【うさぞろさん人になる】

2

 


 『ピンポーン』
 
 散らかし放題の部屋の中でゾロがゴロゴロしていたら、ドアチャイムの音が聞こえました。
 誰だろうとと思ってドアの方に歩いて行くと、
 「こんにちはーっっ押し売りでーす」
 元気で愛想の良い声が聞こえてきました。
 ゾロが背伸びをして鍵を外すと親切にも外の人がドアを開けてくれました。
 「こんにちはーっっ!!パンツのゴムひもはいかがですかーっ!!消化器の点検もしてまーすっっ!!今日は特別に布団の無料クリーニングもしていますよー。耐震工事の無料見積もりもしていますし、ご利益のある高価な壷もお持ち致しましたーっっ!!どれもこれも法外な値段でご提供していますっっ。おやっ、これはこれはカワイイうさぎさんっ。お家の方はいらっしゃらないですか?あら、んーんーなんて首を横に振っちゃってこりゃまた可愛いっっ。よしっ、今日は特別に君と商談しちゃおうじゃないかっ。ね、お客さん、お一つどうですか?今なら特別に悪魔の実あげちゃいますっ。なんとヒトヒトの実(総受けモデル)を一つプレゼント致しますよっっvvこれはお得っvv大丈夫。はんこが無くても拇印で結構っ!!はいっ。こうやって朱肉をぽんっvvんーっっ!!いいねーっ。あんまりにも良いから、こっちの契約書にもぽんっ。こっちの契約書にもぽんっ。おまけにもう一つぽんっっ!!」
 ものすごい手際良さです。
 ゾロが朱肉だらけの右手を引っくり返したりしながら眺めているうちに元気な押し売りは、新しいお布団と、りっぱな壷と、大きな消化器と良く伸びるパンツのゴムひもを玄関のところにどさどさどさっ!っと置くと、
 「はいっ。後コレはおまけ。良く噛んで食べてね〜」
 と、ゾロに悪魔の実(総受けモデル)を差し出しました。
 「………」
 何だか良く分かりませんが食べ物をくれるんだな…と、ゾロはいつも通り頭をぺこりと下げて両手で悪魔の実を受け取りました。
 「おやおや…これは礼儀正しい良い子ですねーっ」
 押し売りは感動して思わず耐震工事の無料見積もりの日取りまで決めてしまいました。
 「では、又よろしく」
 はぐはぐと悪魔の実を齧り始めたゾロに、押し売り屋は丁寧に頭を下げると、後は一目散に走って行ってしまいました。
 「………マズ…」
 悪魔の実を齧りながら、サンジのご飯の方が百万倍旨いぜ…と、ぼんやり考えているゾロでした。
 マスクメロン位の大きさの悪魔の実は正直美味しくも何ともありませんでした。でも、口寂しかったゾロは何だかんだとぶづふつ文句を言いながらも全部平らげてしまいました。
 「…けぷ」
 小さなゲップを一つ出した後、残ったヘタの部分だけを部屋の角に置いてあるゴミ箱の中に捨てて、大きな欠伸を一つします。
 「………眠みぃ…」

 悪魔の実の威力は想像以上のものでした。
 時間にしたら……ほんの一分もかからなかったのでは無いでしょうか。

 ほわほわの緑色の毛並みの綺麗なうさぎさんはごしごしと閉じかけた目を擦ります。
 くわぁ……っと大きな欠伸がまた出ました。
 ぽてぽてとサンジのベッドに向って歩き、
 ぱたりとベッドに倒れ込みます。
 ごそごそ身体を動かして、
 「…ふわぁ…っ…」
 最後にもう一度、小さな欠伸をしています。
 小さな身体を小さく丸めて、
 「………」
 すとんと眠りに落ちる頃には。

 ゾロは人の姿になってしまっていたのです。

 「…ん…」

  
 …少し緑掛かった透けるような白い肌。
 鮮やかな緑色の髪。
 柔らかで弾力のある子供の身体。
 綺麗な身体には痛々しい程の切り傷の痕。
 胸に付けられた大きな刀傷。
 ほんのり赤みの差した頬。
 つやつやの唇。
 長い睫毛。
 耳にはピアスのような三つの個体識別のタグ。

