【うさぞろさん】
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くわえ煙草の従業員は、この牧場に勤めはじめてから3年目になります。
今は園内のこぶたの飼育を担当しています。
本当は園内の池の上に建てられたレストラン『バラティエ』のコックさんになるのが夢なのですが、残念なことにバラティエは現在ぼしゅうがかかっていません。
来年の人事異動のさいには是非立候補しようと企む野心家さんです。
意外にも動物受けは良いようで、担当している子豚さんたちはもちろんのこと、馬や羊やヤギさんたちにも大人気のアイドル的存在でもあります。
特にアヒル池のアヒルさんたちには絶大な人気を誇り、彼がアヒル池のまわりを歩くだけでインプリンティングされているアヒルたちまでも親元を離れ、その男の人の後ろを一列に並ばず、我先にとクワクワきゃーきゃーギャーギャーと叫びながら付いてきてしまうほどです。
あまりの人気にアヒル達が暴動をおこすんじゃないかとアヒル池のそばには立ち入らないようにオーナーから釘を刺されているぐらいです。
金髪のサラサラした髪の毛、さっきも言いましたが特徴のあるとても不思議な眉毛、格好いいというよりもキレイだな…とか、かわいいなぁ…v…って感じのつくりの顔。 それからそれから優しい心。
笑顔は、母性本能がギャーッとくすぐられてしまうような、ステキ具合です。
本人にはあんまり自覚はありませんが、牧場内のにんきものです。
名前はサンジ。十九才の男の子です。
目下の趣味は料理と、女の子と、飼育しているこぶたさんのどれが成長した時に美味しそうになるのか予測を立てることです。
仕事が終わり、こぶたたちを寝床に入れて寝かしつけた後、おうちに帰る途中のみちでサンジは日課にもなっている珍しいうさぎさんであるゾロを探して歩きます。大抵牧場内で眠っているのを発見します。
他のうさぎさんよりも少し大きく筋肉質なゾロを抱っこしながら、サンジはガチョウ池の方へと歩いていきます。
サンジの腕の中で爆睡をしているゾロは相変わらず深い眠りの中にいます。
ピクピクと鼻と瞼が動いているのを見てみるとなにやら良さげな夢を見ているようです。
「うがっ」
ほら。やっぱり夢を見ているようですね。
見た目は怖いけど、眠っている姿は五才の子供のうさぎさんです。まだまだ可愛いさかりです。
動物好きのサンジはそんな安らかに眠っているゾロを抱っこして歩くのは、口では悪態をついてはいますが実はけっこう大好きなんですよ。
週三ペースで抱っこしてガチョウ池まで歩くのはある意味サンジの日課です。ただ、問題としては毎回ゾロを発見する場所が違っていることです。
牧場内のいろんなところでスカスカ眠っているゾロをいつのまにか探すようになってしまったサンジです。
ゾロの重さはサンジの腕にちょうどいいぐらいの重さです。
暖かくて身がしっかり詰まっていて毛はフワフワです。
ほんわかと赤ちゃんみたいな匂いもします。
サンジはなんどもゾロの匂いをかいでみます。
口元からはミルクの匂いがほわんとします。
からだからは、暖かな太陽の匂いがしてきます。
(…ビタミンDが多そうだよな…)
一日日向で干したおふとんのような暖かさです。
人がいなくなった牧場内でガッツリ眠るゾロを抱きながらテクテクとガチョウ池を目指して歩く時間は、サンジにとっても一日の疲れを癒してくれる穏やかでなんとなくホッとする時間です。
出来ればかわいいオネエちゃんのコスプレ的うさぎさんを抱っこする方が良いのでしょうが、ゾロの抱っこもまんざらではないようですね。
むう〜っとした顔で寝ているゾロは見慣れればかなりかわいく見えてくるものです。
サンジはゾロがちょっと好きです。
五分も歩いた頃でしょうか。サンジはガチョウ池までやってきました。大きな池をぐるっとガチョウの小屋の後ろの方まで回ってちょっと離れた先の柵のゾロが掘ったと思われるうさぎトンネルの前まで来ると、「ほら、起きろ」と、ゾロを揺すって起こしました。
「…」
ゾロが瞼を重たそうに開けて、目を開きます。
「……」
いつもだとゾロはすぐにサンジの腕のなかから下りて、直ぐにじぶんがつくったうさぎトンネルをくぐってお家に帰ります。
