【鎖を持つ家】

4


*****

 

 トランクの中の無理な姿勢のせいかどうかは知らないけど。眠りの中で昔のことを夢に見た。

 

 『きれいだね』
 って、言葉がこわい。

 一度目は叔父さん。
 格好良くて、頭が良くて、優しかった。田舎に行く度、いつでも一緒に遊んでくれた。
 『大丈夫。間違っていないよ』
 叔父さんの口癖。
 子供の知恵なんてたかが知れてる。それでも子供だってそれなりに悩みもするし考えもする。なのに相談したところで大抵の大人は頭を撫でたりしながら『ん〜そうだね〜』とか、『ん〜大丈夫だよぉ〜』なんて、バカにしたようなことを言ってごまかす。俺の周りにいた大抵の大人はそうだった。
 でも、叔父さんだけは違ってた。
 拙くて、何が言いたいんだか分からないような話もずっと最後までしっかりと目を逸らさずに聞いてくれた。
 『…それは大変だったね。でも、良く頑張ったね。偉いよ。それで?サンジはこれからどうしたいと思う?』
 心に直接届くような、柔らかくて低い声がすごく好きだった。
 いつだって真剣に耳を傾けてくれるのがすごく嬉しかった。
 だから、聞かれたら一生懸命に言葉を探した。
 この人にだけはいい加減なことを言っちゃいけない。
 感情なんかで話しちゃいけない。
 ちゃんと、頭で、探して、見付けて、組み立てて話さなくちゃいけないと思った。
 自分の年齢なんて関係なかった。
 対等でありたいと思ったから。
 子供だけど、そんなの全然、関係なかった。
 『そうだね。そうすると良いね。大丈夫。間違っていないよ』
 って言われたくて、とにかく一生懸命だった。
 夏休みに田舎に帰る時、じいちゃんよりばあちゃんより、叔父さんに会うのが嬉しかった。
 なのに。

