【鎖を持つ家】

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 ロロノア・ゾロ。
 彼は一族の当主となる男だ。

 

 彼は明日の夜『鷹目』と『山代』を継承する。
 一族が儀式を執り行う重要な場所だ。
 

 当主に選ばれた者に拒絶の権利は与えられない。

 鷹目と山代。
 一見すれば鷹目はただの柱であり、山代は社殿の形をした家である。
 だが、この二つは決してただの柱でもなく家でもない。
 明確な意志と能力を持つ生命体だ。
 俄に信じることは難しいかもしれないが、鷹目と山代は古から島に生き続ける異形の者だ。
 一族は永きに渡り鷹目と山代を守り続けている。
 そして当主は、一族の財産と権力と共に鷹目と山代を所有する。
 山代と鷹目は当主を繋ぐ。
 決して、当主が逃げ出すことが出来ないように。
 やがて当主は社殿の中に彼等の真の姿を見出す。

 

 『鷹目』は当主を束縛する鎖の化身であり、
 『山代』は、その鎖を持つ家である。
 

 山代の声を聞き、鷹目の姿を見出すことが出来るのは、
 当主と
 能力者だけである。
 以外の者は言葉を聞き取ることが出来ない。
 触れることが出来ない。
 理解することも出来ない。

 ゾロは明日、鷹目と山代を継承する。
 『継承の儀』の後、
 ゾロは一族の当主となる。

 鷹目と山代は、一族にとって唯一であり中枢であり、
 『全て』である。

 ゾロは明日一族の当主として全てを受け継ぐ。
 そして。
 残りの一生を

 山代の鎖に固く繋がれる。

 

  山代は、『やましろ』と、読む。
 山代とは、家そのものの名前だ。
 
 山代は、一族が所有している山間部の土地の一角に建てられている。この家の詳しい場所は一族の中でも一握りの人間にしか知らされていない。
 山代と鷹目の許可無くしては立ち入りは決して赦されない特別な場所だ。
 高千と呼ばれる村から一族が所有している山に向って車を一時間ほど走らせると、封印された小さな道の入り口に辿り着く。
 鬱蒼とした森の奥にある家が山代だ。
 古く重厚な建築様式の山代は、見る者をまず圧倒する。
 見た者は、一瞬この場所が人里から離れた山中の奥深くにあることを忘れてしまう。
 森の奥に突然切開けた大きな空間。
 手入れの行き届いた庭の中心部にある、山代。
 姿は、まるで神社そのものだ。
 複合社殿の様式。
 本殿部分を拝殿の中に取り込み、棟続きに幣殿が建てられている。
 水分を多く含む土地であるにも関わらず、凛と、乾いた直線と微塵の歪みの無い曲線で構成された、美しい家だ。
 細部にまで渡る強固な造りと、フォルムの美しさは荘厳さは無いものの、威厳に満ちた雄々しささえ感じられる。
 内部の造りも充実している。
 本殿に相当する部分は山代の最深部に位置し、現在では心御柱部分が残るのみとなってはいるが、使われている材木は、ミズメの心材。赤褐色の鮮やかな逸品である。
 固い岩盤より切り出された石を基礎部分に使用し、柱には八寸の樫の木を二十八本、五寸の杉を二十八本、三寸の胡桃を三十四本、そして山代の依代となる鷹目が宿る心御柱には十五寸の水目の心材のみを使用。全ての柱は棟まで届くよう造られ、堀立の技法で立てられている。
 柿皮の屋根。
 人間が共に住むことが可能なようにとデフォルメされた幣殿の部分には神社建築には珍しい漆喰壁。
 手入れの行き届いた庭。
 片隅にある八角の井戸。
 腕の確かな職人によって造り上げられた素晴らしい家である。

 しかし。

 山代は、鎖を持つ家だ。

 
 一族が恐れ敬う存在。
 やましろ。
 元は社だったと伝えられている一族の家。
 やましろ。
 山の依代。山代。
 家の形を模した生命体。
 山代。

 恐ろしい存在。
   

 初めから一族は鷹目と山代を所有していた訳ではない。
 偶然に手に入れた産物だ。
 一族は東の海から来た民族だ。
 追放され、流れ着き、住み着いたのがこの島国である。
 一族には忌わしい能力が脈々と受け継がれている。
 超常の力だ。
 この世に存在すると言う『悪魔の実』を口にしなくとも一族の血を有することで、様々な能力を先天的に持って生まれる人種であった。
 何を目的にしても、使う能力は恐れられ敬遠され疎まれた。
 遂には追放され海へと逃げた。
 多くの仲間を失った果てに辿り着いたのが現在の島だ。
 山の奥でついに彼等は小さな社を見付ける。
 山代だ。
 元々一帯の水源を守る意味で作られた社は、人里離れた山奥に建てられたのが災いし、忘れ果てられ、朽ち落ちる寸前にまで死にかけていた。唯一建物を支える心御柱だけが倒壊を回避させていた。
 一族は身を寄せ合って社で生き延びた。
 初めは雨風を凌ぐために。
 やがては生活の拠点に。
 社は一族の手で、ゆっくりと少しずつ修復が重ねられ、増築が進められた。
 やがて意識を取り戻す社。
 (…誰かが…自分の中に…居る……)
 死を目前としていた社は、意識を取り戻したものの、話す力も、伝える力も全て失ってしまったいた。
 ただ、黙って一族を体内に受け入れ、自分の身体を修復してくれるのを待ち続けた。
 社はやがて『家』へと姿を変貌を遂げた。
 家の中心に残された社だった時の本体は自分の存在理由を忘れずにいた。
 やがて山代は自分の名前を思い出し、自分の使命を思い出した。
 山代は復活した。
 一族は、家に気配を感じ始める。
 家に憑く気配ではなく、家そのものに気配があることに気付くのには時間は掛からなかった。
 山代は一族の能力を介して意志の疎通を行えることに気付いた。
 人により、命を吹き返し家へと変貌を遂げた社。
 社を家に変えることにより、新しい居住区を手にいれた一族。
 利害は一致した。
 人なくしては家は生きられない。住む家なくしては人は繁栄は困難を極める。
 こうして、一族と家は深い繋がりを手に入れたのだった。未来永劫、家を守り土地を守ることによって一族は繁栄を約束された。
 長い年月が経ち、数を増やした一族は更なる発展を目指し山代と約束を交わし、大半が家を後にした。
 隠された特別な力を隠すこと。
 決して山代の存在を明かさないこと。
 常に山代を守り続けること。
 そしてもう一つ。

