「切手」
まんじゅうは、まこちくんちのあまえんぼうのこねこです。
あじさいがとてもきれいな公園で拾われた、茶色の温泉まんじゅうにそっくりの毛並みのとても可愛いこねこです。
まんじゅうは、おさかなと、いいこいいこと、まことくんと、そして今はお星さまになってしまった、やさしいおかあさんが大好きなこねこです。
ひみつのぼうけんをした、あの、きせきのよるから1ト月がすぎました。
まんじゅうは、おいしいごはんを一杯食べて、おいしい牛乳をごくごく飲んで、まことくんや、まことくんの恋人のかずやくん達に一杯いいこいいこをしてもらって、幸せ一杯に育っています。
まことくんに拾われた時は、ぼそぼそのガリガリでしたが、今はほんのちょっぴりですが、大きくなりました。
大切なおかあさんの死を乗り越えて、少しだけ強くたくましくなりました。
今日は、そんなまんじゅうの、お買い物のお話です。
「……今年は、ももの収穫のお手伝いに行きます。お土産は、ぼくが作ったパウンドケーキです。楽しみにしていて下さい……ふかみまこと……よしっ」
めずらしくべんきょう机に向かって1時間もすわっていたまことくんが、えんぴつを置いてかおを上げました。
「ふーっ……おてがみってもらうとうれしいんだけど、書くのってホント大変だよね」
んー、と、両手を大きくのばして背伸びをしながらまことくんは言いました。
その声で、まことくんのベッドの上ですかすか眠っていたまんじゅうは、おひるねから目覚めました。
「……にゃー…っ……いっぱいねたニャー」
「ん?まんじゅう起きたの?」
まことくんは、ベッドの上でからだを丸めたまま両手両足をのばして、ニャーッ、と、のびをしているまんじゅうに声を掛けました。
「うん。おきたニャ」
まんじゅうは人間の言葉がわかる『おしゃべりねこ』です。
「そっか。よしよし」
まことくんは、ネコ語は分かりませんが、最近、ほんのちょっとだけ、例えば…『おはよー』とか『いってらっしゃい』『おかえりー』とか、『いいこいいこして下さい』とか『おなかすいたニャー』なんて言葉ぐらいは分かるようになってきています。
もしかしたら、いつかまことくんとまんじゅうは自由にお話ができるようになるかもしれませんね。
優しく頭を撫でられるのがとてもうれしいまんじゅうは、のどをゴロゴロと鳴らしています。
「まんじゅう、ぼくちょっと郵便局に行ってくるね」
「ゆーびんきょく?」
「おみやげに缶詰めエサ買って来てあげるね」
「ニ゛ャッッ?!缶詰めエサ?!いいねーっっっvvv」
まんじゅうは、ベッドの上で目をまんまるにして、期待に表情をぴかぴかと輝かせます。
その様子があまりにも可愛らしくて、おもわずまことくんは笑ってしまいました。
「まことくんっ、ぼくも行くニャッ!!」
まんじゅうは、まことくんの肩にぴょんっ!と、飛び乗りました。
「え?まんじゅう、おさんぽじゃないんだよ」
「分かってるニャッ。缶詰めエサをかいに行くんだニャッッ。だから、ぼくもおつきあいニャのにゃっ」
にゃーにゃーと大喜びしているまんじゅうの言葉は良く分かりませんでしたが、どうしても付いていくって気分満々なのはとても良く分かります。まことくんの肩の上で、ニコニコしているまんじゅうを両手でやさしく抱き直しながら、まるでお兄さんのような顔をして、聞きました。
「うーん……ちゃんとおりこうでいられる?」
「うんっっ!!」
ぴっ!!と、まんじゅうはまことくんを見上げて大きな声で言いました。
「ぼくはいつでもおりこうだよっっ!!」
ニャーッッ、と、大きな口をあけてお返事をしているまんじゅうは、とてもとてもとても…とーっっ…ても可愛くて、まことんくは苦笑いするしかありませんでした。
「じゃ、用意するから待っててね」
机のうえを片付けて、かずやくんのおじいさんに書いたてがみをかばんの中にていねいにしまって、白いぼうしを手にとって
「じゃ、いくよ」
と、まんじゅうに声をかけました。
「はーいっっ!!」
まことくんを待っているあいだ、かおを洗って、からだをちょこっと舐めたまんじゅうは、すっかりおしゃれをした気分でまことくんの肩にとびのりました。
「かんづめエサーvv」
まんじゅうのお買い物の始まりです。
まことくんちの前のどうろを右にまがって、一本目のどうろを左にまがって、ずーっとまっすぐ歩いて、信号をひとつ渡って、すぐ右にまがると、ケーキ屋さんのすぐとなりが郵便局です。名前は『やなぎびるないゆうびんきょく』って言います。
