【うさぞろさん人になる】
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千葉県のとても有名な牧場には、おさかなの形をしたレストランがあります。
今年の三月から人事異動により、新しいコックさんが誕生しました。
なまえは『サンジ』っていいます。
コックさんになる前は、子ぶたの飼育担当をしていたおにーさんです。
子ぶたさん達に絶大な人気を誇っていたサンジは、配置替えの前日に子ぶたさん達に惜しまれるあまりに、数時間飼育小屋に監禁されてしまったとかしなかったとか。更には、その子ぶたさん達にアヒルさん達まで加勢したとかしなかったとか。
とにかく動物には好かれる人のようですね。
お料理の腕は抜群。
実は彼、お料理界では有名な人なんですよ。
あ、それから余談ですが、いろんな意味でおねーさま方にも人気があるおにーさんなので、どーじん界でも同様にとっても、とぉーーーっっっても有名な人なのだそうです。あんなことやこんなことまでされているとか…してるとか……。
金色の髪の毛はさらさらしていてとても綺麗で、笑った顔はとても暖かくて、口はあんまりよくないけれど、とても優しいコックさんです。
まゆげは不思議すぎる程ぐるぐるとしていますが、結構本人は気にしているみたいなので、出来ればそっとしておいてあげて下さい。見慣れれば、大丈夫です。
さて、そんなサンジが働いているレストランにはちょっと…いえ、かなり珍しいうさぎさんがいます。
多分『世界初』の、働くうさぎさんがいるのです。
…と、言っても、近くから見ても遠くから見ても、そうとう注意して見ても、どう贔屓目に見ても働いているようには見えないのですが、うさぎさん自身はしっかりとレストランのやり手従業員だと思って仕事をしています。
本人は、どうやら用心棒の気分のようですが、ポテポテと二本足でレストランを歩き回る姿はとても愛らしくて微笑ましいです。
たまにレタスとかミルクとかあげると、仏頂面のまま両手で受け取って、ぺこりといただきますのあいさつをした後、美味しそうに残さず全部食べています。
暖かい日は窓際でちょこんとすわって眠っています。
とてもいっぱい眠ります。
基本スキだらけです。
でも、うさぎさんの名誉のために言っておきますが、ケンカはとっても強いんですよ。不意打ちしたってきっと絶対勝てないですよ。
名前は『ゾロ』って言います。
ふんわりと緑掛かった毛並みのほわほわとしたうさぎさんです。
今年六歳になる(人間の年齢で言うとやはり六歳ぐらいです)子うさぎさんです。
前は千葉県のとっても有名な牧場の隣りの敷地にある小さな野原に住んでいましたが、今年からはサンジの部屋に住むようになりました。サンジのことがとっても大好きなゾロは言葉にこそ出しませんが嬉しくってたまりません。
はた目から見れば仏頂面していていかにも嫌そうな顔をしているように見えるのですが、サンジにさわさわと頭や身体を撫でられたり、抱っこされたりすると、ふる…っ、と、身体が震えてしまう位嬉しくなってしまうのです。
もっともっと撫でられたいし、もっともっと抱っこされたいと思っています。
出来れば、つがいになりたいとまで思っています。
ゾロはとても目付きの悪い傷だらけのうさぎさんです。
他のうさぎさん達とは明らかに見た目が違うので、初めての人でもきっと直ぐに見分けられます。
左の耳にはどうぶつを愛してやまない人たちのつけた黄色いタグが3つ。個体認識のためのタグの様ですが、パッと見た目には、格好良いピアスのようにも見えます。
ゾロは、振り返ったり走ったりする時に三つのタグがぶつかってチャリチャリと小さな金属音を立てるのがお気に入りなので、外して捨てたりすることも無く、おとなしく耳にきちんと付けたままにしています。
いっつも恐い顔をしているゾロですが、よく見ると可愛らしい顔をしています。
きっと大きくなったらハンサムなうさぎさんになるのでしょうね。
ケンカ好きって訳ではないのですが、決闘するのは大好きなので、売られた決闘はなんでもかんでもみーんな買います。だから生傷も絶えません。あちらこちらに傷を縫った痕があるので、何だかつぎはぎたらけのぬいぐるみのようにも見えたりします。胸にはビツクリする位大きな切り傷も付いています。
ところでこのうさぎさん、さっきも言いましたがそんじょそこらのうさぎさんとは全く違ったうさぎさんです。
二本足で歩くことの出来る若干進化した新種のタイプのうさぎさんなのです。
すっく、と立って、元気よくすたすたと歩き回っていたりします。どうしてそんな人間のように歩けるのかはまだ誰も解明出来ていません。動物学者にもまだ解明出来ない生命の不思議なのです。ダーウィンもビックリです。
初めて見るときっとかなりの違和感に驚きます。
頭はそんなによくはありませんが、ちょっとだけなら人間の言葉も理解出来ます。
ほわほわのみどりいろの体毛も見慣れるではマリモに見えてしまうので注意が少し必要です。
約束ごとが大好き。
腕に付けた黒い手ぬぐいは宝物。
胸に付けられた大きな傷は男の勲章なのだそうです。
冷やして風邪をひかないようにとお腹にしっかりとつけている緑色の腹巻きは、ゾロのトレードマークです。
「……はぁ……」
ゾロは、今日何回目かの溜め息を吐きました。
