【鎖を持つ家】

1



プロローグ

 

 嫌な夢を見た。

 

 誰も知らない山奥に一本の細い道が続いていた。
 人一人が通るのもどうかってぐらい細い道で、両脇にはびっしりと熊笹が生い茂っている。
 原生林っぽい森はもの凄い湿気で、木の幹や所々に剥き出しているデカい岩の表面には、しっとりと濡れた苔に完全に覆い尽くされていた。夏だって言うのにひんやりと湿った空気が足下に溜まっている。
 夕暮れまでにはまだ数時間ある筈なのに、鬱蒼とした森の中には光がほとんど差し込まないせいか、森の奥は薄暗くなっていて見通すことが出来ない。
 不自然なぐらいに踏み固められた道を歩く。
 湿気に濡れて、気をつけて歩かないと滑って転びそうな道を俺は一人歩いていた。
 焦っていた。
 何だかとても焦っていた。
 俺は急いで『あの家』に行かなきゃならなかった。
 行って、助け出さなきゃならなかった。
 助ける……って言うよりも…取り返す…いや…奪う……奪い返す……そうだ…俺は奪い返さなくちゃならなかった。

 時間が無かった。
 とにかく全然時間が無くて焦ってた。
 どうしよう…どうしよう……っ…
 早く行かなきゃ…っ…
 取り返しのつかないことになる……
 取り返しのつかなくなる前に、俺はどうしても奪い返したかった。
 『誰』を……?
 …そう言えば…夢の中ではそんなこと考えもしていなかった。
 ただ、あの家から奪い返したい。
 それだけだった。
 ひたすらに焦っていた。

 細い道の向こうに『あの家』がある。
 知らない道なのに俺はこの先にあるモノが何か知っていた。
 心細くて不安で怖い。
 普段の自分だったら、絶対こんな場所には来ない。
 それでも。
 俺は奪い返さなくちゃならなかった。 
 先の見えない道の先を睨み付けながら俺は道を歩き続ける。

 『ジャラ…』

 鎖の音が聞こえた。
 怖かった。
 どんどん家に近付いて行くのが分かった。
 近付けば近付くほど、どんどん恐怖が増して行く。

 怖い…怖い…っ……

 恐怖心が何度も俺の足を止めた。
 「……っ…」
 そしたら今度は恐怖心からか、途端に地面にメリ込むんじゃないかってぐらい足が重くなっていった。
 歩いても怖い。止まっても、怖い。
 「……クソ…ッ……」
 身体が震える。
 怖い。怖い。
 ……怖い……っ……。
 「………ッ…!!」
 夢の中で、俺は相手の名前を叫ぶ。
 道の向こうであの家が俺を見付けたことに気が付く。
 森の中の空気がザワッ!!っと変わる。
 「……うっ!!」
 身体の奥がザワッ!!っと嫌な音を立てる。
 汗と冷気で不快に濡れたシャツが、ぴったりと背中に張り付き、俺の身体を急速に冷やして行った。

 (取り返さなきゃ…っ…奪い返さなくちゃ……)

 得体の知れない恐怖が襲ってくる。
 俺は何とか次の一歩を踏み出そうとする。
 「……ーッ!」
 あいつの名前を叫びながら。

 

 遠くでガキの笑い声が聞こえた。

 

 

 

 ゾロが俺の前から姿を消した。
 はっきりとあいつは俺に別れの言葉を告げてきやがった。
 曲げられない強い意志でモノを言う時の独特の口調だった。
 二日前の出来事だった。
 信じられない。
 信じられない。
 どうして俺が捨てられる?
 信じられない。
 どうしても。
 信じられない。
 
 信じられなくて。
 何も、出来ない。

 

 

 「…………ッッ!!!」
 半ば力尽くで夢から覚めた。
 「……はぁ…はぁ…はぁ…っ…はぁっ……」
 嫌な汗でシャツがびっしょり濡れて、背中に張り付いていた
 「……チッ…」
 真っ暗な部屋の中。リビングの窓から差し込む月明かりでぼんやりと浮かび上がる散乱した室内を壁際に踞ったまま眺める。
 二日前。俺は爆発した感情のままにゾロの部屋を滅茶苦茶にした。