 「サンジ、今日は面白かったね」
 「うんっ」
 「随分汗かいてるね。かあさん、風呂沸いてるかー?」
 「沸いてますよー」
 「じゃ、一緒に入ろうか?」
 「うんっ!!」
 田舎の家は大きくて、脱衣所も広い。カゴの中に脱ぎ捨てた服を入れながら、一緒に風呂に入れるのが嬉しくてニコニコしていた。
 「先入るねーっ!!」
 身体を洗うのも、頭を洗うのも大嫌いだから、本当だったら風呂自体が好きじゃない。でも、今日は特別だった。
 シャンプーが目に入らないようにって、いつも被っているシャンプーハットを使ったら、子供だなぁって思われるかもしれない。そんなのはずかしくて嫌だ。我慢して大人みたいに顔を上げて、シャンプーハットも使わないで頭を洗う。
 「ほら、耳の後ろ、洗えてないぞ」
 湯舟の中から叔父さんの大きな手が伸びて来た。
 「ん」
 急いで洗おうとしたら、ひょい、って感じに手を掴まれた。
 「いいよ。叔父さんが洗ってあげる。ほら、じっとしてて」
 「いいよ。ボク、一人で洗えるよ」
 「いいから、いいから。頭下げて」
 頭を下げてじっとする。
 叔父さんの手は本当に大きくて、片手だけでも頭全部が掴めそうな感じだった。
 指の腹が動いて、丁寧に頭を洗う。
 全然違うけど、まるで頭を撫でられてるみたいだった。いつもだったらやだなって、思うのに、叔父さんの手だと思ったら、すごく嬉しくなった。
 耳の後ろに指が伸びる。
 くすぐったいくらいに、優しく指が何度も動く。
 洗いながら俺にずっと話しかけてくれていた。
 「直ぐに泳げるようになったね」
 「うん。顔上げて息が吸えたら怖くなくなった」
 「水が?」
 「うん」
 「今まで怖かったんだ?」
 「うん。息継ぎの仕方が分かんなかったから」
 「じゃ、今日初めて出来たんだ?」
 「うんそうだよ」
 「あんまり直ぐに出来たから、元々出来るんだと思っていたよ。そうか、水が怖かったのか。知らなかったよ」
 済まなそうな口調に焦った。
 「あ、でもね、もう全然怖くないよ」
 「そうかい?」
 「おじさんのおかげだよっ」
 「そうか。それは良かった」
 「ね、明日も泳ぎに行こうよ」
 「良いよ」
 「ヤッター」
 「さぁ、頭にお湯かけるよ。目、閉じて」
 「うんっ」
 温かいお湯が掛けられる。何度も両手で、顔に掛かったお湯を拭う。髪に付いていた泡が流され落ちてくにつれて叔父さんの指の感触が明確になっていった。全神経を頭の皮膚に集中させて、叔父さんの指を感じていた。大好きな叔父さんに頭を洗ってもらうのはすごく気持ちが良くて、すごく嬉しい感じがした。
 「さ、もう良いよ」
 「ありがとう」
 「どういたしまして。じゃ、叔父さんも洗おうかな」
 「あ、ねぇ、ボクが洗ってあげようか?」
 おや?出来るのかい?って、顔を見たら、もうどうしても洗ってやるんだって気持ちになった。
 「洗ってあげるよ。上手に洗ってあげるからさ」
 叔父さんが笑う。
 「じゃ、お願いしようかな」
 湯舟から叔父さんが出てくる。
 裸の叔父さんの身体がすぐ側に立つ。
 立ち上がって、見上げて声を掛けた。
 「じゃ、座って」
 「はい」
 目を細めて叔父さんが微笑いながら返事をすると、上目遣いに俺を見上げた。
 「お願いします」
 真面目な声で言って、笑った。
 「うん。じゃ、目をつぶって下さいっ」
 「はい」
 小さな手に一杯にシャンプーを取り、叔父さんの頭につける。ごしごし力を入れて洗うと次第に泡だらけになっていく。
 「すごいねえ」
 あんまり泡がたくさんになり過ぎて、シャンプーの出し過ぎだねぇ、と、叔父さんが可笑しそうに笑った。
 「でも、たまには良いね。泡だらけで洗ってみるのも」
 叔父さんの前に立ったり後ろに立ったりしながら、一生懸命に頭を洗ってあげた。
 昼間海で遊んだ時よりも、楽しい気分になっていた。
 自分でも、頭を洗ってあげてるだけだって言うのに、異常にハイテンションになりかけている自分が不思議でならなかった。
 自分の目の前で、大好きな叔父さんが目を閉じて、大人しく自分に頭を洗われているって状態に、妙に興奮している自分がいた。
 シャンプーが終わった後、落ち着かない気持ちのまま叔父さんに言われるがままに身体を洗ってもらった。
 普段自分じゃ洗わないような場所まで丁寧に全部洗われた。
 「…サンジは、きれいだね」
 背中を洗われながら、肩ごしに呟かれた。
 「きれい?ボクが?」
 「うん…きれいだ」
 日に焼けて、肌がヒリヒリするだろうからって、後半はボディタオルの代わりに叔父さんの手が直に俺の身体を洗ってくれた。何度も何度もぬるぬると指が体中を触れて回った。
 無言の叔父さんの行為を無言で受ける。
 嫌じゃなかった。
 だから、
 「……今度は…ボクが洗ってあげようか…?」
 首を傾げながら叔父さんを見上げて声を掛けると、俺は返事を待たずに自分の手で石鹸を泡立て始めた。
 

 手のひらで、叔父さんの筋肉が時折不自然にピクピク動くのを感じた。
 叔父さんのチンコは物凄く大きくて、両手で握っても掴み切れなかった。
 同じように洗ってあげられなかったから、両手で上下に扱くようにして洗ってあげた。
 そしたら、もっと大きくなって、固くなった。
 「サンジ」
 「ん?」
 「…そこは、特にしっかりと洗ってくれよ」
 「うん。分かった」
 力を入れて握り締め、言われた通りに時間を掛けて丁寧に丁寧に洗った。
 叔父さんの息遣いが、次第に荒くなっていく理由が分からなかった。

