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「すごいもも」
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ある日、まことくんのボーイフレンドのかずやくんは、まことくんを旅行に誘いました。
「山梨のおじいちゃんち?」
かずやくんのおじいさんは、ももを世界一じょうずに実らせることの出来るしょくにんさんです。ことしで80さいになりますが、まだばりばりの現役です。
やわらかなももは、ちょっとらんぼうに取り扱うと、すぐにきずがついてしまう、とてもでりけーとな果物です。もともと日本人は、とてもじょうずにももを実らせることが出来るので、本場の中国の職人さん達も、
『戸手茂、凄イ出巣根。是非私達荷茂教得手下才』
と、勉強に来てしまうほどです。
それくらい、みんなじょうずにももをつくることが出来るのですが、その中でも、かずやくんのおじいちゃんは『かりすまもも職人』とみんなから尊敬されているくらいすごい人なのです。
まことくんも、かずやくんのおじいさんの作ったももは毎年プレゼントしてもらっています。きをつけて食べないと、ほっぺたが落ちてしまいそうになるくらいおいしいももです。かずやくんちの近所にある、元有名ほてるのぱてぃしえさんも絶賛で、8月のとくべつめにゅーの『もものたると』は、かずやくんのおじいさん選りすぐりのおいしいももでつくります。
『いやぁ〜vvももはみんなとてもおいしいものだけど、かずやくんのおじいさんのももは特別です。もう、ことばでは表現出来ないくらいおいしいももですよ』
と、ぱてぃしえさんも、ももの季節が来るのを毎年心待ちにしています。
そんな、すばらしいももをつくるおじいさんちに一泊二日の旅行に行こうと、まことくんは誘われたのです。
「うん。昨日電話でじいちゃんがさ、すごいももが出来るから見においでって言ったんだ。オレ、じいちゃんがあんなに興奮してももの話をしてるのって初めてだったからさ、そんなにすごいももが出来るんだって思って。…思ったら、どうしてもまことに見せたいなって思って…。じいちゃんに、まことにも見せたいって言ったら、良いよって言ったから」
平静を装っていますが、かずやくんはものすごくどきどきしていました。
だって、なんどもデートに誘ったことはありますが、旅行に誘うのはこれが初めてだったからです。二人っきりの夜のことを思うと、思わずどきどきしないではいられないかずやくんだったのです。
まことくんには、かずやくんのどきどきが伝わってきていました。
でも、一生懸命にいつものちょっとクールなやさしい顔を保とうとしているかずやくんがかわいくて、気付かないフリをしてあげました。
でも、どきどきしているかずやくんの『どきどき』がまことくんにまで伝染してしまって、まことくんまでどきどきし始めてしまいました。
まことくんはポーカーフェイスが出来ない男の子です。
しんぞうがどんどん、どきどきしてくるのを止められなくて、はずかしくて、嬉しくて、顔が真っ赤になってしまいました。
「………すごいももかぁ………ぼく、見たいなぁ」
思わずふるえてしまう声で、そう言うのが精一杯でした。
そんなまことくんを見て、かずやくんはもう、今直ぐぎゅうぅぅっって抱き締めてキスしてあげたいような、大きな愛情の高波に襲われそうになってしまいました。
でも、かずやくんはグッとこらえて笑顔を見せて言いました。
「まこと、いっしょに行こう」
「………うんっ」
まことくんも、目の前のかずやくんに抱き着きたい気持ちで一杯になりました。
でも、まことくんもグッとこらえて、笑いました。
その笑顔は、すきだよって気持ちがこれ以上はないくらい満面にこめられていましたので、かずやくんはより激しい愛情の高波に襲われてしまうのでした。
「……ゴメンッ」
たまらなくなって、かずやくんはものすごい早さで
…チュッv
と、まことくんにキスをしました。
まことくんは、びっくりして、はずかしくて、でも、ものすごく嬉しくて、真っ赤になって照れました。
「ゴメン」
かずやくんはもう一度あやまりました。
「……ううん」
まことくんは言いました。
「……うれしいよ」
でも、ちょっとはずかしかったよ、と、最後にはずかしそうに付け足しました。
まことくんはお家に帰って夕ごはんのしたくをしていたおかあさんに、
「ただいまーっっ。ねえねえおかあさんっ、ぼく、かずやくんと旅行に行ってきても良い?あのねっ、かずやくんに誘われたんだっvv山梨のもものおじいちゃんのところだって!!」
と、げんきにおねがいしました。
それから、夜になってしごとから帰ってきたおとうさんにも、
「おとうさんっ!!ぼく、かずやくんといっしょに旅行に行ってきても良いですかっっ?」
と、おかあさんに助け舟を出して、もらいながらおねがいしました。
「気をつけて行ってくるんだよ」
おとうさんも、しばらく考えてから、優しい声でおかあさんと同じ答えをまことくんに言いました。