 『畜生ッ!!畜生ッッ!!…畜生ーッッ!!!』

 机を引っくり返し、テレビを床に引き倒し、オーディオを叩き壊し、壁を蹴り破った。
 壊れていないものなんて何も無い。
 床が見えなくなるぐらいまで散乱した本。割れた皿。ゾロの服。
 切り裂いたソファー、蹴り壊したサイドテーブル。
 壊れていないものなんて、何も、無かった。
 直ぐ側に力任せに床に叩き付けた俺の携帯電話が転がっている。
 「…………」
 
 嫌な…夢だった。
 びっしょりとかいた汗が引いて行くのをじっと待ちながら夢のことを思い出す。
 「………」
  ズボンのポケットから潰れかけたタバコとライターを取り出し一本銜え火を点ける。
 『シュボッ…』
 肺の底まで煙が辿り着けるように深く吸い込み、
 「…フー……ッ………」
 長く深く煙を吐き出す。
 「………」
 …あんな夢は初めてだ。
 普通の悪夢なんかとは比べ物にならないぐらい不吉で不安で、怖かった。
 まだ全身に先刻までの不安感がリアルに残ってるぐらいだ。
 落ち着かせるように何度も何度もタバコを吸って煙を吐き出す。
 それでも不安定になったままの気持ちは少しも落ち着きそうにない。だたっ広いリビングルームの隅でじっと膝を抱え込み、頭を膝に押し付ける。
 この二日間…自分に起きた出来事が信じられなくて、現実から逃げるように過ごして来て…疲れ果てて…ようやく眠れて…そしたらあの夢だ。

 はぁ…はぁ…はぁ…っ…はぁ…っ……

 指先まで短くなったタバコを傍らに落ちていたガラスの破片に押し付ける。
 暗い森。細い道。冷たい空気…圧し潰されそうな恐怖。
 耐えきれなくなって夢から逃げ出したら出したで…
 「……これかよ……」
 やっとの思いで目を醒しても…この…現実だ。
 待っても待っても、あいつはここに帰ってこない。
 「…っ」
 身体を小さく小さく丸め込む。

 ………いない…

 「っっ…!!」
 叫び出しそうな不安感は容赦無く俺を襲う。
 いない。いない。
 ゾロはここには帰ってこない……
 「……ロ…ッ…」
 思わずあいつの名前を呼びそうになる。
 咄嗟に膝を抱えた両手に力を入れて声を出すのを堪えた。歯を食いしばって出掛かった言葉を飲み込む。
 言葉にしたら…自分がどうなるか想像出来ない。
 『…すまない』
 あいつの声が今も耳から離れない。
 『…もう…戻らない』
 信じられない。
 信じられない。
 「……ゾ…ロッ」
 一生って約束だった。
 そう。あいつは俺に『約束』したんだ。
 一生俺を束縛するって。
 約束するって、言ったんだ。
 なのに……あいつは、俺を捨てやがった…っ!!
 「……ゾロッッ!!」
 頭にキテんだか、不安なんだか、寂しいんだか、何だか全然分からねぇ…よ…っ!!
 頭を掻きむしる。掴んだ自分の髪の毛を全部引っこ抜くぐらいの力で引っ張る。ヒリヒリ痛む髪の付け根の感覚を追いまくる。痛みしか縋るモンが無いような気にまでなってくる。 
 ゾロがいない。
 ここまでショックなのがショックだ。
 いないってことがこんなに俺にダメージを与えるなんて思いもしなかった。
 最悪だ……っ。
 最悪だ…っ!!
 最悪だっ!!!
 自分でもどうかしてると思った。なのにどうにもならない。
 野郎一人いなくなったぐらいでこんなに動揺している自分が嫌だった。たった二日でおかしくなりかけている自分が嫌だった。
 引き止めることも出来ず、
 追い掛けることも出来なかった……
 ただ済まないと謝るゾロに向かって出た言葉は、
 『…ああ…っ……そーかよ……分かった…よっ……だったら…っ………テメー…の……っ……好きに…しろ…よっ…!!!!』
 震えそうになる声を誤魔化すのが精一杯だった。
 本当は縋り付いてでも引き取めたかった。
 逆ギレてる場合なんかじゃないのは、本当はちゃんと分かっていた。
 でも、俺には何も出来なかった。
 出て行ったきり帰らないゾロの部屋に一人残されて、怒りまくってゾロの部屋中滅茶苦茶にして、そのくせ自分のアパートにも帰れなくて…バカみたいに…こうやって…ゾロの帰り待って、待って、待って……。
 最悪だ。
 グッと手を握り締める。
 ……手が、ゾロの感触を忘れられない……っ…。
 耳が…ゾロの声を忘れられない……