 幼心に秘密の行為だと気がついた。
 口止めされるまでもなく、誰にも、両親にも話すつもりはなかった。
 その夜は一晩中、叔父さんのチンコの感触が、手のひらに残ったままだった。

 次の日も、その次の日も。
 お風呂に二人で入り続けた。
 同じように、手のひらで丁寧にお互いを洗いあう。
 叔父さんの荒い息。
 「サンジ…っ…ほら…もっと力を入れて…っ」
 太くて固い棹の部分を石鹸でヌルヌルにした手で懸命に擦る。
 ここは子供が洗うのは難しい場所だから、と、カリの部分は叔父さんが自分で洗った。
 「さぁ、良く見てご覧」
 「うん…っ」
 言われるままに勃起したチンコを間近で凝視する。
 「サンジのと…どう違う?」
 「…ん…とね、大きくて…黒くて…太くて…固くて……それから…」
 「それから?」
 「叔父さんが自分で洗ってるところ、ボクのと形が全然違うよ」
 「そうだ…良く…見ているね…っ」
 褒められてると思った。
 だから、すごく、嬉しかった。
 「…うっ…」
 叔父さんのチンコから、白くて粘ついたものが飛び出した。

 行為がそれ以上になったのは三日目の晩。
 誘われて、離れで二人きりで寝ることになった。
 誰も心配する人なんていない。
 当たり前だ。
 だって、叔父と甥だ。しかも、相手はまだ小学一年のガキだったんだから。
 ………セックスはなかった。
 …って、いうより、出来なかった。
 あまりにも俺がガキすぎて、ケツの穴のサイズが入れようにも入れられなかったから。
 そのかわり、叔父さんの中指と……慣れて来た頃……小学三年の夏頃には薬指も添えられて二本の指が俺の中を出入りした。
  感じる…とか…そういうのは良く分からなかった。
 分からなかったけど、時折説明出来ないような感覚に堕ちるようになって、もっと乱暴にしても全然構わないような気分になることは何度かあった。
 もう本当に随分経ってから『その感覚』が『感じている』ってことなんだってことを知った。
 叔父さんが好きだった。大好きだった。
 行為がエスカレートして行くのが、とても嬉しかった。
 精通したのを報告した夏、見せて御覧と叔父さんに言われた。
 「…ど…どうやって?」
 「さぁ。……どうすれば良いか、自分で考えて御覧」
 「……………」
 足を大きく広げられることは何度もあったけど、自分から足を広げてみせるのは初めてだった。太股に変な力が入ってぶるぶる震えた。
 叔父さんの視線の先には、俺のチンコ。
 もうそれだけで恥ずかしくて、興奮して、触る前から勃起が始まる。
 「……電気……消してよ……」
 「駄目だよ。そんなことしたら良く見えない」
 「……でも…」
 「さ、始めて」
 ある意味、叔父さんの言葉は絶対だった。
 せめて視界は暗い中で。
 そう思って、目を閉じた。
 そろそろと自分の中心に手を伸ばす。
 しっかりと掴んで、ゆっくりと上下に扱き始める。
 「……ん…っ…」
 子供のオナニー。
 きっと色気も何もなかっただろう。
 やり方自体まだ良く分からなかったし。
 ただ只、竿を握って上下させるだけの単純なオナニー。
 でも、それだけで十分気持ち良くなれた。
 「……んっ…んっ……あっ…は…あっ………」
 次第に息が上がりはじめる。
 「サンジ、顔を上げて」
 叔父さんの言われた通りに顔を上げる。
 ぱかーっと開いたままの口に叔父さんの唇が重なる。
 チロチロと舌先を嘗めれると、直接股間に響いた。
 「んっ!!」
 口を塞がれた喘ぎは、鼻から抜けるのを初めて知った瞬間だった。
 暫く貪られると、息が本当に苦しくなって、頭がくらくらしてしまった。
 「はあっ…はあっ…はあっ……」
 ……息を吸ってるだけなのに、すごく変な声だった。
 いつもはもっと時間がかかるのに、何だかもう、これだけでイッてしまいそうだった。
 寄り掛かっていた壁から身体をずらして床に寝そべる。膝を立てて、左右に大きく開いて叔父さんに良く見えるようにしながら手の動きをもっと早くした。
 頭が床に支えられて安定すると、神経が集中出来て、一層強く感じ始めた。
 これ以上はないくらいに手の動きを速める。
 痺れたような感覚と、トイレに行きたいような感覚が一気に襲ってくる。
 「くっ!!……」
 歯を食いしばって、絶頂まで無理矢理自分を引っ張り上げる。
 『叔父さん、ちゃんと見てる?』
 って、聞きたかったんだけど、そんな余裕なんてもう、全然なかった。
 「うっ…あっ……あああっっ!!!」
 叔父さんと比べれば、本当に少ない量の精液が飛び出した。
 全速力で走った後みたいな呼吸を繰り返していると、叔父さんが耳元で、
 「……きれいだね…」
 って、言ってくれた。