「いらっしゃいませー」
自動ドアを通ると、中にいた郵便局いんの人達が、えがおであいさつしてくれました。
「こ、こんにちは」
まことくんも、小さな声でしたが、きちんとあいさつをかえしました。
かばんの中には、かおだけだして興味しんしんの表情で郵便局の中をみまわしているまんじゅうが入っています。まんじゅうは、いっしょうけんめいかんづめエサをさがしています。
「かんづめかんづめ」
人間の耳には、『にゃむにゃむ』って聞こえます。
「…コラ…静かにしてなきゃダメだよ」
にゃむにゃむ言っているまんじゅうに注意しながら、まことくんは郵便の窓口のれつに並びました。
肩からかけたかばんの中から、まんじゅうがまことくんに声をかけます。
「いつものお店と感じがちがうニャー。まことくん、おみせまちがえてニャい?」
「シーッッ……。ダメだよ。静かにしてて」
「でも、まことくん、ここはかんづめエサのおみせじゃニャいよ」
「まんじゅうっっ…もー……言うこと聞かないと、かんづめ買ってあげないよ」
「ニ゛ャニッッ?!」
ぴたっ、と、まんじゅうのおしゃべりは止まりました。
だって、かんづめエサを買ってもらえなかったら、なんのためにまことくんについてきたのか分かりません。
窓口では、背の高い紺色のせいふくを着たやさしそうなお兄さんが、切手を売ったりおてがみを受け付けたり、大きな荷物をあずかったりしていました。
「はい、それではお預かり致しますね。あ、えーとですねぇ……明日の午後にはお届け出来ますよ。あ、はい。大丈夫ですよ。では、お預かり致します。ありがとうございました」
お兄さんはていねいに、てきぱきと、郵便物を取り扱います。
長い列はどんどん短くなっていきました。
つぎのつぎでまことくんの番っていうところで、前に立っていた背広すがたの男と人がふりかえって、まことくんに声をかけてくれました。
「俺のは時間が掛かるから。おさきにどうぞ」
両手にいっぱいのおてがみを抱えた男の人が笑顔で順番をゆずってくれます。
「あ…ありがとうございます」
まことくんの担任のせんせいくらいのねんれいの男の人は、とてもがっしりとした人でしたが、とてもやさしい、まるでおとうさんみたいな笑顔をしています。
かばんの中のまんじゅうも、順番をゆずってくれた男の人をじーっと見上げていました。
「すみません栗原さん」
郵便局のお兄さんは、どうやらその男の人と知り合いのようです。
並んでいた男の人に、ちょっと頭を下げてからまことくんに笑顔を向けていらっしゃいませを言ってくれました。
「はい。いらっしゃいませ。こんにちは」
「こんにちは」
「今日は何のごようですか?」
まるで幼稚園のせんせいみたいなやさしい声です。
なんだか安心できるような雰囲気に、お母さんにたのまれるちょっとしたお買い物でもきんちょうしてしまうまことくんも、笑顔で用件をつたえることが出来ました。
「あの、このおてがみをおじいさんにおくりたいので、いくらですか?」
「はい」
お兄さんは、ていねいに受け取って、重さを計ってくれました。
「80円になります」
まことくんが四角いお皿に100円を置くと、花火の絵が描いてある切手とおつりの20円と、まことくんが一生懸命に書いたお手紙を乗せてくれました。
「わぁ…きれいな切手ですね」
「うん?これはね、『隅田川の花火』っていう記念切手なんだよ。東京だけでしか発売されていない切手だから、きっとおじいさん喜ぶよ」
真っ黒な背景に、花火が切り絵みたいに夜空にかがやいている、すてきな記念切手です。
「ありがとうございますっっ」
まことくんは、うれしくなって思わず大きな声でお礼を言ってしまいました。
「こちらこそ、ありがとうございます」
お兄さんは、礼儀正しくおじぎを一つ、してくれました。
「ここに切手を貼ったら、外のポストに投函してくださいね。向かって右側の『てがみ・はがき』って書いてあるところにいれてくれるかな?」
「はいっ」
じゃ、お願いするね。と、お兄さんは、笑顔のままで続けました。
まんじゅうは、いちぶしじゅうをかばんの中からじーっと見つめ続けていました。
まんまるの真っ黒い目が、お兄さんを見上げます。
そのあつい視線に気がついたのか、お兄さんはかばんの中のまんじゅうに気が付きました。
「わぁ、かわいいねぇ」
じーっとしていたまんじゅうは、とつぜん自分に声を掛けられたので、思わず返事をしてしまいます。
にゃー。
