【fig】

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 筆を止め、夜の庭を一人眺める。
 月明かりにぼんやりと浮かぶ苔庭の向こうには、静かな闇が見えるばかりだ。
 「………」
 暫く夜を眺めた後に、机の上に視線を戻せば、小さな皿に紫色に熟して割れたいちじくの実が一つ置いてあったのに気が付いた。
 「…ああ…いかん…すっかり喰うのを忘れておった」
 夕方頃まで何やらくるくると働き回っていたサンジは、今が一番美味しいからと、儂の庭のいちじくの木から勝手に一つ実をもいで、井戸で洗って儂の部屋まで持って来た。

 『先生食べなよ。実らせたまま放って置くのは勿体ないよ』
 普段は画材と紙しか置かないこの机の上に、コトリと置いてニコリと笑った。
 『な?』
 覗き込むようにして首を傾げて言う姿に、これは絵を描く為だけの特別な机だぞ、と、怒ることすら忘れてしまった。
 『…わかったわかった』
 サンジの屈託ない笑顔にもまるで動じていないかの振る舞いで、殊更ゆっくり絵筆を握り墨を吸わせて紙に向かってみせた。

  
 窄まった割れ目から指を突き立て皮を捲る。
 完熟のいちじくの皮は面白いほど素直に剥けた。
 強く握った場所から汁が滴り、
 「おおっ…」
 慌てて口に果実を運ぶ。
 口の中で実の解れる音がジリジリ…と鳴り、噛み締めるごと甘い香りと味が広がってゆく。
 「…うん…旨い…」
 奥歯で噛み締めると、プチプチと小さな種が潰れて割れた。
 サンジの姿を思い出しながらいちじくを齧り、夜の庭を一人眺める。
 

 いちじくは花を咲かせずに実をつける。
 だから名前を無花果と書くのだそうだ。
 そう言えば花の姿を儂は知らない。
 だが本当は。
 いちじくを口にした者ならば誰もが必ず花を目にする。
 紫色に熟した果実を割れば、無数に現る甘い粒。
 ごく軽く前歯で齧れば、さふさふと解れて喉へと転がり落ちていく。
 何度もあの実を味わったのに。
 長年儂は気が付かなかった。
 あの、実だとばかり思い続けていたものこそが花だったとは。
 いちじくは決して無花果ではないのだ。

 『見えているのに視ていないだけ』

 

 言われて、言葉がつきり…と、胸に刺さった。
 

 もう話したかもしれないが。
 儂は蔵の奥深くに陰間を一人所有している。
 かつて偶然に手に入れた、緑の髪の少年だ。
 男の味を知ったのはこの蔵の中が初めてだと彼は言う。
 抱かれることは嫌いじゃないと、動じず彼は口にする。
 『約束』だから、決してここから逃げ出さないと儂に言う。
 『あんたが死ぬまで、俺はあんたの側にいる』
 静かに睨み付ける鳶色の瞳。
 まるで斬りつけられているかのような錯覚。
 あの陰間は…おそらくいつでも儂を殺せる。

 恐ろしいものを拾ってしまった。
 見殺しにしてしまえば良かった。
 いつか儂の手には負えなくなってしまうだろう。
 少年は、やがて男に変化して行く。
 いつまでも蔵に閉込めていられる自信は無い。

 殺される。

 どんな仕草を見ていても、恐ろしいと感じてならない。
 老い先短い年寄りだが、それでも死ぬのは恐ろしいのだ。
 ならばいっそ遠くに捨ててしまえば良いと知ってはいるが。
 それすら儂は出来ずにいるのだ。

 なぜならば、彼のような陰間を儂は他には知らない。
 例えるならば…修羅…そのものだ。
 存在が恐ろしいのだ。
 恐ろしいのに……美しい。
 独り占めにしてまで描きたい。
 余す所無く描き切りたい。
 あの存在感を儂は絵筆に書き留めたいのだ。

 
 