 オナニーのバリエーションは同学年の誰よりも多くなったと思う。
 初めてのセックス。
 挿れられること
 挿ること。
 叔父さんは、どっちも丁寧に教えてくれた。

 両親にバレて、叔母さんにバレた。
 あれからもう、田舎に連れて行って貰えない。
 今更もう、行く気もなくなったけど。
 ……あの日のことはほとんど忘れてしまったのに、あの言葉だけが忘れられない。

 

 

 『サンジが僕をそそのかしたんだ』

 

 

 信じていた人の言葉だったから、必要以上に傷付いただけ。
 ………うん。ただ、それだけ。

 

 何のショックか、それ以来、きれいだねって言葉が大嫌いになった。
 たまに、学校帰りに路地裏でズボンのチャックを下ろして露出している変なヤツに言われたりすると、もう虫酸が走った。
 まるで叔父さんに見えたから。

 

 

 二度目は高校受験の時。
 家庭教師の先生に言われた。
 

 『…サンジ君って、きれいだね…』

 

 「サンジ君って、綺麗だね」
 「……んなことないよ」
 「んーん。ホント、綺麗よ」
 「…………」
 「そう言われるの嫌?」
 「………ん。やだ」
 「そっかー。ゴメンね。でも、ホント綺麗なのになぁ……あ、ゴメンゴメン。そんな睨まないでよぉ。もー怖いんだから」
 十五歳の時に国語と英語を教えてくれた。
 随分と可愛く笑う先生だった。綺麗だねって言う奴は下心があるんじゃないかって、いつも警戒してたのに、先生だけは不思議と言われてもそんなに嫌だと感じなかった。
 ものすごく、スピーキングの上手い先生だった。
 英語の撥音があんまり良いから、
 「先生って留学とかしたことあるの?」
 って、聞いたことがある。
 「うん。あるよ。大学卒業してから学校の紹介で四ヶ月間イギリスに留学してたんだよ」
 って言いながら、笑った顔が一番印象的だった。
 「はじめはね、話せなかったよ。ヒヤリングには自信があったんだけど、実際に向こうに行ったら全然何話してるんだか分からなかった。あの時、机の上の英語ってダメなんだってはじめて分かったの。でもね、だからってすぐ何とかなるものじゃなかったな。私ね、一ヶ月はホント無口な子だったのよ」
 「えー、信じらんない」
 「なにーぃ?」
 「だって、先生すっげーうるさいじゃん」
 「活発って言うのっ。…ホントなのよ。信じない?」
 「……別に……で?」
 さらりと細くて真直ぐで真っ黒な髪を耳にかけながら、懐かしい思い出みたいに話を続けた。
 「……環境が変わって緊張続きだったからなのかな?…一ヶ月過ぎた頃に、胃炎起こしちゃってね。それがもう痛くて痛くて。歩けないし、置き上がれないし。日本と違ってお粥ないから何食べれば良いかも分からなかったし。…看護してくれる人もいなかったの。もう、あの時は死ぬかと思った。ホスト先がね、ある意味私に無関心な人達でね。二・三日部屋から出てこなくても全然心配なんかしなくってね。最初は我慢してたんだけどもうどうしようもなくなって…自力で救急車呼んだのよ。……お医者さんに必死で具合悪いの訴えてね。でね、やっとの思いで一日だけ入院させてもらって。で…帰ったら、言われたの。『迷惑だ』って。『人騒がせだ』って。『だから日本人は嫌だ』って。もう、びっくりするより、悲しかった」
