【かわいいこっくさんのみるゆめは】

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 天然度ナンバーワンの地位を不動のものとしているゴーイングメリー号のかわいいコックさん、サンジの夢をご存じでしょうか?
 先日勝手に覗かして貰ったのですが…さすがに意識がないというのは恐ろしいもので、随分と常識を逸脱していましたよ。
 斬新って言えば良いのか…シュールって言えば良いのか……はたまたファンシーと言えば良いのか…。判断にとっても困る夢だったりするんです。
 空想力の凄まじい十九才だから、きっとあんな夢を見るんでしょうね。

 ……え?
 ……それは一体どんな夢だったって?
 知りたいですか?
 
 ……でも、シュール劇場ですよ?

 

 …………それでも良いから教えて欲しい?

 

 …そうですか…。あなたもサンジ大スキーなのですね。 分かりました。それほどまでに知りたいようでしたら、良い機会です。特別にこっそり教えてあげましょう。
 なぞの生命体とか現れちゃうような夢ですが、おかあさんとか、おとうさんみたいな大きな気持ちで聴いて下さいね。

 ……それでは、こっそりお話しましょう。

 

 ………あ、サンジには私が教えてしまったってことは内緒にしといて下さいね。

 

 ではでは………
 ここから夢のはじまりです。

 

 

 

 「おうっ、さんじー」

 悪戯盛りのウキウキした感じの声に、大股でカツカツと小気味よい足音を立てながら甲板を歩いていたサンジはぴたっ、と、足を止めて足下を見下ろしました。
 するとそこにはピンク色のまんじゅうサイズの生き物が足下から可愛いコックさんのことを見上げていました。
 それは、とてもいい加減な形をした虫です。
 いつもご機嫌で、たまにクールな寄生虫です。
 かの有名な幻覚虫(寄生前)です。
 みなさんも一度は見たことがあると思います
 見た目はおかしまんじゅうにそっくりで、もちもちした感じはまったく駄菓子にそっくりです。
 ぽてぽて歩く小粋な虫です。
 幻覚虫は小さな目をくりくりっと丸くして『よーっっ』と、ご機嫌一杯に挨拶をした後、今日もきっとちょっかい出してくれるよなー、と、期待に満ちた瞳でサンジのことを見上げました。
 「おっ、幻覚虫じゃねーか。クソ元気にしてたか?」
 サンジはいつもの『ニカッッ』って感じの笑顔で、その小さなピンクの水まんじゅう……いえいえ、幻覚虫に挨拶を返しました。
 幻覚虫はサンジのことが大好きです。とくにクルクルしているまゆげがお気に入り。生まれた時から大ファンなのでした。
 そんな大好きなサンジに声を掛けてもらったのがとっても嬉しかったのか、幻覚虫は声を張り上げて聞きました。
 「すてきまゆげーきょうもすてきかー?」
 「踏みつぶすぞコラ」
 サンジは穏やかにタバコをふかしながら、眉間に皺を寄せて言いました。
 海のコックはヤルと言ったらやる男です。
 あのすらりとして格好良い長い足を信じられないくらい高く振り上げて、どがーんと踵落しをしてくるかもしれません。
 屈強なむさ苦しい男達の骨も粉砕してしまうような攻撃で踏みつぶされちゃっては内臓出ちゃってそりゃ大変と、幻覚虫はとっさにお腹のすいたフリをしました。
 「さんじー。おなかすいたー。オレもーしぬー。むねんなりー」
 三文芝居の主役級な演技を見せつけながらぱたりと倒れてみせると、サンジはよーどらんぴかりの黄身っぽく幻覚虫をつまみあげ、目の前にぷらぷらと吊るしながら聞きました。
 「なんだお前、ハラ減ってんのか?」
 幻覚虫はサンジの美人顔を至近距離から拝んでしまって思わず、
 「おうっっ!!しにそーだぜーvv」
 と、元気一杯お返事をしてしまいました。
 その後、
 「…あっ」
 と、気が付いて、
 「……うう……むねんなりー……」
 と、死にそうっぽい声を嬉しそうに出しました。
 そんな幻覚虫の様子をサンジは面白そうに眺めます。
 「…の、わりには元気いっぱいだなぁ。ったく、しょうがねぇな。ほれ、入ってろ」
 食いたいヤツには食わせてやる…のがモットーのサンジは、本当に何にでもご飯を食べさせてあげたい人のようです。
 サンジは苦笑いが半分混じったような声でそう言うと、黒いスーツのポケットにそっと幻覚虫を入れて、スタスタとキッチンと歩いていきました。

 

 