 少年を見る度に複雑な想いに囚われる。
 自分のものにしたことを今でも儂は後悔している。
 同時に儂は逸材を手に入れたことが心底嬉しい。
 罪悪感が無い訳ではない。
 優越感が無い訳ではない。
 どうすれば良いのか分からないだけだ。
 どうしたいのか分からないだけだ。

 分かっているのはただ一つ。

 

 儂には彼が必要なのだ。 

 

 

 名前は…彼の言葉を信じるならば。
 ロロノア・ゾロと言うそうだ。

 

 肉筆画の依頼が入る。
 吉原の一枚目の花魁からの注文だ。
 男に抱かれるゾロの姿を描いたものが欲しいと言う。
 卑猥なら卑猥な程良いとのことだ。
 眺めるだけで相手は勃起し、自分は蜜を滴らして自ら股を開いてしまいたくなるような過激なものが欲しいと言う。
 ロビンと言う名の吉原一の花魁は、ゾロのように感じることが出来れば良いのにね…と、少し寂しげに笑って手付けの金を差し出した。

 
 「……うっ……ん……」
 ゾロは男の下で身体をうねらせ声を漏らした。
 快感に濡れた喘ぎは覆い被さり激しく腰を揺する男を更に興奮させ、性交は更に淫らに激しさを増して行く。
 自ら大きく股を開き、腰を浮かせ、最も感じる秘所に相手の男根を挿入させるべく身体を揺らす。
 恥じらいなど微塵も無い。
 今は何よりも達することが最優先になっているのだ。
 しっかりと両腕で掴まれた腰を相手の股間に押し付けたまま卑猥な動きを繰り返す。片手で完全に勃起した形良い自分の男根を擦り上げ、空いたもう片方の手では自分の乳首を掴んで弄る。
 「……くれ…っ…よ…」
 喘ぎの合間に懇願するのも手慣れたものだ。
 獣のような呻きの後に、相手の動きは限界までに速さを増した。ようやく好みの激しさになったのが嬉しいのか、ゾロは唇を舌で湿らし僅かに口元だけをほころばせ、両手で柔らかな寝具を掴んだ。
 ゾロは凶暴な性交を好む。
 激しく突き上げられることに感じ、肉欲の限界まで揺さぶられることに理性を失う。
 淫らに犯されることに身体が悦び、乱暴に犯されれば犯される程、淫乱な本性が剥き出しなって行く。
 「うっ…ああっ!…あっ…あ…っ!…」
 弓のように身体を撓らせ、全身を硬直させ、肛門に全ての神経を集中させているのが分かる。
 小刻みに身体を痙攣させ、遂には喘ぎの声すら途切れて止まる。
 「そ…っ…こ……っ……ううっ!!…」
 苦しげに言った後は、もう何も喋れなくなった。
 男が掴んだゾロの腰は既に突き上げられるがままとなり、自ら感じる場所を突かせるような動きも消える。時折我慢ならない快感に襲われるのか、引き攣ったような呼吸を幾度も繰り返す。
 固く瞑っていた目が開かれる。
 その表情の淫らさを儂は脳裏に焼き付ける。
 もうじきゾロは絶頂を迎えるだろう。

 『カタ…ッ…』

 儂は最後まで見ること無く仕掛けの覗き窓を閉じ、ゾロを奥深く閉込め隠している蔵を後にした。

 

 

 

