【うさぞろさん人になる】

3

 サンジは…なんだか訳の分らない虚無感に襲われて、耐えきれずに叫びました。
 「ゾロォォォッッッ!!!」
 「…んん……?」
 「!!!!!」
 床を這いつくばっていたサンジの頭上…ベッドの上から眠たそうな子供の声。
 「…何だよ……ったく……うるせェな……」
 まだ流暢に喋れない子供の発音。
 サンジは、びっくりして固まってしまいました。
 (こっ…子供の声?)
 誰だ?
 ギギギギ。
 油の切れたロボツトみたいな動きで、サンジはベッドの上を見上げました。
 「おかえり…おそかったな」
 眠気を擦り落とすように目を擦り、眠そうな目を開いてサンジのことを見詰めます。

  …少し緑掛かった透けるような白い肌。
 鮮やかな緑色の髪。
 柔らかで弾力のある子供の身体。
 綺麗な身体には痛々しい程の切り傷の痕。
 胸に付けられた大きな刀傷。
 ほんのり赤みの差した頬。
 つやつやの唇。
 長い睫毛。
 鳶色の瞳……。

 「…………」
 「なんだよ」
 「…………」
 「へんなかお」
 「……お前…誰だ…?」
 可愛い人間の男の子の目付きが凶悪になります。
 (…俺…すごく…この目付きに見覚えある…)
 「てめェ…いきなりなに言ってんだよ」
 俺だよ…と、言い掛けてゾロの言葉が途切れました。
 「……あれ?」
 自分の身体の変化に気付いた様です。
 「あれ?あれ?…なんだこりゃ」
 人間になった両手をせわしなく動かして、自分の意志で動いている『モノ』なのだと気付き目を見開きます。
 「…っ」
 右手のてのひらの朱肉に気が付いて、本当に自分の手なのだと気が付きます。
 「…どういうことだ…?」
 可愛らしい声で呟くと、包まっていたシーツを引っ張り剥がします。
 痛々しい傷を除けば、つるんとしたシミ一つない綺麗な肌と人間の身体が現れます。
 ゾロはあちこち動かしたり眺めたりして、全部が間違いなく自分の身体であることに気が付きました。
 サンジはベッドの上でせわしなく動いて自分の身体を確認している男の子を見詰めていました。
 何にも考えられません。
 ただ、つるつるとした滑らかな肌や、身体に付けられた傷の跡や見覚えのある胸の大きな刀傷をただぼんやりと眺めるだけです。
 チャリ…
 ゾロが頭を振る度に、耳慣れたあの音が聞こえてきます。
 『チャリ…チャリ…チャリ…チャリ……』
 ピアス?
 ……いいえ。
 それは三つの個体識別のタグ。

 「………ゾロ…」
 呟くような声でサンジはゾロの名前を呼びました。
 目の前の男の子はサンジの声に反応します。
 ピタリと動きを止めて、サンジの方に顔を向けます。
 「…ゾロ…?…」
 男の子は真っ直ぐにサンジの瞳を見詰めます。
 「……ゾロ……」
 「んん?」
 男の子は返事をします。
 「なぁ、俺、おかしくねェか?」
 サンジの方に身体を乗り出して近付きます。
 「うわっ!!」
 サンジは、力一杯ゾロを抱き締めました。
 ぎゅぅぅぅぅぅぅっっっ。
 子うさぎさんのゾロのように…とはいきませんが、人間の男の子のゾロもすっぽりとサンジの腕の中に包まれました。
 ぎゅぅぅぅぅっっっっっ!!
 「いてぇっ…!いてぇよ」
 びっくりして最初はジタバタともがいていたゾロでしたが、
 「………ゾロ…っ…」
 サンジの、まるで泣いているかのような声に抵抗出来なくなりました。
 ゾロはあんまりにも強く抱き締められたので、痛いやら苦しいやらで大変だったのですが、少しも嫌だとは思いませんでした。
 だってこんな風に誰かに抱き締められたのは初めてだったのです。
 いつも赤ちゃん扱いで、良くても子供扱いで、ゾロは嬉しい反面少し悲しく思っていたのです。
 つがいになりたいな、って、もう随分前からゾロはサンジを意識していたのです。
 また子うさぎさんのゾロでしたが、人間から見れば遥かに寿命の短いゾロは、もう恋愛をしたい年頃なのです。
 交尾がしたいと思っていました。
 子供が出来る…ような気はどうしてもしないのですが、それでもゾロはサンジの子供が生みたいと思っていました。
 だから、いくらほわほわのふわふわでも、子供扱いされるのはちょっと嫌だったのです。
 対等とは言わなくても、せめてつがいとして愛される立場になりたかったのです。
 あやされるような抱き締められ方じゃなく、求められるような抱き締められ方をされたいってずっと思っていました。
 今日のサンジはいつもと全然違っていました。
 ゾロにも直ぐに分かる程違っていました。
 つがいとして求められているような抱き締められかたじゃないような気はしましたが、それでもいつもとは全然違う抱き締められ方です。

