沈んでしまいました。
「せっかくのクリスマスなのになぁ……」
小さな声で言いました。
何時間もでぱーとの中をあるきまわって、まことくんはへとへとになってしまいました。
おなかすいたな…。
きがつくと、ちかの食品館のほうに足が向かっていました。
(…わぁ……っ…)
さまざまな食材がひしめく空間です。
あちこちからおいしそうなにおいがしてきます。
お肉やお魚や野菜。
お弁当やお惣菜。
どんどんあるいていくと、お菓子のコーナー。
シュークリームやケーキやちょこれーと。
ちょこれーと。
鼻の奥までくすぐったくなるような、よいにおいに、まことくんはなんども深呼吸をしてしまいました。
(…お店によってにおいがちょっとずつ違うんだぁ……)
ショーウィンドウのなかには、まるで高価なほうせきのように、ちょこれーとがたくさんかざられています。
おとなは見下ろしながらながめるちょこれーとですが、まことくんはこどもで、背もちっちゃいから、自分の目の高さにちょこれーとが見えます。
迫力があって、みごとで、すばらしくて、いだいな感じに見えました。
まことくんは、おなかがすいたのも、かずやくんのぷれぜんとも、ちょっとだけ忘れて、ショーウィンドウのちょこれーとをまるで職人さんのような目で、ながめていました。
「わぁっ………」
…それは、いっしょうけんめいに、かずやくんのプレゼントをさがしていたまことくんが、思わず足を止めてしまうくらいすてきなショーウィンドウでした。
けーきとちょこれーとと、ちいさな焼き菓子のこらぼれーしょん。
しんぷるなけーきとごーじゃすなけーき。
なまちょこれーととひとくちちょこれーと。
見たこともないようなでざいんの焼き菓子!!
すごい。
すごいっ!!
まことくんは全身にとりはだがたつくらい感動してしまいました。
おいしそうなだけでなく、見た目もすばらしいおかしがそこにはあったのです。
ながめているだけでしあわせになってしまうようなショーウィンドウだったのです。
「いらっしゃいませーっ」
真っ白のコックさんの格好をした店員さんが、えがおで声をかけてきました。
「お気に入りのモノはございましたか?」
はずかしがりやで知らない人とは上手に話せないまことくんでしたが、思わず
「ぜんぶ気に入りましたっ。……こんなすごいおかしを見るのは、ぼく初めてですっ!」
って、返事をしてしまいました。
「………おや、ありがとう。君みたいな子に言ってもらえるなんて、とても嬉しいよ」
奥からずんぐりと大きなお腹をした、背の高い男の人が笑って声をかけてきました。
まことくんは、ニコッとわらって、男の人を見上げました。
男の人は、まことくんを見て、びっくりしたように言いました。
「君は……ぱてぃしぇの目をしているね」
「はい?」
「君、なまえは?」
「深海真琴(ふかみまこと)です」
「まことくんか。僕は山本公達です。これからどうぞよろしく」
「あ、よろしくおねがいしますっ」
白いコックさんの制服がとても似合う人でした。
人気店なのか、お客さんで大にぎわいだったので、まことくんはあまりはなしが出来ませんでした。
すばらしいおかしをもっと見ていたかったのですが、かずやくんのプレゼントを探さなくてはなりませんでした。
「あの…ごめんなさい。僕クリスマスプレゼントを探してて…もう行かなくちゃいけないんです…」
「そうか…残念だよ。あ、そうだ。年が明けたらお店も少し暇になるから、遊びにおいで。僕の名刺をあげておくよ。はい。……君とは今度ゆっくりちょこれーとのはなしがしたいな。この近くに僕のお店があるから。そっちにおいで。とっておきのちょこれーとをごちそうするよ」
「……はいっ」
まことくんは、一枚の名刺を貰いました。お店の名前と住所と電話番号と、男の人の名前が書いてありました。
「また来ます」
「絶対だよ」
まるで子供みたいに笑いながら、男の人は焼き菓子を二つと、チョコレートを二粒、袋に入れてまことくんに渡しました。
「あ……いくらですか?」
まことくんが聞くと、イタズラっぽくウインクをして、
「メリークリスマス」
と、小さな声で言いました。
「ありがとうございます」
まことくんはおじぎをしました。
「年が明けたら、遊びに行きます」
約束だよ、って、公達さんは言いました。
真っ白のコックさんの制服。
いいな。
まことくんは、かずやくんのプレゼント探しを再開しながら、さっきの出来事を考えていました。
まことくんはまだ小学生です。
これから中学校に行って、高校に行って、多分…大学にも行きます。
中学校の制服を着て、高校の制服を着ます。
色んな勉強をして、たくさんのことを学んで、大人になっていきます。
あの真っ白の制服を着るのは、きつともっと未来のことでしょう。
きっと、あの真っ白の制服を着て、勉強する世界が、じぶんにとって一番学びたい世界なんだろうな…、と、まことくんは思いました。
あの制服を着ていたお店の人達は、みんな自分の仕事にほこりを持っているような、良い顔をしていました。
学校に行く時に着る制服が全てだと思っていたまことくんでしたが、大人の世界にも制服ってあるんだなぁって、思いました。
(あ、そうだ。かずやくんだって、プロサッカーチームにはいったら、ユニフォームって制服みたいなものだよね)
大人になったかずやくんを想像しました。
想像の中のかずやくんは、あんまり格好良くって一人で真っ赤になってしまったまことくんでした。
大人が着る制服って……格好良いなぁ……。
まことくんは思いました。
(ああ……早く大人になりたいなぁ……)
心のそこから、そう思いました。
まことくんはオムライス。
かずやくんは海老フライ。
