【1184  1210】

8

 

 眺めながら、ズボンの中がきつくなってくるのを感じ続けていた。
 「………」
 他人のオナニーをじっくりと見るのは初めてだった。
 今までセックスして来た相手で強要したことも無ければ勝手に始める男もいなかった。
 勿論強要をされたことも無ければしてみせたことも無い。
 「……エース…」
 聞かずにはいられなくなった。
 「な…に?」
 はぁはぁと乱れた呼吸の合間に返事が返ってくる。
 「これがお前の求愛行動か?」
 「んふっ…そ…だよ」
 棹を扱く手を止めずにエースが微笑う。
 「コーフンしてこない?」
 「………」
 俺は自分のズボンのベルトに手を掛け外すとそのまま下着ごと一気に脱ぎ捨てベッドの外に放り投げた。
 エースが剥き出しになった俺のペニスを見てまた微笑った。
 「…な…コーフンするだろ…?」
 求愛行動って相手をセックスさせたくなるようにするための行為なんだぜ?と、一層乱れた呼吸の合間に教えてくれた。
 「俺、冷静な頭でセックスするより、本能に突き動かされてするセックスの方が好き…♪…」
 「……俺もだ…」
 言いながら俺もエースの見上げてくる視線を確認しながら自分のペニスを握り締め、十分に硬くなっているのを確認しながら二三度扱いた。
 「…良いね…ェ…」
 筋肉が発達している両手が俺の方に伸ばされる。
 俺は手に取り、無造作に開かれた掌にキスをした。
 「……っ」
 大股を開き自分の性器を曝け出してオナニーを人に見せるのは求愛行動だと恥ずかしがりもしなかったエースが、突然呼吸を詰まらせ目を伏せた。
 口付けた瞬間、ビクッ…っと震えた指先が『らしく』なくて…正直オナニーより興奮させられた。
 ふわりと香る先走りの精液の匂いが鼻の奥までしっかりと届く。
 身体の奥が無性に熱くなるのが自分でも分かった。
 「…お前の求愛行動もここまでだ」
 一応断りだけは入れながら、俺はエースの広げた足を両手で抱え上げケツの穴に自分のペニスを押し付けた。

 マルコがエースを大切にしていることは知っている。
 研究者としてのパートナーとしてだけでなく、セックスのパートナーとしてもエースを選んでいることも知っている。
 目撃したこともある。
 マルコに確認したことも有る。
 何事に対しても自由奔放なエースが愛おしいんだと言っていた…。
 エースの喘ぎが余裕を失う頃になると、何度か俺をマルコと間違え始めた。
 
 不思議だった。
 エースが俺をマルコと間違える度に…寂しがっているような気がしてならなかった。

 「……マルコ…っっ!!!」

 俺の下で全身を仰け反らせながら酷く濃い精液をペニスから射精した瞬間もエースは俺をマルコと間違えていた。
 体力のあるエースがようやく解放して欲しいと懇願し始めたのは睡眠時間六時間を確保出来る時間から一時間程過ぎた深夜二時過ぎだった。
 達したとほぼ同時に気絶したんじゃないかとこっちが心配になるぐらいの勢いで眠りについてしまったエースにシーツを被せ、そのまま俺も眠りにつくことにした。
 キングサイズのベッドの真ん中で爆睡されてしまったせいで、こっちはほとんど端のベットの縁辺りに身体を横に向けて寝るしか無い。
 途中何度も押しやろうとも思ったが、先刻までの欲情した表情からは想像も出来ないような無邪気な寝顔を見ていると変に躊躇してしまい、結局縁ギリギリの場所で眠る結果となってしまった。
 エースの向こう側に見える成人男性一人分のスペースはこっちサイド同様少々足りない。
 「……まったく…効率が悪い配置だぜ……」
 ボヤきながらも熟睡するまでには大した時間は掛からなかった。