 選ばれた数人を山代に捧げること。

 約束を守り抜くことに寄って産業・流通・商業・政治、そして他のあらゆる分野において、一族は頂点に立ち始めた。
 気付けば、一族は島一番の財閥へと成長を遂げていた。
 一方、一族は山代を中心とした一帯を守り続けた。
 強大な権力は、この何一つ主要と呼べる特産物もなく、産業も事業も持たないこの小さな島国を観光開発から遠ざけた。島に残された手付かずの自然は、一族の手によって守られていると言っても過言ではない。
 繁栄は山代がもたらしいてることを熟知している一族は、今や東京へと進出出来る力を持ちながらも決して移動することはなく、ただひたすらに土地と家を守り続けているのであった。
 良好な関係。
 そう。家と人間は、良好な関係を保っていた。
 暫くの間は。

 山代は多くを望む家だった。
 孤独を恐れる家だったのだ。

 山代は考える。
 自分に必要なのは自分の中で営む人間だ。
 約束のためだったとは言え、人間を自分の中から放出するのは測り知れない恐怖だった。
 動けない姿で、自分の元から去って行く人間の後ろ姿を見るのは恐怖以外の何物でも無かった。
 山代は、小さな社だった時の自分を思い出す。
 命を宿し、自分が何かを知った頃、自分に手を合わせる人間が居た。
 嬉しかった。
 自分に手を合わせる人間のために、望むことは何でもしてやりたいと思った。
 実際どんな願いも叶えてみせた。
 だが、場所の不利が祟り、人足は次第に遠のいた。
 何日も何年も人が来ない日々が続いた。
 やがて、完全に人から忘れられた後、社は急速に老化を始めた。 
 人間に忘れられ、朽ち果てていく運命だったかつての自分。
 山代は、今でもあの時の恐怖が忘れられない。
 記憶を失い、名前を忘れ、存在理由を失い、意識を失い、命すら失う寸前だった。
 恐ろしかった。
 誰にも看取られず、孤独に朽ちて行くのが怖かった。
 死を恐れるのは人間だけではないのだ。
 (…今はどうだ…?)
 山代は考える。
 住む家も無く山中を彷徨い、偶然自分を見付けてくれた一族。死に掛けていた自分を助け、守る一族。
 そして何より、自分の言葉を聞くことが出来る一族達。
 (…どうして手放せようか……)
 山代は考えた末に…目には見えない鎖を作り始めた。

 『…ジャラ…』

 何者よりも強い鎖を。
 心御柱を依代にしていた生命に意識を吹き込む。

 『………』

 鷹目の誕生だった。

 山代は自分の中に僅かに残した人間を完全に束縛し、閉じ込める手段を手に入れた。
 目には見えない鎖で自分と人間を固く繋ぎ合わせる。
 一生山代から出ないようにと
 ……出れないようにと………。
 決して自分の中から逃げられない人間が居る。
 孤独が恐ろしい家に取ってはこれ以上は無い幸せだ。
 鎖を強固に。
 鎖を最強に。
 鷹目はいよいよ力を増した。
 閉込められる恐怖に耐えきれない人間達に鷹目はぼそりと呟く。
 『…無益…』
 鷹目の鎖は決して切れない最強の鎖となった。
 山代は嬉しさに笑う。
 (…もう、俺は一人じゃない)
 自分の中に人間が居る幸せ。
 決して逃げない人間が居る幸せ。

 ーーーただ一人でも逃げない者が居るのならーーー

 たった一人で良いと、鷹目の口から山代は伝えた。
 山代に留まる人数が一族に伝えられた。
 そして今の掟へと続く。
 繁栄のための掟だ。
 生け贄が欲しい。
 鷹目ははっきりとそう言った。
 繁栄のための生け贄だ。
 当主という名の生け贄だ。
 全ての権力を授けよう。
 山代と鷹目は当主に従おう。
 ただ、当主の残りの一生だけは、
 山代に全て捧げよ。
 と。

 一族の当主は一生を山代の中で暮すこと。
 一族の象徴である山代にその証を見せること。
 決して一人で逃げだせないように。
 その左の足と左の腕を切り離し、山代に捧げよ…と。
 枝道のない真直ぐな細い道の奥に人知れず存在する社……家、山代。
 先代を失った家は次期当主にその息子ゾロを指名した。
 夢でも無い。
 幻でも無い。
 実際に山代はあの島に存在するのだ。

 ゾロは明日の夜『鷹目』と『山代』を継承する。

 全てを捧げるために。
 そして、サンジを守るために。

 

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