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大学の一時限目が始まる前の朝の忙しい時間が過ぎてもランチタイム分と午後に販売する分のサンドイッチの仕込みが待ってるんで(営業的には)ありがたいことに一服してるヒマは無い。
九時を回った所で一旦『仕込み中』の看板とカウンターの上にチャイムのボタンとカードスタンドに『ご用の方はこちらのボタンを押して下さい』と書いたカードを差し込んで「…よしっ」厨房へと急ぐ。
一時間前に発酵器に入れておいた生地を取り出し、発酵具合を確かめてから軽くガス抜きし、手早く生地をスケッパーで切り分ける。
打ち粉をした作業台の上で軽く丸めてから霧吹き。更に乾かないように硬く絞ったガーゼを生地の上にそっと乗せる。
ベンチタイム。
時間は十五分間。
その間に冷蔵庫から取り出したレタスとキュウリとトマトを取り出し冷水につけてシャキッとさせ、大量のゆで卵の殻を鼻歌混じりに剥いて行く。白身の良い匂いを嗅ぎながら、サンドイッチの具を何にするか考える。
タマゴだろ。ツナだろ。レタスとトマト、ハムとチーズ…あー…ポテトサラダは今週はまだ出してないから作るとして…
「じゃ…あ…」
思い付いて野菜のストッカーからジャガイモを取り出し大きな鍋で茹で始める。
そうこうしているうちに十五分経過。
落ち着いたパン生地をどんどん食パン型に入れていく。
十五本分。朝の半分が丁度良い量。
…大体三時ぐらいまでもつかな?
出来たら次は二次発酵。
この辺りからカタカタとファックスが着信したデータを印刷し始める。
見なくても分かる。グランドライン大学の中にあるグランドライン研究所からのケータリングの注文書だ。
注文は十時に締め切りになんで、それまでは放って置いても問題は無い。
狭い厨房をクルクルと動き回りながらメニューの続きを考える。
ガッツリ系でコロッケ、カツ、あ、そうそうハンバーグのリクエストがあったっけ。
常連客からのリクエストを思い出して、冷凍庫の中から大量ストックしている炒めタマネギをジップロック(大)一袋分取り出して常温に戻し始めておく。
えーと…これで八種類だから…?
「…うーん」
午後の甘い系はイチゴジャムとピーナッツクリームにするとして…。
「…後は何にしよっかなぁ……」
朝程じゃ無いにしても十五ー六種類ぐらいは欲しいし。
「ま、いっか…後は昼に注文きそうなの狙って幾つか作るとするか…」
ショーケースに並べた時の彩りとかも考えながら残りのメニューを考えつつも手は休めない。
準備の時間は正味二時間半。
ゆっくり考えている時間は無い。
フリッターの電源をオンにして油を温める傍ら、タマゴサンドの準備に入る。
『タンタンタンタンタン…ッ』
愛用の包丁でゆで卵を細かく刻みながらショーケースの中の残数を思い出し、考えたメニューを作る段取りを立て、グラグラと音を立てている大きな鍋のジャガイモのゆで具合を確認する。
料理は何でも同じだけど、手際良く仕上げたいなら仕込みが肝心。
勿論サンドイッチだって同じ。
特にランチタイムから閉店までの分の仕込みは午前中の分の仕込みをする時間よりも短いから、パンが焼き上がって粗熱が取れるまでの間に、挟む具は全部出来上がっておかなきゃならない。
刻んだゆで卵をボウルに移し、マヨネーズと塩とコショウ、隠し味に砂糖を入れた後、水を少しだけ足してホイップするような感じに具を混ぜる。
出来上がったら次はツナ。