 だいじ。
 とっても。
 大事。

 サンジはまるでゾロを殺してしまうんじゃないかって勢いで抱き締めています。
 息をするのも大変な位強く強く抱き締めています。
 ぎゅぅぅぅぅぅぅっっっって、どこまでも強く強く抱き締めてきます。
 「よかった…良かった……」
 噛み締めるように呟くサンジの声が聞こえてきます。
 ゾロは静かに目を閉じました。
 自分も抱き締め返したかったのですが、全然動けそうにありません。
 「良かった……よかった…っ…」
 サンジの声が心の奥に染みてきます。
 良かった。本当に、良かった。
 大事に思われているのがひしひしと伝わって来るような優しい音です。
 身動き一つ取れないゾロは、大人しく黙ってサンジに抱き締められます。
 じんわりと暖かい体温が流れて行って、流れてきます。
 暖かな体温は、混ざって身体が密着しているところから、一つのものになっていくような気がしました。
 頬擦りすることすら出来ないゾロは、全てを委ねるような気分でサンジの身体に自分の身体を預けました。

 

 

 「ヒトヒトの実(総受けモデル)?」
 「ああ」
 意識を失いかけたゾロにようやく気付いたサンジが慌てて力を緩め、ほわん…となっていたゾロに慌ててミルクを飲ませたり、くしゃみをしているゾロに取りあえず暖かな毛布を身体に巻付けてあげたりしてようやく落ち着いた後に、サンジはゾロから部屋の惨状の真相を聞いたのでした。
 部屋を散らかしてしまったのはヤキモチだったのを知ってギリギリ苦笑いで許し、悪徳訪問販売に関しては、後で相手を半殺しにしてでもクーリングオフにしてやろうと考えつつもしっかりとゾロにお説教をしたサンジは、ゾロが人間になった理由を聞いて驚きました。
 「んで、お前はそれを貰って食った訳か?」
 「ああ」
 「ああ、じゃねーだろう」
 「だってくれたんだから食っても良いんだろう?」
 「…まぁ…そりゃそうだけどよ…」
 (無防備すぎるだろう)
 と、言い掛けて止めました。
 人間に慣れている動物は、人間を信じています。
 ましてゾロは人間にしたところで六歳程度の小さな子供です。考えてから食えって言ったところで多分理解出来ません。
 「食ったらねむくなって、ねた」
 「んで、人間になった…と」
 「ああ」
 何でも無いような感じの返事にサンジは溜め息を吐きます。
 「どうした?」
 「…いや…別に……んで、具合は大丈夫か?」
 「ああ、だいじょうぶだ」
 こくん、と小さな頭を縦に振ってゾロは言います。
 「身体が妙にスースーするけどな」
 「体毛が無くなったからな。取りあえず明日もう一日休みを取ってお前が着れる服でも買って来てやるから」
 「べつにいらねェ」
 「バカ。その格好で外フラフラしてたら捕まえられるぞ」
 「つかまんねぇよ」
 「掴まるって」
 いいか。サンジは人差し指でサンジの鼻を軽く突きます。
 「人間って言うのはな、裸で表プラプラするのはダメなんだ」
 「なんで?」
 「何で…って……恥ずかしいからだろ」
 「俺、はずかしくねぇ」
 「あのなぁ…お前が恥ずかしくなくて俺が恥ずかしいんだよ」
 むぅ……。
 可愛らしい顔の眉間に縦皺が寄りました。
 「……じゃあ…着る」 
 「そうしてくれ……えっと…シャツにズボンに下着に靴下…靴もいるか……ああ、歯ブラシとかも買っておかなきゃな…歯ブラシ…コップ…あ、シャンプーハット?…」
 思い付いた買い物をメモにどんどん記入して行きます。
 「結構いるもんだな…ま、最初だから仕方がねぇか。えっと…後は……あ、そうだ。ジジイには一応連絡入れておくか……つーか…(総受けモデル)っつーのは一体何なんだ…?」
 ブツブツ思い付くままに喋るのはサンジのクセです。
 ゾロは子うさぎさんの頃からそうしていたように、ちょこんと大人しく座ってサンジの側に居ます。
 (うさぎは年中発情期だけど、人間もそうなのか?)
 黙ってとんでもないことを考えています。
 (そうだ。今度サンジと交尾してみよう)
 人間になったんだからな。
 ゾロはとんでもないことで企んでいます。
 「くしやんっ」
 ゾロのくしゃみにサンジがメモから顔を上げました。
 「ん?大丈夫か?」