「わっ!…びっくりした。生きてるんだね。じっとしているからぬいぐるみかと思ったよ」
郵便局のお兄さんは、かわいいねぇを何回かくりかえしながら、となりの窓口のおにいさんより年上の女の人に何か話たあとに小さな箱を一つまことくんにわたしました。
「これ、カツオ節。食べさせてあげて」
「良いんですか?」
「良いよ」
箱をお兄さんにわたしてあげた女の人も笑って手を振ってくれています。
「今度、触らせてね」
そして、そのままボタンを押して『108番の番号札のお客さま、3番窓口へお越し下さい』って、スピーカからコンピューターの声を出して、お客さんを呼びました。
「ありがとうございます。ほら、まんじゅう、良いもの貰ったよ。おりこうに出来たから、後で一緒にあげるからね」
「うんっ」
まことくんは、順番をゆずってくれた男の人にもお礼をした後、切手をおてがみに貼って、そとのポストに投函しました。
「これで…よし…っと。さ、まんじゅう、かんづめエサを買いに行こう」
「にゃあっっvvv」
まんじゅうは、元気に大きな声で続けました。
「2こ買ってねっっ!!」
おいしいかんづめエサのゆうごはんの後。
「こんばんニャ。ミスにしきごいさん」
まんじゅうは、まことくんちのお庭の池に行きました。
小さいですが、手入れの行き届いた池の中には、まことくんのおとうさんがたんせいこめて育てているにしきごいが暮らしています。
おおきなコンクールで何回もゆうしょう経験のある、白地に赤い模様がすばらしくうつくしいミス錦鯉です。
ミス錦鯉は、ちょっときつい性格ですが、ほんとうはとってもやさしい女性です。
おりこうさんではないまんじゅうの、良きそうだん相手でもあり、母親役でもあり、先生役でもあります。
「はい。こんばんは」
うねうねと、太い胴体を妖艶にくねらせながらの登場です。
「あら、今日はなんだかいつにもましてごきげんみたいね」
「うんっ。今日はおいしいゆうごはんだったんだよっっ」
「あらそう。よかったわねぇ」
「かんづめエサってにおいも味もすごく良いんだよ。ミスにしきごいさんにもあげようか?」
「遠慮しておくわ。またへんなもの入れられてカビが生えたら御主人様にも心苦しいもの。で、今日はなんのようかしら?」
「あ、あのね……」
まんじゅうは、きょうの出来事をはなしました。途中でだっせんしてしまったり、まんじゅう自身もよくわからなくなってしまったり、ちがうものに興味を持ってしまったりと、とっても時間のかかる話でしたが、ミスにしきごいさんは、おとなしくまんじゅうのはなしを聞いていました。
「…でね、まことくんはそのしかくくてしろいものをあかいのに、ぽいってしたんだよ。おじーさんにはやくとどきますよーに、って言ってたよ」
「そぅ」
「あれって何かな?」
「うーん、あんたの話はいつもいつも難解なんだけど…多分、『お手紙』ってやつじゃない?」
「お手紙?」
「今側にいない相手に自分の気持ちを伝えてあげるって言う、人間の発明品よ」
「……うわぁ……すてきだニャァ……」
おてがみって、なに書けば良い?
おてがみって、いつだせば良い?
おてがみって、もらってうれしい?
おてがみって、おてがみって、おてがみって。
おかーさんにもとどくかなぁ?
ぼくげんきだよって、つたえたいな。
天国で眠る、まんじゅうのおかあさんに。
ねぇ、天国まではいくらの切手を貼れば良いのかな?
あの、あかいのに入れれば、かならず届くんだよね。
まんじゅうは、まことくんのべっどのしたに隠しておいた、宝物のこうきゅうニボシを取り出して、まんじゅうが生まれた、あじさいのお花の咲いている公園へ行きました。いりぐちには、郵便局の入り口にあったのと同じポストが設置されているのをまんじゅうは思い出していたのです。
切手のかわりに思いを込めて、ポストに煮干しを投函しました。
「てんごくのおかーさんに、おいしいにぼしをとどけてください」
まんじゅうは、ていねいに3回もポストに頭を下げてお願いしました。
おかーさん、げんきですか?ぼくはとってもげんきです。まことくんはとってもげんきです。まことくんのこいびとのかずやくんもげんきです。まことくんのおかーさんもおとーさんもげんきです。みんなげんきです。
おかーさん、にぼしあげるね。たべてください。
おかーさんげんきでね。
いつもわらっててね。
ぼくもわらっているよ。
おしまい。
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