ところが今夜のゾロはいつもより眠りが深かったのか何だか動きたくないみたいです。
じーっとサンジの腕の中で大人しくしたままサンジのことを見上げます。
「ほら、もう閉園時間だぞ。おうちに帰って寝な。でないと牧場内のうさぎにしちまうぞ」
ゾロはそれはイヤだと首を横に振ります。
サンジはびっくりしてしまいました。
ゾロが珍しい種類のうさぎさんだっていうことは良く知ってはいましたが、正直人間の言葉なんて理解できるわけないだろうなと思っていました。
だって、所詮うさぎさんはうさぎです。
犬から比べても、ネコから比べても、知能はそんなに良くはなれません。
だから、きっと気のせいなんだと思っていました。
偶然、言葉が理解出来ているように見えただけなんだろうなって思っていました。
絶対的に研究データの乏しいうさぎさんなのですから、誤った見解のひとつやふたつやみっつやよっつ、あるのは当たり前だと思っていたのです。
ところが、今夜に限って『起きろ』『帰れ』以外の言葉を言ってみたら、ゾロは確かにサンジの言葉を最後まで聞いて、それから反応したのです。
サンジは目をまんまるに見開いてゾロを見ながら驚きを隠せないまま言いました。
「…何だおまえ、本当に俺の言葉が解るのか?」
ゾロはコクリとうなづきます。
「見た目も変わった奴かと思ったら、なんだなんだ…本当に変わったヤツなんだな……」
あらためてびっくりしたようにサンジは言いました。
ゾロは失礼なことを言うヤツだとベシリと右手でサンジの顔を叩きます。肉球の柔らかいところで叩かれたところで痛くもカユくもないのですが、心優しいサンジはひとまず「いてっ」と言ってあげました。
うさぎは普段あんまり鳴かない動物です。だから人間の言葉の解るゾロでもさすがに人間の言葉は話せません。 怒ったように鼻をピクピクと動かしながらフンフンと鳴き声を上げるのがせいいっぱいです。
訳すと『テメェ失礼なこと言ってんじゃねぇよ』になるのですが、人間にとってはただただかわいらしいうさぎさんの仕草の一つにしか見えません。ふてぶてしい顔のゾロですが、子供うさぎの一見こどもらしい動きにサンジは『かわいいヤツだなぁ』とついつい誤解をしてしまうのでした。
「…ほら、もう帰りな」
サンジは丁寧にゾロを地面に降ろします。ゾロはじっとサンジを見上げ、それからクルリと柵の方を向いて二本足でポテポテ歩きはじめました。
自分が掘ったうさぎトンネルの前まで来ると、また振り返ってサンジのことを見上げます。
「……ほら…行けって」
ゾロは何やら言いたげな素振りを見せたあと、人間の赤ちゃんみたいに四つん這いになってハイハイをしながら、うさぎトンネルを潜って牧場の外へと出て行きました。
ゾロには同じ仲間がいません。
ゾロみたいなうさぎさんは、滅多に生まれることが無いからです。
二足歩行のおりこうなうさぎさんは、いでんしいじょうで生まれてくるある意味いっしゅの奇形です。
完全なるれっせいいでんで、百億に一つの確率で生まれる本当に珍しいうさぎさんです。
自分の種を次の世代にのこすこともできません。
トナカイの世界では『ちょっぱー』というなまえのたいへんめずらしいいでんしを持ったトナカイがそんざいします。とても辛い思いもしたそうですが、今は幸せに暮らしていると言われています。
ちょっぱーは、高度な知能と自由に人語を操れるきょうじんな声帯と、綺麗なあおいおはなと、今はすてきな仲間も持っています。
ですがゾロはたった一羽で生きていくうさぎさんです。
ふつうのうさぎさん達からも一目を置かれて距離を取られ、けっしてなかまにしてもらえることはありません。
うまれたばかりのころは、こーしろーせんせーという優しいうさぎさんと、くいなっていうたいせつなうさぎさんがそばにいたのですが、今はたった一羽です。
もともと強いうさぎさんでしたが、成長して行くにつれてどんどん強くなっていきました。
だって強くなければ生きてはいけないのです。
ゾロはゾロなりに必死でした。
寂しくてなきそうになったよるもありました。
でも、ぐっとがまんしてなきませんでした。