 ゾロは頷いてニコリと笑います。
 「おっ、可愛いなぁ」
 サンジが笑って頭を撫でました。
 大きな手の感触は子うさぎさんの頃に感じた感触と一緒です。
 でも、
 「…っ」
 ぴたぴたと頬に触れる感触は全然知らない感触です。
 人間は極端に体毛の少ない生き物です。
 ゾロに取っては毛の生えていない場所に直に手のひらが触れるって感触は生まれて初めての感覚なのです。
 ぺたっとくっついて、離れる時にちょっと皮が引っ張られるような感じです。
 何とも言えない心地良さです。
 サンジの手が離れた後、ゾロは自分の手で自分の頬をぺたぺたと触りました。
 同じような感触がしましたが、サンジにされた時のは方が気持ち良かったような気がします。
 「サンジ」
 「ん?」
 ゾロは自分の手で自分の頬をぺちぺち叩きます。
 「さわって」
 「ん?」
 頬を突き出しおねだりします。
 「もう一回」
 ぺちぺち頬を触ります。「ここ、さわって」
 見上げてくる可愛らしい顔にサンジは思わず顔がほころびます。
 「こうか?」
 ぺちぺちぺち。
 やっぱり自分で触るよりずっとずっと気持ちが良いです。
 「もっともっと」
 お強請りすると今度はさわさわとほっぺたを優しく撫でてくれます。
 ゾロは目を瞑って感触を追いかけました。
 もっともっと。
 ゾロは何度もお強請りします。
 サンジの柔らかな指先や手のひらが、ぺたぺたさわさわと顔のいろんなところを触ります。
 「気持ち良い?」
 聞かれてゾロは答えます。
 「うん…すごくきもちよい」
 「そっか」
 「こんなの…はじめてだ」
 「んん?…ああそっか。いままで直に肌が触れられるなんてことが無かったからな」
 ゾロは気持ち良くて無意識に口が開いてしまいました。
 小さな口の中には真っ白い丈夫そうな歯がお行儀よく並んでいて、その奥には薄くて小さな舌が覗いています。
 「………」
 何だか、目が釘付けになるようなお口です。
 ゾロは完全なる無防備な状態で、サンジに顔を撫でられています。
 身体の力を抜いてなされるがままです。
 「………っ……」
 (可愛い…)
 つく…っ…っと胸が痺れるような可愛らしさです。
 思わず手が停まってしまうような可愛らしさです。
 サンジはゾロの顔を撫でながら、ゾロを改めて眺めます。
 本当に綺麗で可愛らしい男の子です。
 『…ゴクッ…』
 なぜか生唾を飲んでしまうような可愛らしさです。
 「………」
 あどけないのに、妙に釘付けになる口からやっとの思いで目を逸らしたものの、サンジはゾロから目が離せません。
 小さな顎。細い首。
 「…ん…」
 そっと人差し指で毛布をはだけさせれば、見えて来るのは小さな子供の裸の身体。
 「……」
 サンジは手のひら全体で心臓に触れるように、ゾロの胸に触れました。
 「っあ…」
 ピクン…ッ…と震える身体に、自分まで震えが来ました。ヤバい種類の震えです。
 サンジはなされるがままのゾロに言いようの無い感覚を感じながら、そのまま視線だけを下に滑らせます。
 毛布に包まれて薄暗い下の方に…ゾロの小さな……
 (いかんいかんっっ!何考えてんだよ俺っ!!)
 ようやく我に帰るサンジでした。
 「どうした?」
 「…や…いや……さ。ほら、もう寝る時間だ」
 「…ん…」
 もっと触れて欲しそうな顔でサンジを見上げるゾロの表情にクラクラしながら、サンジはギリギリのところで踏みとどまりました。
 (や…犯罪だから。いくらうさぎでも…犯罪だから。つか、それ以前にゾロは男だから。…つか…子供だから)
 理性でゾロを寝かしつけたサンジは、ゾロがすっかり寝入るまでじっとゾロを見詰めていました。
 ヤバいだろう…と、かなりな危機感を感じながら。
 
 二人の関係が進展するのはもう少しゾロが大きくなってからのお話しになります。
 恐るべし、悪魔の実(総受けモデル)の力です。
 ……いえ、もしかしたら……それだけでは無いかもしれませんが………。
 この続きはまた、何かの機会があった時にでも…。

 

 

  おしまい。

 

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