【うさぞろさん】

3

 

 (…でも…あいつはちょっと違うんだよな…)
 またサンジのことを考えました。
 にこにこ笑った顔を思い出すと、なんだか温かい気持ちになって行きます。
 不思議だな…あいつって…不思議だな……。
 自分が珍しいうさぎさんなのだと気付いても、いつも通りに家に帰してくれました。
 (俺を売って、おかねにしたくないのかな?)
 暖かかったな…不思議だったな……。
 サンジのことを考えます。
 (…もっと…だっこされてェな…)

 

 会いたいな。会いたいな…。

 

 気付いてゾロはびっくりしました。
 会いたいなんて、こーしろーせんせいと、くいなとみほーくぐらいしかいなかったゾロに取っては久し振りの感覚です。
 しかも会いたいと思っているのは人間なのです。

 甘えたいな…。

 いままでずっとふういんしていた気持ちが心の底から出で来ます。

 いい子いい子してもらいたいな。
 ぎゅーっとしてもらいたいな。
 一緒に眠ってもらいたいな。
 優しい声とか聞きたいな。
 甘えたいな、甘えたいな。

 

 

 

 

 

 ……さみしいな…。

 

 

 

 

 ゾロは自分をぎゅっと抱き締めるように丸まりました。
 長い耳も顔を包み込むようにして丸めました。
 固く目を閉じて、早く眠ろうと努力しました。
 でも、一度気付いてしまったらもうどうしようもなくなりました。
 (さみしいなさみしいな…)
 ずっと一羽のソロは、まだたった5さいのこどもなのです。

 

 少し泣いて、ぽろぽろ泣いて、ようやくゾロは眠りにつくことが出来ました。

 

 きいろくてあたたかなゆめをみたようなきがします。

 

 

 

 

 ゾロは今日もちばのとても有名な牧場へとやってきました。
 うさぎトンネル抜けて、ガチョウ池を過ぎてどんどん歩いてブーブーと鳴き声がするほうに行くと子ぶた小屋が見えてきます。
 『おいっ見ろよっ珍しいうさぎだぜ!!』
 声が聞こえても知らん振りで歩き続けます。
 『おーいっこっち向けよーっっ』
 言われたってしらんぷりです。
 『…あれ?珍しいうさぎじゃねーのかな……』
 人間の言葉に反応さえしなければ、二本足で歩くうさぎなんて珍しくはありません。
 ゾロはどんどん歩いて行きます。
 あるいてあるいてゾロはサンジのいる子ブタ小屋を目指します。
 会ったらどうしようとかそんなことは少しも考えてはいませんでした。
 ただ会いたくて、どうしても会いたくて、ゾロはどんどん歩いて行きます。
 自分がにこにこと笑っているのも気が付かないで、ゾロはどんどん歩きます。
 子ブタ小屋がだんだん大きく見えてきました。
 ブーブー鳴いてる子ブタの声が良く聞こえるようになってきました。何て言っているのかも良く分かるようになってきました。
 『サンジーっっ!!』
 『サンジーっっ!!』
 『ごはんーっっ!!』
 『サンジーっっっ!!』
 「はいはいはいはいっ…分かったっ……はーいっっ!わかったってっっ!!……たくオメー等うるせえって」
 (!!)
 思わずゾロは立ち止まります。
 長い耳をぴーんと立てて、一声も漏らさないように全ての音に集中します。
 『サンジっサンジっ』
 『ごはんっごはんっ』
 『サーンジっ!!サ、ン、ジッ!!』
 「はいはい…ほらほら」
 『うおーっっメシーっっ!!』
 『わーっっ!!こっちもこっちも!!』
 『こっちもこっちも!!』
 「落ち着けっ!!落ち着けって!!あっ!こらっっ!!おま…っ!なにレディの食事横取りしてんだよっっ!!子ブタだからって許されねーぞコラァッッ!!」
 「ブヒーッッ!!」
 「ほら、ちゃんとやるから横取りすんなっつーの」
 『ウメーっvv』
 『おいしーっっvv』
 『サンジのメシはさいこーだーっっvv』
 子ブタの元気な声がゾロの耳に聞こえてきます。
 「お前等旨いか?…ほら良く噛んで食えよ」
 優しい声も聞こえてきます。
 (…サンジって言うのか……)
 ゾロは心の中で何度もサンジの名前を呼びました。
 言葉にするだけでお腹の中から暖かくなるような名前です。
 いつしかゾロは走り出していました。
 トタトタトタッ…
 短い足を出来るだけ早く動かして、短い両手を思い切り振って走ります。
 途中何度も足がもつれて転びましたが、立ち上がってまた走り出します。痛くてちょっと泣きそうになりましたが、ぐっと口を噤んでまた走り出しました。
 きれいなみどりいろの体毛が泥でよごれてしまいましたがそんなことは気にしてなんかいられません。
 (サンジ…サンジっ…)
 真っ直ぐ目的地の子ブタ小屋をにらんでゾロは走ります。はた目からみたら、どろんこまみれの汚いうさぎがもの凄い怖い顔して走っているようにしか見えません。
 ゾロはいっしょうけんめいでした。
 サンジに会いたくて、いっしょうけんめいに走りましたル
 お腹の腹巻きがずれて落ちそうになったので、最後は両手で腹巻きをギュッと掴んで走りました。
 みっともなくてはずかしい姿でしたがゾロは必死で走りました。
 トタトタトタトタトタッ……
 すごく会いたいくて、ゾロは必死で走ります。
 抱っこしてもらいたくて。ぎゅぅぅっっっと抱き締めてもらいたくて、ゾロは一生懸命に走ります。
 (サンジ……大…すき…だっ……!!)
 こんなに誰かに会いたくて一生懸命になったのは、生まれて初めてのことでした。
 心臓が破れそうなくらいどきどきいって、息がいくら吸ってもいくら吐いても足りなくて苦しくなりました。
 でも。それでもゾロは一度も立ち止まらずにサンジのところへ向かって走り続けました。

