「見聞録」

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 工事現場の朝は早い。

 規定では朝8時からスタートなので、ソレ以前にやっている業者はルール違反だ。 
 現場のゲートは太い鎖が取っ手にぐるぐると巻き付けてあり、でっかい錠でがっちりと施錠されている様に見えるが、現場の入り口は何も正面ゲートだけじゃない。
 囲いには必ず抜け穴があるのだ。
 『現場の職人がこっそり作るんだよねー』
 なんてコウイチさんは言ってるが、どうやらそれは本当らしい。
 ココ、杉並の現場もご多分に漏れず、建物の横に、明らかに不自然なドアが取り付けられている。
 鳶職人さんが足場組みの時に設計書にない出入り口を取り付けたのだ。
 ドアは自転車のナンバー式の鍵が一つかけられているだけ。ナンバーは4126。
 事実上、出入り自由のドアなのである。
 現場近くの100円パーキングに車を止めると、高野(タカノ)電気工事の職人達は、まっすぐに建物の横の細い隙間に入って行く。時間は朝6時30分。
 現場の朝は半端なく早い。


 俺は今年の7月から見習いの電気工事の仕事をやっている。
 高野電気工事。
 親方さんとその息子さんのコウイチさんの二人でやってる小さな会社だ。
 コウイチさんはそのまま親方さんの会社を継ぐとかで、今親方としての修行中とのこと。親方さんは口出しはするものの、基本的にはコウイチさんの好きな様に現場を切り盛りさせて自分は完全にサポートに回っている。
 コウイチさんの友人の谷田(ヤタ)君も俺と同じで電気工事の見習い。彼はもう2年めとの事。
 現場が忙しくなると現われるというピンチヒッターは、コウイチさんの3つ年上のお姉さん。このお姉さん、幼少の頃から電気工事のイロハを叩き込まれていて、図面も見るし書けるし、工事も出来る。
 『現場は好きだよ。でも、女はまだまだ受け入れては貰えないからね』
 と、2代目の席をコウイチさんに譲ってしまったって話。
 マイ腰道具には使い込まれたお姉さん専用の道具が一揃え。ペンチは西ドイツ製の物凄く切れ味の良いやつだって谷田君が言っていた。
 無断で使うと恐いらしい。
 もともと俺は派遣会社で派遣の仕事をやっていた。
 30超えてリストラされて、困って読んだ求人広告の雑誌の高収入のページで見つけた会社である。
 とは言え、こんなご時世なので自給は低い。製本だったら800円。構内軽作業だったら850円。現場アシスタントなら1000円。色々回って今年の7月に紹介された。
 その時に親方さんに気に入ってもらえてそのまま就職になった。
 これからずっと続けるかって聞かれるとまだ解らない。
 やっぱり現場仕事は楽じゃないし、お世辞にもキレイとは言えない。
 でも、この時期就職活動が辛いのは体験済みで。
 まあ、景気が良くなるまでの繋ぎぐらいに考えているのが正直なところ。
 今より稼ぎが良くて楽な仕事があったら多分そっちに行くと思う。
 将来の事って、具体的に考えられないって言うのが正直なところである。
 前の会社だって、本当にやりたくて勤めた訳じゃないしね。学校終わったら就職するのが当たり前みたいな感じだったから、適当に探して。見つけたのが前の会社で。製薬会社の営業なんてやっていた。
                                           

 

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始まりました。連載小説vv 来週をお楽しみにっっ。