「紅茶」
サトちゃんは、コーヒー派。
特にトラジャコーヒーが好みで、家で飲むメインのコーヒーはいきつけの店でいつも手に入れている……えーっと…なんとかトラジャってヤツだ。
200グラム860円也。
その他にも朝飯用にはコレ、だの、あそこのケーキ屋のケーキとだったらアレ、だの、コーヒーだけ味わうんだったらソレ、だの、他にも何だのかんだの言って、種類が常に10種類近く揃えられている。家の食器棚の一角は、コーヒーに占領されてしまっているくらいだ。 生活費を切り詰めても、コーヒー代は切り詰められないって言うのがサトちゃんのポリシーらしい。
俺?俺はインスタントコーヒーが良いな。
アレだったら大瓶一本買えば長持ちするし、結構旨いし、カレーの隠し味には最高だし。
ま、特にコーヒーにこだわるタイプじゃないんで何でも良いってのが正直なところ。
要は飲めりゃあ良いと思うんだけどね、俺は。
なんて言ったら、絶対3日は口きいてもらえなくなるから言わないけどさ。
「ケイちゃん、今年の正月はどうする?」
何とか年末の大掃除を終らせた夜、近くのラーメン屋で夕飯を食ってた最中にサトちゃんが聞いてきた。
「んー……去年はどこも行かなかったから、今年はどっかに行きたいよなぁ」
途端にサトちゃんの表情がぱぁっっ…と、明るくなる。
……こーいうことろ、幾つになっても可愛いんだよね。サトちゃんってさ。
「俺、雪見たいな。雪」
「おっ、良いねぇー」
サトちゃんとは中学1年の時に出会った。
なんてことない普通の毎日の中で、気が付いたら好きになってた。
1年悩んで、告白してしまった。
サトちゃんはビックリしながらも話を最後まで聞いてくれたし、気持ち悪がらないでくれた。
それだけでも十分だったのに、ノーマルだったのに、サトちゃんはその年のバレンタインデーに板チョコ10枚、俺にくれた。
『どっちかって言うと、俺も好き。だから、やる』
もう、すっっっっごく、嬉しかった。
真直ぐで、素直で、優しくて、でもしっかりしてて、でもって、文化祭でもなると、クラスの女子どもに力尽くで女装させられちゃうくらい可愛いサトちゃん。
俺の『好き』とは全然違う『好き』だったのに、俺を受け入れてくれたサトちゃん。
今ではこうやって一緒に暮してくれているサトちゃん。
ホント、大好きだ。
「んで?どこが良い?」
サトちゃんは、口に入れたラーメンを急いで飲み込んでから、待ってましたっ、と、ばかりに、
「仙台っ」
と、言ってきた。
「ほら、仙台の牛たんランチ、ケイちゃんすっげー気に入ってたじゃん?アレ、食べに行こうよ」
「仙台?遠くない?」
「だからさ、一般道で。4号好きだろう?」
「ま、そーだけど…2泊3日だよな?」
「そうv」
俺達の旅行は大抵予算が2人で6万円までと決まっている。
うち、15000円がガソリン代で、10000円が高速代って暗黙の了解がある。
浜名湖に行っても、宇都宮に行っても、大阪まで足を伸ばしても、青森まで勢いで行ってしまっても、この25000円の足代からは足を出すことは絶対ない。(ガソリン代については、俺達の車のダッシュボードに、友達から貰ったプリペイドカードを潜ませてある。最悪コレを使うんだよね)
残りの35000円で宿代込みでやりくりするのだ。
男2人の旅行だから、女みたいに可愛いペンションに泊まるだの、有名ホテルに泊まるっていうことは皆無なんで、何とかなるものなのだ。
いざとなったら車中泊。
今回みたいに冬場はラプホとかね。
ラブホを侮ってはいけない。場所によっては15帖ぐらい有る部屋に、馬鹿デカいテレビ。安っちいけどソファーも有るし、風呂場はジャグジーだし、洗面所は広いし。冬場には、コタツ付きの部屋なんて言うのまである。(←福島県の某市。川沿いのラブホ。名前にヒネリ無し)
サービスの中には、ウェルカムティーどころか、焼き鳥とビールサービスとか、モーニング付きなんていうものまであるんだぜ。
ラブホだから防音だし。
だから、サトちゃんに思いっきり声出させてあげられるし。