「うんっ!!おとうさんありがとうっ!!」
それから、まことくんのおとうさんはかずやくんちに電話をかけて、
「すみませんが、うちのまことを宜しくお願いします」
と、お願いしながら、旅行の計画を相談していました。
電車のちけっとはかずやくんちのおかあさんが駅で買ってきてくれました。
大人のあいだでめんみつな旅行計画をしっかりとたてました。やっぱり子供二人だけの旅行なので、みんな心配していたのです。でも、かわいい子には旅をさせたいまことくんとかずやくんのおとうさん達とおかあさん達は、なんとか安全に二人だけで旅行をさせてあげたかったのです。山梨のおじいさんも、
『なんなら、わしが駅まで迎えに行ってやろうか?』
と、提案までしてくれました。
そして、6月の最初のどようびのあさ、まことくんとかずやくんは、二人っきりで山梨のおじいさんの家へと出発したのでした。
電車の中で、まことくんは、まことくんのおかあさんが作ってくれたおにぎりのおべんとうをかずやくんと半分こずつしてたべました。かずやくんは、かずやくんのおかあさんがつくってくれたサンドイッチをまことくんと半分こしてたべました。すいとうのお茶を飲みながら、学校のことや、来月開催されるかずやくんのサッカーの試合のこととか、これからいく山梨のおじいさんのこととか、まことくんちのあまえんぼうねこのまんじゅうのこととか、かずやくんちのごーるでんれとりばーの、らぶのこととか、それからほかにもいろんな話をしました。
途中、知らないおばあさんに、
「あら、あなた達、おとうさんとおかあさんは?」
と、聞かれました。
えーっと……、と、まことくんが恥ずかしがって返事に困っていると、
「ぼく達は二人っきりで旅行をしています。これから僕のおじいさんのところに行くんです。すごいももを見に行きます」
と、かずやくんがかわって言ってくれました。
「へぇー……それは、えらいねぇ」
おばあさんは、感心して言いました。
まことくんは、誰にでもはきはきとお返事が出来るかずやくんを本当に格好良いなぁ、と、思いました。
この人は、ぼくのボーイフレンドなんですよ。
って、その優しそうなおばあさんに教えてあげたかったのですが、やっぱり恥ずかしくて言えませんでした。
でも、かずやくんにばかりお話をさせるのは男らしくないなと思い、まことくんも勇気を振り絞っておばあさんに言いました。
「あのね、山梨駅まで、ぼく達行きます」
「へぇー……えらいねぇ」
おばあさんは、また感心してくれました。
まことくんは、とても嬉しくなりました。
「うんっ。二人だけで、行くんですっっvv」
嬉しくなって、大きな声でそう続けたのでした。
となりでは、かずやくんが、少しびっくりしたようにまことくんを見詰めていました。
「まこと、さっき、しらないおばあさんとちゃんと話出来たな。すごいじゃん」
山梨駅のホームにおりて、かずやくんはすぐにまことくんにそう言いました。
「うん。だって、いつもかずやくんばかりにお話させてわるいなぁーって、思ってたからさ。ぼくだって、たまにはちゃんとお話しなくちゃ、男じゃないなって思ったんだ。だから、さっきおばあさんとお話したんだ」
「そっかー。格好良かったよ」
「…へへっ……かずやくんほどじゃないよ」
思わず照れてしまうまことくんでした。
おじいちゃんは、まっしろの軽トラックで駅まで迎えに来てくれていました。かずやくんのおばあさんも一緒です。
「よくきたねぇ。おおきくなったねぇ。この子があのまことくんかい?」
「うん。そうだよ」
「…は、はじめまして」
「はい、はじめまして。まぁ…本当にかわいらしい子だねぇ。かずやの言った通りだねぇ」
「ば、ばあちゃんっ」
「おやおや。今更なに照れてるんだい?ねぇ、まことくん。かずやはねぇ、電話でいっつもまことくんのことばかり話すんだよ。かわいい子なんだって。良い子なんだってね。まるで恋人さんみたいに話すんだよ」
まことくんは、思わず顔を真っ赤にしてしまいました。
「あらあら、照れたらますますかわいいねぇ」
かずやくんのおばあさんは、何度も話に聞いたまことくんが初めて会ったようにはどうしても思えませんでした。まるで、久し振りに自分のもう一人のまごに会ったような気分でした。
「今日はゆっくりしていきなさいな。…でも、うちのおじいちゃんがゆっくりさせてあげないかもしれないねぇ。だいじょうぶかい?」
「はい。大丈夫です」
まことくんは、真っ赤になりながらもきちんとお返事をしました。
かずやくんのおばあさんは、ちいさくて、しわしわだけど、とてもかわいらしいと思いました。
優しそうだなと、思いました。
話には聞いたことがあったし、かずやくんのおばあさんなので、きっと好きになるだろうと思っていたまことくんでしたが、実際に会ったら、一目で大好きになりました。
「…よくきたね」
かずやくんのおじいさんは、かずやくんのおばあさんとまことくんがお話が終わるまで後ろで静かに立って待っていました。
「は、初めまして。こんにちは。ぼく、ふかみまことって言います。今日は宜しくお願いします。……あっ…、えっと、これ。おみやげです。よかったら…たべ…あ、めしあ、がってください」
