『ケータイ』
白状すれば、まだ、怖い。
頭が…って言うより、身体が覚えている。
あの空白の数時間のこと。
「ぅっ……んっ……ああ…っ!!…あ…あっ……」
シンのマンション。
シンの寝室。
シンのベッドの上。
自分のアパートに一人でいると、イヤでもあの家のことを思い出すから、ここ何日かは自分の家に帰ってない。
俯せになってシンの枕を両手で抱きかかえる。
顔を埋めて呻きも喘ぎも枕に吸わせる。
「あうっ!!」
枕から顔を離せば、オレの声が妙にデカく響いて、今何をしてるのか余計リアルに感じてしまう。気が付くとヤりたいのに逃げ出してしまいそうだから、枕に顔を埋めて必死に声を殺してる。
足を開いて、ケツの穴がシンに良く見えるように高く腰を上げる。
見て欲しいんじゃ無くて、舐めて欲しい。
一緒にペニスも扱いて欲しい。
「んっ…んんっ!…んっ……」
枕からシンの匂いがするのに気付いた。
荒い呼吸の中で必死で匂いを嗅ぐ。快感ごと飲み込むような物凄い安堵感に襲われて、気持ちがぐちゃぐちゃに安心する。
滅茶苦茶にして欲しい。
イクことしか考えられなくなるぐらいエロいことして欲しい。
「…っっ…!!うああ…っ……」
もっと舐めて。
もっと扱いて。
強く。もっと…!
「……篤…どうした?」
ケツの側からシンがオレに声を掛ける。
そりゃそうだ。こんなオレなんて見せたことねぇし。
口じゃ上手く説明出来ないから、頭を横に振って、乱れた呼吸を聞かせてやる。
せがむように腰を振って。感じてて、もっと欲しいんだっていうのが分かるような喘ぎを聞かせて。
シンのデカくて暖かい手が、おかしくなってるオレを宥めるように、ペニスを掴んで激しく擦る。
「……っああっっ!!」
いつもより感じ方が無茶苦茶強くて。早くて。シンのシーツに思いっきり射精してしまう。でも。
足りない。足りないっっ。
「もっと…シン……足りねぇよ……もっとしてくれ…よ……っ」
ひたひたと記憶が側に来るから。その度怖くて気が狂いそうになるから。
オレはシンとヤることだけに身を投げる。
オレは一度シンを失いかけた。
必死になって取り戻したいって、生まれて初めて必死で思った。
『誰か』に奪われたんなら、力ずくでも取り返せる自信はあった。
だけど、シンを奪ったのは、『誰か』じゃなくて、『何か』だった。
物質が、オレからシンを取り上げた。
一人じゃ多分取り戻せなかった。
もしもあの時…アイツが助けてくれなかったら……。
考えるだけでも、凄く…怖い。
シンをオレから取り上げようとしたのは、家。
嫉妬深くて、狡猾くて、執念深い存在だった。
意志を持つ家。
どう考えたっておかしな話だが、実際にソイツはあの島に存在していた。
山城一族の中枢『山代』。
響きだけなら同じ『ヤマシロ』。
一族の原点。
意志を持つ、家。
シンの一族が保有している山の中に、誰にも見付けられないように建てられていた山代は、当主専用の家で、シンは13代目の山城一族の当主に選ばれた。
守るために捨てられたオレは、シンに会いたい一心で、単身アノ島へと乗り込んだ。
壊れた携帯電話に掛かってきたガキの言葉を頼りに。
全てはそこから始まったような気がする。
「シン……はあっ……はぁ……っっ……も…っ……欲しい……つ…」
何回イかされたか分からなくなる頃、オレは泣きながらケツを振って懇願していた。
快感に暴れて、グシャグシャにしたシーツは、オレの精液でドロドロで、膝に当たる冷たくて濡れた感触が気持ち悪かった。でも、それだけイかされたかと思うと、異常に興奮して、どんなことでも言えるし出来そうな気分になった。
シンがコロンと、オレを転がして仰向けにさせる。
上から覗き込むシンと目が合う。
心配そうな顔。
「お前……大丈夫か?」
何言ってるか分かんねぇよ。くれよ。とにかく欲しいんだよ。
「中…っ…中にくれよっ。…はぁ…っ……頼むから早く……っ」
ガッ!と、シンの太い腕に爪を立てて掴み掛かる。膝を立てて腰を浮かせてシンのペニスに自分のモノを擦り付ける。
「…つ…篤……」
そのまま首にしがみつき、
「欲しいよっ…シンの…チンポ…くれよ…ぉっ…!!」
興奮して泣きそうになりながら駄々を捏ねる。
自分でも信じられないようなこと、言ってるし、やってる。
一つになりたかった。一人は嫌だ。もう、絶対に嫌だ。
まるで子供だ。
分かっているけど、自分じゃどうにも出来ない。
シンを失うってことを心底理解して感じた恐怖だから。
拭っても拭っても拭い切れない。
側にいても不安でならない。
だから、お願い。
何にも考えられないようにしてくれよ……。
多分、オレはとんでもない顔してると思う。
テンパッちゃってて、言って聞かせられても何にも理解出来ないような状態で。