デザートはイチゴのショートケーキとオレンジジュース。
二人っきりでファミリーレストランで食事なんて初めてです。
まことくんはとてもきんちょうしてしまって、食事の途中にスプーンを二回も落としてしまいました。
かずやくんも、いつもどおりにしているように見えましたが、タルタルソースを間違えてキャベツの千切りにかけてしまっていました。
「あ、あのね…」
まことくんは昨日でぱーとで会った、お店の公達さんの話をしました。
「…でね、年が明けたらお店に遊びにおいでって」
「へぇ…すごいな」
「え?なんで?」
「だって、まことはぱてぃしぇの目をしてるって言われたんだろ?」
「うん」
「それってすごいことだよ」
「そうなのかな?」
「そうだよ。それって例えばオレが、中田から『フォワードの目ェしてんな』って言われるのと同じことだもん」
「……そ、そうなの?」
真面目に頷くかずやくんを見て、今更ながらにびっくりしてしまうまことくんでした。
「……すごいことだったんだ………」
「年、明けたらさ、行ってきな」
「……かずやくんもきてくれる?」
「…良いよ。でも、ちょこれーとの話には参加しないよ。それはおまえとその男の人との大切な話だからな」
「うん」
「……オレも頑張らなくちゃな」
何に?って、まことくんが聞いたら、
「ん?まことにふさわしい男になれるように頑張らなくっちゃな、ってこと」
と、真剣な表情でかずやくんは言いました。
かずやくんとまことくんは、駅前の大きなケヤキの木を見に行きました。
数え切れないくらいたくさんの電球に飾られたケヤキの木は、とてもきれいでろまんちっくでした。
仕事帰りのサラリーマンも思わず足を止めて見上げてしまうくらいの美しさです。
二人とも、家族といっしょに見たことは何度もあるイルミネーションでしたが、二人っきりで見るのは、また違ったおもむきがありました。
かずやくんとまことくんから少し離れた場所で、同じようにイルミネーションを見上げているカップルがいました。
女の人は、うっとりとした表情で、男の人によりそっていました。
まことくんも、かずやくんによりそいたいなぁ…と、思いました。
でも、恥ずかしくてできませんでした。
「…きれいだな……」
かずやくんが言いました。
「…うん……きれいだね……」
今すぐキスしてもらいたいような…甘酸っぱい気持ちの中で、まことくんは言いました。
「……まこと」
「ん?」
かずやくんを見ると、真直ぐにまことくんを見つめる視線にぶつかりました。
とってもまじめでしんけんな表情をしていました。
「……な、なに?」
思わずどきどきしながらまことくんが言うと、
「これ…」
と、言いながら小さな箱をコートのポケットから取り出しました。
「…何したら良いのかわからなくって……」
照れたような、困ったような声。
「…あけても良い?」
「良いよ」
中には……小さなキッチンタイマー。
「……オレ、まことがお菓子職人になりたいのは良く知ってるのに…お菓子職人って何が必要なのかよくわからなくってさ……ちゃんと勉強としけば良かったんだけど……で、キッチンコーナーとか見てきたんだけど……やっぱり良くわかんなくってさ……そしたら……それ見付けて……かわいいし……まことに似合うかなぁって……」
にわとりの形をしたかわいいキッチンタイマーでした。
ずっしりと重くて、かずやくんの愛情がそのまま伝わってくるようなプレゼントです。
「……ありがとう……嬉しいよ…」
まことくんは、ぎゅうっ…と、プレゼントを握り締めて言いました。
「……あ、ぼくもプレゼントあるんだよ……」
まことくんの笑顔を見て、なぜか真っ赤になっているかずやくんに、まことくんもポケットに入れていた小さな箱を取り出しました。
「……ぼくも…何をプレゼントにしたら良いのかわからなくって……」
「開けても良い?」
まことくんが頷くのを見て、かずやくんは慎重に、ていねいに箱の包みを開きました。
「………ありがとう……すごく嬉しいよ…」
「ぼくも……サッカーって何が必要なのかよくわからなくって……」
真っ白なリストバンド。
昨日、悩んで悩んで、結局スポーツショップの店員さんに相談しながらきめたものです。
一年分のお小遣いならもっと良いものも買えたのですが、いつでも使ってもらえるものって考えたら、手首に嵌めてもらえるリストバンドが一番良いような気がして、最後に決めたものでした。
「大事に使うよ」
噛み締めるように言われて、
「ぼくも…だいじに使うね…」
と、まことくんは心をこめて返事をしました。
ベルギーで、大活躍をしている日本人プロサッカー選手。
彼のロッカールームには開けてすぐに見えるところに、白いリストバンドがぶら下げられています。
ぼろぼろで、色も汚れてグレーに近い色になってしまいましたが、彼にとっては恋人から貰った大切なリストバンドです。
ここ一番の大勝負の時、試合の前にリストバンドをぎゅっと握りしめると、なぜか心が落ち着いて、とてもよいプレーが出来ます。
彼の恋人は、ベルギーの街でも有名なチョコレートショップでショコラティエの修行を重ねています。
古ぼけた鶏の、玩具のようなキッチンタイマー。
大切に大切に使い続けて、今でもきちんと動きます。
真っ白の制服を着た彼は、今人生で一番大切な勉強をしています。
二人は、確実に夢に向かって歩んでいます。
あの日貰ったクリスマスプレゼントと共に。
共に、二人で。
二人が出会ってから12回目のクリスマスイブ。
恋もゆっくり成長し、
今は大人の恋をしているようです。
メリークリスマス。
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