 「………それで?」
 「……ん?学校に電話した。ホスト変えて下さいって。負けたって、思った。…でも、帰るのだけは嫌だったの。最後まで、ちゃんと勉強したいって思った。留学なんてもしかしたらこれが最後かもしれないって思ったから。負けでも何でも良いから、最後までちゃんと勉強だけはしたいってね。だって、ディスカッションも何も出来ないまま帰るなんて、何しに行ったか分かんないもの。
 新しいホスト先は学校から一時間も離れたところにあったの。おばあさんの一人暮しの家でね、おばあさんの話し相手をしてあげるのが条件のところ。私の他にもう一人、インドから来た子がいたわ。
 『ここはイギリスだから。英語でお話しましょ。英語で考えましょう。母国語は身体の中に眠らせて。英語で聞いたら、英語で自分の言葉を探して御覧。遠慮なんてしてちゃダメ。自分って存在を誰かに知ってもらいたいなら『表現』しなさい。伝えなければ何にも始まらないのよ。…分かるわね?たしぎ』
 ……私の留学はきっとそこから始まったんだと思うの。それまではずっと自分が日本人だってことを意識しすぎてた。国を飛び出して飛び込んだんだから、意識も心も飛び込まなくっちゃダメなんだって、やっと気が付いたの。変なところで我慢しなくて本当に良かった。あの時…最初のホスト先の家族にゴメンなさいって謝って…自分の部屋で悔しくて泣いて…それで我慢しちゃったら…。私の留学って意味のないものだったかも知れない。
 すごく濃い時間を過ごしたよ。英語喋るのも前なんかと比べ物にならないくらい好きになれた。…ねぇサンジ君、私の英語はね、机の上の英語じゃないのよ。生きてるの」
 「………ふーん…」
 ……凄いな…って、思った。
 細くて小さくて、直ぐに泣きそうな感じのクセに。髪なんかサラサラで、どっから見ても女の子って感じで、全然逞しくなんて見えないクセに。
 「…また、行くの?」
 「いつか、ね。絶対に行くよ」
 真直ぐ先を見詰めるような強い目が、今思えば、叔父さんに、少しだけ、似ていた。
 クラスの女子なんかと全然違ってた。
 先生は、大人だった。
 悪かった国語と英語の成績は、先生の留学の話を聞いた後、目に見えて良くなっていった。
 先生が帰った後、倍の時間勉強したから。
 「サンジ君は、教え甲斐があるよ。飲み込みがとっても良いよ」
 「………そう?」
 シャーペンを回しながら、気のない返事をしてみせた。
 参考書と一緒に、イギリス留学の本なんて買ったりなんかした。
 バレるのがなんとなく嫌で、本棚の一番目立たないところに他の数冊の本と一緒に背表紙を奥にして入れていた。
 直ぐ、バレた。
 「隠すことないじゃない。嬉しいよ」