毎晩、毎晩、バカみたいにセックスしたがって、駄々を捏ねる。
最後はワンワン泣いてるオレの腰を抱き寄せて、熱くて固くて太いペニスをゆっくりゆっくり突き刺して宥めてくれる。
アノ島から帰って来てから毎晩。
それでも、今夜もお前が欲しい。
捨てられてから二日後に、携帯電話の呼び出し音が鳴った。
シンの携帯から掛かって来たときだけの着信音。
飛びつくように電話に飛びつき、オレはお前の名前を呼んだ。
聞こえるはずのお前の声はどこにもなくて、代わりに砂嵐みたいなノイズの音が耳一面を被い尽くした。
全然知らないガキの声。
『……シン様…ここにいるよ……もう…会えないよ……』
叩き壊した携帯電話に掛かって来た、化け物の声。
あの時感じた違和感がどうしても忘れられない。
取り戻すために必死で。奪い返すために必死で。もう一度シンに会うために必死に。必死で。
何もかもが怖かった。
思い出すのが怖くて出来ない。あの道も、あの声も、あの家も。
ただ、その中での空白の数時間。
本当に、何一つ、記憶が無い。
身体だけが何をされたか覚えてて。
シンじゃない…誰……何か……に…オレは…。
シンにもう一度会えたから。シンとあの家から逃げ出すことが何よりもあの時は大事だったから。
気が付けば、恐怖ごと持ち帰ってしまっていた。
壊した携帯電話の代わりを今日も買えなかった。
呼び出し音が怖いから。
でも、この壊れた携帯電話だって、いつ呼び出し音が鳴るか分からない。
『………もう……会えないよ………』
ガキの無機質な笑い声。あの時感じた違和感は、精神的に凄い苦痛。
怖い………こわいよ………。
「シンっ……早くっ…」
恐怖心に追い立てられるように、意識がセックスに逃げ込む。
射精寸前の、快感以外の五感が失う状態を求めて意識が逃げ回る。
怖い。こわい。こわい。
オレのケツは、シンの形を覚えてる。シンの動きを覚えてる。だから、挿れてくれれば自分の中にシンを感じられる。
「中で出してくれよ…ケツで…イかせて…くれよっ…っ…」
込み上げてくる恐怖心に泣きだしなから、オレは懇願した。
「挿れて…イかせて…お願いだから」
シン…お前を失うのは嫌だ………っ……。
こうして戻ってこれたっていうのに、頭も心も、ここにいることを理解出来ない。
「………篤…」
突然、シンにギュウッ…と、抱き締められた。
オレは腰の動きが止められないまま、それでも反射的にシンの身体に縋り付いた。
首筋に顔を埋もらせるように唇を寄せて、シンがオレの耳に囁いた。
「大丈夫だから。篤が来てくれたから…もう大丈夫だ……」
「……ふ……」
しっかりと抱き締められてしっとりと汗ばんだ肌が密着してくる。
………………………。
「……ありがとう…またここに帰ってこれた…ありがとう…篤…」
……まるで、なにかの呪文みたいに。
シンが静かに囁く言葉が、嘘みたいにトロリとオレの耳に届いた。
ガチガチに強ばっていた身体の力が抜けていくのをぼんやりと感じながら、オレは長い溜め息を吐いて、シンの身体に擦り寄った。
勃起したペニスはそのままガチガチだったけど、病的な興奮が少しずつ消えていくのが心地良かった。
シンはオレが落ち着くまで、しっかりとオレを抱き締めていた。
すっかり落ち着くまでじっとした後、確かめるようにセックスをした。
ゆっくり、ゆっくり昇らされ、安堵の中で絶頂を迎えた。
「なぁ…」
「ん?」
精液まみれのシーツとタオルケットをベッドの下に蹴り落として、そのまま眠りに落ちた翌朝、「何か食いに行く?」なんて言って起こしにきたシンに、ゴロゴロと横になったまま声を掛けた。
「オレ…さ、ここに一緒に住みてーんだけど……良い?」
悩みもせずに、シンが笑って返してくれた。
「良いよ」
シンのベッドルームは、大きな窓から日が差し込んで、とても明るい。
同じ『家』でも、あの『家』とは全然違う。
…そう思ったら、怖い気持ちが、少し、薄れた。だから。
「あのさ、今日携帯ショップ付き合ってよ」
「ああ、良いよ。何?まだあのままだったのか?」
「うん。何かね、携帯無いのも良いかな−っ、てさ」
「…で?やっぱり無いとダメか?」
「ま、ね」
……先に…進もう。
何となく、シンを見たらそう思った。
壊した携帯電話は多分きっと捨てられない。
一度は失ったシンの居場所を教えてくれたモノだから。
壊れた携帯を見る度に、オレはあの家のことを思い出す。
感じた恐怖と、空白の時間を。
思い出す度、怖いと感じてしまうかもしれない。
でも。
オレはこの壊した携帯電話を捨てられない。
ギリギリのところでオレ達を繋いでくれたモノだから。
白状すれば、まだ、怖いけど。
おわり
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