【うさぞろさん】

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 うさぎさんのゾロは、今年5さいになる(人間の年齢で言うとやはり5さいぐらいです)イカしたうさぎさんです。
 ちばけんのとっても有名な牧場のとなりの敷地にある小さなのはらにすんでいます。
 たまにちばけんの有名な牧場の敷地の中にまよいこんでいることもあるそうです。

 もしもあなたが牧場にあそびにいったとき、ふれあい牧場コーナーでかわいいうさぎさんにまじってやたら目つきの鋭いうさぎさんをみかけることがあったらそれがゾロです。
 左の耳にはどうぶつを愛してやまない人たちのつけた黄色いタグが3つ。どうやら3つともの違う人たちのつけたタグのようです。
 振り返ったりはしったりする時に、チャリチャリと小さなきんぞく音をならします。
 けんか好きってわけではないのですが、決闘するのはだい好きなので、うられた決闘はなんでもかんでもみーんな買います。だからなま傷もたえません。あちらこちらにきずをぬったあとがあるので、パッと見た目にはつぎはぎたらけのぬいぐるみのようにも見えたりします。
 だれかにつけてもらったのか、うでには黒い手ぬぐいもあります。これは、うさぎさんにとってはかなり大切なてぬぐいのようです。
 基本てきにはなにもかもふつうのうぎさんたちと違うゾロですが、他のうさぎさんたちと決定的にちがうのは、だれからもらったのかよくわかりませんが、みどりいろの腹巻きをつけているところです。
 じぶんでつけたのか、だれかにつくってもらったのか、元飼われうさぎだったのか……は、だれも知りません。
 ところでこのうさぎさん、そんじょそこらのうさぎさんとは全く違ったうさぎさんです。
 二本足で歩くことの出来る若干進化した新種のタイプのうさぎさんです。すっく、と、立って、すたすたと歩き回っていたりします。初めて見るとかなりの違和感におどろきます。
 あたまはそんなによくはありませんが、ちょっとだけなら人間の言葉も理解出来ます。
 ほわほわのみどりいろの体毛、草むらの中にうずくまっているとまるで大きなまりものようです。
 やくそくごとが大好きでたまに能力以上の課題をこなしている時があります。
 まるで妖怪のようですね。