 「……ゾロッ…!!!」

 

 『…はいロロノアです。ただいま電話に出られません……発信音の後にメッセージを……』
 『ーーーーーっっ!!!』

 

 悩んで悩んで、半日悩んでゾロの携帯に電話を掛けた。
 俺から絶対に電話を掛けないのが自慢だった。
 なのに、電話は留守電に切り替わりやがった。
 力任せに床に叩き付けた俺の携帯電話は、バキッと嫌な音をたてたまま、ウンともスンとも言わなくなった。

 「…ゾロッ……ゾロッ…!」
 気が付けばバカみたいに何度もアイツの名前を呼び続けていた。
 「ゾロッ、ゾロッ!!……ゾロッッ!!!」
 言いながら鼻の奥がツン…と、痛む。
 泣きそうだった。
 テンパって、パニクって。本当、もうギリギリで。
 「………ゾロ…ぉ…っ……」

 一人なんだ。
 もう、ゾロはいない。
 俺は、一人だ。

 突然思い知ってしまった。
 腹の底からゾロがいなくなってしまったことに気が付いた。
 「ーーーーーっっっ!!!」

 ばき。

 心のどこかで変な音が、した。
 途端、何かのバランスが壊れた。
 「……あ……ああ……あ……っ…」
 感情って感情が暴走する…っ。一気に自分の内側に向かってもの凄い勢いで、ガーッッ!!っと集まり出す…っ…!
 「…うっ…ぁあ…っ!!」
 もの凄い勢いだった。
 感情があるべき場所から全部自分の中心一点に集中していく。自分の意志じゃどうやっても止められない。マジでヤバいと思った。もしかしたらこのまま頭がおかしくなるかもしれない。
 おかしくなったら、もう多分戻れない。
 でも、この激流みたいになった感情は俺のちからじゃどうにもならない。
 第一、どうやって止めるんだよ?
 「………ぁ…」
 俺は息を詰めながら、指一本動かすことも出来ないまま、感情が爆発することを受け入れた。
 気が狂う…って、こういうことなのかもしれないと、頭のどこかがぼんやりと思考した。
 感情が一点に集中しきった。
 もう、本当に何も考えられない。
 宇宙の終りとか、多分きっとこんな感じだ。
 集中して、固まって、ありえないくらい凝縮して、爆発する……寸前…『その音』は、なった。

 『ジリリリリリ…ジリリリリリリ…』

 「っっ!!!!」
 引き攣ったよう息を吸う。
 心臓がバクバクした。スゲー痛い。
 気持ちがおかしくなりかけた状態で、何も考えられないような状態の中響いた『音』は、ひどく俺を不安にさせた。
 音って認識も出来なかった。
 音って言うより刺激だった。
 神経を直接ザラザラザラザラッ!!っと逆撫でられた。
 「………」
 俺はもう一度不器用に息を吸う。肺に空気が入るのも痛かった。
 「………」
 暫くしてその刺激が『音』だって分かった。
 でも、何も考えられなくて、何も出来なかった。
 「………っ」
 無言で音元に顔を向けた。
 『ジリリリリリ…ジリリリリリ…』
 俺の傍らに落ちた携帯電話から鳴っていた。
 『ジリリリリリ…ジリリリリリリ…』
 「………」
 感情を引き攣らせたまま無言で見詰める。
 携帯電話は暫く鳴って、
 『ジリリ…ッ………』
 切れた。
 (あの着信音………)
 ぼんやりと頭の奥が考え始める。
 あの音は…あの音は………
 答えを見付ける前に、また、携帯が鳴った。

 『ジリリリリリ…ジリリリリリリ…』

 ダウンロードして設定した、黒電話の着信音。
 この音は……
 「……この音は……」

 『ジリリリリリ…ジリリリリリリ…』

 メモリーの中で、唯一この音にした電話番号。
 携帯を見なくても誰からか直ぐに分かるように設定した着信音。
 ゾロの携帯からの着信音……
 あいつからの電話じゃなきゃ鳴らない着信音だ……