 「先生っ」
 庭の方から声を掛けられ絵筆を止める。
 顔を上げるとサンジが笑って手を振っていた。
 数ヶ月前、旧友のゼフからの頼みで、サンジを預かって以来、三日おきに儂の家に顔を出しては何かと家のことをしてくれるようになった。料理を始め、炊事洗濯、掃除もこなす。本業のバラティエの方は大丈夫なのかと心配すると、『ジジイも良い勉強だって言ってるよ』と、白い歯を見せてニコニコと笑う。
 勿論、儂の為だけに来ている訳ではない。
 時間があれば、勉強の為だと儂が絵を描く所を見学し、夜にはゾロが待つ蔵の中へ行きたいと、二人の仲を知っている儂に照れながら鍵を欲しがる。 
 鍵を手渡す儂の気持ちを知らないサンジは、バラティエへと帰る直前まで蔵へと籠る。
 別れの際には僅かにゾロの匂いを纏わせながら、それでも儂だけに『じゃ、また』と、笑顔を見せる。
 ゾロと同い年の少年。
 ゾロとは全く違う環境の少年。
 金色の髪、青い瞳。
 しなやかな身体。器用そうな指先。
 優しく、屈託無く。
 子供の頃に付いた傷など、微塵も感じさせないような。
 太陽のような。満月のような。
 いるだけで心の安らぐような気がする。
 アレとは違う。全く異質の存在だ。
 決定的に違うのは。
 与える力を持っていることだ。

 サンジの持つ、屈託の無い、心の底からの笑顔は。
 老人の枯れた戀心まで蘇らせる。
 無論…叶わぬ想いと言うことは……百も承知だ。
 

 内心かなり苦心して破顔するのを堪えた後、いつもの顔を作ってみせる。
 「どうした?今日は来る日じゃないだろう」
 素っ気ない風を装い、また絵に戻る振りをする。
 「うん。そーなんだけどさ、ジジイから頼まれものされちゃってさ」
 言いながら、サンジは縁側から靴を脱いで家の中へと上がって来た。
 「はい、コレ」
 ズボンのポケットの中から封筒を取り出し儂の方に差し出してくる。無造作に捩じ込んでいたのだろう、封筒も、中に入っていた便箋も皺だらけだ。
 「自分で持ってけば良いじゃねーかって言ったんだけどさ、仕込みがどーとか言って厨房から出てきやしないんだよね。ま、出掛けるの嫌いじゃないから良いんだけどさ」
 喋りながら座敷の中に入ってくる。
 「あ、いちじく食べた?」
 「ああ」
 「美味かっただろう?」
 「ああ、旨かった」
 「だろ?」
 言いながら辺りに描き散らした紙や画材には手を付けずに、散らかしてある部屋のゴミを手早く拾い、
 「座布団干しちゃうよ」
 手際良く、使っていない座布団を日の当たる縁側に並べる。
 「毎年食べずに腐らせてんの?」
 「何が?」
 「いちじく」
 「ん…?…ああ…いちじくか」
 「うん。あ、ねぇ、少し空気入れ換えるよ」
 儂が頷くのを確認すると、二方の襖を少しずつ明ける。
 途端に初夏の乾いた空気が流れ始めた。
 「この時期は毎日空気の入れ替えした方が良いよ。気持ち良いしね。絵、触っても良い?」
 「…ああ」
 トコトコと儂の側まで近寄ってくると、跪いて辺り一面に散らばっている手慣らしの絵に手を伸ばし、
 「…っ……」
 描いている内容に気付いて動きが止まってしまった後、黙って丁寧に纏めて揃えて置いた。小引き出しから分銅を取り出し渡すと、紙の上にそっと乗せた。気付かれないようにサンジの横顔を盗み見ると、顔を赤く染めていた。
 「…よし…っと…」
 小さく呟き、サンジが切り替えるように顔を上げて儂を見た。
 「…んで?やっぱ腐らせてるの?」
 「んん?」
 「ん?いちじく」
 「…ああ…そうだな…昔は良く食べたが…あれだけ実っていると段々とな。良かったら持っていくか?店の仲間に食べさせれば良い」
 「いいの?」
 「ああ、構わん」
 「ありがとう。じゃ、後で。……あ、そうそう。あのさ、何食ベたい?」
 「んん?」
 「夕飯。今日、俺作ってくよ」
 「おおそうか…」
 サンジの話題はくるくる変わる。しっかり耳を傾けなければ直ぐに何の話なのかも分からなくなる。若い者には丁度良い速さなのかも知れないが、老人には些かついて行くのも難しい。
 仕方が無い。絵を描くのはまた後だ。
 儂は墨を含ませた小筆を硯の上に置いた。
 すると、絵を邪魔してしまったのかと思ったのか、
 「あ、ごめんっ。良いよ良いよっ。黙ってるから絵描きなっ」
 慌てサンジは儂から離れて座敷の端にちょこんと座った。
 「…ごめん」
 面白い形をしたマユゲが情けなさそうに下がっているのが可愛らしい。
 儂は吹き出し、ひとしきり笑った後、
 「気にしなくても良い。儂も丁度行き詰まっていた所だったからな。サンジ、悪いが茶でも煎れてくれないか」
 「うん。いいよ」
 ホツとしたように顔をほころばせると、サンジは立ち上がり、台所へと歩いて行った。
 サンジを後ろ姿を見送った後、ゼフからの手紙を読んだ。
 ぎこちない挨拶が少し。近況が少し。
 『サンジを独立させようと思う』
 途中、呼吸をしていなかった自分に気付いた。
 小刻みに手が震えていた。