 さて、そんなうさぎさん。今日もちばけんのゆうめいな牧場で観光客に『キャーッ!!出たーっっvv怖いぃぃぃvv見て見てーっっみどりいろのうさぎさんよーっ!!目つき最悪ぅぅvv』と大人気ぶりを発揮し、牛の乳搾り体験場で『きゃーっ!!またさっきのうさぎさんよっ牛乳呑む?!』と、かわいがられながら、もらった牛乳を呑んであとはてきとうにそのへんの草を食べておなかいっぱいになったあと、もうそろそろおひるねでもしようかなと、自分のすんでいる小さなのはらに帰ろうとしましたが、またいつものように道に迷ってうろうろしていました。
「おかしいなあ。いつもこの牛とむきあって右がわに行けばけっこうなかくりつで家に帰れるのに…。さてはあの牛のやろう、おれをだまくらかそうといつもとちがう向きを向いてやがったな?ちくしょーめ」
 と、毒を吐きながらポテポテと歩き続けていました。
 かれこれ二十分も歩いた頃でしょうか。おなかがいっぱいのゾロはねむさもいよいよピークになってきています。 目をしぱしぱとさせながら、気を抜くとぼんやややん…となってしまいます。
「…あ、いけね」
 立ったまま3秒ぐらい寝てしまいました。
「こんなところで寝たらあっというまにじゅうぎょう員につかまって牧場の一員にされちまう。冗談じゃねぇ」
 うさぎさんなのに一匹狼のゾロは、だんたいせつかつは苦手です。
 だからムキになっておうちに帰ろうと歩き続けます。
「園内のにこにこバスでも走っていれば家の近くのダチョウ池…いやいや、ガチョウ池のよこを通るのになぁ」
 と、ブツブツ言いながら歩きます。
 がんばってねむけを振り払いながら歩きます。
 ですが、ねむけはちっともなくなりません。
 それどころか、どんどんどんどんねむけは強くなっていきます。
「ちくしょう、うさぎはねんじゅうはつじょうきなのに」
 と、しまいにはまったくわけのわからないことまでいいはじめました。
 それからゾロは、それなりに必死におうちを探してポトポトと歩いていましたが、とうとう力つきて眠ってしまいました。
「ぐうぐうぐう……」
 うさぎさんのゾロは眠るのがとても大好きなうさぎさんです。一日に二十時間は寝たいと思っているぐらいです。 学説では子猫と良い勝負だそうです。
 暖かくて太陽がさしてポカポカして、できればフワフワしているとこならば目をつぶったらすぐに眠ることができるぐらいです。
 牧場の…たぶんウロウロしたことはあるんでしょうが…ゾロ的には全然見覚えのない木のそばのやわらかい草がいっぱい生えているところで、ゾロはとうとうかんねんしました。
「…もう…だめだ……」
 ふらふらと吸い寄せられるように大きな木のそばへと歩いて行きます。そのままストンとゾロはすわりこみ、太陽の日差しでほんわかと暖かくなった木の根元によりかかると「……ふぅ…」と、小さなためいきを吐いて、そのままぐうぐうと眠りはじめてしまいました。
『あーっまたまたさっきのうさぎさんよっ!!あんなところでねむってるーっ!!いやぁぁんvvドスが効いてるぅvv』
『うわーっっホントだーっっ』
『えーっ?だっこしちゃうっ??』
『えええーっっっ!!やめといた方がいいんじゃないっ?凶暴そうだしーっ!!』
 色々言われているものの、ゾロの耳には全く届きません。気持ち良さそうに眠りつづけます。
 牧場恒例の午後二時からの《牛追いカーニバル》(暴走する牛をとめられたら賞金三百円っっ)や、夕方五時からの《エロクトロに刈る羊パレード》(注・電飾の施されたバリカンで羊たちの毛を刈るパレードのこと)や、終園間近の牧羊犬による《お客様追い立てショー》(注意っっ・命の保証無し)が終わる頃になっても、ゾロはすやすや眠り続けていました。
 牧場内のお客様全員がかえったあとも、ぐうぐうとゾロは眠り続けます。
 暖かかった太陽もすっかり沈んで空気が少しつめたくなっても、ゾロはぐうぐう寝ています。
「ぐうぐう……」
 ぐっすりと安らかに。
 ゾロはしずかに眠ります。
 どれくらい経ったころでしょうか。一人の男の人が向こうの方からあるいてきました。
 のんびりとゆっくりとまるで散歩でもするかのようにおだやかに、ゾロの方へと歩いてきます。
「あれ?」
 男の人が木に寄り掛かっているゾロに気が付きました。
「…またアイツか?」
 目をこらしながら歩いてきます。
「…あー…やっぱりそーだ」
 少し手前で男の人は眠っているのがゾロだと気が付きました。歩く早さが少しだけ早くなります。  
「……ったく、学習しねーヤツだなー…」
 気持ちよく眠るゾロの前で、男の人が立ってゾロを見下ろしながら、しかたがないなぁという感じでひとり言を言いました。
 その人はスラーッとした長い足の男の人です。
 この、ちばけんのゆうめいな牧場の、じゅうぎょう員さんです。
 人間の中でも細いほうで、人間の中でもキレイなほうで、人間の中でも天然なほうで、人間の中でもヘビースモーカーなほうです。
 本当は仕事中は禁煙ってるーるがあるけれど、こっそりくわえタバコに火をつけます。
「……ふー…っ……」
 おいしそうにタバコのけむりを吐き出しながら、男の人は小さなこえで言いました。
「おまえなぁ…自分ってヤツを大事にしろよな」
 ゾロはめずらしいうさぎさんです。
 見た目はだいだいうさぎさんですが、中身はかなり高性能なうさぎです。ふつうのうさぎさんと比べたら、思考能力はかなりふくざつだし、身体能力もずいぶん高いし、人の言葉を理解できるぐらい言語がはったつしています。せんとう能力も、もともと凶暴だといわれているふつうのうさぎさんよりもはるかに高いうさぎさんです。そしてなにより、二足歩行をするうさぎさんです。
 うさぎさんの研究している博士たちにとっては、研究したくてしたくてたまらない幻のうさぎさんです。懸賞金がかけられているとも言われるおたずねもののうさぎさんなのです。
 どうぶつを愛している牧場のじゅうぎょう員さんのなかにも、懸賞金の大きさに、よからぬことを考えてしまう人だっているのです。こんな人の往来のたくさんある有名牧場でのんびり眠っていた日には、捕まえられて売り飛ばされるか…うんがよくても捕まって、見せ物にされてしまって不自由な生活をおくらなければならなくなるとも限りません。
 心優しいこのじゅうぎょう員さんは、いつ心ない人につかまってしまわないかといつでもしんぱいしているのです。
 前後不覚で眠りつづけるうさぎのゾロにじゅうぎょう員さんは声をかけました。
「おい、うさぎっ、そんなところでいつまでも寝腐ってんじゃねぇぞっ。第一ここはおまえの家じゃねぇだろうがっ!しょっちゅうしょっちゅう忍び込みやがって、園内のいたるところで行き倒れてんじゃねぇぞ…。おい、聞いてんのかっ!」
 言葉の悪さはおじいさん譲りです。

 ゾロはまったく目が覚める気配もありません。いつもは鋭い眼光を放つ怖い目も大人しく閉じたまま、ぐーぐー眠り続けています。
 短い足を投げ出して、手はお行儀良く前にそろえて、微動だにもせず眠ります。
「おい、…コラ、オイ!起きろッつーの!」
 男の人が声を大きくしても目覚ません。
 男の人は面白い形をした眉毛をクルッと下げて、ふぅと溜め息をつきました。「しょうがねぇなぁ…」心やさしいじゅうぎょう員さんは、ゾロを放っておくことができません。慣れた手つきでヒョイとゾロを持ち上げると、優しく抱いて歩きはじめました。
「ったく、重てぇなぁ…。本当におまえうさぎかよ…」
 ボヤキながらもゾロが目を覚まさないように、慎重にゆっくり静かに歩いていきます。

 つづく

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