 身体を覆っていた暖かな体毛が無くなってしまったせいか「くしゃんっ」とくしゃみをした後で、ゾロは眠りについたまま足先に触れていた毛布を引っ張り包まります。
 丸めた身体を一層小さく丸めて縮まり、すやすやと安らかな寝息を立てて深い眠りの中へと落ちて行きました。

 

 

 「ただいまーっ。おーいゾロー、ちゃんと良い子でお留守番してたかー?」
 完全に日が暮れてしまう三十分前にサンジはお家に帰ってきました。
 ナミさんとのお買い物(荷物持ち)ですっかり上機嫌のサンジはドアの鍵穴にお家の鍵を差し込むのも鼻歌混じりです。
 「ナミさんはなー、それはもう恐ろしい程可愛かったんだぞー」
 口元がかなりニヤニヤしています。
 「俺はなぁー、お昼ご飯とお茶をごちそうして差し上げたんだぜーvv」
 ナミさんの食事シーンを思い出して鼻血を出しかけているサンジです。ご機嫌過ぎてドアの鍵が開いていたのに気が付かなくて、一回鍵を閉めてしまい、また開けているサンジです。
 「ああ〜っっ…」
 身悶えながらドアノブに手をかけます。
 「ルフィーのフィアンセじゃなかったら絶対俺がプロポーズするのに〜〜〜vvナミさ〜んvv好きだぁ〜〜」
 ガチャ。
 扉を機嫌良く開き。
 「ただいまぁ〜………っ」
 部屋の中を見て。
 瞳孔が開きました。
 サンジは無言で外に出てドアを閉めます。
 ちょっと目の前の自分の部屋の中の状況が理解出来なかったみたいです。
 (えっ?ちょっ…ちょっと…待て)
 心の中で三秒数えてもう一度ドアを開きます。
 「………」
 もう一度外に出て、今度は表札を確認します。
 目を閉じてまた三秒数えて目を開けます。
 一文字一文字確認しながら自分の部屋の表札を見詰めます。
 「…間違いねーよな…」
 勿論間違いありません。
 「…つーか俺ちゃんと鍵使って開けられてるし……あれ?」
 鍵を開けた時の違和感にようやく気が付きました。
 「鍵…もしかして…開いてた…?」
 おそるおそる細くドアを開けて中を覗いて、また閉じてしまいます。
 「……マジで…?」
 サンジには今自分の目で見たものがどうしても信じられないようです。
 目を強くこすって、しぱしぱと瞬いて、朝の自分の部屋の中の状況を思い出して「…んん。やっぱりそんな散らかしてない」それから意を決したようにドアを開けて中を見ます。
 散らかった部屋と玄関に積み上げられた商品がサンジの視界の中に入ります。
 「……一体…どういうことだよ……」
 どうしてもサンジには目の前の状況が信じられません。
 サンジは男の人の割にはかなり綺麗好きで、いつも出来る限りお部屋の中を片付けて綺麗な状態にしています。
 子うさぎさんのゾロと一緒に暮らしているので、ゾロが落としたおもちゃとか、ゾロが散らかしたご飯の残りがちょこっとだけ散らかっていることはあるものの、基本的にはゴミ一つ落としたままにはしない部屋です。
 なのに今日は一体どうしたというのでしょう?(答・ゾロが散らかした上に悪徳商法に引っかかったから)(↑でもそんな事実、サンジが知っている訳もありません)まるで泥棒とかさこじぞうさんが一緒、もしくは順番にやって来たかのような状態です。
 散らかっているだけならまだしも、玄関に新品のお布団やら消化器やら壷やらパンツのゴムひもやらが積み重ねられているのはシュール過ぎます。
 それになにより鍵を開けた時の違和感です。
 サンジは朝の出掛けた時の状況の記憶の糸を辿ります。
 「……や…鍵は掛けるだろう普通…」
 火元、水元、戸締まりのチェックは厳しい方です。
