「見聞録」
6
ダウンライトを取り付ける。
マンションに住んでるんなら、玄関や廊下なんかの天井に取り付けられている丸い埋め込み式のライトがあると思う。それがダウンライト。
照明器具って設置は難しそうに思えるけど、実は一番簡単な器具の一つ。電線は1本。あっても2本。器具にはプラスとマイナスの差し込み口があって、電線を間違いないように差し込んで出来上がり。ちなみに電線の白い色の方がマイナス。これって親方さんが教えてくれたんだけど、電気工事のイロハのイみたいなものらしい。器具の電線の差し込み口に
『W』って書いてある方がマイナスなんだけど、これって英語のホワイトの頭文字なんだってさ。
素人の俺一人でも出来る仕事だったりするのだ。
最初の頃は慣れなくて天井を壊しちゃったり壁紙を汚しちゃったりしたけれど、今は結構ぼんやりしてても出来るようになった。すっかりダウンライトは俺専門の仕事になりつつある。
仕事自体は単純で、だからこんな俺でも一人で作業をさしてもらえる。初めの頃は絶対に誰かがついててさり気なく監視されてたから、少しはこれでも成長しているのかもしれない。
親方もコウイチさんも、絶対に俺をせかしたりしない。
「一日仕事にして良いよ」
って、言うのが口癖。
慌てて仕事されるより、ゆっくりでも良いから確実に仕事をこなせって意味。
現場がピンチになった時にだけお姉さんは助っ人で来るっていう話だから、決して今の現場に余裕がある訳じゃない。それでも絶対に慌てさせない。基本的に出来た人達なんだと思う。
限られた時間。決められた目標。
前の職場は必死だった。
同期の仲間がどんどん営業で実績を上げて行く中、俺は日に一件どころか一週間に一件の契約を結ぶのも怪しかった。バカでっかい営業成績のグラフで、俺だけが取り残されてて。上司に一人呼び出しを食らう度、胃が捩れるみたいに痛くなった。
部屋に通されて、説教食らって。
「・・・でもね、僕は君に期待してるんだよ。ここだけの話」
ただ項垂れて気持ちまで小さくなって説教に耐える俺の傍にいつの間にか立っている上司。
「・・・なんなら、君に僕のお得意様を紹介しても良いんだよ・・・君がその気ならね・・」
思い出すのも気持ちが悪い・・。
ストレスが胃に溜まり、穴が開いて入院。
直った頃には俺の席なんてどこにもなかった。
まだ思い出すと辛い感覚がリアルに蘇ってくる。
「・・・・・ふぅ・」
昔っからなんだけどね。自分に自信がないのって。でも、やっぱ、いらない人間みたいな扱いって辛い。 この仕事についてから、一日中目一杯体を動かしてるからそんなこと考えてる余裕もないんだけど、たまに、ふと、得体の知れない不安感に襲われたりする。
125¢(注・直径125ミリの円のこと)のライトを取り付けて、そのまま脚立の一番上に座り込んだ。 「・・・・・はぁ・・」
ぼんやりと取り付けられたばかりのダウンライトを眺める。
建築現場の仕事。前の職業とは全く違う体力勝負の世界。まだ日も浅いから、自分がこの仕事に向いてるのかどうかも定かじゃない。
次の仕事の繋ぎ程度の気持ち・・なんて本当は嘘だ。
本当は安定したい。認められれば、自分が向いていれば、職種なんて本当は何だって良い。
もっと、しっかり、確信を持って仕事が出来るって実感が欲しい。
親方もコウイチさんも谷田君も、すごく良い人だ。仕事云々よりも、上司としてあの人達はとても良い。だから、出来れば続けたい。
でも、俺は未だに現場全体の流れが掴めない。ただ指示を受けてその通りにするだけ。
十時休みのミーティングの時だって、俺に答えられるのは自分の仕事の進行状況と、詰め所の電材の置き場所程度のもの。役に立っているとは思えない。
「・・・・・はぁ・・」
何だかどんどん落ち込んで来た。
コウイチさんは、そんな俺の自信の無い気持ちとかって多分気付いてる。
だから、先刻みたいに俺が話に入れずに落ち込んだりとかしているのを目敏く見付けられるんだ。
「どうしたの?」
・・・コウイチさんは、すごく、優しい。
コウイチさんは前の上司みたく弱みに付け込んだりしない。
俺よりも年下なのに、全然大人なんだと思う。
俺って、本当にただ年だけ食ってるだけだよなぁ・・・。
「こーらっ」
突然下から声を掛けられ、脚立の上でぼんやりしていた俺は、
「うわぁっっ!!」
と、飛び上がった。
思わず脚立から転けそうになって無茶苦茶焦った。
「・・お姉さん」
変な格好で脚立にしがみついたままの姿勢で声の主に視線を合わす。
「岡野くーん、ダメでしょ。ぼんやりしてちゃ。コウイチと幹線、合流するんでしょ。午前中にはライト、全部回れないと」
「すみませんっ」
謝る俺を下から覗き込むお姉さん。
「・・どうしたの?」
姉弟って顔だけじゃなくって言うことも似てるんだなって、思った。
「いえ、何でもないです。すみませんでした」
お姉さんの眉が少し動いた。
「ねぇ岡野君、先刻のお休み時間はコウイチがちょっかい出してたから放っておいたけど、仕事中にぼんやりするのは良くないよ。危ないよ」
「はい」
お姉さんは困ったような笑顔を見せた。
「あのね、多分解ってないね」
「あ、いえ。分かります」
「んーん。解ってない」
お姉さんは俺を脚立から降ろし、そのままベランダに引きずり出した。
「ね、ちょっと良い?」
「・・はい」
「あ、その前に・・はい」
手にカンロ飴を握らせられた。
「甘いの、苦手?」
「あ、いいえ」
「じゃ、どうぞ」
「・・・・ありがとうございます・・」
大きめの飴玉を口に放り込むと、お姉さんはベランダの手すりに寄りかかって、俺を見上げた。
「ね、岡野君。仕事慣れた?」
「・・ええ」
「そっかー。そうだね。ずいぶん慣れたよね。もう一人で回らせて貰えてるもんね」
「いや、でもダウンライトですから」
「あら、でもダウンライトって几帳面な性格の子にしかやらせないのよ。あの二人」
「そうなんですか?」
「岡野君は器用なのね」
「いや、そんな」
「謙遜すること無いよ。前の仕事場はどうだったか知らないけど、現場に限って言えば、自信を持って言えることはきちんと言わなくちゃいけないよ」
「・・・・」
「まだ、自信、ない?」
「・・はい」
「そっかー」
「すみません」
「そんな、あたしに謝ることないよ。・・そっかー。まだ自信持てないかー。理想が高いんだねぇ」
つづく
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