 夕飯の準備までにはまだ少し間がある午後三時三十分。
 キッチンで、サンジは腕を振います。
 サンジはお料理が大好きです。
 船上の天才コックさんは、何でも美味しく料理が出来ます。
 ごはんの大切さを心の底から理解しているから、料理がとっても上手なのです。
 サンジは食材をとってもとってもとっても大切にします。
 だからどんな食材でも、絶対に適当に料理したりなんてしません。さささっと作る料理だって、食材の長所を最大限に引き出すよう、全力をつくします。
 あの…おそろしい小島での出来事は、今のサンジのこんていにいきづいています。だから、一層料理にじょうねつをそそいでいるのかもしれません。だから、おなかを空かせている誰かとか何かとかのお腹を一杯にしてあげたいのかもしれません。
 その気持ちは、ごーいんぐめりー号のくるーの全員に対しても、そうじゃない人達に対しても、人じゃないものに対しても同じです。
 嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。
 可愛いコックさんはキッチンで腕を振います。
 相手にとって最高の食事を作るコックさんに、作れないものはありません。
 虫の餌でも上手に作れるのがご自慢です。
 想像の中で、色んな料理が創造されます。
 やがて机の上は、とてもおいしそうな虫のエサで一杯になりました。
 夢だけど、さすがに料理のシーンは丁寧に見ているようですね。
 とっさにウソをついてたから、たいしてお腹の減っていない幻覚虫でしたが、あまりにもおいしそうなエサを見たら、急に食欲がもりもりと湧いてきました。
 「ほれ。食え」
 「わーい」
 手近なお皿に突進しようとした幻覚虫を『ぷよんっ』とサンジの器用そうな手がとめます。
 「こーら。メシ食う前には何て言うんだ?」
 「うまそーっっ」
 「違うだろう」
 美味しそうなご飯を目の前にお預け状態の幻覚虫。
 一生分の知能フル回転で考えて、
 「あ、そうだっっ。いただきーまーすっっ」
 ぴかっと閃いて、いただきますのご挨拶をしました。
 「よし」
 サンジが、ママみたいな表情で笑って幻覚虫を放しました。
 びちゃーっっ!!っと、近くのお皿にダイブして、ぱくうっっ!!と、エサをほおばりました。
 「うめーっっっ!!!」
 エサまみれで幻覚虫はお皿の中心で叫びます。
 「うめーっっ!!うめーーーっっっvvv」
 「良くかんで食えよ」
 「うめーっっっvvv」
 「アホ」
 豪快な食べっぷりを笑顔で眺めるサンジでした。