 あんまり優しくて、あんまり近くだったから、勘違いした。

 「……こーなるの…分かって部屋に入れたクセに」
 ベッドの上に押し倒した時、フレアーのスカートが太股まで捲れ上がった。柔らかそうで、真っ白で。それだけで興奮した。
 先生の部屋らしい、清潔で、透明感のある部屋だった。
 「いやっ、いやっ…!!」
 顔を背けられてキスを拒まれた。
 諦めて、膝を割り入れてそのまま股に押し付けた。
 ブラウスを捲り上げてブラジャーの中に手を突っ込む。先生の自由になった方の手が、俺の背中を何度も叩いて、ワイシャツを掴んだ。痛くもなかったし、俺はびくとも動かない。女の子ってホント力ないなって思った。
 「やめて…っ…」
 涙声になんて、絶対耳を貸さなかった。
 「…いや…あ…っ…」
 だって、もう後には戻れなかった。
 ここまでして、今更なかったことには出来ない。
 だったら、最後までやりたかった。
 先生とセックスしたかった。
 罪悪感は、ずっとあった。
 女の人を怖がらせるのも嫌がることをするのも、絶対にしちゃいけないってことは良く分かっていた。
 でも。
 我慢が出来なかったんだ。
 どうしても。どうしても。
 俺は先生とセックスがしたかった。
 自分の行為を正当化出来る要素なんて、何も無い。
 でも、どんなタブーを犯してでも。
 俺は先生とセックスしたかったんだ。
 先生が必死で抵抗する。
 「大人しくして」
 先生は俺の言葉なんてちっとも聞いてくれない。
 下着一枚になってもまだ逃げようとする。
 身体を反転させて、ベッドから逃げようと時、一瞬四つん這いの姿勢になったから、チャンスと思って下着に手を掛けた。
 「いやっ」
 太股で引っ掛かって、更に勢いを付けて引っ張ったら、先生はバランスを失ってベッドに倒れ込んだ。そのまま一気に脱がせて、一番遠くに投げ捨てた。
 肩に手を掛けて、上を向かせる。
 すごく綺麗な身体だった。
 元から理性なんてなかったけど、胸と股を見たら、もう、どうしようもなくなった。
 先生がぎゅーっと目を瞑る。
 罪悪感に教われる。
 でも、どうしても欲しい。奪ってでも。嫌われても。
 どうしてもどうしてもどうしても。
 先生のことが欲しかった。
 上に被い被さって、ちょっとも動けないようにして、乳首に吸い付いた。
 先生の動揺が唇を伝って、感じた。乳首を吸い上げながら顎で押すと、ふにふにしていて気持ちよかった。顔を埋めるようにして吸うと、鼻の先にも乳房があたった。立ち上がって来た乳首は思ったよりも固い。吸上げたまま舌で包み込むように舐めると、先生の身体が小さく震えた。
 あの時の性知識なんて、友達と回し読みしたエロ本と叔父さんにされたことぐらいしかなかった。胸の揉み方なんて分からない。試しに右手で掴んで揉んだら、痛そうな顔された。また頭だの顔だの殴られる。
 キスをしたら、噛み付かれた。
 「………」
 両手で足を掴み大きく開かせる。先生の顔が一気に真っ赤になる。
 「やっ、やめて……っ!!」
 「………やだ」
 おしりが少し浮くぐらいまで持ち上げたから、両手が上手く上げられないらしい。とうとう先生は自分の顔を覆って泣き始めた。
 ジーンズとトランクスを半脱ぎして、自分のモノを掴み出す。先生のアソコにあてがい、叔父さんが俺にしたように、腰を突き出した。
 ……………………。
 全然入らない。お互いの肉がくっ付きあったみたいなって、上手く中に入れられない。
 慌ててエロ本に書いてあったことを思い出そうとしたけれど、ズブズブ入れて…なんてばっか書いてあって、入れるのが大変だったなんて一言も書いてなかった。なんだよエロ本ウソばっかじゃん。
 先生のアソコが濡れてなかったから上手く入れられなかった…なんて知ったのはもう随分後のこと。
 無理に入れようとすると、俺のチンコに先生のアソコの周りのビラビラがびったりくっついて変に動きが取れなくなる。入り口はとにかく狭いしきついし。
 すっげー拒絶されてるって気分になった。
 そう思ったらよけいムキになった。
 でも、いくらやっても入らなかった。
 どんなに頑張っても、先生のアソコは絶対俺を入れてくれなかった。

 

 
 シーツを掻き集めて身体を隠した先生が怯えた表情で俺を見る。
 「……どうして…?」
 そんなの決まってる。
 (…好きだから)
 俺は口をぎゅっと噤んで一言も喋らなかった。
 逃げるように目を逸らし、先生の部屋を後にした。
 
