<< 3000HIT御 礼ss >>
「すごいもも」
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まだかな、まだかな、まだかな、まだかなぁ………。
すごいもものなっている木の前で、誰かがぶつぶつ言っています。
ずんぐりとしたからだ。小さいあたま。大きなて。なにもかもはいいろのおばけです。
めだけがぎょろぎょろとしていて、あとはみんな、しんでからずいぶん時間がたってしまったかなしいかんじがしています。おなかはとてもおおきいですが、なかには何もはいっていません。かなしい思いでとか、つらい記憶で、どうにかくうふくをまぎらわせていたおばけです。
まだかなまだかなまだかなまだかな…………
すごいももの木にたったひとつだけ実っているももをずーっとながめています。
しろいふくろがじゃまなので、なんどもなんども破いてしまったおばけです。
成熟していないももは、まだかたくてあおくて食べられません。
ああ…はやくたべたいなぁ………。
おばけはももが欲しかったのです。
おばけは、このももがどんなにすごいももなのかを知っていました。
食べるとどんなことが起きるのかも知っていました。
このももが、3000年にたった1度しか花を咲かせないのを知っていました。
3000年に1度しか食べることの出来ないももだというのを知っていました。
『西王母の桃』
とても、とても、とても、ゆうめいなももです。
食べると永遠のいのちを手に入れることの出来るまぼろしのももなのです。
人間界には存在しない不思議なまほうのももなのです。
だから、ずーとむかしに、しんでしまったこのおばけは、もう永遠のいのちなんて手に入れることなんてふかのうだと思っていました。
ところが、どういう経路かわかりませんが、ももの挿し木が人間界にやってきて、たった1本だけ根付いているといううわさをおばけはみみにしたのです。
おばけはせかい各国をさまよいまわって、とうとう日本の山梨県に根付いたことをつきとめたのです。おばけはすぐさまやってきて、山梨県のすべてのももをしらみつぶしにさがしまわりました。
そしてとうとう80年前に、かずやくんちのおじいさんのもも園ではっけんしたのでした。 かずやくんのおじいさんが生まれた日のことでした。
かずやくんのおじいさんのおかあさんに抱かれながら、すやすやねむる、まだ赤ちゃんだったかずやくんのおじいさんにのりうつって、じたばたと踊りくるってしまうほど、よろこんだのが、まるで昨日のことのように思い出されます。
このすごいももは、実るちょくぜんの50年が勝負です。
さいこうのもも職人の手によって、せいこんこめて、あいじょうもこめて手入れをしなくては、折角の3000年がむだになってしまう、でりけーとな木なのです。
おばけは、ぜひともさいこうのもも職人にちょくぜんの50年を手入れしてもらいたいと思いました。そして、おばけは決めたのです。
(そうだ。この赤ちゃんに最高のもも職人になってもらって、あのもものめんどうをみてもらおう)
ないすあいであだと、おばけは思いました。
おばけは、けいかくをそく実行にうつしたのでした。
かずやくんのおじいさんは、もともともも職人の血がながれています。
そして、もも職人としての高いそしつも持っていました。
だから、おばけは、ほんのちょっとお手伝いするだけでだいじょうぶでした。
かずやくんのおじいさんはこどものころからもものきもちが分かるかのように、ももにせっすることが出来ました。
お水やえいようが欲しいのか欲しくないのか。
虫の力が欲しいのか欲しくないのか。
このももの木は、いくつの花を咲かせられるだけのたいりょくがあるのか。
このももは、いま、じょうぶにそだっているのかどうか。
やさしくももにふれれば、ももがおしえてくれると、かずやくんのおじいさんは言いました。
「さわるだけでだいじょうぶ。ももはとってもおしゃべりだから」
実際、かずやくんのおじいさんのつくるももは、だれよりも、かずやくんのおじいさんのおとうさんよりも、おいしかったのです。
ほとんどがかずやくんのおじいさんの、そしつとどりょくのたまものでした。
でも、ほんのちょっぴりが、おばけの手助けのおかげでした。
だって、もものことばをおしえたのは、だれでもない、このおばけだったのですから。
すごいももは、順調にちょくぜんの50年を過ごしてきました。
やがてかずやくんのおじいさんは、「かりすまもも職人」と、呼ばれるようになりました。ももをつくらせたら、せかいいちの人になりました。
すごいももは、かくじつに、花を咲かせるじゅんびをととのえていきました。
そしてとうとうことしの3月。