 さて、幻覚虫はサンジの夢の中で。サンジが作った美味しいごはんを夢中で思いっきり、おなか一杯以上食べました。
 どのお皿もピカピカに光り輝いて、洗わなくても良いんじゃないのかなってくらいキレイにごはんを舐めとりました。
 正に、エサ冥利に尽きる、でした。
 「ぷはーっっ。はらいっぱいだー。さんじー」
 「んん?」
 「ごちそーさまー」
 「おっ、あいさつ出来たか。良い子じゃねーか」
 「すげーうまかったぞー」
 「そうか。良かったな」
 「まんぞくだー」
 「そうかそうか」
 おなか一杯で、とても大きなまんじゅうサイズになった幻覚虫の口の周りについたエサの残りを指で弾いてやりながら、サンジは満足そうに笑っています。
 「クソうまかっただろ?」
 「クソはうまくないけどえさはうまかったのだー」
 「ん?しにてーか?」
 目は本気ですが、おいしいと言われてご機嫌のサンジは、まぁ、今日ぐらいは見逃してやっても良いだろうと寛大なことを考えていました。
 げーっぷ、と、お行儀の悪いことをしてから、幻覚虫はサンジに向かって言いました。
 「さんじー、おれいしたいぞー」
 サンジは新しいタバコを口に銜えて火を着けながらいつもの口調で言いました。
 「なに、気にすんな。虫じゃあ大したお礼もクソもねぇだろう。生憎オレはつまらないものは貰わない主義なんでな」
 美味しそうに食べてくれた姿を見ただけで満足しているサンジには、ご飯のお礼なんていりません。『ごちそうさま』って言葉が何よりの賛辞なのです。
 『お代はいらねーぜ』って気分でサンジはさらっと言ったのでした。
 でも、こんなに美味しいご飯を食べさせてもらった幻覚虫としては、どうしても退くことの出来ない一線です。
 ピンクのまるまるとした幻覚虫は、ぷうっとムクれて言い返します。
 「むかつくなー。さんじー、おまえはさー、いっすんのむしにもごぶのたましーって、ありがたいことわざがあるのしらないだろー」
 「んな、ゴブっつーのはどの程度だよ。塩一摘みとどっちが多いよ」
 「しらーん」
 「じゃあ、いらーん」
 「えんりょーすんなよー。さんじー」
 「してねーよー」
 「うそだー」
 「ウソ吐いてどーするよ」
 「おれーさせろよー」
 「いーっつーの」
 「おれのハラさわらせてやるからよー」
 「なんだよそれ」
 「ほーら、触ってみろよー。プニプニだぞー」
 「…あ、ホントだ。水まんじゅうみてーな手触りだな」
 「きもちーだろー」
 「おお、結構気持ち良いな」
 「じゃーおれーさせろー」
 「なんでだよっ」
 「だって、今おれのハラさわったじゃねーかー」
 「あっ、そっかー………って、なんでハラ触ったからってお礼されなきゃなんねーんだよっ」
 「しらーん」
 「ほら、もー良いから帰れって」
 「おれーさせろー」
 「しつこいってっ」
 「あ、そーだー。おれ、さんじーの、こいのきゅーぴっとやくになってやろーかー?」
 「相手は誰だよ」
 「ぞろにきまってんじゃないかー」
 「ばっ……何言ってんだよっっ」
 「だってすきーなんだろー?」
 「んな訳あるかっっ」
 「かくすなよー。おれ知ってんだぜー」
 「なんでだよっっ」
 「おれってすげームシだから」
 「……うそ……マジかよ……って、騙されるかっ!」
 「だましてねーぞー。ぞろがすきーかどうかは、さんじーが一番よくしってんだろー?」
 「……っ…」
 「なーなーおれーさせろよー」
 「だからいーっつーの」
 虫相手に、次第に熱くなってるサンジです。
 大体二人のレベルは同じ位です。
 それからサンジと幻覚虫はお礼をさせろだのいらないだのをテーマに、夕暮れ時まで会話を弾ませていました。
 「…おっ、そろそろ夕飯の支度しねーとな。ウチのクソゴムは三国一の大食らいだから、早く支度してやらねーと、チョッパーが丸焼きにされちまう。アイツはせっかく仲間に出来た医者だしな。先に料理されちまうのはは不本意だ」
 さりげなく猟奇的なサンジです。
 「なー、おれーさせろよー」
 幻覚虫は、どうしてもサンジにお礼がしたくてたまりません。最後には半ベソをかきながら、夕食に取りかかりたいサンジに一生懸命食い下がりました。
 「……ったく、しょーがねーなー。分かったよ。分かったから、ほらっ、泣くなっ」
 サンジは、むーむーとぐずる幻覚虫の鼻の辺りを人さし指で「むにっ!」と押して言いました。
 「じゃあ、勝手にお礼でも何でもやってくれ。ただし、オレは気にしちゃいねーからな。とにく夕飯の支度って言うモンは、すげー大変なんだ。だからお前の好意にゃ気が付けねー。ありがとうも言われねーかもしれねぇぞ。それでも良いのか?」
 「いーもーん。いいもーんっっ。おれーするーっっ」
 「それでも良いなら、勝手にやれ」
 結局折れてあげるサンジでした。
 サンジは心の優しいコックさんです。
 麦藁海賊団と一緒に海に出る前はずっと心優しい頑固ジジイと暮らしていたから、小さいものや弱いものの一生懸命さが良く分かるのです。
 彼は、このとても小さな虫の小さなお礼に、もしも自分が気がつかなかったらどんなに可哀想だろうと思っていたからお礼が欲しくなかったのです。でも、幻覚虫のくせに泣き虫になっている、ピンク色のまんじゅうがあんまりにも可愛くなってしまって、思わずお礼の許可を出してしまったのでした。
 サンジはカモフラージュにちょっと怒ったような顔をしてみせながら、クソこりゃ、大変だ。コイツのお礼とやらを見付けてやるのはどうすりゃいーよ、と、一生懸命考えなくてはなりませんでした。
 でも、幻覚虫にとっては、お礼をしても良いと言うのはとても嬉しい言葉だったみたいです。
 「おうっっ!!!」
 びょーんっっ、と、嬉しそうに十センチぐらい飛び上がると、
 「ほえづらかくなよー」
 と、少々文法上に難のある捨て台詞を残して、キッチンをびよんびよんと飛び出していきました。
 サンジはそんな幻覚虫の後ろ姿を
 (しかしホントーに、まんじゅうみてーだなー)
 と思いながら眺めた後、少し遅くなってしまった夕飯の支度に取りかかるのでした。
 肉を焼いたり、ルフィの分の肉を追加で焼いたり、かやく御飯を作ったり、サラダやデザートを作ったり、お酒を選んでいるうちに、料理の世界に没頭してしまい、すっかり幻覚虫とのそんな会話も忘れ果ててしまいました。