辛くてしにそうになったひもありました。
でも、必死でたえて生き続けました。
ゾロは、一日でも長く生き続けたいと思っています。
だから、どんなことにもくじけたくはないのです。
自分が行きて行くためのもくひょうは良く分かりませんが、とにかく生き続けたいと思っています。
命が惜しいのではありません。
一うさぎで終るのがいやなのです。
ゾロの世界には、『みほーく』というとても強いうさぎがいます。
強きうさぎのために、最強でい続けるのを約束し、実行し続けるうさぎさんです。
ゾロは、みほーくより強いうさぎになりたいと思っています。
もしも生きる目標を一つだけ今直ぐ言わなければならないのなら、『みほーくよりつよくなりたい』のです。
一度だけ、ゾロはみほーくと戦ったことがあります。
それは、奇跡的な出逢いでした。
みほーくと戦って勝てるのならば、命をおとしてもかまわないとまで思いました。
みほーくは、決して手は抜きませんでした。
みほーくは深い深い…一生治ること無い深い傷をゾロに与えました。
かんたんに命を捨てようとしたゾロへの戒めのいちげきでもありました。
ほんの少しでも諦めたら命を落とすほどの傷でした。
『生きろ』
と、あの日ゾロは言われたような気がします。
ゾロの身体には肩からお腹にかけてありえない程の大きな傷が斜めに走っています。
無数に存在する傷の中で、一番大きくて一番致命傷に近い傷です。
自分の身体を見下ろす度に、ゾロは自分の傷を見なければなりません。
恐ろしい、傷です。
ゾロはもう数えきれないほど、みほーくに付けられた傷を見続けてきました。
しんでもいいとおもうことはいまでもあります。
でも。
むだにしんではいけないのだとりかいしてます。
うさぎさんの世界は人間が思っているほど何も無い世界ではありません。
うさぎの身体はとてもとてもおいしい肉で包まれています。
食べるのは、なにも人間だけではありません。
たった一羽で行きて行くのは、大変なのです。
五さいのゾロは、今日も一生懸命生きています。
苦しくても。辛くても。
たった一羽でも。
笑えないけど。
……しいけれど。
ゾロが住んでいる小さなのはらは、ゾロが一羽で住んでるのはらです。
「……」
ポテポテとゾロはお家へと帰ります。
お家にしている小さな穴は、せまいながらも安心出来る我が家です。
狭い入り口から中へと入り、お家に入って横になります。
(ふーっっ……)
心の中でゾロは大きく息をつきます。
(……あったかかったな……)
ゾロはサンジのことを考えます。
抱っこされてたことを思い出します。
しっかりと大切に抱きかかえられて…気持ち良かったな…いつもは直ぐに逃げてたけど、じっとしてたらあいつ…喋るんだな…とか考えます。
暖かかったな…。
暖まった木のねもとよりあったかいんだな。
サンジの温もりを思い出します。
不思議でした。
人間は、自分が珍しいほうのうさぎさんだと気が付くと、たいていは捕まえてどこかに売り飛ばそうとします。
隙をついて逃げ出すと必ず罵声がとんできます。
人間はこわいだけだとおもっていました。
人間は『おかね』っていうものが大すきで、おかねのためならなんでもする生き物なのだとおもっていました。
ゾロも『おかね』のそんざいは知っています。
自分が『おかね』になるのも知っています。
おかねとは、自分が持っているお金をはいっ、って、他人に渡すと、やりたいことができたり、欲しいものが手に入ったりするモノです。
おきゃくさまがアイスクリームを食べるときや、牛乳の乳搾りを体験するときなんかによく『はい』って渡しているのを見かけます。
以前、草むらに土と同じような色をした丸いおかねを拾ったことがあります。
あ、おかねだって思って触ってみたら、かたくて冷たくてびっくりしてしまうような手触りでした。
ゾロは冷たい感じがとても嫌で、直ぐに捨ててしまいましたが、そのあと直ぐに人間が拾って持って行きました。
(そんな冷たいモノよりあたたかいもののほうが良いけどな)
人間って不思議だなっていつでもゾロは思っています。
つづく
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