 記憶の中ではちゃんと今日も鍵を掛けて、確認も忘れてはいなかった様です。
 「…ゾロが開けたってことか…?」
 サンジはハツとしました。
 ゾロは世にも珍しい、二足歩行のうさぎさんです。
 人間の言葉も少しなら理解出来るおりこうさんのうさぎさんです。
 個体数が少ないため、研究もほとんど進んでいない生き物なのです。
 もしも研究者がゾロの存在を知ったら……。
 サンジは心臓が冷たく感じてしまう程痛みました。
 「ゾ…ゾロ…」
 もしも研究者がゾロの存在を知ってしまったら…。
 ゾロは、捕獲されてしまいモルモットにされてしまうでしょう。
 ゾロは千葉県の有名な牧場の中にある、有名な人気レストラン『バラティエ』の自称従業員です。
 ただ、ぽてぽてと歩き回り、たまにお客さん達にレタスやミルクを貰って食べ、たまに厨房でおいしい料理を作っているサンジの姿を眺め、残りの時間は暖かい窓辺でおひるねしているうさぎさんです。
 他の野生のうさぎさん達から見ると比べ物にならない位人間の目にさらされているうさぎさんです。
 動物の研究者が千葉県の有名な牧場には来ないなんて保証はどこにあったでしょうか?
 動物の研究者がバラティエにご飯を食べに来ないなんて保証はどこにあったでしょうか?
 「ゾロ…っ…ゾロっ!」
 サンジは乱暴に靴を脱ぎ捨てると部屋の中に飛び込みました。
 「ゾロッ!!」
 ゾロを発見しない保証なんてどこにあったでしょうか?
 ゾロを捕まえない保証なんてどこにあったでしょうか?
 「ゾロッ!!!」
 いつまでも一緒に暮らせる保証なんて一体どこにあったでしょうか?
 部屋の中はとんでもなく散らかっていました。
 部屋の中のものは勿論、洗面所やお風呂場の物まで引っ張り出されて散乱しています。
 「ゾロ、ゾロッ!どこにいる?いるんだろ?ゾロッ!」
 机の上の鏡は無惨にも大きくひび割れてしまっています。
 「ゾロッ!返事してっ!!」
 包丁まで部屋の中に投げ捨てられています。
 「っっ!!ゾロッ!!」
 サンジは散らかった床に這いつくばってゾロのことを一生懸命に探しました。
 「ゾロッ!!!」
 子ブタさんの飼育係だった時からサンジはゾロのことが好きでした。
 牧場内でのどかにお昼寝している姿を探すのが日課でした。
 子供なのに一人逞しく生きるゾロをいつでも気に掛けていました。
 初めてゾロの鳴き声を聞いた日のことは今でもサンジは忘れていません。
 子ブタ小屋で転んで泥だらけになったゾロが、全身で叫ぶようにして自分のことを呼んでくれた日のことが昨日のことのように思い出せます。
 抱き上げた時必死でしがみついて来たゾロの想いは何だったのかは分かりませんが、サンジはあの時とてもゾロのことを愛おしいと思いました。
 「どこだ…っ…ゾロ!」
 だからこそ、一緒に暮らそうと思ったのですから。

 どこか狭いところに隠れてくれていれば良い。
 サンジは願いながらゾロのことを探します。
 どうか戦おうなんて思わないで欲しい。
 臆病な子うさぎさんであって欲しいとサンジは願って探します。
 力で叶わず、自由の全てが奪われるなんて…考えたくもありませんでした。
 「ゾロ…っ…どこだ…っ…ゾロ…っ」
 サンジは不安に胸が圧し潰されそうになりながら、ゾロの姿を探し続けました。
 でも、緑色のほわほわとした毛をたっぷりと纏った子うさぎさんはどこにも、見付かりません。

 

 ……俺は………ゾロを…………失った……?

 つづく

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