 

 

 

 さて、さて。
 幻覚虫は不思議な虫です。
 よくひと昔前のマンガの世界に、頭にお花が咲いて妙に言動のおかしくなっている人を見かけたことはありませんか?あれは全体の九十ぱーせんとは幻覚虫の仕業だったりしたりします。
 実は幻覚虫は寄生虫の一種です。
 人間の感情に寄生する生き物です。
 グランドライン上で、感情に寄生出来る虫は、この幻覚虫が唯一の種なのだそうです。
 感情なんていう、どこにあるのか分からないくせに、間違いなく人間のどこかに存在している器官に寄生するという荒技は、そんじょそこらの寄生虫では実現出来ません。 地球上の科学ではまだまだ究明されないミステリーゾーンです。あんびりばぼーなのです。でもでも、(サンジの夢の中では)確実に生息している生命体なのです。
 いい加減な外見からは想像も出来ないくらい進化した生き物なのです。寄生虫の頂点に君臨しているといっても過言ではありません。

 ところでこの幻覚虫は、見た目によらず意外にも律儀な生き物です。
 人の心に寄生するのにとても気を使う生き物です。
 幻覚虫はタダで人間の心に寄生するのは何だかちょっと申し訳ないなと考えます。少しは良い夢見せてあげようかなと考えます。サービス精神が根底にあると、学説では学説では伝えられています。
 人間の脳に不思議な作用を及ぼして、ぐっととりっぷを引き起こします。寄生された人間は、ちょっと良い幻覚の世界に暫くの間誘われます。
 とてもとってもささやかなものではありますが、虫一匹に一つ、宿主に素敵な幻覚をプレゼントするのです。
 このお礼に見せる幻覚こそが、幻覚虫の名前の由来なのだとグランドライン虫百科全集の寄生虫の巻には書かれているとかいないとか。
 ちなみに頭の花は、『寄生前歴あり。他をさがせ』と、いう目印だとのことだそうです。幻覚虫による幻覚は、一生に一度しか見ることが出来ない貴重な体験なのです。
 水まんじゅう的外見からは、想像も出来ないような高性能の虫なんですよ。ビックリですね。

 お腹いっぱいの幻覚虫は、甲板の手摺に、にひるに乗っかりながら、ぷよぷよと波にあわせて体を揺らせて、お礼は何が良いかと考えはじめました。途中二回、大きな波にからだを滑らせ、海にどぼんと落ちたりしながらも、根性で考え続けました。ちびちび脳味噌はフル回転です。
 「たしかさんじーはよー、ぞろがすきーなのにえんりょしてんだよなー。ばかだよなー。はずかしがらずにどーんって、すきーって、いっちゃえばいーのによー。ほらさー、もかしたらぞろもさんじーのこと、すきーっていうかもしれないのになー。もったないよなー。あんなせくしーコックなんて、百年にいちどのいつざいなのになー。まーったく、じんせーなにごともちゃれんじなのになー。さーて、どうしてやればいーかなー…。うーん……うーん……どーしよーかなー。うーん……ぐー(考えすぎて眠くなってしまったみたいですね)…あ、いけねーっっ。ねちゃったー。さんじーのためにも、ちゃーんとかんがえなきゃだめだぞー、おれー。……あーそーだーっ。オレ、ぞろにきせーしてやろー。それでぞろにさんじーとえっちしてるげんかくみせてやろーっと。いわゆるぞろさんってやつだよなー。
すげーはーどなやつにするんだー。はーどげいってやつにするんだー。いろっぽいさんじーをいーっぱいみせつけてやろー。あ、そーだー。このまえのぞいちゃったさんじーのおなにーしーんもみせてやろーっと。で、『はぁはぁ…ぞろ…すきー』とか、いわせちゃおーっと。そしてらぞろはぜったいむらむらーっとくるぜー。やりたいさかりの十九さだもんなー。うひひー。そしたらさんじーのこと、おそうかもー。おー、そうしそうあいー。わおーっっ。やったねーっっ。オレっててんさーい。
 ……すげーっっ。これはせいこうしたら、もっとうまいえさをくわしてもらはなくてはいけないのだー」
 ものすごいお礼が決まったのだと、コウフンぎみの幻覚虫は、うれしい気持ちを押さえきれずに、スキップのリズムで、ぷよんっ♪ぷよんっ♪と飛び跳ねながら、みかん畑へ急ぐのでした。
 ゾロはまだ、きっとお昼寝の最中です。

 


 つづく。

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