水気を切った野菜はスライスしてバットに綺麗に並べておく。
ゆであがったジャガイモは「熱ちっ!」粗熱が取れる前に急いで皮を剥いてマッシャーで塊が残る程度にザクザクと潰して行く。
コロッケを揚げてカツも揚げる。
使っているパン粉は食パンの耳から作った自家製。
朝のうちに作っておいた三種のコロッケのタネが次々に揚がってバットに並べられて行く。ミートコロッケとポテトコロッケも良いけど、個人的にはこのかぼちゃコロッケがお薦めかな。なんと今日はニュラム産が手に入ったんだ。形は別としても味は本当に良いかぼちゃだよ。
メンチカツとかも作ってやりたい所だけど、揚げ時間が長いモンは午後の分だと一種類が限界。カツが出来たら今日の分の揚げ物は終了だ。
時間を見計らってオーブンを二百三十度にセットして温めスタート。
まもなく揚げ物も全て終了。
「あ、いけねっ」
ポテトサラダを忘れてたっ。
潰したポテトに急いで黒コショウと粒マスタードを投入しマヨネーズで一気に混ぜる。味を見ながら塩で調節し、酢と牛乳も少し足す。一緒に入れるのは今日はキュウリとチーズ。「…出来た…っ」
そのままクルッと身体を捻ってコンロの方へ。
大きなフライパンを開けると中にぎっしり敷き詰めていたハンバーグが丁度焼き上がる所だった。
十七種類のサンドイッチの具が出来上がるのとほぼ同時にオーブンの中の温度が設定温度になったことを知らせるアラームの音が響いた。
「よっしゃっ」
時間ぴったり。
壁に引っ掛けてある時計を見上げれば午前十時。
二時発酵の終わったパン生地を丁寧にオーブンに入れて焼き始める。
焼き時間は短時間。余熱も上手く使って焼けば、耳の薄い柔らかなパンに仕上がる。
出来上がりまでは余熱焼きも含めて約四十分。
「んー…っ…」
両手を伸ばして伸びをしながら俺はファックスの方へと歩いて行った。
さ、次はケータリングの準備。
ファックスから掴んで来た怪文書的注文書の束をパラパラと捲る。
「おっ…今日は多いな…」
ぱっと見、十枚以上もある。
基本的に同じ分野の学者同士が数人分を纏めて発注してくるから全部で五十人前後になる。
一人分が五百円として…「えーっと……ううーん…」5×5は…25だろ…んで……あれ?25の後ろに幾つ0を付ければ良いんだ…?
「………うーん……」
暫く考えているうちに先に計算した25が頭のどこかに消える。「…あれ?どこまで計算したっけ?」
どうも暗算とかって苦手。
ガキの頃にはそれでも算数の時間とかに紙と鉛筆使って計算してたけど、今はすっかり電卓にまかせっきりだ。
「ま…二万ぐらいはいつも売り上げあるからな…それ以上ってところだな」
「…後で計算すりゃ良いか」
んな、細かいことに気ィ取られてたら時間が勿体無ぇし。
俺、数学で完全に躓いてるんで数字とかホント駄目。
経理ってスゲー大事なのに、スゲー苦手。
貧乏性のせいで今でもバイト雇えないけど、経理とかってマジで誰かにやって欲しいもん。
(確かに全研究室に配っているのに、なぜか使ってもらえない)オ・ファーメの注文書にファックスで届いた各研究室自作の注文を書き写す。
一枚一枚、写し間違いが無いように、慎重に確認しながら写して行くと…
「………。」
一枚の注文書で手が止まった。
『タマゴサンド 一・ツナサンド 一・コーヒーはポットに五杯分 11研究室』
なんだかさっぱり理解出来ない数式と三角形が幾つも書き込まれた紙の余白に書かれた個性的な文字。
昨日と全く同じ注文…つか…昨日の注文書、そのまま使ってんじゃねーか…?