 サンジを離れた海に出したいと思う。
 いつまでも俺の下じゃ成長出来ない。
 連れて行ってくれる船も見付かりそうだ。
 船長はサンジより年下だが信頼出来る。
 名前はルフィ。良い目をした男だ。

 「…サンジが……海に………」
 儂は何も、考えられなかった。

 

 

 

 「…あのさ、先生…話掛けても良い?」
 夕食の後、また儂が絵筆を握り始めた頃、渡した蔵の鍵を弄りながらも儂の傍らに座ったまま動かなかったサンジがようやく声をかけて来た。
 昼間のくるくると話が移り変わって行った明るい口調とは打って変わった重たさだった。
 「……ん…何だ?」
 絵筆を止めて、返事をする。
 「ゼフの手紙、読んだ?」
 「…ああ」
 平静を装い、手元の絵を眺める。
 「俺のこと…書いてあった?」
 「ああ。旅に出るそうだな」
 「……うん……」
 サンジは、言葉を探して暫く黙る。
 「俺…さ、先生の所に来れて良かったよ。……勉強になったこともたくさんあったし…」
 「………そうか…」
 「先生に会えたのも嬉しかったよ。本当に」
 「そうか…」
 「ホントはもっといたいんだけど…でも…」
 サンジは言葉を探していた。
 言い掛けて、止まり、また考えて、言いかけて、止まる。
 随分長い時間躊躇した後、サンジは言った。
 「でも、俺行きたい海があるから」
 「そうか」
 儂は自分の絵から目を離さずに言った。
 「それは、良い決心だ」
 「………うん」
 ありがとう、と、サンジの声が小さく届いた。
 儂はゆっくりと絵筆を拾い上げ新しい紙を机に乗せた。
 するすると筆を動かしゾロの裸体を描いて行く。サンジはもう何も言わずに、じっと儂の絵を見詰め、儂も何も話さなかった。

 分かっている。必死になればなる程滑稽で、想いを込めれば込める程、醜く哀れでみすぼらしい。
 「……っ…」
 息を詰めて感情を抑える。
 老いて長じたのは『繕う』ことでは無かったのか?
 子供どころか孫までに、年の離れた少年に戀をした所で実るものなど何も無いのだ。
 無花果。
 いや、花どころか儂の戀には実も出来ない。
 無花無果だ。
 叶わぬ戀など百も承知だ。
 だからこうして儂の想いは隠しているのだ。

 愛しているんだ…っ…。

 墨を筆の根本までたっぷりと吸わせ、飛び散らすように紙に絵筆を叩き付ける。
 想いを腹の奥底に引き摺り落とす。

 欲しい。サンジ。お前が、欲しい。

 想いの欠片も伝えないまま、お前は遠い場所へと行ってしまうのか。
 「…先生?どうしたの?」
 不安気なサンジの声が耳に届いた。
 「……いや…何でもない…」
 枯れ果てた皺枯れ声が辛うじて、出た。