 

 

 高校で付き合ってた女の子が、セックスの時に笑いながら教えてくれた。
 「ココって気持ち良くしてくれないと濡れないんだよ」

 

 俺は。
 すきな人にとてもひどいことをした。 

 

 

 以来するのもされるのも嫌いになった。
 気持ち良いけど、虫酸が走る。
 嫌悪感とか、罪悪感とか。
 快感のすぐ側に、ざわざわした不快な感覚があって、どうしても没頭出来ない。
 自分でやっても虫酸が走る。
 快感そのものが嫌になった。

 だから。
 なのに。

 

 ゾロは俺に『綺麗だ』って言う。

 最初、最中に言われたから、一気にフィードバック起こして吐きそうになった。
 思わず蹴り飛ばして殴り倒した。
 最初挿れた時ゾロが見せた表情で先生のことを思い出した。
 濡れっこないゾロの後ろにはローションが塗ってあったけど、それでもきつくて固くて大変だった。指だったらきっともっと楽だったろうけど、まさか『指にさせてくれ』…なんて言えなくて、ひたすら歯を食いしばって我慢した。ところがやっと挿れたら挿れたでぬめりが足りなくて余計辛くなって……。
 「クソ…ッ」
 悪態を吐きながら目を開けると、苦しそうなゾロの表情が見えた。
 ゾロは黙って苦痛に耐えている。
 強張る身体を気力で開き、苦しそうに眉間に縦皺を寄らせながらもまるで瞑想するみたいに目を閉じる。
 俺が腰を振る度に、引き攣ったように息を吸い、指先が真っ白になる程シーツを握り締めていた。
 苦しかったら拒絶すれば良いのに、ゾロはじっと耐えている。
 そんなに俺とセックスしたいのかよ?
 不思議でならない。
 「痛っ…!!」
 ゾロのケツが俺のチンコを喰い千切る勢いで締め付ける。
 俺の声が耳に届く度、ゾロは震える吐息を長く細く吐き出しながら身体を開く。俺は不快なセックスの記憶を忘れたくて、乱暴にゾロのケツにチンコをブチ込む。
 どれぐらい苦しんだのか分からなくなって来た頃『…う…っ…』ゾロの身体に変化が生まれた。
 ジワリ…とゾロの中が汗ばみ始め、動きがスムーズになる。感じてるのか?…聞くまでもなかった。
 いっそ嫌われれば良いと思いながらセックスを続ける。乱暴に容赦無く掻き乱す。それでもゾロは抵抗する素振りすら見せずに全てを俺に預けたままだった。
 従順なゾロの態度に混乱しながら狂ったように腰を振り続けるしかなかった。
 ゾロの眉がピクンッと、動く。
 「…っ!」
 ムカつくぐらい引き締まった身体が跳ねた。
 暖かな体温が熱くなる。
 (!!)
 あの時に受けた衝撃が何だったのか今でも何だか分からない。
 『グジュッ』
 ケツの奥で濡れた音が大きく響いた。
 俺の下で反応しているゾロを眺めながらセックスを続けた。感じているゾロはいつもとどこが違うのか全然分からない程いつもと同じ顔をしていたくせに、ヤバいぐらいエロかった。
 「…う…っ…」
 目を閉じたまま眉を顰めた表情なんて、セックスしている女の子が感じている時のと比べたら…っていうか、比べたら女の子に失礼なぐらい薄いリアクションなんだけど……エロかった。
 叔父さん以来の男同士のセックスに暫く我を忘れて没頭してた。
 なんで俺が良いんだろう。
 セックスしながらふと思った。
 少なくとも、あの日の俺は、ゾロを少しも好きだと想うことが出来なかったから。
 荒い息の中、ゾロは目を薄く開いて俺を見上げた。

 「…綺麗だ…」

 

 ゾロとの最初のセックスは、多分史上最悪だった。
 吐きそうになるし、蹴るし、殴るし、怯えるし。
 それでもゾロは、あの日、俺の全てを受け入れていた。

 

 

 

 ………だから、俺は……。

 

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