「………メシを何だと思ってんだよ」
…ったく……思った通り…嫌なヤツだぜ。
『コンコン』
指先だけの軽いノックの後、ドアから一歩下がって待つ。
暫く待っていると、どっしりとした木製の大きな扉が内側に開く。
「オ・ファーメです。ご注文ありがとうございます」
条件反射で頭を下げる。顔はきっちり営業スマイル。
「お疲れさま」
「お待たせしました。ご注文の品物お持ちしました」
「どうぞ」
俺の顔を確認して大きく開かれたドアの中に「どうも」頭を下げて、店から押して来たワゴンに詰め込んで来た注文の品を取り出し研究室の中に足を踏み入れる。
「ハムチーズレタスサンド四つにカツサンド二つ。ハンバーグサンド一つにミートコロッケサンド一つ。それからホットコーヒー四つです」
「ありがとう。そこに置いておいてくれる?」
「はい」
入り口のドア脇にある机の上に乗せると「はい」「あ、どうもありがとうございます」用意されていた代金の入っている封筒を手渡される。
「ご苦労さん。丁度入ってるよ」
「いつも助かります」
中身は確認しないでポケットに入れておいてあるホッチキスで代金の入った封筒と注文書を留め『ガチャッ』そのまま集金箱の中に入れる。
この場では確かめない。
そこら辺はもう信頼関係で成り立っている。
流石に間違えられたことは一回も無い。
「ありがとうございます。まだよろしくお願いします」
頭を下げて部屋を出る。
「…ふう」
ポケットの中から注文書の束を取り出し
「えーと…次は3号室…」
次の配達先を確認する。
3号室は工学部の研究者の部屋。
注文内容を確認してからワゴンを押して歩いて行く。
ここは部屋に誰かがいる時はいつでも大きく扉が開けられているからケータリングも楽。
「オ・ファーメです。ご注文ありがとうございます」
「アウッ!」
返事なのか掛け声なのかいつも悩むんでここは一先ず無視を決め込む。
「チキンサンド三つとピーナッツサンド三つ。カツサンド三つにコーヒー二つとコーラ二リットルです」
「おうっ。いつもありがとよ」
代金を受け取って頭を下げる。
「ありがとうございます。まだよろしくお願いします」
「任せとけって。それより新曲が出来たんだが聞いてくか?」
「や。今日も忙しいんで」
返事を聞くよりも早くギターを手にしているフランキーをいつも通り素早く振り切って次の部屋へ。
『コンコン』
「はーい。どうぞー」
「失礼しまーすvV」
華やかで明るくて優しくてフレンドリーで良い匂いまでしちゃうのが7号室と8号室。
気象学者のナミさんの部屋と数学者のロビンちゃんの部屋。
「オ・ファーメですっ。いつもご利用下さいましてありがとうございますっっ。ご注文の品物おとどけにまいりました〜v」
「はーい。あ、サンジ君、昨日のコーヒーポット返すね」
「は〜いっ。じゃ、こっちのコーヒーポットをどうぞ。今日は特別にトラジャブレンドだよ。ナミさんとロビンちゃんのポットだけしか入れてないヤツだからみんなには内緒にねっ」
「ホント?いつもありがとう〜。うわぁ…良い匂い♪」
「ミルクと砂糖、ココに置いておくね」
「うん。ありがとう」
「…んじゃ、またよろしくお願いしますっ」
「はーい」
ゆっくり話がしたい所を必死で堪えて研究所内を回る。
部屋毎に取り決めがあって、ドアが閉まっている時にはノックをしないで予め指定されている別の部屋に届ける部屋あり、一度ノックをした後は扉を開けるまで経って待っているように指示する部屋あり、ノックして返事が無ければ鍵を開けている限り勝手に入っても構わない部屋あり、ドアを明けっ放しにしているのでノックも入らない部屋もあり。
覚えるまでは大変だったけど、今はすっかり慣れて嫌な思いをさせることもすることも無くなった。
時折ズボンのポケットを取り出して時間を確認しながら急いで回る。
ランチタイムのケータリングは配達終了のリミットあり。
どんなに遅くなっても十一時五十五分までに完了厳守。
これはケータリングを始めた時から決まっているルール。
むこうも注文の締め切り時間を厳守している以上、こっちも約束は守らない訳にはいかない。
『コンコン』
「………いないのかな?」
『コンコン…コンコン』
11号室の前で待つこと一分。
「…また後で回るか」
配達ルートが多少変わるのは日常茶飯事。
一匹狼気取りのサメに激似のマリモ頭野郎の注文書を残り少なくなった注文書の一番後ろに回して次の部屋へとワゴンを急がせた。
続く
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