 『ジリリリリリ…ジリーーー』
 反射的に。
 飛びつくように電話を拾った。
 『ピッ』
 頭の中真っ白のまま、通話のボタンを力一杯押した。
 「もっ…もしもしっ!!もしもしっ!!ゾロ?!ゾロか?テメェ一体どこにーーーー」
 怒鳴りつけるように声を出している最中、もの凄いノイズに気が付いた。でも、止まらない。
 「おいっ!!どこにいるんだよっ!!ふざけんなっ!!…こんなことしやがって…!!ただじゃおかねぇぞっ!!おいっ!聞いてんのかっ!!ゾロッ!!」
 涙で変に声が震えた。
 携帯を耳に力一杯押し付けて、ゾロの返事が待ちきれなくて声を何度も詰まらせながら怒鳴り続けた。
 ふと、手の中の違和感に気が付いた。
 「おいゾロ…っ……?……っ…!!……」
 言葉が途切れた直後、ガキの笑い声が聞こえた。
 「………ゾロ様…ここにいるよ……」
 想像もしなかった声に、ザワァァァッッッッ!!っと頭のてっぺんまで鳥肌が立った。
 力一杯携帯を握っていた手の力が抜ける。
 ガキ特有の甲高く感情の成熟してない口調。
 「ここにいるよ」
 ザーッッ!っと鳴り突けるノイズの中、いやにはっきりと耳に届いた。
 「……誰だ…お前………」
 電話の向こうでガキが笑う。
 「…ここにいるよ…もう会えないよ…っ」
 堪えきれずに吹き出したような笑い声。
 「テメッ!…誰だっ!!どういうことだよっ!!ゾロを出せよっ!!!」
 「…来いよ…今ならまだ会える…」
 「ゾロを出せよっ!!」
 「お前…」ガキなのに高圧的な。「物を頼める立場だと思っているのか?」
 「う…うるせぇっ!!ゾロはどこだっ!!ゾロを出せっ!!お前ゾロに何したっっ!!」
 「会いたいなら」
 ぴしりと言われた。
 「お前がここまで来い」
 「…っ……どこだよ」
 「…夢で…見せてやっただろう…」
 「夢って…」
 「先刻見たばっかりなのに、忘れたのか?」
 暗い森。獣道みたいな細い一本道…。
 その先にあるのは………何だった…?
 ガキがバカにしたような口調で島の名前と地名を言った。それは、ゾロの実家のある場所だった。
 「擁護(おうご)に会いな…後はあいつに案内させる」
 そのまま一方的に携帯は切られた。
 『ブツッ…』
 受話器からは何の音もしなかった。
 何の音も、しなかった。
 本来聞こえる筈の『ツー、ツー…』って、アノ音もしない。
 「………」
 俺は、ゆっくりと耳から携帯を離す。
 それから、ゆっくりと…関節が『ギギ…ッ』と軋んだ音を立てるぐらいゆっりと、手の中の俺の携帯に顔を向けて、見た。
 「…ウソだろ……」
 ゾロの携帯電話に電話した後、力一杯床に叩き付けられた俺の携帯電話。折り畳む部分は割れて欠片が無くなってて、本体の線が剥き出しになっている。
 もう僅かな部分で辛うじて繋がっているだけのような状態だ。
 俺は無言のままで携帯電話を裏返す。
 「………っ……」
 電池のフタも外れたまま。
 そして、中身は空だった。
 ゆっくりと床に視線を下ろして探す。
 探しているものは直ぐに見付かった。
 少し離れた場所に転がった、携帯電話の内蔵電池。
 「………」

 電話なんて、掛かるはず、無かった。

 

 

 

 

 長い時間手の中の壊れた携帯を見詰めていた。
 携帯電話はもう何の音も出さなかった。
 当たり前だ。
 電線が切れてる上に、中に入っていた電池が外に飛び出してりゃ電源自体入らねーだろう。
 「………っ…」
 夏だって言うのに、ヘンな寒気に身体が震えた。
 タバコを探して火を点ける。
 「……な…何なんだよ……」
 頭ン中、整理する気持ちで言葉を口にする。
 何だか気持ちがものすごくささくれだっていた。
 自分の心臓の音も、自分の呼吸も、ざわざわと血管の中を血が流れる感覚も、何もかもが不快に感じた。落ち着かないような、イライラした感じ。
 自分の声まで不快に感じた。
 まるで感覚の奥の方で、思考が蠢いているような感じ。
 ああ…まだ、何も考えられない。