何だか憂鬱そうな顔をしています。
「……ちくしょう…サンジのヤツ………」
ぶつぶつと文句を言ってはサンジのベッドの上でゴロゴロと寝転がります。
今日は久し振りの休暇です。
一日サンジに甘えられるとウキウキしていたゾロだったのですが、サンジは朝からナミさんに付き合ってお買い物に行ってしまいました。なので今日は一日、ゾロは一人でお留守番しなければなりません。
サンジが用意してくれたスペシャルお弁当も食べてしまい、もうすることもありません。
サンジの匂いが一番良くするサンジのベッドの上によじ登り、枕の上でゴロゴロします。
「…バカサンジ。あひる野郎」
悪態を吐いて寂しさを紛らわせています。
本当は一日二人っきりで過ごしたいと思っていました。
でも『ラブハリケーンvv』とか聞いたことも無いような技を繰り出しながらあんまりにも嬉しそうに出掛ける準備をしているサンジに我侭を言うことはどうしても出来ませんでした。
(畜生…ナミの野郎……)
人間のくせに生意気だぞっ。と、ゾロはサンジが出掛けた痕、暫く悪態を吐きまくっていました。
(あんなメスのどこが良いんだよっ。あいつはなぁ…絶対ロクでもないメスなんだぜ…っ…知ってるか?お前なんかよりずっとずーーーっっとお金の方が好きなんだからなっ。それになぁ、ナミはお前じゃなくてルフィってヤツの方がずーっと好きなんだからなっ。俺知ってるんだからなっ。あいつらが交尾してるの見たんだからなっ)
俺の方がずーーーっっっっと、お前のことが好きなんだからなっ。と、ゾロは地団駄を踏んで怒りました。
サンジが出掛けてから、二時間位そうやって怒っていて、それからサンジが作っておいてくれたお昼ご飯を食べて、それからまた一時間位ブーブーと怒り、その後眠くなってしまったのでたっぷりお昼寝をして、それから目が覚めて、またブーブー怒って今に至ります。
「…はぁ…」
思う存分怒って落ち着くと、今度は悲しくなってしまいました。
(やっぱりサンジは俺みたいなうさぎなんかより人間の方が良いんだ…)
ベッドから飛び降り、普段は覗きもしないような鏡の前に歩いて行くと、じーっと鏡を覗き込んで自分の姿を眺めます。
どこからみても見紛うこと無くうさぎさんです。
「………はぁ……」
ゾロは目付きこそヤクザの様な鋭さですが、全体的にはほわほわとした柔らかく暖かな毛で覆われた可愛らしい姿形をしています。
ぽってりとしたお腹や、ぽてぽてとした手足はまるでぬいぐるみの様です。長くぴーんと立った耳もパタパタと動かすととても可愛らしい感じがします。
(クソーっ…可愛らしさには自信が有ったのによ…)
ゾロは可愛らしさ勝負で人間に負けてしまったのが悔しくてなりません。
(じゃあ、格好良さで勝負だっ)
ゾロは思い切って考えを切り替えてみることにしました。
鏡の前で幾つか頭に思い付いた格好良いポーズをしてみました。見本はうさぎさん界最強のミホークです。
鯉口を切る仕草とか、上段に剣を構える格好とか、ブンッと、剣を振り下ろした格好とかです。
「………」
どうもさまになりません。
ゾロはきっと剣を持っていないのがいけないからだと、きょろきょろ辺りを見回しました。
(これはどうだ?)
机の上に置いてあったシャーペンを手に取って構えてみました。
「コレじゃねェな…」
格好悪いのでポイッと捨てて、また辺りを見回します。
(これはどうた?)
次に見付けたのはサンジのブラシです。
(やっぱダメだ)
大きさは丁度良いのですが、形がしっくり来ない様です。ブラシも投げ捨ててしまいました。
(コレはどうだ?)
(コレはどうだ?)
物差し、オタマ、フライ返し、フライパン。
(コレは?)
シャンプー、リンス、浴槽ブラシに、ボディブラシ。
(畜生…っ…これはどうだ?)
箒、ハタキ、モップにちりとり。
(これは?これは?…これならどうだっ!)
どんどん引っ張り出してきます。
(こうなったら…っ)
ゾロはサンジの大切にしている包丁まで取り出します。
肉切り包丁、出刃包丁。
牛刀。
(おっ!)
剣としては格好良いのですが、ふわふわもこもこのゾロの可愛い身体には何だか全然似合いません。
「……チッ……」
一生懸命ポーズを取っていたゾロでしたが、どうにも可愛らしさが先行してしまいます。
ガシャン。バシャン。
ゾロは苦労して台所から持ってきた牛刀も放り投げます。
いろんなところから引っ張り出して来たモノでゾロの周りはぐじゃぐじゃに散らかってしまいました。
(畜生っ!!畜生っ!!畜生っっ!!!)
…あらあら…。
どうやらゾロは自分の見た目が気に入らない様です。
バシバシと鏡の自分を叩きます。
ぽふぽふと当たるばかりの自分の柔らかな毛皮の感触に腹を立て、最後は近くに置いてあったサンジのシルバーの指輪を鏡に向って想いっきり投げつけはじめました。
(こんな身体じゃダメだっ!!)
「プーッ!ブーッ!!」
癇癪を起こして鏡に八つ当たりです。
(こんな身体嫌だっ!嫌だっ!嫌だぁっっっ!!!)
『ガシャァァンッッ!!!』
「!!」
とうとう最後は鏡を割ってしまいました。
「……………まいったかこのヤロウ」
フンッ、と、ゾロは鼻を鳴らしました。
つづく
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