 明け方だろうか…。
 珍しく目が覚めても忘れない夢を見た。
 友愛数の夢だった。
 友愛数。
 または友数。
 これは二千年前にピュタゴラスが発見した人組の完全数から発生した数の問題の一つだ。
 出題者は、あのムカつく最終定理を唱えたフェルマーだ。
 友愛数とはペアになった二つの数で、片方の数の約数の和がもう片方の数になるもののことを言う。
 例えば。
 ピュタゴラス教団が発見した友愛数(当時は完全数と呼ばれていた)220と284だが、これは220の約数を取り上げてみると1・2・4・5・10・11・20・22・44・55・110だ。この220の約数を全て合計すると284になる。
 同様に284の数の約数は1・2・4・71・142となり、この約数の合計は220となる。
 この友愛数というのはそう簡単に発見出来る物ではなく、次にフェルマーが二つ目の友愛数を発見するまでに四百年以上の月日が経っている。
 そのペアの数は17296と18416。
 あの男の数字に対するフェティッシュ振りの異常さをはかる指針の一つなのではないかと思っている。
 三番目に見付けられたペアは既に数字は七桁となり、以降試行錯誤を繰り返しながら現在は相当なペアが発見されている。
 六十四組の友愛数が発見された後、一八六六年に十六歳の少年によって見落とされていた220と284の次のペアとなる一組の友愛数が発見された。
 余談になるが、そのペアは意味を持った数字の中で俺が一番好きな数でもある。

 アラビアの魔術師の家を誰かと二人で尋ねていた。
 誰だかは分からなかった。
 知らない男だったような気もするし、良く知っている男だったような気もする。
 顔は一度も見ることは出来なかったが、髪の色は見えていたような気がする。
 数霊術師は硬い素材の机の上に赤いリンゴを二つ並べた。
 数学的な媚薬を口にしろと言う。
 いつもは表情豊かな夢の中の俺のパートナーが珍しく神妙な顔付で大人しく俺の隣りに座っていたのが妙に面白かったんだが、からかうことはしなかった。
 数霊術師が二つのリンゴにそれぞれ別の『意味のある』数字を丁寧に彫り込んでいた。
 俺の相手は数字の意味も分からずに、ただひたすらに真面目な顔して術師の作業を見ていたが、俺にはその数字が友愛数だとすぐに分かった。
 「片方は自分が食べて、もう片方は愛する相手に与えなさい」
 俺の相手にリンゴが二つ渡される。
 「……あ…」身体を硬直させて目の前のリンゴを眺める男は術師の目の前でリンゴと同じくらいに顔と耳まで赤くしている。
 「………」
 どれぐらい経っただろうか…。
 隣りの男が真っ赤なリンゴを手に取って時間を掛けて食べ切ると「……」もう一つを手に取った。
 なぜか俺は緊張していた。
 そのリンゴが欲しくて欲しくてたまらなかった。
 だがどうしても「くれ」とは言出せなかった。
 「………」
 「………」
 ひどく俺は緊張していた。
 長い長い緊張の後。
 『コトリ…』
 俺の前に白い皿が一つ置かれた。
 なぜかリンゴがウサギの形になっている。
 「…残さず食えよ」
 一匹のウサギの左耳の部分に術師が彫った…
 『1210』の数字が見えた。

 目が覚めると先に目覚めたエースが朝食のルームサービスをベッドの所に運んで来る姿が目に入った。
 「おはよう」
 「…おはよう」
 「良かった。丁度起こそうと思ってたんだ。朝飯食おうぜ。早く食えばシャワー浴びる時間もあるぜ」
 「……ああ」
 俺はぼんやりと夢のことを思い出しながらエースの持って来た朝食のセットを眺めていた。
 パンとコーヒーとゆで卵。
 それから果物のリンゴ一切れ。
 「………」
 手に取って皮の付いている部分を眺める。
 「どしたの?」
 「……いや…」

 齧り付いたリンゴには、何の数字も見付からなかった。


 続く

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