野郎2人でビジネスホテルのダブルに泊まるくらいだったら、たとえノーマルでも絶対にラブホをおすすめする。ベッドもこっちの方が広いし、電子レンジはあるし、冷蔵庫もあるから、何でも持ち込み放題だし。3人4人つったら、1人3000円程度の追加料金で何とかなるしね。ま、男同士の利用って敬遠されがちなんだけどさ。
とにかくお勧めなのだ。
最高10000円って考えても2泊分で20000円。
残り15000円………おっ、十分じゃん。
「牛たん、久し振りだな。…うわーすげー食いたくなってきたっ。俺、今度はとろろも付けたいんだけど良い?」
「うんっ、いーよっ」
嬉しそうに。
本当に嬉しそうにサトちゃんが笑う。
なんか、つられて俺まで嬉しくなってしまった。
「んじゃ…体力使わせちゃうし…元旦までお預けか?」
ニヤニヤながら言ってやったら、ええっ?なんで?!みたいな顔されて、余計に嬉しくなってしまう。
「うそ」
ホッとした顔をするもんだから、思わず、
「スケベ」
って言ったら、
「………ケイちゃんがだろっ」
と、真っ赤な顔で言われてしまった。
可愛いなぁ……。
それから俺達はディスカウントショップで、カップラーメンや御飯付きのカレーや、スナック、酒に、ジュースだのと買い込み、旅行の準備を整えた。
一路東北へ。
結局、常磐道で終点まで走り、国道6号から4号へと合流して仙台に向かった。仙台市街の入る少し前から、国道沿いは大きな店が立ち並び、開けた感じになっている。
仙台駅は東北でも最大級じゃないかってぐらい栄えていて、東京と比べても、ひけを取らない。
駅の屋上は駐車場。スロープを昇り車を停めると、駅前の景色が広がっていた。
真っ青な青空がやけに綺麗だった。
「…サトちゃん……雪……ねぇな……」
「…………うん…」
心残りはそれぐらいで。
念願の牛たん定食で腹ごしらえをした後に、駅前をブラブラして、青葉城へ。
サトちゃんは楽しそうだったけど、雪が無いのが残念らしく、真っ青な空を眺めながら、何度も、
「雪降りそうにないなぁ…」
と、ぼやいていた。
「サトちゃん、明日米沢まで出てみようか?」
「何で?」
少し早めにチェックインした(ラブホで良い部屋を選びたかったら、ここがポイントなっ。30分早く入るだけで全然違うから)ラブホのバスルームで、湯舟に浸かりながら、俺はサトちゃんに声を掛けた。
「ほら、こっちッ側って太平洋側じゃん?そーすっとさぁ、雪とか少なそうじゃん?思うんだけどさ、山越えて向こう側に出れば、雪、一杯あるんじゃないかなぁ?」
「……んー……かなぁ?」
「行ってみようよ」
「いーの?」
「ん。いーよ。どーせ予定なんて有って無いようなモンだし」
「……じゃ、行く?」
「おうっ」
んじゃ…明日は体力使うし、今日はお預けかァ……なんて、サトちゃんがシャワーで身体に付いた泡を流しながら残念そうに言ってきたんで、えっ?何でだよっっ?!って思ったら、
「あははっ……うそ」
と、やられてしまった。
サトちゃんの頭と身体からは、いつもと違う匂いがしてて……朝方近くまで、寝かせられなかった。
「うおー………ねーむい」
サトちゃんに作ってもらった、カップラーメンをずるずるやりながらぼやく。
「俺だって眠いよ。全く際限無しなんだから」
「だってさー…サトちゃんの匂いがさー」
「俺の匂いが何だよ」
「…良い匂いだったんだもん…」
「………バカ…ほら、早く食えよ。チェックアウト間に合わないぞ」
「うーい…」
きっちり朝風呂に入って、身支度を整え、荷物まで纏めているサトちゃんに対して、まだ裸のまんまの俺。いつもだったら頭の一つも殴られそうだけど、今日のサトちゃんは機嫌が良い。やっぱ、雪が見れるって言うのが嬉しいんだろうな。
「ほら、コーヒー」
コーヒーまで煎れてくれるもんね。
備え付けの薄いドリップコーヒーだけど、いつもより旨く感じる。
「あー旨い」
「食ったら直ぐ出れる?」
「ああ、大丈夫。今何時?」
「9時50分」
「うおっ!後10分じゃんっっ」
「そーだよ。急いだ急いだ」
慌てて残りのラーメンを流し込んで、コーヒーを一気飲みする。
ソッコ−で歯を磨いて、顔を洗って、ヒゲを剃った。