すごいももは、すてきな花を1つだけ、そうしゅんの空に向かって花開かせたのでした。
おばけは、3000年という、ながいながい時間を待ちつづけました。
そして、やっと食べられるちゃんすがやってきたのです。
おばけは、3000年前に、かなしいこいをしました。
こいをしたのは、えいえんにしなない、きれいなにんぎょさんです。
にんぎょさんは、たったひとりでした。
だれもおともだちがいないとないていました。
うみの2ぱーせんとは、にんぎょさんのなみだだとにんぎょさんは言っていました。
おばけは、じぶんがおともだちになってあげるとやくそくしました。
でも、にんぎょさんは、しなないおともだちが欲しいと言って、またなきました。
『だいじょうぶ。ぼくはぜったいしなないよ』
おばけはにんぎょさんがあまりにもかわいそうで、うそをついてしまいました。
にんぎょさんとおばけはともだちからはじまりました。
ゆうじょうは、いつしかあいにかわりました。
おばけは、ほんとうに、ほんとうに、にんぎょさんが愛しいとおもいました。
でも、ある日おばけは、ついうっかりしんでしまったのです。
にんぎょさんは、おばけのうそにしょっくをかくしきれませんでした。
『うそつきっ!!うそつきっ!!』
『ごめんなさい…でも、ほら、ぼくぜったいじょうぶつしないから。そしたらずっと一緒だから』
『きっとそれもうそなのよっ!!ぜったいいつかあなたはじょうぶつしちゃうわっっ!!そしたらまたあたしはひとりになっちゃうのよっ!!えーんっえーんっ……』
とりつくしまもありませんでした。
それからにんぎょさんとはあっていません。
でも、おばけはいまでもにんぎょさんをあいしています。
だから、おばけはえいえんの命がどうしても欲しいのです。
あのすごい、西王母のももを食べて、こんどこそにんぎょさんとえいえんの愛をちかいたいおばけなのでした。
たべたいなぁ……ああ、はやくたべたいなぁ………。
きょうもおばけは、すごいもものまえでずっとももをみつめています。
「ほら、このももだよ」
もも園のちゅうしんぶからすこしだけはずれたところにまことくんとかずやくんはあんないされました。
そこには、たった1つだけ、おおきな実をつけているももの木がたっていました。
「へぇー……これがすごいももなんだ……へぇー……すごいねぇ…」
正直、まことくんには、どうすごいのかはすこしもわかりませんでした。
でも、かずやくんのおじいさんがすごいって言ってるのだから、きっとすごいんだろうと思って見たので、なんだかすごいもものような気がしてしまいました。
「でも、どうしてこのももだけふくろがついていないの?」
大事なももなのに、ふしぎです。
「いや、ここのところ毎日こうやって、見にくるたびにこうやってふくろが破かれてしまっているんだよ」
「ねらわれてるの?」
かずやくんがおじいさんにたずねました。
「…いや、わしもそう思ったんだが、どうやらそうでもないようなんじゃ」
「どうしてわかるの?」
それは、まことくんもぜひ知りたいと思いました。だって、もしも、このももがすごいももだっていうんなら、絶対欲しがる人がいるにちがいありません。
「ん?もも達がな…おだやかなんでな」
「ももが?おだやか?」
「そう。もも達がおだやかなんじゃ。もも達はな、けいかいしんの強いでりけーとなくだものだから、知らない人間がはいってきただけで、ざわざわするからすぐ分かる」
「じいちゃん、ももの声がきこえるの?」
「ああ。きこえるとも。おや、かずやには言ったことがなかったかな?」
「うん。オレきいてない」
「わしはな、もうずいぶんと昔から…そうだのう…かずやよりもっと小さいころから、もものことばかきこえるんじゃよ。どうやらこれはとくべつな能力らしいんじゃがな」
「へぇー。すごいな、じいちゃん」
かずやくんは心底感心しているようでした。
みみをすませてももの声をきこうししました。
「…だめだ。オレにはきこえないや」
「ふぉっふぉっ……」
まことくんもこっそりみみをすませてみました。
(………はやくたべたいなぁ……)
「えっ?」
「どうした?まことは、なんかきこえたのか?」
「………はやくたべたいなぁ……って」
「ふぉっふぉっ……はやくたべたいか。それは良い。それはまことくんのこころの声かもしれないなぁ」
お弁当をたべたのはまだ数時間前のことです。おなかもそんなにすいていません。
まことくんは、ちがうよって、言おうとしましたがやめました。
だって、もしも気のせいだったらはずかしかったからです。
まことくんには、それより心配なことがありました。
「あの…おじいさん」
「ん?なんだね?」