 

 

 子ブタ小屋は子ブタのるつぼでした。
 ぴんくいろのかわいい子ブタがブヒブヒいいながらものすごい勢いでご飯を食べています。
「……っっ」
 サンジー!!
 ゾロ的には大きな声で呼んだつもりなのですが、喉から声が出てきません。
 (サンジーッ!サンジーッッ!!)
 うさぎさんの声帯はなかなか声らしい声が出てきません。
 サンジはゾロに気付かずに、とうとう最後の子ブタにエサを上げ終わってしまいました。
「んーっ……はーっ……終った終った」
 背伸びをしながら大きなあくびをしています。  
「……っ…ぴー……」
 ゾロはサンジの背中を追いかけます。
 (待って…っ……待ってっっ!!)
 サンジはゾロに気付けません。
 子ブタ小屋はムキになってご飯を食べている子ブタの声で一杯です。
 (サンジッサンジッ!!!)
 ゾロは懸命に追いかけます。
 でもサンジの歩幅はとても大きくてどんどん距離は離れて行きます。
 慌ててスピードを上げようとしたその瞬間、
 ベシャッ!!
 ゾロは足を滑らせ転んでしまいました。
 ばんざいしたかっこうで転んでしまったゾロは、もう全身泥と子ブタのうんちまみれです。
 いたさと臭さに思わず涙がこみ上げます。
 「…ぴーっ…」
 ゾロは真っ黒になってしまった顔を上げてサンジの背中を睨みます。
 冷たい泥が身体の芯を冷やそうとします。

 その時でした。

 悲しい気持ちとか。寂しい気持ちとか。
 子供の気持ちとか。後…色んな…自分でもまだ知らないような気持ちとか…。
 色んな気持ちがゾロの一番深い場所からマグマのように一気に吹き出して来たのです。

「………ブーッッ!!!ブーッッ!!!」
   

 みなさんは、うさぎの声って聞いたことはありますか?
 普段は本当に無口な生き物で、滅多に鳴くことなんてありません。

 でも、知っていますか?
 うさぎは、本当はとても大きな声の出せる生き物なのです。

 

「ブーッッ!!ブーッッ!!」
 子ブタ小屋の中の子ブタが思わず鳴くのもご飯を食べるのも止まってしまうほどの大きな声でした。
 豚の鳴き声にも似ているのですが、知っている人間が聞けば、それは全く異質の声です。
 静まり返った子ブタ小屋で、ゾロの声が響きます。
「ブーッッ!!ブーッッ!!」
 サンジが振り返っても鳴いていました。
「ブーッッ!!」
「……お前…」
 サンジがゾロに気が付いても鳴いています。
「ブーッ!!ブーッッ!!ブーッッ!!」
「どうしたお前…ドロドロじゃねーか…」
 側に近寄って来ても、優しくゾロを抱き上げてもそれでもゾロは鳴き止みません。
「どうしたどうした。大丈夫だぞ…ほら、大丈夫だから」
 身体を突っ張らせ、喉を枯らしながらも出せる限りの大きな声を出してサンジのことを呼んでいたゾロが、すっぽりと暖かなものの中に入っているのに気が付いたのは、もう随分経ってからのことでした。
「どうした…?ん…大丈夫だから…な…」
 優しいサンジの声が直ぐ耳元できこえます。
「………ぷー……」
「…ん…?」
 目を開けて見上げると、直ぐ側にサンジの顔が見えます。
 散々暴れてしまったらしく、サンジの顔も上半身もゾロの身体の泥とうんちでべしゃべしゃに汚れてしまっていました。
「…………ぴー……」
「……ん?……どうした?…怖いことでもあったのか?」
 ゾロは目を目一杯に見開いてサンジの顔を見詰めます。
 ドスの効いた強面のうさぎさんですが、よく見れば両目には一杯の涙を溜めています。
「何かあったのか?」
 そっとサンジはゾロに聞いてきました。
 「………ぷー…」
 ゾロは首を横に振ります。
 ゾロはおそるおそるサンジのほうに手を伸ばします。
 汚れて臭い手でしたが、サンジはゾロの必死な様子にきがついたのか、じっと黙ってゾロのきがすむまで自分の顔に触らせてやりました。
 いつまでもいつまても。
 ゾロはサンジにしがみついていました。
 いつまでもいつまでも。
 サンジはゾロの好きなようにさせてやりました。

 

 ちばけんのとてもゆうめいな牧場には、おさかなの形をしたレストランがあります。
 今年の三月から新しいコックさんが登場します。
 金色の髪の毛はさらさらしていてとても綺麗で、笑った顔はとても暖かくて、口はあんまりよくないけれど、とても優しいコックさんです。
 そのレストランにはうさぎさん界で初めての働くうさぎさんがいます。
 本人…本うさぎは、用心棒の気分のようですが、ポテポテと二本足でレストランを歩き回る姿はとても愛らしくて微笑ましいです。
 たまにレタスとかミルクとかあげると、仏頂面のまま受け取って、美味しそうに残さず食べます。
 暖かい日は窓際でちょこんとすわってねむっています。
 ほわほわのみどりいろした体毛と、お腹の傷と、はらまきと、それから耳に付けられた生体認証の三つのタグが目印です。
 とても珍しいうさぎさんなので、つかまえて研究者にうると莫大な報奨金がもらえますが、とても危険なのでやめたほうがあんぜんです。
 うさぎさんも強いのですが、うさぎさんをとっても大切にしているコックさんは、なんでもとても強いって話ですから。

おしまい


 

 top  1 2