「ありがとう」
おじいさんの手は、細くてしわしわでしたが、どこか偉大な感じのするそんざいかんのある大きな手でした。握手してほしいなと、思ったら、頭をなでられました。いっしゅん、自分がももになった気分がしました。こうやってきっとももはなでられているに違いありません。さすが『かりすまもも職人』だなぁ、って、まことくんは感心してしまいました。
かずやくんのおじいさんは、ひょろっとしていて、背が高くて、昔俳優さんだったのかなって思うくらい格好良い感じの人です。しわしわだけど、太陽の下で働いているせいか、健康そうな肌の色です。どことなく、太陽と、もものにおいのする人でした。少しかずやくんに似ています。かずやくんが大人になって、それからおじいさんになったら、こんなかんじになるのなと、まことくんは考えながらかずやくんのおじいさんの顔を見詰めていました。
「ん?わしのかおに何かついているのかな?」
不思議そうに聞かれてしまい、まことくんはあわてて言いました。
「あ、ごめんなさい。あの…かずやくんににてるなぁ…って……」
かずやくんのおじいさんは、「そうかそうか」とうれしそうに笑いながら言いました。
「かずやがわしに似たんじゃよ」
笑い方までそっくりでした。
「さっそくだが、おまえたちにすごいももを見せたいんだが、つかれていないかい?」
「だいじょうぶ?」
小声でかずやくんはまことくんにたずねました。
「うん。ぼくはだいじょうぶだよ」
「そっか。よかった」
「かずやくんは?」
「ん?オレはへいきだよ」
かずやくんは、サッカーせんしゅでえーすすとらいかーです。ちょっとやそっとでは、つかれたりなんてしないのです。
二人は声をそろえて言いました。
『ねぇ、すごいももってどんなももなの?』
おじいさんは、まんぞくそうにニヤっと笑うと、親指を立てて言いました。
「見れば、分かるさ」
それから、かずやくんのおじいさんとおばあさんとかずやくんとまことくんは、まっしろの軽トラックに乗り込みました。
かずやくんとまことくんは、うしろの荷台に乗りました。
「少し揺れるからな。しっかりつかまっているんだぞ」
かずやくんのおじいさんはそういうと、トラックを出発させました。
二人はしっかりと荷台のふちに手をかけて初めての荷台を楽しみました。
初夏のかぜはトラックの荷台に乗っていると少しつめたく感じてきもちが良いです。おじいさんは安全うんてんで走ってくれたので、少しもこわくはありませんでした。
木々のみどりや畑のちゃいろや野菜のみどりやあかやむらさきが二人のめのまえを通り過ぎて遠ざかっていきます。空はまっさおで、雲はまっしろでした。
「だいしょうぶかい?」
時折じょしゅせきのまどからかずやくんのおばあさんは顔を出して、しんぱいそうに聞きました。
「だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶです」
二人は、楽しくてちっともこわくありませんでした。
トラックは、どんどんと山の中にはいっていきました。
しだいに畑は同じ木ばかりになってきました。
「ここらへんは、もうじいちゃんのもも園だよ」
かずやくんが教えてくれました。
見渡すかぎり、みんな同じ木ばかりです。背の低い木にしろいちいさなふくろがいくつもいくつもついていました。
「じゃあ、あれはみんなもも?」
まことくんがかずやくんにたずねます。
「そうだよ。ああやって、虫や強い日ざしからももをまもっているんだよ」
かずやくんが教えてくれました。
かずやくん、まるでもも職人みたいだねってまことくんが言ったら、
「ホント?オレさ、将来サッカーせんしゅになって、で、わーるどかっぷに出て、世界中でプレーして、で、引退したらもも職人になろうと思ってるんだ」
と、将来のゆめを教えてくれました。
まことくんは、かずやくんの将来のゆめをはじめてききました。
すごく良いゆめだと思いました。
「うん、かずやくんらしくてすごく良いよ」
心のそこからそう思いました。
かずやくんは、まことくんをみつめました。
「ん?」
しんけんにみつめられました。
「どうしたの?」
ずーっと、みつめられているうちに、むねがどきどきしてきました。
かずやくんは、とてもしんけんな顔でしんけんな声で言いました。
「まことのしょうらいのゆめは?」
まことくんは、笑って言いました。
「ほくのゆめはね、かずやくんと結婚することだよ。……それとあと、ちょこれーとしょくにんになることかな。だいじょうぶ。一緒にいても叶えられるゆめだよ」
ふたりは、なんどもくりかえしたやくそくをトラックの荷台でもういちどかわしました。
ずっと、いつまでも、一緒にいようね。
運転しているおじいさんとおばあさんにみられないように、ふたりは背を低くして、キスをしました。いつもより、ずいぶん長いキスでした。
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