「ぼく…ここに来るの、はじめてです。…だから、あの…もも…さん達、こわがっていませんか?」
かずやくんのおじいさんは、目を細めてわらうと、またあたまを撫でてくれました。
「だいじょうぶじゃよ。わしと一緒なら、もも達もおどろきゃ、せん。それに、こんなかわいい子がきて、こわがりゃぁ、せんよ。だいじょうぶ。良い子じゃなぁ」
「そうだよ。まことがこわいなんてこと絶対ないよ。だいじょうぶ」
かずやくんもそう言ってくれました。
「…よかったぁ」
ほっとしたように、まことくんはため息をつきました。
それにしても、かずやくんのおじいさんにあたまを撫でられるとどうしても、自分がももになってしまった気分になってしまいます。
「…ねぇ、おじいさん、おじいさんは、ももを撫でてあげるときって、こんなふうに撫でてあげるんですか?」
「うーん…どうかなぁ?…意識したことはないからなぁ……でも、たぶんそうじゃろうな。しかしまことくんはどうしてそんなことをきくのかな?」
「ぼくね、おじいさんにこうやってあたまを撫でてもらうと、まるで、自分がももになっちゃったようなきぶんになるんです」
「そうかそうか…」
まことくんは、もものきもちが分かる子なのかもしれないなぁ、と、かずやくんのおじいさんは言いました。
「もしかしたら、かずやより良いもも職人になれるかもしれないな。どうだ?将来かずやと一緒にこのもも園を継いでみる気はないかね?」
しんけんにスカウトされてしまったので、まことくんはあわてて言いました。
「嬉しいですけど、ぼくはちょこれーと職人なりたいんです。ごめんなさい。…あ、でも…かずやくんとはずっと一緒にいたいです。………あのっ、ちょこれーとしょくにんしながらでも、もも職人になれますか?」
おじいさんは、しんけんに答えました。
「もちろんだよ。がんばれば、なんだって出来る」
すごく、重みのある言葉でした。
「……じゃあ、ぼく、がんばっておいしいももが作れるちょこれーと職人になります」
本気でそう思いました。
「じいちゃん、オレ、まことと一緒だったらきっとすごいもも職人になれると思う。まことのためにもせかいいちのもも職人になりたいって思うから。じいちゃん、オレもかんばる。がんばって、まことと一緒にこのもも園継ぐからな」
「そうかそうか…二人ともがんばるんだぞ」
かずやくんのおじいさんはかずやくんのあたまも撫でてあげました。
それからもうしばらく、みんなですごいももを見学しました。
「さて、もも達がおだやかだとは言え、こうやってもものふくろをやぶくやつがいるのは事実じゃからな。警戒するにこしたことはないじゃろう。気を付けんとな」
おじいさんは、たいせつそうにすごいももをちいさなふくろで包んでやりました。
「だいじょうぶじゃ。わしがついているからな」
力強い声で、ももをはげましながら。
帰りのトラックの荷台で、かずやくんとまことくんは、すごいももの感想を話しあっていました。話しているうちに、かずやくんのおじいさんの話になりました。まことくんは、おじいさんがあたまを撫でてくれたときのことを思い出して言いました。
「……ね、かずやくんも、おじいさんに撫でられたとき、ももの気分になった気がしたでしょ?」
「んー……オレ、ももっていうより、弟子になった気分がしたよ」
トラックの荷台でかずやくんはそう言いました。
なんだかかずやくんらしくて、まことくんは笑ってしまいました。
トラックは、夕暮れの山道をはしって、市街地をはしって、かずやくんのおじいさんちへとはしっていきました。
「さあさあ、みんなおなかがすいたでしょう。きょうはごちそうですよ」
おばあさんがそういいながら、一足先にお勝手の方へとあるいていきました。
「ばあさんはな、お前達が来るからって、もう昨日からいろいろじゅんびしておったよ。たくさんたべてやってくれな」
おじいさんは、おばあさんのうしろすがたをみおくりながら二人に言いました。
「うんっ。オレおなかぺこぺこだよっ!!」
かずやくんがげんきよく言いました。
「うん。ぼくも」
まことくんもつづけて言いました。
でも、言ったあと、思い出しました。
(…はやくたべたいなぁ……)
心底おなかのすいたような声でした。
(……だれだったんだろう……)
辺りが暗くなってきたからでしょうか。まことくんはきゅうにこわくなってしまいました。こわくて、思わずかずやくんの上着のそでにぎゅうっとにぎりしめてしまいました。
「ん?どうしたまこと」
「……ううん…なんでない」
言ったらもっとこわくなりそうで、どうしても言えないまことくんでした。
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