 『…ゾロ様…ここにいるよ……ここに、いるよ……』

 甲高いガキの声。
 「ーーーーーっっ!!!」
 自分を取り戻そうと、手近に落ちていた本を思いきり壁に叩き付けた。
 バシィッッ!!!!
 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…う……っ……あ…あああああっっ!!!!」
 携帯を力一杯握りしめたまま寄り掛かっていた壁に拳を叩き付ける。
 痺れるような痛みが走ると、その後、溜まったストレスみたいな嫌な感じが少し消えたのに気がついた。
 「ああっ!!ああっ!!…うわあああっっ!!!」
 何度も何度も叩き付けた。終いには後頭部まで壁に叩き付けた。
 「うわぁーーーーーっっ!!!!!」
 腹の底から叫んだ後、バカみたいに涙が出てきた。
 「……ぁぁぁ…っ…!!……っく……ゾロ…っ」
 嗚咽の合間にあいつの名前を呼んだ直後だった。
 まるで、ブラックホールの最期。
 一瞬の空白の後、爆発したみたいに感情が溢れ出してきた。まるで、先刻の逆で、おかしくなりかけた感情が、一気に正常に戻ろうとするみたいな、ものすごいエネルギーを身体の中で感じた。不思議だったし、腹立たしかったし、嬉しかったり、悲しかった。まるで全部の感情が一気に最大になったような感じ。やっぱりこれも自分じゃどうにもならない…っ。感情が、すごい奥の方から鼓膜を破りそうな勢いで吹き出してくるような…そんな感じだった。穴っていう穴から、何か吹き出すんじゃないかと思った。飲み込まれて、死ぬんじゃないかと思った。でも、それでも良いと思った。狂うよりよっぽどマシだと思った。
 髪の毛が逆立ちそうなほど、感情が外に向かって噴き出した。
 俺が出来ることなんて…もう…泣くことしかなかった。
 真っ暗な部屋の中で、俺は声を上げて泣きじゃくった。
 止めようと思っても止められなかった。
 ゾロに抱き着きたかった。もう、無茶苦茶抱き着きたかった。ベアハッグみたいにしがみついて、絞め殺してやるぐらい、思いっきりしがみつきたかった……っ!!!!
 唇を奪って着てるモン全部剥ぎ取って、力で拒んだらブッ殺すとか言って、あいつとセツクスしたかった。
 いつも通り『仕方がねェな…』とか言われながら目を閉じられて、ん?しねェのか?みたいな感じで目を合わされて、バカまだ早いんだよっ!!目ェ閉じてろよっ!!なんて怒鳴りつけて、心臓バクバクしてんの誤魔化してから、腹決めてキスをして、セックスを始めたい。
 筋肉で覆われたあいつの身体撫でまわして、舐め回して、なかなか聞けないゾロの喘ぎ声が聞きたい。おかしくさせて、おかしくなりたい。
 こんな…こんな一人きりにされるんじゃなくて…っ…。
 壊れた携帯を渾身の力で握りしめた。そのまま口に持ってって、拳ごと噛み付いた。
 ものすごく痛かった。それでも噛み締める。大事な手だ。それでも容赦無く噛み締める。
 暖かな涙が頬を伝って顎から落ちる。
 固まった感情が溶けて行くのが分かる。
 無くした感情が戻って来るのが分かった。
 会いたい。
 そうだ。会いたい。
 ゾロに会いたい。
 こんなんじゃ駄目に決まってる。
 失っている場合じゃねぇんだ。
 キスしたりない。
 セックスしたりない。
 伝えてねー言葉もたくさんある。
 とにかくあいつが必要なんだ。
 声を上げて派手に泣く。
 しゃくり上げて終いにはガキの泣き方レベルになっていた。
 それでも俺は泣き止めなかった。
 気の済むまで泣きたかった。
 もう、自分が壊れるようなことにならないようにするためにも、どうしても必要な気がしてならなかった。

 玄関のドアが、蹴られてガンガン音を立てた。
 「うるせーぞっ!!!うるせーって言ってるんだよ!!おいっ聞こえてんのかっっ!!お前今何時だと思ってんだよっ!!!」
 ドアの向こうで誰かが怒鳴ってた。
 バーカッ!うるせぇのはそっちだよ!!
 文句を言いながらドアを蹴る音が聞こえなくなるような勢いで、俺は気の済むまでワンワン泣いてやった。

 

 続く

 

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