戻るとベッドの上に着替えが一揃。
「サンキューっ」
チェックアウト9時58分。
ギリギリセーフ。
「…あ、ポットに水入れ忘れた…」
仙台から山形に抜ける山道は、標高が増すにつれて空の雲がどんよりしてきた。
この調子なら頂上辺りは……なんて思っている内に、ちらほらと雪が降り出した。
「ん?俺、入れといたよ」
「あ、悪ぃ」
シガレットの部分のソケットから電源をとって、お湯が沸せるタイプのポットは、旅の必需品。ドライブしながら飲む飲み物は、また格別なのだ。
「何か飲む?」
「ん?あー……まだいいや」
次第に道は雪で白く被われ始める。雪道にはRV車は強いなんて言ってるけど、実際は横滑りに対しては乗用車と変わらない。
チェーンをつけるべきか、我慢すべきか悩みながら走る。走る。
運転する方にとって、雪道はかなりに怖い道なんだけど、横目でチラっとサトちゃんを見ると、嬉しそうな顔で、窓から見える雪景色を眺めている。
「…雪…きれい?」
「……うん……」
……来て良かったな。
結局、峠に辿り着く前に天候が急変し、2区間は高速を使う羽目になった。しかも、チェーン規制。
「さみーっっっ!!」
2人で叫びながらのチェーン装着。
さぁ、本格的な雪道走行だ。
「ケイちゃん、冷えただろう。何か飲む?」
「うん。飲む」
チェーンの脱着場で準備が終って、サトちゃんが声を掛けてきた。
はいよー、なんて言いながら、サトちゃんが用意を始めた。
軍手を外しながら空を見上げる。
重たい灰色の空から雪が止めどなく降ってくる。
「…………………」
山も、道も、木も、ガードレールも。目に付くものは皆真っ白な雪に被われて、何だかものすごく綺麗に見えた。
走り抜ける車の音がなかったら、きっと何の音もしないんだろうな。
立っているだけで、寒さが身体に浸透してきたけど、車に入るのが凄く勿体無い気がして、そのままずっと顔を空に向けたまま、降ってくる雪を眺めていた。
「はい、ケイちゃん」
暫くしてサトちゃんがやってきた。
両手に湯気の立った紙コップを持って、一つ俺に渡す。
「ん。ありがと」
一口飲もうとして、気が付いた。
「あれ?これ紅茶?」
「ん。切らしてたの忘れててさ。朝ケイちゃんが飲んだのが最後。コンビニ寄ったら買おうな」
「俺、一気に飲んじゃったよ。ごめん」
「いーよ。で、あそこに残ってたのがコレだったんだよね。持って来て良かった」
「…なんか、サトちゃんが紅茶煎れてくれるなんて、いつぐらい振りだっけ?」
さあ?覚えて無いなぁ…、って、言いながら、俺の隣でサトちゃんが紅茶を啜っていた。
紅茶の良い匂いが鼻をくすぐった。
「……きれいだな…」
「………うん……」
両手で持った紙コップの暖かさが、じんわりと染みてくる。
一口飲むと、コーヒーとは違った暖かさが喉を伝わって、腹に溜まるのが分かった。
白い息と湯気が2つ。
雪はしんしんと際限なく降り続けてた。
「ケイちゃん、身体大丈夫?」
サトちゃんが雪を見ながらも、俺の身体を気遣ってくれる。
「…ん、大丈夫だよ」
俺も雪を見ながら返事を返した。
「……来て良かったな……」
サトちゃんは、うん…、と、隣で小さく頷いていた。
サトちゃんは、コーヒー派。
食器棚の一角に、おい喫茶店でもやる気かよって、ツッコミを入れたくなるくらいたくさんの種類の豆を所有していて、サトちゃんの独自ルールで色んなコーヒーを使い分けている。
食費を削ってもコーヒー代は削らないって言うのがサトちゃんのポリシー。
まあ、俺も旨いコーヒーにありつけるから、コーヒーについてはサトちゃんの好きにさせている。
正月の旅行から帰って来て。
俺はそのコーナーに紅茶のティーパックが混ざったことに気が付いた。
コーヒーからくらべれば扱いもぞんざいで、更に種類も1種類のみで、しかも、一度も紅茶の出てくる日なんてない。
そのうち紅茶の存在も忘れ果てた。
………そしたら。
東京に雪が降った日に。
可愛いよね。ホント。
おわり。
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