 どうして儂はゾロではないのだ……っ…

 握った絵筆が、ボキリと、折れた。
 「先生…?」
 儂は真っ直ぐサンジを睨んだ。
 「……先…生…」
 サンジは儂を知らない男でも見るかのような表情で見詰める。
 「どうしたの…?」

 ………好きだ…っ…

 

 言葉を飲み込み、違う言葉を口にする。
 「…サンジ、最後にお前を描かせて欲しい」
 これは、儂にとっての別れの言葉だ。
 「……え?…」
 言ってる意味が分からないと、戸惑った表情を見せるサンジをギリリと睨む。
 「肉筆画の依頼を受けた。相手は吉原の一枚目だ。ゾロを描いた枕絵が欲しいと言っている」
 何か言いかけたサンジを制するように言葉を続けた。
 「眺めるだけで男は勃起し、女は股を濡らすような、卑猥なものが望みだそうだ。今夜にでも見合う男を手配しようと思っていたが、気が変わった。サンジ、お前がゾロの相手をしてくれ」

 老人は、所詮老人だ。
 いくら望んだ所で相手の性欲を満足させる力など衰えて久しい。
 静かに愛し合い、想いを伝え合う、静かな戀が理想の形と言われるだろう。
 しかし儂が望んだ戀の形は精神的なものだけでは決してないのだ。心は欲しい。だが、身体も欲しい。
 老いたことなど、性への欲を諦めさせる理由にはなれないのだ。
 儂はサンジと激しい性交がしたいのだ。
 叶わないのは、百も、承知だ。
 現に、儂の一物は、勃起の力を無くしてしまった。
 無理な望みであることも悲しいくらい理解している。
 それでも。
 それでも儂はサンジのことが欲しかった。
 儂の身体の下で喘ぐサンジが見たかったのだ。
 (愛している)
 心の中で呟いて、儂はサンジを睨み付ける。
 「ゾロの身体は充分知っているのだろう?いつも通りに抱いてやれば良いだけだ。出来るな?」
 「…そ…そんな…なんで…?」
 (儂はお前を抱けないからだ)
 「どんな男に抱かれるよりも、お前に抱かれた方がゾロは酷く乱れるからだ」
 「……っ…」
 言われた途端にサンジは耳まで真っ赤になった。
 「な…なんで知ってんの…?…」
 「違うのか?」
 「…違うも何も…だって…他の奴とヤってるところ知らないし…」
 「儂は知っている」
 「先ーー」
 「だから、言っている。儂は完璧なものが描きたいのだ。ゾロはお前に抱かれることで誰よりも深く感じている。儂は淫らなゾロが描きたいのだ」
 「…でも…」
 「サンジ…儂の最後の頼みが聞けないのか?」
 「……最後って…」
 「お前の旅は何年掛かる?」
 「…分からない」
 「戻ってくると約束出来る旅なのか?」
 「…それは…」
 「儂は、お前を描きたい。お前を見ながら描きたい。儂の…儂の望みを叶えるのには、サンジ、お前が必要なのだ。次がいつかも分からないまま、儂はお前と別れたくない。今お前を描かせてくれ。儂を満足させてくれ…っ。頼む…っ…」
 いつしか両手を床につき、額を畳に擦り付けていた。
 「そんな先生…やめなよ…っ」
 慌てたようにサンジは儂の側に近寄って、儂の両肩を強く掴んで顔を上げさせる。
 間近で見るサンジはやはり美しかった。
 困ったような表情が愛らしかった。
 両肩を掴まれているのに気が付き、初めて触れられた事実に気付いた。
 「…先生」
 サンジは間近から儂の顔を見詰める。
 (なんと柔らかそうな…)
 形の良い唇が、ゆっくり動き、確かめるような口調で尋ねる。
 「俺、恥ずかしいよ…」
 口付け出来ればどんなに幸せだろうか。
 「…でも……先生はどうしても見たい?」
 儂は何度も頷いた。
 「…お願いだ…」
 「……分かった…それが先生の願いだって言うんだったら、俺言われた通りにするよ」
 とうとうサンジは観念してくれた。

 

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